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盗めない宝石・終

<盗めない宝石・終>



 爬虫類を思い出させる舌がチロチロと唇をなめ回す。
 逃げ出したいと思うが、成人男子の本気の力は鋼鉄のようで突き崩す事ができない。
 抵抗できないの楽しむように、歯列を割り口内を犯 し始めた。
 生暖かい舌がエドワードの上顎を這い回り、我が物顔で蹂 躙する。
 それはまるでレイ プのようだ。
 グリードがキスに夢中になり、意識が外に向けられなくなった瞬間、エドワードはグリードの股間目がけて膝を入れた。
 抱かれている状態からだったので、威力は低かったが一応の目的は達成されたらしい。

「やりやがったな、このじゃじゃ馬!」

 身を屈めて涙目になりながらも、怒声だけは忘れないのが彼らしい。

「あんたが強引に仕掛けるからだろが!」

 身動きの出来ないグリードを置いて、ロイを探す。
 少し痛めつけたと言っていたのが心配だった。
 死ぬような事態ではないらしいが、怪我しているのは間違いない。

「ロイっ!」

 大声で名を呼ぶと、かすかに声が返る。
 声の方向へ走ると、小部屋の隅に上半身を裸にして座り込んでいるロイが居た。

「大丈夫かっ!」

 見たところ出血はないようだが、暴 行を受けた跡がそここに見られた。
 この様子だと足で蹴られたり手でなぐられたり、部分的には鞭で打たれたりした様子だ。
 出血が無いからと言って油断は出来ない。
 内臓を痛めつけられている可能性が高かった。

「……エ…ディ、グリードに何かされたの…か?」

 口を開くと痛むらしく、痛みをこらえながら問う様子が痛々しい。

「ん、まぁ、キスされたぐらいだから気にすんな。それよかアンタはどうなんだ?」

「き、キスぐらい、って事は決して無いぞ。
 私の大切なエドワードのキスを盗られたのだからな!」

 本気になって怒ってくれるのは嬉しいが、今はそれどころではない。
 見張りで居たはずの男の姿が見えないのが妙に不安だった。

「さ、早く逃げよう! あんたの部下のブレダが来てくれてる。立てるか?」

 見ればまだ両腕は縄で一つにくくられたままだ。
 残念ながら縄を切る道具は持たず、周囲にも切れそうな代用品がみつからない。
 それよりも一刻も早くここを出るのが一番だとエドワードはロイを立たそうとした。

「キスを」

「?」

「キスをしてくれないと力が出ない」

 時間を争う今、何をバカな事をと思うが、ロイは一度言い出したら退かない男だ。

「ホレ」

 ロイの唇に自分の唇を重ねる。
 同じキスなのに、グリードとの時は気持ち悪いとしか思えなかったのが、ロイとのキスは甘いと思った。
 前もって飴でも口に含んでいたのかと思ったぐらいだ。
 ロイも同じ事を思ったのだろうか、美味しいものを食べた時のような顔をしていた。
 離れがたいと思ったが、今はそういう時ではない。
 エドワードから唇を外し、ロイを見つめた。

「帰ろう」

「ああ」

 立ち上がるのがやっと、というロイを支えるようにしてエドワードは部屋を出た。
 
「おや、どちらへお出掛けかな? お宝の検分はもちろん、交換もして無いが?」

 廊下に出たところでニタニタと笑うグリードに出会った。
 股間蹴りの威力が小さかったので復活も早かったらしい。
 もっと強くしておくべきだったと思うが、今更の話だ。

「お宝は置いていってもらわねぇとなぁ?」

 ロイはエドが持っていた馬の系図が書かれたノートを目で探している。

「待てよロイ。コイツに渡さなくていいぜ。グリードの狙いはオレなんだし」

 ロイの視線が鋭くなる。

「エディをおびき出す為にセリムをさらったと言うのか?」

「そうだ、と言ったらどうする?」 

「グリードぉ…… 許さないっ!」

「負け犬の遠吠えなんか屁とも思わないね。好きなだけ吠えるといいさ。
 ロクに歩けもしないで俺にどうか出来ると思ってるというのが笑えるぜ。
 お前は帰っていいぜ。歩けねぇなら、俺んとこのキンブリーに抱っこさせて連れていってやるぜ? 
 でも、そこの金色の姫さんと、馬の系図は置いていってもらおうか」

「オレはロイと帰るぜ? アンタと一緒に居るなんて反吐が出らぁ」

「じゃじゃ馬だと思っていたが、口も相当悪いなぁ姫さん。
 でも、俺はな、そういうのを調 教して飼い慣らすのが好きなんだ。
 その可愛い顔を苦痛に歪めて、俺に許しを乞うんだ。ああ、いいな……」

 自分の世界に入ってしまったらしいグリードは、エドワードを見つめてニヤニヤしている。
 その間もじりじりと出口へ進もうとしていたのだが、それを見逃すグリードではない。
 歩く事もできないロイを階段から突き落とそうとするのを、エドワードが止める。

「止めろよ。怪我してるロイを落としたら、今度は本当に死ぬぞ」

「おや? 愛する婚約者だから止めるのかね。
 だったらロイを助けるために俺の妻になれ。一生可愛がってやる」

「オレが今、ここに残ったらロイは助けてくれるか?」

「ああ、ここから無事に帰すと約束してやる。
 でも姫さんと、馬の系図は置いていけよ」

 エドワードは本気だった。
 グリードの気が変わらない間にロイをハボックとブレダの元に帰したかった。

「エディっ!」

 ロイが必死の形相で叫んでいる。

「一緒に帰るんだ!」

「でも……、オレはロイを抱えて歩けねぇもん………… ごめん」

 今はこれが限界の譲歩だとエドワードは知っていた。
 我慢ができないグリードなので、いつまでもグズグズしていると全てを失ってしまう事になるだろう。
 動きが取れないロイを安全な場所に帰せばエドワード一人なら何とでもなる。
 だてに修羅場をいくつも乗り越えてきたのではない。

「グリード、オレここで見てるからロイを仲間のとこまで帰してくれる?」

「いいだろう。その条件で呑んでやろう。俺は気が良いからな」

 どこの気が良いのかと突っ込みたいが、今はロイを無事に帰すのが先決だ。
 エドワードは系図が書かれた手帳を出して内容が読めるようにグリードに見せ、パチンと音を立てて表紙を閉じるとスカートのポケットに入れた。

「今は渡さないぜ? この二階の窓からオレはロイが仲間の所に戻るのを見て確認できたら、この馬の系図はアンタのものだ」

「いいだろう。だが、条件はそれだけじゃないと知ってるな?」

「アンタの嫁になったら良いんだろ?」

「判っているならいい。……キンブリー!」

 先程上からエドワードに命令をしていた男の名前だろうか。
 幾度が呼ぶが返事がない。
 早くエドワードを手に入れたいと思っているグリードは、部下にロイを任せるのでなく、自分から連れていく事にした。

「逃げるなよ」

 念をつくように言い、エドワードもうなずいて了解する。
 自分を助けるためにエドワードが危険な事をしようとするのを知りつつ、ロイはどうする事もできなかった。
 どうにかして逃げ出せるとエドワードが思っている様子は伺えたが、従兄弟として赤子の頃から付き合いのあるロイには、グリードの怖さを良く知っていた。
 そして裏切った時の非情さも知っている。
 自分を裏切るという行為は絶対に許されないらしい。
 どんなに気に入ったいた物でも人でも平気で壊し、殺(あや)めるのだ。
 命があれば何とかなる、そう信じていた。
 いや、自分が愛したエドワードならきっと自分の元に戻ってきてくれるはずだ。

「では行こうか従兄弟殿。
 お前を仲間の所に置いてくれば、俺は可愛い姫さんと、金を手に入れる事になる。
 最初に誰が見いだしたかなんて関係無いね。最後に誰が手に入れるかが問題だ」

 階段を自力で降りられる状態にないロイは、グリードが抱えるようにして一階まで下ろした。
 その間中、エドワードは監視するように二人を見つめ、入り口へ向かって歩き出したのを見届けると、走って二階廊下の隅にある窓から外を眺めた。
 しばらくすると二人が外に出てきたのが見えた。
 今や遅しと待ちかまえていたハボックとブレダが待機場所から姿を現し、ロイを出迎えようと駆け寄るその時に、ドンという大きな地響きが聞こえた。
 何事が起きたかと外に居た四人がふり返ると、古い砦の中央部分から火柱が立ち上がっている。
 窓辺に水色のドレスを見たハボックが窓の下の方へ駆け寄ると、窓から何かが投げられた。
 条件反射でしっかりキャッチすると、それはエドワードに持たせていた縫いぐるみのアルだった。

「エディっ!」

 ハボックとロイが同時に名を叫んだ次の瞬間、もう一度今度は先程より激しい爆発音がして砦は完全に崩壊炎上していた。
 飛び込んで助けに行くにも、すでに入り口となる部分が失われ、崩れ落ちた建物からは勢いよく焔が踊っている。
 何が起こったのか認識できないまま立ちつくす中で、グリードだけがこの焔の理由を知っていた。

「……キンブリーの奴、また勝手な事を……」

 爆弾狂のキンブリーは破壊するのが大好きな男だ。
 その手腕は鮮やかなので、グリードも邪魔なものをよく片付けてもらっていたのだが、どうやら今回は命令を聞かぬまま、自分の趣味に暴走したらしい。
 かなりの残虐 趣味を持っているので、際だって高価なものや美しいものを破壊するのを至上の喜びとしている。
 今回はグリードが嫌っているロイと、その婚約者で異国の美しい姫という美味しい獲物に我慢ができなかったのだろう。
 ロイを見張っていたはずのキンブリーの姿が先程から見えないので、小用を足しに行っているのかと思っていたのだがそうでは無く、自分の趣味の為に爆弾を砦に仕掛けてまわっていたのだ。
 彼の手に掛かったら、どんなものも一塊の灰になってしまうのが落ちだ。
 残念だが、美しく可愛らしく小生意気な姫は紅蓮の焔の中に散ってしまっただろう。

「俺は求めていた全ての宝を失ったな……」

 ポツリとつぶやくグリードの横で、唖然と焔を見上げているのはロイとハボックだ。

「エディ……」

 自分を助ける為に砦に残ってくれたばかりに、爆発に飲み込まれてしまった。
 人の手による故意の爆破だと気付いているので、エドワードが助かる可能性が万に一つも無いと知っている。
 己の不覚故の事件なのでショックが大きかった。
 ハボックにしても、投げられた縫いぐるみを受け取らずに窓から飛び降りるように指示し、腕に抱き留めていたなら助ける事が出来たかもしれないと、そればかりが脳裏を横切っている。
 腕の中に残ったのはエドワードが愛用していた縫いぐるみのアルフォンスだけだ。
 これがその持ち主であれば、と罪もない縫いぐるみに八つ当たりしそうになったハボックだったが、その形が先刻と違う事に気が付いた。
 護身用にと小型の銃を縫いぐるみの中に忍ばせて渡したのだが、今は別のものが入っているらしい。
 あわてて開けてみると、そこには王家の宝と言われていた馬の系譜が書かれた手帳が入っていた。
 ロイの為に取り戻してやりたかったのだろうか。
 正義感に溢れたエドワードらしい行動に、ハボックの目から涙が溢れて止まる事を知らないようだった。



 *****



「もうイヤだなぁ、エドワードさんは!」

 金の髪を短く刈り込んだ青年が設計図を前に笑い転げている。

「あ? なんでソコで笑うんだ? オレはしごく真面目に仕事してんの!」

 腰に届きそうな長く癖のない金髪を後の高い位置で一つに括っている青年は、白い頬をぷうとふくらませて怒っている。

「あはは! ごめん。あ~いやだ、涙まで出てきちゃったよ。
 しかしエドワードさんって、本当に僕の初恋の人に似てるなぁ。
 別人だって知っていても、彼女が居るのかと思ってドキッっとなる事があるんですよ」

 笑い泣きしながら、ハイデリヒの顔が真面目になった。

「お前の初恋の彼女?」

「名前も似てるんですよ、愛称がエディって言ってね。
 侯爵令嬢でとても可愛らしいお姫様でした。
 踊りも得意でね、特にワルツはとても優雅で誰もがうっとりと見つめたものです」

「で、その初恋の彼女とやらはどうなったんだ?」

 興味無さげに聞いてやる。

「おや、噂を聞いたことありませんか?
 すごく有名な話で一時期はヨーロッパ中持ちきりでしたのに」

「?」

「アラブの皇子に見初められて婚約した姫が、父王にご挨拶に行かれたのですが…… 
 不幸な事件に巻き込まれて旅先で亡くなられたんです…… 
 その話を知った時はショックで、ショックで一週間食事が喉に通りませんでした……」

「そっか、そりゃ気の毒したな」

「もう、エドワードさんって冷たいんだから! 
 直接お会いして何度かお話した事があるので、あんなに綺麗で可愛い姫が亡くなったって知ったら誰でもショックですよ!」

「すまん」

「父君のホーエンハイム侯爵は、それはもう大変な気の落としようで今は気晴らしに旅に出たまま城には戻ってこられてないそうです。
 姫との思い出が多すぎるからですって」

「へぇ」

 そのデリケートな侯爵様は、ミュンヘンの安アパートで脳天気に暮らしているとも言えず、エドワードはくすぐったい思いをしながらハイデリヒの話を聞いていた。

「婚約者の皇子はね、自分のせいで姫を亡くしたって後悔してらして、今でも毎日姫の墓前に紫の花を供えているそうです」

「紫の花ぁ? また何で?」

「もう、本当にエドワードさんて変な人! 
 研究書や文献には信じられないぐらい詳しいのに、一般常識の範囲でずっぽり抜けている部分があるんですもん。
 少しはゴシップとかにも興味をもたないと!」

「いや、他人の話なんて興味ねぇもん」

「まぁ、そこがエドワードさんらしい、と言えばそうなんですけどね。
 ああ、姫の墓前に供える紫の花でしたね。
 ヨーロッパの上流階級では婚約した日には白い花を贈り、それは逢うたびに色を増していって結婚前日には紫色の花を贈るんですよ。
 皇子は婚約者だった姫に最後に贈るはずだった紫色の花を渡せなかった、つまり結婚出来なかったと悔やんでらっしゃるそうです。
 姫を守る事が出来なかったとね。
 この話を聞いてご婦人方は涙に暮れておられましたよ」

「ほぉ、そうだったのか。いや、オレはマジでそんな話を聞いたことねぇや」

「こういう話を少しは知らないと、ご婦人方に嫌われますよ?」

「いや、いいもん。オレは文献と研究書さえあれば満足なの。
 それとお前と一緒にロケット作れてるし、十分!」

「あ~あ、こんな研究バカと初恋のエディ姫が似てるなんて信じられない~っ! 
 エドワードさんのバカ!」

「あん? なんでオレがお前にバカって言われないといけねぇんだ?」

「そりゃぁ決まってますよ。エドワードさんが僕の初恋の人に似すぎているからです! 
 もっとも中身は全然違いますけどね!」

「一緒だったら困るじゃんか。オレはドレスなんて絶対に着ねぇぞ!」

「誰もエドワードさんにドレスを着せたいなんて言ってないでしょ? 
 ……でも、その髪を結い上げて、ドレスを着て、口が悪いのが無ければ……」

「何をよからぬ事考えてやがる! ほら、さっきの続きしようぜ!」

「・・・・・・・・・・・・」






 そして物語は『シャンバラを征く者』へとつづく。



<END>  再録20120628


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