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2012/02/07 楽天プロフィール Add to Google XML

天空の黒 大地の白(5-67)獅子の牙(7) 連載小説を書いてみようv(43638)」
[ 『天空の黒 大地の白』 ]    


1797年4月28日 午前9時――
フォルクマールほか数名の騎士たちの率いる一軍が、王都の街並みを目視できるほどまでに差し掛かった時、まさに都の城門から斥候兵が早馬を駆って飛び出してきた。
ぬかるんだ悪路に泥の飛沫をあげ、部隊の目前で斥候は馬を止める。
「フォルクマール様・・・!」
「何事か。」
「宰相が・・・王宮から姿を消しました・・・!」

守備隊の大半を失った都を防衛するため、いや、正確にはアルブレヒトに対抗するため、グストーやクロイツァー家が私兵を召集し始めたという情報はあった。
ところがグストーは都の守備を固めるどころか、昨夜のうちに姿を消したというのである。
「・・・クロイツァー家のノルベルトやリヒャルトは、どうした!」
「それが、ずっと見張りはついていたのですが・・・っ」

騎士たちは王宮に――グストーと、彼と気脈を通じ要職に就く者たちが忽然と消え、既に政治的空白地となった王宮に駆け込むと、宰相の執務室を目指した。
打ち破るまでもなく、施錠すらされないままの扉。
奥に続くグストーの私室も人気はない。
「しまった・・・王宮の出入りには、常に監視を付けたはずが。」
グストーの書き物机を拳で叩いたフォルクマールの足もとに、硝子のペーパーウェイトが落ちて転げた。
「・・・まさか。」
フォルクマールは今や無人の女王の寝所へ向かい、内扉に手をかけた。
黒獅子の騎士の居室と通じる、狭い回廊。
その中ほどの壁に彼は手を這わせた。
探し当てた小さな金具は、ごく最近使われたように埃が拭き取られている。
「ここから逃げたか・・・我々の動きを察して。」
フォルクマールは端正な口元を歪めて歯噛みした。
古びた壁の向こうには、王と騎士のみが存在を知る地下通路がある。
恐らくグストーたちは、既に王都から遠く離れた場所まで移動しているだろう。
だが、一体どこへ?

時を同じくして――
ユベールを乗せマインツへ向けて出立した馬車は、マイン川に沿って走り続けていた。
護送するのは大司教から遣わされた3名の伝令兵と、アルブレヒト配下の騎兵小隊である。
ここ数日の雨を受けて水量を増した川面が、陽を反射しながらしぶきをあげている。
ユベールは窓の外の景色から、膝に置いた剣へと視線を落とした。
かつて、シャルロットから託されたカイムの剣――捕えられた折に取り上げられたが、出立間際になって道中の守りにと彼の手元へ戻された。
恐らくレティシアの配慮であろう。
柄と鞘に施された象嵌を手でなぞると、意識が澄んでいくのが分かる・・・
「ローレンツ大尉・・・ローレンツ様っ!」
聴き慣れた呼び声の後に、馬車が速度をゆるめて停止した。
「・・・ティアナ?」
扉を開けると、うっすらと額に汗したティアナが下馬して控えている。
「女王陛下からの・・・お言伝(ことづて)を預かって参りました。」

  窓辺に飾られた花の合図に、ティアナは再び女王のもとを訪なった。
  「ティアナ。あなたに頼みがあります。」
  女王は小さな絹の包みをティアナに握らせ、その上に自らの手を添えた。
  レティシアの、白金色をした睫がかすかに震える。
  「この城でユベールの味方になれるのは、あなただけ・・・
   どうか、これを彼のもとへ。」


ティアナは深く息を吸って、呼吸を整える。
女王の言う通り、アルブレヒトに仕えるティアナは詮索なしに城を出ることができた。
彼女は懐から淡い蒼色の布包みを取り出し、それを兵士達の前で解いた。
中から現れたのは、純金製のロケット・ペンダントである。
蓋には聖マリア像が意匠されたそれは、レティシアが大聖堂で身に着けていたものに違いない。
ティアナが差し出したロケットを恭しく騎兵隊長が受け取り、ユベールに手渡す。
その短い間に、ロケットが空洞であることを隊長は確認していた。
この場で何か見つかれば、すぐさまアルブレヒトに伝令が行っただろう。
ティアナは心の中で幾度も復唱した文言を、忠実に再現する。
「エクレシアの葡萄樹に宿る真心の証は、災いからの護り。陛下の御心を託す、と。」
それが何を意味するのか、ティアナ自身も知りはしなかった。
エクレシアとは、教会の語源となった古代ギリシャ語である。
ユベールを護送する騎兵たちは、聖像を施したペンダントに、ユベールの無事を祈る女王の願いが込められていると・・・そう理解しただろう。
「では、私は城へ戻ります。ローレンツ様・・・どうぞ、ご無事で。」
「ティアナ・・・ありがとう。」

ティアナは長い敬礼の後に、深々と一礼して馬上の人となった。
出立の号令がかかり、ユベールも再び馬車に乗り込む。
ゆっくりと流れ始めた車窓の景観に視線をやりながら、ユベールは思いをはせる。
(エクレシアの葡萄樹・・・)
レティシアが送って寄こした奇妙で婉曲的な文言は、およそ彼女らしくなかった。
(葡萄樹に宿る・・・真心の証・・・・)
ふと視界に入った車内に、置かれていたのはカイムの剣。
(エクレシアの・・・葡萄樹・・・真心の・・・・まさか!)
ユベールは剣を急ぎ手に取ると、手で触れて隅々まで確かめる。
かつてシャルロットが教会の葡萄樹の根元に埋め、ユベールの元へ渡るようレティシアに委ねたのだと聞いた。
柄を握ると、かすかな違和感が腕を伝う。
抜き身にして数度手首を返し、ユベールは柄の先端を解体する。
柄と刀身の間にできる空間から、絹で巻かれた小さな物体が転がり出た。
親指の先ほどの、小さく硬質な・・・
布をほどいたユベールは、己の心臓が早鐘のように打つのが聴こえた。

  陛下の、御心を託す―――

ユベールの手の内に収まった、それは・・・黄金色のシグネット。
国主としての権能の証。
フライハルト王家の紋章が彫り込まれた、印章指輪であった。


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Last updated  2012/02/10 08:26:22 PM
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