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![]() この程度のこと、本当に今まで言われたことなかったのか? 評者は、ほとほと疑問に感じるのですけど。 内容はこんな感じ。 卑弥呼は巫女ではない。戦う首長だった。 中国の使者に、国王は姿を現さなかっただけだ。8世紀までそうだった。 だから「見えない国王」として魏志倭人伝に記された。 卑弥呼に唯一出入りしていた男。 飯豊王も、考謙=称徳帝も、卑弥呼も、出入りが許されたのは夫であろう。 古代では、男女に別はない。 妻問婚で、男のみならず、女も何人もつれあいがいた。 なにより、名前は男女とも同質の名前だった。 8世紀、女性観の転換がおきた。 文献史料上にみえる「ヒコ」だって、本来男とはいえない。 「ヒメ」「メ」は、女性のみに「後世」に与えられたジェンダー記号にすぎない。 神功皇后だって、本当は君主だ。 近代日本が必要としていたイデオロギーによって、卑弥呼像は変質した。 とくに内藤湖南、白鳥庫吉によって。 … … 義江教授は、古代女性史研究者。 「記紀」のイデオロギーに注意しつつ、さかのぼること500年前の社会を想定。 8世紀に成立した文献から復元された、3世紀卑弥呼像の推測である。 だから、「卑弥呼」といいながら、実は卑弥呼そのものを扱ってはいない。 古代日本史。専門書を上梓してやっと就職が可能になる、恐ろしく厳しい分野。 某大学教授が、男子院生の嫁にするために女子院生をとると放言した領域。 研究者死屍累々。 文献1行1行に注釈がつき、見解の相違がある、「分厚い研究」領域。 「男女同じ」「卑弥呼だって戦った」くらいのことを言った人が、過去にいない。 そんなこと、誰が信じられるだろう。 なぜ、白鳥・内藤しか引用されない? 「邪馬台国」ブームからすると、考えられないような、先行研究の無視。 しかも、近代日本イデオロギーによって変質したんだ!くらいなら、 小路田泰直『「邪馬台国」と日本人』でとっくにいわれてる。 かな~りトンデモ本だけど。 「ヒメ」「メ」以前にだ。 そもそも「邪馬台国」「卑弥呼」なるものが存在していなかったら、どうなるの? 「卑弥呼」「邪馬台国」とは別に、古代王権が日本にあったとしたら? 魏志倭人伝はウソを書いていたらどうする?本当に使者は日本に来たのか? 史料という前提、史料のイデオロギーを疑うというのは、そういうものだろう。 結局、卑弥呼像としては「あっ、そう。フェミっすね」の一言ですむ。 間違ってはいないけど、それがどうしたんだい、てな所でしょう。 おまけに、邪馬台国史学史の整理にもなっていない。 7・8世紀以前の「古代社会」像のまとめ以外の価値がないことが惜しまれる。 タイトルに偽りあり、という所だろう。 評価 ★★☆ 価格: ¥714 (税込) 追伸 ちなみに小路田のこれは、史学そのものに秘められた政治的イデオロギー を先鋭に描き出していてなかなか面白い。 取り扱い注意ではあるけれど。 ![]() 評価 ★★★ 価格: ¥714 (税込) ←このブログを応援してくれる方は、クリックして頂ければ幸いです [歴史]カテゴリの最新記事
こんな書評もあります。
どうかご参考にしていただければ幸いです。 http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/read003.htm (Apr 13, 2005 08:13:13 PM)
お初です。この本は文献史学だけで古代史を見ているかたとか 古代史だけをみて 中世から近世をみていない人には新鮮でしょうね。(May 8, 2005 08:56:22 PM)
くれどさん、はじめまして。
>古代史だけをみて 中世から近世をみていない人には新鮮でしょうね。 この部分が良く分からなかったのですが、もう少し解説してくださればありがたいです。。。。。。 (May 8, 2005 10:18:26 PM) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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