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第十一章 いずれの道を選ぶのか

●リレー小説・桃太郎(番外編)●
第十一章 いずれの道を選ぶのか






 ランは、がらんとした牢の前で、雑炊の乗った盆を持って立ち尽くしていた。
「行ってしまいましたね」
 ランの肩でサルがつぶやいた。
「話せば分かると思ってたのに」
 ランは溜息まじりにそう言って、牢の中に足を踏み入れた。見上げると明り取りの窓が開いている。
 ランは床の上に盆を置くと、その横に座り込んだ。そうするとさらに、天井が高くなったようだった。
 ランは内心苛立っていた。桃太郎は行ってしまった。そして、長はどうするつもりなのだろう。彼女には父親の思惑が読めなかった。自分が桃太郎を海賊島に連れに行くことになった理由も、その根本的な部分は長の心のうちに秘められたまま。何ひとつ分からない。
 見ると、雑炊の盆の前にサルが座っている。
「食べる?なんなら全部いいのよ」
 気のない様子でランが言った。サルはというと、真面目な顔で答えた。
「いえ、結構です。私の胃袋には多すぎます」
「ったく・・・マジメに答えないでよ」
 ランは溜息混じりに裏返った声で言う。しかしサルは、いたって冷静な声で答えた。
「真面目もなにも、思ったことを言ったまでです」
 サルは床の上で行ったり来たりして講釈を始めた。
「同じ霊長類であるにもかかわらず、ヒトとサルの体格はかなり違う。つまり必要とするエネルギー量も異なるわけで、それぞれがそれに見合った大きさの胃袋を持っている。マウンテンゴリラや大型のチンパンジーであれば大きな差はないかもしれませんね。それにむしろ、彼らのほうがヒトよりも多くのエネルギーを必要とするかもしれません。しかしボクは、霊長類の中でも特に、小型種に属するサルです。ですから、ヒトの青年一人分+この場合はイヌ一匹が一緒に食べるということを想定して作られた食事をすべて食べられるほど、ボクの胃袋は大きくないということです」
ランはひざを抱えたまま、冷めた声で言った。
「とても理論的ね」
「そうでしょう」
 あっけらかんとサルは言う。
 こいつはこんなことで胸を張っているのか。ランはふてくされて足を投げ出した。
「あー、もぉ、やんなっちゃうなぁ。あんたってこんなにカタブツだったの?」
「カタブツもなにも、ボクはボクですよ。今も昔も。ああ、そういえば、桃太郎さんのきび団子を頂いてからはさらにすこぶる快調に頭が回るようになった気がしますが」
 めがねの向こうの小さな目が、無遠慮にこちらを見ている。
 ランはサルから目をそらし、天井を見上げた。
「知らなければよかった事実、ってやつですか」
 ランは困ったように笑った。
 サルの声はほんのわずかに寂しさを帯びていて、こんどはじっと主人と同じように天井を見つめていた。ランのもとにこのサルが来て、幾年経っただろうか。
「・・・でも、ボクは・・・自分の中にあったものを表現する方法が手に入って、幸せなんですよ」
 ランはきょとんとしてサルを見た。
 ややあって、サルはぼそりと言った。
「今まではどんなに傍にいても、ランさんに何も伝えられなかった」
 ランもサルも黙っていた。
 天井に近い窓から、わずかに風が流れ込んできた。
 不意に、ランはサルの小さな頭をぽんぽん叩いて立ち上がった。サルは主人の方を見上げた。
「行くわよ、天才チャッピー」



「夜明けまでに着けるかな」
 そのころ、桃太郎と犬とキジは、鬼が島の裏側から小舟に乗って、海賊島への進路を取っていた。夜の闇―――とはいっても空に浮かんだ月から静かな光が落ちている―――の中、舟底にぶつかる波の音を聞きながら、彼らは鬼が島の東側を大回りして通っていく。
 桃太郎は海賊島のある方角を見やった。そこにはまだ、炎が空を焦がしている様子は見えない。すると、キジが桃太郎の肩をたたいた。
「夜明けまでに着きたいのか?それとももっと早くか?ん?早く着きたいんなら、オレがこの舟引いてやってもいいぞ?どうだ?そうするか?」
 キジはそう言って細長い首をかしげた。桃太郎は自分の握っているかいを見た。ひとりではたいした速さもでないのは分かりきっている。先ほどのキジの怪力ぶりからして、任せても大丈夫だろう。
「ああ、頼む。俺もこいでるから、そこにあるロープで引っ張ってくれ」
 キジは待っていましたとばかりに意気揚々はつらつとして、桃太郎が舟のへさきに取り付けた縄を、両足のカギ爪で掴んで飛び上がった。
「全速前進!加速にともなう揺れにご注意くださぁい!」
 キジがふざけた声でそう言ったとたん、舟はギチッと音をたて、すばらしい速さで走り始めた。
「ひゃあ!すごいですね!」
 犬はいたく感心して、船にしがみつきながら何度も尾っぽを振った。キジが思いのほかよく引っ張るもので、桃太郎がかいをこぐ必要はなくなってしまった。
 舟はしばらく同じ速さで走り続けた。だが、まだ水平線上に明かりは見えない。することがなくて手持ち無沙汰になっていた桃太郎は、不意に言った。
「なあ、キジさんよ。お前、どっから来たんだ?」
 すると、いけなかった。キジは驚いて縄を離してしまった。とたん、舟は急ブレーキで止まり、勢いあまったキジは飛んでいた時の速度のまま、海中にドボンした。
 桃太郎はすぐに、海面でパニクってバシャバシャやっているキジの元へ舟を進め、犬が羽をくわえて救出した。キジは思いのほか水を飲んでいたので、背中をドンドンと叩いてやった。力は強くなっても、気の小ささだけは治らないらしい。
 くちばしの間からぴゅーっと水を噴き出して、キジはようやく正気に戻った。とたん、桃太郎に食ってかかった。
「ばばばバカかぁお前!なに、な何を聞いてんだぁ!!!」
「うるせぇなぁ。普通のこと聞いただけだろーが」
 桃太郎は毎度のこと、呆れて耳の裏を掻いた。そしてまたたずねた。
「それに、お前の主人は誰なんだ?見たところ、野生って感じでもないし。飼われてるんだろ、人間に」
「それも聞くなぁっ!!!がっ、な、何で野生じゃないと分かった?オレ野生っぽくないのか?そんなに飼い鳥っぽいのか?」
 キジは空中に飛びのいた。かなりの早口でまくし立てている。
「知らねーよ。勘だよ勘、ただの勘」
 桃太郎はやれやれと首を振った。そこにイヌも口を挟む。
「気になるんですよねぇ。キジさんの身の上。僕は野良犬で、猿さんはランさんの愛猿でしたけど、キジさんは・・・。気になるんですよねぇ」
「な、何だよ二人とも!こんな時に聞くことじゃぁないだろぉっ!桃太郎、お前島が焼けてるんだぞ?お前の島がだぞ?そんなときに何を聞くのかこのヤロウはぁ!」
「お前が止まるとは思わんかったから聞いたんだ」
 堪忍袋の尾がほつれ始めたのか、桃太郎はイライラした声で言った。キジは何か悩んでいるようにウンウン言いながらしばらくもだえていたが、意を決したのか、桃太郎とイヌを見据えて言い放った。
「桃太郎、おっ、お前には、借りがあるっ。だ、だから運んでやってんだぞ・・・!じゃなきゃこんなことしてねぇんだ!ちくしょう、おっ、お前らっ、島のそばまでだぞっ!そばまで行ったら、オレはおさらばするからなっ!」
「え~」
「つれないですよぉ、キジさん。せっかくお知り合いになれたっていうのに」
 一人と一匹は抗議の声を上げる。だが、キジは縄を掴むと、黙って舟を引きはじめた。

「あ、あれ」
 しばらくして、犬が船の進行方向を見て言った。夜が明ける気配はないのに、空と海の境目が朱色に染まっている。
「あんなの見たことありませんよ・・・」
 イヌがつぶやく。しかし桃太郎もキジも、何も答えずにじっとその方角を見ていた。
 島も見えてきた。その周りには、松明を掲げた船の姿もいくつか見える。熱気をはらんだ風も流れてきた。もう、月の姿は見えない。
「ここまでだ。ほんじゃな」
 そう小さくつぶやくと急に、キジは生暖かい風に乗って飛び上がった。勢いよくどんどん高度を上げていく。
「キジさぁん!どんな事情があるか知りませんがー、また会いましょうねー!」
 イヌがそう言って尻尾を振った。
「ち、ちっくしょぉぉぉぉ~!!!お、オレはどうすればいいんだぁぁぁぁぁ~~・・・」
 キジはおたけびを上げながら、変な飛び方で陸のほうへと去っていった。桃太郎とイヌは、そんなキジの姿をぽかんと眺めていた。
 桃太郎はつぶやいた。
「なんか、板ばさまれてるな、あいつ」



 桃太郎とイヌは、共に鬼ヶ島へと旅立った南の波止場を避け、陰になった砂浜に上陸した。そして、そこから水際に沿って数十メートル西へ向かい、わずかに迫り立った崖の割れ目を伝って、集落へと登っていった。
 集落の入り口では、木で作られた小屋がまだ原形をとどめたまま彼らを迎えたが、そのむこうには赤々と炎の色が見えていた。離れたところから、何人もの人の声が聞こえる。
「桃太郎様のお父上が戦っておいでなでしょうか・・・?」
 イヌが不安そうにつぶやく。
「たぶんな。しかし、どんな状況になっているのか、まったく分からん」
 桃太郎は唇をかんだ。すると、急にイヌが鼻をひくつかせ、辺りをかぎまわり始めた。
「どうした?」
 桃太郎はイヌの後をついていく。少し歩いた後、確信を持った声でイヌが言った。
「血の臭いです!」
 イヌは走り始めた。桃太郎もその後を追う。
この島で誰かの血が流れた。自分がいない間に故郷でひどいことが起こってしまった。今考えるともしかすれば、首領はこれに自分を巻き込まないために、鬼ヶ島へとやったんじゃないだろうか?やはり自分は知らぬ間に守られてきた。なんてことだ。何かが起こった後にそれを知っても何も出来ないというのに!
一人と一匹は二・三路地を曲がり、影の落ちた町の中を走った。誰の姿もない。だが、甲冑や刀の擦れ合っているような、金属音が遠くでする。桃太郎の不安はつのった。
「あれだ!」
 ある路地に入ったとき、イヌが叫び声を上げた。細い道の真ん中で、誰か倒れている。桃太郎はそばに駆け寄ると、倒れていた男の肩をゆすった。炎の明るさが増して影が濃く、顔が見えない。
「しっかりしろ!分かるか?」
「も、桃さん・・・?」
 男は答えた。それは一緒に船に乗ったこともある仲間で、三郎という男だった。
「三郎!誰にやられた!ケガは?」
 わき腹に刀傷があるようで、三郎を抱き起こした桃太郎の手に血がついた。三郎は息苦しそうにして、話すこともままならない様子だった。
「は、早く、手当てをしないと!」
 イヌが言った。
 桃太郎は三郎を担ぐと、道の向かいにある空っぽになったうまやへ向かった。けが人を藁の上へ横たえると、桃太郎は自分の着物の袖を破って、彼の腹に巻いた。イヌはうまやの外に出て見張り役をかった。
 うまやの板壁のすき間からは、町の大きな通りが見えた。桃太郎は目を細めてそこから外の様子をのぞいた。くろがねの甲冑を着けた男たちが二人、足軽のように長槍を持った者が八人いた。
「何者だ・・・?」
馬に乗って歩いている者もある。燃えさかる家々をバックに、彼らは敵を探している。家々に入り込んで、金品をあさっている様子も見られた。
「畜生・・・」
 桃太郎はこぶしを握り締めた。
 自分が育った大切な場所を踏みにじられるなど、彼には耐えられなかった。そして、ここにいた人々のことを思うと気が気ではなかった。与助の娘ウメちゃんが連れ去られたということも頭に浮かんだ。一体、みんな無事でいるのだろうか?どこにいるのだろうか?この様子では良いほうに考えることはできない。目の前にいる輩の正体や、金蔵のこともちらと脳裏をかすめはしたが、今はその先まで考えている余裕はなかった。
 また、ひとつの家の戸が破られた。指の先が、どんどん熱を帯びていく。桃太郎は腰の刀に手をやった。オレには力はない。
だが、守りたいものはあるだろうが!
 彼は立ち上がった。
 しかしまさにその時、背後で人の気配がした。咄嗟に桃太郎は振り返って刀を抜かんとした。
「待て、もも!」
 なじみのある声が聞こえた。うまやの入り口に、大きな体躯の男が立っていた。首領だった。
「おれだよ。案外早かったな。帰ってくるの、早すぎだぞ?」
 こんな場に不似合いにも、首領はからからと笑った。
「何言ってんだよ・・・」
 桃太郎は言葉を逸した。安堵か、驚きか、怒りか、呆れか、懐かしさか、そんな感情が入り混じったよく分からない感じが、体の中に広がった。
 首領の後ろには数人の海賊たちがいた。ねじりハチマキをした利吉の姿もある。そして彼らの足元にイヌの姿も。
「桃太郎様とよく似たにおいがしたので、敵ではないと思いまして・・・」
 イヌは人間で言うと頭をぽりぽりかいているような表情をしていた。
「では行こう。ぐずぐずしている暇はない!」
 首領がそう言うと、二人の海賊が三郎をうまやから運び出した。一同はうまやを出て歩き始めたが、桃太郎は勢いを増す炎を眺め、立ち止まった。それに気づいた首領も立ち止まった。
 熱で起こった風が、ほおを焼く。
「みんなは大丈夫なのか?親父。町もこんなに焼かれて・・・」
 歯を食いしばって、桃太郎は立っていた。首領は、静かに口を開いた。
「みんな大丈夫だ。奴らが来ることは分かっていたからな。早くに船で沖に出たんだ。おれたちは残っている者を非難させるためと、時間稼ぎのためにここにいた。だがもう、長居は無用だ・・・」
「でも!」
 桃太郎は言った。
「オレたちの大切な島を奪われる。捨てるのか?」
 首領も、他の海賊たちも黙っていた。沈黙が流れた。桃太郎は、彼の思っていることと同じことが、彼らの中にあることを悟った。
ややあって首領は言った。
「そうだな。ここはおれたちが大事に耕し、いつくしんで町を造って来た場所だ・・・。だが―――」
 業火がうなる音が響いた。焼け焦げた家々が崩れていく。首領は続けた。
「一番大事なのは場所でも物でも金でもない・・・。仲間なのさ。だから行く」
 そのとき桃太郎には、首領の姿がくろがねの鎧よりも揺るぎないものに見えた。
 桃太郎はもう一度町のほう眺めると、首領たちに続いて歩き始めた。それからはもう、後ろを振り向かなかった。
彼らは集落を出て、先ほど桃太郎たちが登ってきた崖の割れ目に向かった。そこからしばらく西へ行き、隠してあった船に乗り込むと、沖へと向かって漕ぎ出した。
沖には、彼らを待つ仲間たちの船があった。一方、陸のほうを見ると、無数の何者かの船の灯があったが、それらはまだ、チラチラと消えそうなほど小さい光の点ではあった。



 風は焦げた臭いを運んで、陸へも届いていた。
 「しゅっ」という空気を切る音がして、砂浜にたたずむ一人の人間のもとに一羽の鳥が降り立った。
「どこへ行っていたんだ、春日丸」
 男の肩に乗った鳥は、ケーンと一鳴きして、すこし迷ったような目つきをした。
 男は黒々と横たわる海と、空を赤く染めている一塊の火を見つめていた。








第十一章 完
第12章へ続く

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