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読んだ本の感想アレコレ [全195件]
![]() タイムトラベルもの。 1994年2月26日から1936年2月26日へ、いわゆる2.26事件の現場へタイムスリップした主人公が、そこで見聞きしたことと、のちの歴史(史実)との狭間で揺れ動く、そういった話。 タイムトラベルものにつきもののタイムパラドックスは登場しない。いや、パラドックスを起こそうとしても、一旦起こってしまった歴史は細部を切り捨てて元に戻ろうとする。 歴史的事実と、それにまつわるあらゆる事を、主人公と同行したタイムトラベラーが、あるいは苦悩し、あるいは献身的に、一度起こった歴史が破綻しないように、少しずつ手を加える。 それが2.26事件とどのように密接に関わっていくのか、その辺の詳しいことは、正直言ってよく分からない。 しかし、もう一つ、タイムトラベルものにつきものの、時の流れによる残酷な現実がクライマックスで待っている。 悲しくも切ない物語だ。
![]() これそ、ご都合主義の最たるもの。 裏表紙に「東野文学の最高峰」とべた褒めだが、それを本気で思っているのなら、何とも哀しい。 この小説を読む前に、同じ著者の「名探偵の掟」という作品を読んで、溜飲を下げた身としては、本格ミステリと呼ばれれば呼ばれるほど、興ざめしてしまうのだ。 「名探偵の掟」でもしばしば使われていたオチだけど、犯人が練りに練って、これだけの完璧な完全犯罪は打ち破れることはないだろう、と自信満々に探偵なり刑事に挑戦というようなシチュエーションだ。 以下、ネタバレ注意。 -- そこで、探偵なり刑事が、あっさりそこで捜査を終えてしまったら、そこで事件は凡庸に終わってしまう。 動機なんて、どうでもいいのだ。 申し訳ないけど、醒めた目線からの感想はそんなものだ。 そういうものなのだ。
![]() 37歳のOLと23歳の契約社員。女が14歳年上の二人に恋は成立するか? もちろん、成立する。 但し、それは恋愛関係の間はいいのだろうけど、その先、結婚ということになると、ちょっと現実的ではない。 小説の中でも、主人公のOLがひたすら悩み、最初は彼の告白も受け付けない。 その後、恋人どうしとなっても、悩み続ける。 今はいい、でも、いつかは無理が出てくる。結婚はできない、と。 そこで出した答えは、恋人関係の今、別れよう、ということだった。 もっともだし、予想通りの展開だった。 しかし、最後に考えを翻す。 「幸せってなんだろう?」と。 男が年上で、年齢差がかなりある男女の結婚というのはたまに聞くけど、逆はあり得ないだろうと思っていた。 しかし、この小説のラストのような考え方なら、それもアリなのかもしれない。 妙にジメジメした文体じゃないところもいい。
![]() マグニチュード9.0という超巨大地震による大津波によって、東北地方の太平洋沿岸を中心に甚大な被害を受けた「東日本大震災」。 本書は、その大津波で大勢の被害者を出した地域の一つ、岩手県釜石市での遺体収容の様子を追ったルポである。 釜石市を選んだ理由は、あとがきに書かれているが、市としても大きな被害を受けた中にも、奇跡的にも住民の半分は助かり、その残った住民自らが、知人であったり友人であったりした遺体を搬送したり、検案したり、検歯したり、といった作業を行い、そこに深い悲しみを見出せるのではないかと感じたからのようだ。 中でも、民生委員である方が、遺体安置所でさまざまな遺体に対して労わりの言葉をかける件は、胸が締め付けられる思いだ。 これは、今回の大震災のホンの一部の地域の話なのである。 その事実を厳然と受け止めるべきだろう。 テレビや新聞、インターネットでもほとんど取り上げられることがなかった、遺体収容のニュース。 それは、遺族への配慮を兼ねた暗黙のルール、タブーでもある。 だからこそ、このような事実は知らさせるべきだろう。
![]() いわゆる「本格推理」とか「本格ミステリ」と称される小説には、いろいろな題材を扱ったものがあり、たとえば、「密室もの」であるとか「アリバイ崩し」などはその最たるものだろう。 この連作短編集は、それら本格ものに不可欠の題材を取り入れつつ、本格であるところをパロディにしてしまった、いわば、「それを言っちゃあ、おしめぇよ」的な連作短編集である。 笑えた。 京極夏彦の「どすこい」以来の笑えるパロディ作品だ。 一言で言ってしまえば、本格ものはみな「ご都合主義」の上に成り立っている、ということで、それは、作者も読者もうすうす分かっていて、気づいているのに気づかぬ振りをして本格ものを楽しんでいるのだ、ということを言っている。 実もふたもない。 但し、それだけの内容ではなくて、きちんとパロディなりの理路整然(?)としたストーリーとなっている。 何も考えず、純粋に楽しめばそれでいいのだ。
![]() スポーツは、よく、筋書きのないドラマ、と表現される。 高校野球もしかり。 野球に限らずだけど、高校野球はトーナメント方式なので、基本的に、負けたら終わりだ。 そこに、美学(大げさ?)が生まれる。 プロ野球のようなリーグ戦なら、こんなドラマティックな展開は期待できない。 まぁ、プロはプロとしての面白みもあるということで、とりあえず置いといて。 トーナメントだから、どんな番狂わせがあるか分からない。 そういった刹那的なところを感じられるところもあるのだろう、高校野球には。 99回負けても、1回勝つかもしれない。それが、甲子園の決勝で起こりうるかもしれない。 そんな「現実は小説よりも奇なり」とか「勝負は下駄を履くまで分からない」などの言葉が浮かんでくる、ワクワクドキドキの小説なのだ。
![]() 去年の3.11以前に読んでいたら、多分これほど原発について考えることもなかったのではないかと思う。 読後感も、3.11以前ならば、「フーン」というくらいか。 原発の存在意義を問いかけた犯人の気持ちは、それこそ3.11を経験した今なら重く受け入れたいと思う。 |一覧|「yuji_aizawa」に関するつぶやき |
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