|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
│<< 前のページへ │一覧 │
まだまだ移転途上ですが、公開しておきます。 星を見る人は草原を這う 内容は09/12/04のところ、大して変わっていません。 よろしければ、お時間のあるときにでもいらしてください。 生活は相変わらず苦しいですが、読書はちまちまと再開しています。
「もしぼくが、ぼく自身の前で裸になっていられなければ、 浜辺の裸身を愛するにふさわしくないだろう。 はじめて幸福という言葉の意味が、 ぼくには曖昧でなく思えるようになった。」 p56 31
「ぼく自身がぼく自身に相対しているということ。 ぼくは努力してその状態をぎりぎりまで押し進め、 いまではたいそう耐え難いと思う孤独という犠牲を払ってまで、 ぼくの生活のあらゆる局面でそれを維持しようとしたのだ。 負けてはならない。すべてがそこにあるからだ。 同意したり、裏切ってはいけない。 激しい力がぼくを助け、 そうしているうちにやがてはその力がぼくの愛を生むのだが、 その愛とともに、湧きおこる生の情熱がぼくの日々の意味を作ってゆくのだ。」 …アルベール・カミュ 太陽の讃歌 p56 5
断絶が見える者は、橋を架ける人生を歩むべきです。 否。自らを架け替え可能な橋へと変質させるべきです。 断絶は消えない。消えてくれません。 たとえ別の橋が架けられようと、 あなたが見ているその人が救われないのであれば、 それはあなたにとって橋ではないのだ…
思うに、自分が人生で苦痛と恥に満ちた期間を無効化することを、 無意味化することを、克服だと思っていたことが間違いだった。 あの体験は消しようがなく、苛立たせるが、無価値ではない。 自分というものが、図らずも自分が自分に対して最も正直だった期間だ。 そんな自分に、僕は墓を作った。 自分の本質を墓に押し込んで、忘れて、 周囲に、時代に、適応してしまいたかった。 それでもやはり、僕が生きるには、 生命と欲望の眼光を発しながら生きるには、 あの生命力が必要なんだ。 僕は誠実を軸とし、紳士たることを求めた。 今までそれは、他人に対して、世間に対しての自分へだった。 自分に対して、僕は誠実で、紳士たらねばならない。 それが、墓に対する礼拝となろう。
「とことんまでやり遂げねばならぬ。 それはたんに抵抗するばかりではない。 同様にことのなりゆきにまかせることでもある。 ぼくは自分というものを感じている必要がある。 それが、ぼくを超えてゆく限りにおいてだ。 ぼくはときおり、 ぼくから部分的に逃れてゆくものを書かねばならぬ必要に迫られる。 それらは逃れてはゆくが、 同時にぼく自身のなかにあってぼく自身より強烈なものの存在をまさしく物語っているのだ。」 …アルベール・カミュ 太陽の讃歌 p44
愚者は非難し、 知識のある愚者は批判し、 賢者だが無気力な者は冷笑し、 賢者で気力もあるが敬意を欠いている者は同調を迫る。 同調はしないが理解を示し、 ただ彼や彼女の幸運を願い、 指導せずに鍵のある方向へと導き、 彼や彼女の情熱が実を結ぶ事を祈る。
│<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |