083250 ランダム
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巨頭星団クラブ

巨頭星団クラブ

2つの物語

2 つ の 物 語


 健一は9時にベッドを抜け出し、伸びをしながらダイニングへ入っていった。
 妻の真理子はキッチンで昼食の下拵えをしていたが、健一に気が付き、微笑みかけながら訊い た。
 「お飲み物、何になさる?」
 「うん、そうだな。コーヒーがいいな」
 濃い目のコーヒーを啜りながら、サラダと厚めのトーストでゆっくりと朝食をとると、真理子に新しい コーヒーを注いでもらってから、健一はリビングへ向かった。
 休日の朝の開放感に浸りながらソファに座ると、開け放たれた窓のレースのカーテンを揺らしなが ら風が通り抜けた。木立の匂いがした。
 テーブルの上のリモコン装置を手にすると、壁面にかけてある48インチの薄型テレビのスイッチを入 れた。
 チャンネルを変えながら、いくつかの番組をスキャンしていると、健一も見知っている科学者の顔を 認めて、そのチャンネルに落ち着いた。新理論を対談風に解説しながら、一般に紹介する科学番 組だ。
 最近、とみに有名になった量子理論の専門家で日本のアインシュタインともてはやされている人 物だ。
 健一はリモコンをテーブルに戻すと、背もたれに身体を預けて画面に見入った。

      * * * * * * * *

 十六年前。健一はいつもよりちょっと早めに朝食を食べていた。
 今日は真理子とのデートの日だった。
 いつもより一時間以上早く起きて、シャワーを浴びた。普段はあまり身なりに構わないが、真理 子に恥をかかすわけにはいかない。
 足元にシルクが忍び寄ってきた。もう飼い出して五年になるシャム猫である。
 いつもは単なる同居人としてしか自分を認めていないのだが、尾を立て健一の足に身体を擦り 付けてくる。
 無視してトーストを齧っていると、突然、猫は膝からテープルに飛び乗ってきた。
 「あ?なんだ?シルク!」
 慌ててミルクのカップを押さえようとしたが、逆にカップはテーブルのふちから傾いで半分ほど入って いたミルクがこぼれ出た。ズボンの太ももの部分が熱くなった。
 思わずかっとなって、シルクを叩きたい衝動にかられたが、猫にあたっても仕方がない。
 せっかくコーディネートしたつもりのズボンが台無しになってしまった。
 急いで他のズボンを探さなけ ればならない。
 焦って自分の部屋に戻ると、洋服ダンスを開けて代わりのズボンを物色した。
 さんざん迷った挙句に、適当にズボンを替え家を飛び出すと、愛車の銀色のスカイラインGTをタ イヤをきしませながら発進させた。
 もう約束の時間まで十分少ししか残っていない。

 真理子は約束の場所である商店街の入り口に佇んでいた。約束の時間までもう5分を残してい ない。
 商店街の入り口にある大きなデジタル時計と自分の腕時計を見比べると、ちょっと眉を上げて、 軽く溜息をついた。
 いつもならば、健一は必ず時間の十分前には現われる。決して遅れるようなことはなかった。
 (どうしたのかしら・・・。初めてだわ。こんなこと。)
 昨日は遅くまで残業していたようなので、起きられずにいるのかもしれない、と考えて公衆電話を 探そうと首を巡らしたとき、救急車のサイレンが耳に飛び込んできた。救急車はこちらに近づいてい るようだ。
 いやな胸騒ぎを覚えながらも、街灯の横に設置してある電話ボックスに入り、健一の自宅の電 話番号をダイアルした。呼び出し音を十回ほど聞いたところで諦めて受話器を戻した。

 救急車は事故現場で大破した銀色のスカイラインから、手間取りながらも血まみれの若い男を 救出した。救急隊員はその状態から、彼が既に息をしていないであろうことを確信していた。
 頭部に大きな挫傷を負い、大量の血と脳漿が流出していた。
 ほとんど信号無視に近い無茶な交差点突破をしようとしたらしい。トレーラーにまともに突っ込ま れて、運悪く運転席を直撃されたようだ。

                    ☆ ☆ ☆


 「それは、なんと言うか・・とても大胆な推論ですね」
 番組の進行を務める司会者は、科学番組では定評があり、十分な基礎知識と理解力を持 ち、かつ平易な言葉で難しい内容を視聴者に伝えることができる人物だったが流石にこの話には 俄かに対応が出来ない様子だった。
 「大胆と言いますか、我々の感覚では認知できないのですが、理論的には十分考えられることな のです」
 「整理しますと、時空は振動していて、不可逆と考えられている時間までも振動している、つまり 行きつ戻りつしている可能性がある、ということですね」
 健一はその話を聞きながら、興奮を覚え身を乗り出した。

      * * * * * * * *

 十六年前。健一はいつもよりちょっと早めに朝食を食べていた。
 今日は真理子とのデートの日だった。
 いつもより一時間以上早く起きて、シャワーを浴びた。普段はあまり身なりに構わないが、真理 子に恥をかかすわけにはいかない。
 足元にシルクが忍び寄ってきた。もう飼い出して五年になるシャム猫である。
 健一は何かしら不吉なものを感じ、壁の時計に目をやると身体を擦り付けてくるシルクを無視し て、椅子から立ち上がった。まだ少し早いが、出かけよう。そう思った。
 食器を台所へ運び、飲みかけのミルクを皿に移すと、床へ置いた。シルクがのそりのそりとそれに近 づき、びちゃぴちゃと舐め始めた。

 真理子は待ち合わせの場所に来ると、もう健一の車が道路沿いに止まっているのを認めた。健 一は車の外で煙草をくゆらせながら、真理子のほうへ掌を振って見せた。
 二人はこれから新婚旅行の打ち合わせで、旅行社へいく予定なのだ。
 助手席のドアを開けて、おおげさに腕を差し伸べる健一に気恥ずかしさを覚えながら、真理子は ナビゲーターシートに滑り込んだ。

  * * * * * * * *

 司会者はちょっと困ったような表情を浮かべると、
 「それで・・我々はどの時間を生理的な時間として感じているのでしょうね」
 「それはわかりません。ただ、時間軸をある幅で往復する際に、経験した時間の記憶は一つしか 持つことができないと思いますね。」
 「つまり、生理的には一つの流れでしか感じることができないということですね」
 「そういうことです。ただ・・・稀にその記憶を持つ可能性も無くはありません」
 「そのようなとき、ある種のデジャ・ヴュのような既視感として甦ることがあるかもしれません。あるい は・・胸騒ぎとか、予感とかいった感覚になるかもしれませんね」
 ふうん・・・ますます面白い話だなと興味をそそられながら、妻に向かって言った。
 「おーい、真理子。こっちへ来てみろよ。面白い話をやっているぞ」


                   ☆ ☆ ☆


    
挿絵:武蔵野唐変木様


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