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尾崎豊さんの事をブログに書いて、 天国でも歌ってらっしゃるんだろうな…と、 思い出したこのタイミングで、 公次さんの訃報を書く事になるなんて、 思っても見ませんでした なんだかどうしても、 今でも信じられない気持ちです。 再会を信じていた人でした。 公次さん…今はそう呼ばせて下さいね。 僕が公次さんとお逢いし、 同じ時を必死になって一緒に走らせて貰ったのは、 今でも鮮明に日々の事が浮かぶ、 ★K-koji BIRTHDAY DINNER SHOW★の全ステージングを担当させて貰った時でした。 フォーリーブスとして再結成のツアーも平行しながらの時でしたが、 新しい自分をステージで見せたいと言う想いは、 お逢いしてひしひしと伝わって来ました。 僕の大々親友が、 全てプロデュースを手掛け、 舞台監督さん達、バンドさん、スタッフもリンダさんでお世話になった、 最高のメンバーの中で、 公次さんの60歳の再出発であるソロコンサートの準備は進められて行きました。 熱い熱い日々でした。 約二カ月の間毎日のようにダンスレッスンをさせて戴きました。 気さくで、 本当に優しい方でした。 色んな話しをして戴きました。 年を跨いだ稽古だったのですが、 年末の31日にも、是非レッスンをして戴けませんかと、 お願いされる位、一生懸命な方でした。 年越しそばを練馬で奥さんとも一緒に戴いたのを忘れません。 ブログを辿って戻ると解るのですが、 この頃の僕の想いは、 Kojiさんとして綴ってあります。 この年は、 僕にとって大きなひとつの進化の一年でもあり、 東京文化会館でのオペラ“ワルキューレ”での客演は、 このコンサートの一カ月後でした。 桜観座と言う形でレッスンを始めたのはちょうどこの頃で、 歌やダンスの個人レッスンを始めたきっかけでもある雄太は、 時期が重なった事で、 公次さんとダンサーの稽古場での通し稽古を、 目の前で観たんです。感動で目をパチクリさせていました。 雄太からは、驚いて、 すぐにメールが届きました。 お母さんに頼まれたサインにも気軽に笑顔で応じて下さったんです。 この公演は大阪公演ものちに実現し、 実は今Youtubeにアップしている、 僕の“奇跡~大きな愛のように~”は、 公次さんの大阪ライブで、 ゲストとして歌わせて戴いた時のクリップです。 ほんとに有難かったです。 ![]() 大々親友の全プロデュースで、 がっちり心を重ねたタッグをやり切ったと今でも実感出来る位に、 心の宝物も届けて貰えた時間でした。 もう一度だけ、 公次さんのステージを一緒にやりたかったです。 そう、このコンサートのスタイリストはかなみちゃんでした。 この時結成されたダンサー達も含め、 全ての人達が公次さんを核に、 心をひとつにして、 走り切ったゴールに、 公次さんの初のソロコンサートはありました。 公次さん。有難うございました。 本当にお疲れ様でした。 優しくて、照れ屋で。 良く、車の中で僕に一生懸命お話しをして下さってた時、 奥さんに“その話はもう何度も桜観さんは聴いてます!”なんて言われて、 困ってる公次さん好きでした。 今も笑顔の公次さんしか浮かびません。 次にお逢いするタイミングを心の奥で待ちながら、 結局あの時届けてあげられたかも知れない何かを、 それ以上届けてあげられなくてごめんなさい。 でも、 今振り返っても、沢山の想い出が蘇ります。 鮮明に蘇ります。 僕らにも大きな大きな人生の宝物を届けて戴いて、 心から有難うございました。 天国で、 奥さんや子供さんをずっと見守ってあげて下さい。 そしてゆっくりゆっくり休んで下さい。 ファンの皆さんの心にも、 これからずっと、 公次さんの笑顔が生き続けて行きますように…。 ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
最終更新日
2012年02月23日 04時53分09秒
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