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ココロの森

ココロの森

第6話(NEW)



    第6話  初日の試練と感動



  ローマ初日。
  早朝から、散歩と周辺地理の把握も兼ねて、ホテルから約2kmの距離にあるボルゲーゼ美術館に向かう。

 吐く息がほんのりと白く見えるくらい寒いけれど、
 秋の朝日を浴びながら、憧れの異国の地で石畳の町並みを歩くのは、何とも言えず気持がちいい。
 東京のように、無機質で無愛想なコンクリートの塊だらけの街とは違い、
 ここではひとつひとつの建物が、確かに息づいている。
 昔からこの街で暮らしてきた人々を、守り、育んできた温もりが宿っている。
 その温もりが、ローマの人と街全体を、そこに訪れる人々を、柔らかく明るく、包み込む。
 そんな街をただ歩いていると、ローマに来たんだ、という実感が湧いてくる。

 「私、こういうのに憧れてたんですよねぇ~。 ほら見て!あの建物とか、すごく素敵!!」
 『寒い朝が超苦手』な、やまだ花子(仮名)も、今朝は御満悦だ。

 2kmならば、だいたい30分、まあ迷っても1時間あれば着くだろうと思って出発したのだが
 途中道に迷ってしまい、たっぷり1時間半ほどかかって、やっとボルゲーゼ美術館に到着した。

 が、しかし・・・
 嗚呼、なんてこと!!

 せっかく早朝から苦労して来たにもかかわらず、ボルゲーゼ美術館は一日の入場者数を制限した“完全予約制”で入れない、というのである。
 (美術館のチケット売場のひとや、守衛さんが、全員、まるでイジメのようにイタリア語オンリーで説明してくれるので、
  何故入れないのかという理由を理解するまで、ゆうに15分以上かかった)
 Why???
 ガイドブックには、そんなこと、一言も書いていないのに・・・

  またしても初日早々の大番狂わせ。
  波乱の幕開けである。
  これからこの先、私達の旅は一体どうなってしまうのであろうか?

 しかし、打ちひしがれている暇はない。
 次に向かう予定の教会へ、道順を検討しなくては。

 次の予定『サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ教会』は、有名なコロッセオの近くにある。
 地下鉄B線の『コロッセオ』駅で降りるのだが、本来の予定では『コロッセオ』は私達の見学コースに入っていなかった。

  驚かれるかも知れないが 私達の今回の旅の予定に、いわゆる<名所観光地巡り>は、無い。
 映画「ローマの休日」で有名な『真実の口』も、  オードリー・ヘプバーンがアイスクリームを美味しそうにほお張った『スペイン階段』も、
 ローマを訪れた旅人誰しもが必ず行くであろう『トレビの泉』ですら、行くのかどうか定かでない。
 時間があれば、もしくは通り道ならちょっと寄ってみようか、というくらいの感覚でしかないのだ。
 私達の、今回の旅行の目的は、あくまでひとつ、<教会&美術鑑賞>だけなのである。

  だが今朝は、美術館をひとつを見そこねて時間が空いてしまったので、それならば折角だから、とコロッセオも見ておくことにした。

  ここからコロッセオまでは地下鉄で行くのだが、途中で一度乗り換える必要がある。
 ボルゲーゼ公演の片隅でガイドブックと地図を広げ、道筋を確認すると、
 現在地から真っすぐ坂を下りていったところに地下鉄A線の駅「フラミニオ」がある。
 ここから中央駅の「テルミニ」まで行き、地下鉄B線に乗り換えて2つ目が「コロッセオ」だ。

 私達は6日間ローマにいるので 一週間有効の「C.I.S」というフリーパスを買った。
 操作方法が難解極まりない切符自動販売機で、英語表示に悪戦苦闘しながらも
 (駅員に聞きたくても誰もいない。改札も無人なのである。   しかし、無人ならば切符など買わなくてもよかろう、と思うと   それが、おっとどっこい。   一ヶ月に数回、列車の中や改札出口に駅の係員が検札の見回りにくるのである。   そして、無賃乗車が露見すると、目の玉が飛び出そうなほど、ものすごい額の罰金を払わなければならないのだ。   無論、旅行者だからといって、例外ではない。)
 なんとかC.I.Sを購入し、コロッセオに向かう。

  テルミニ駅で、きょろきょろ、あくせく、せかせかと乗り換えを済ませ、
 無事、コロッセオ駅に到着すると、文字通り、目の前にどどーん!とコロッセオがあった。
 やはり側で見ると、想像以上に大きい。
 入り口には、入場券を買うための長~~い長~~~~~い列ができていた。
 「どうする?これ。 いつ入れるかわかんないよ?」
 「これでまた入場制限で入れなかったら泣きますよね」
 長蛇の列を前に、しばし立ちすくむ、私とやまだ。
 しかしコロッセオの周囲には、極めて怪しげな人形を差しだしてくる、妙ににこやかな東南アジア系の物売りの人や、
 いかにも観光客を「物色中」の集団、 物乞いのジプシーなどがうじゃうじゃいて
 ボーッとヒマそうに立っていたり、所在なげにウロウロしていると大変なことになりそうなので、
 取りあえず列に並ぶことにする。

  並んでみると、列は案外早く進むので、やはり入っておこうということでふたり話がまとまった。
 いつの間にか頭上に上った太陽は、まるで真夏のように照りつけ
 さっきまでの寒さが嘘のように、次第にじっとりと背中が汗ばんでくる。
 列に並んでいる間も、ジプシーや怪しげな人々が次から次へと近づいてくるので、オンナふたりだと、ちょっとどころかかなりコワイ。
 入場の列の近くには数台のパトカーが止まっていて、警官もちゃんといるのだけれど
 彼らはお互いに談笑し、ジュースなんか飲みながら、すっかりくつろいで冗談なんか言っているので
 アテには出来ない。
 私達の前後に並んでいる、体格のいいアメリカ人とおぼしき観光客の方が、あんな警官なんかより、よっぽど頼もしい。


  コロッセオの見学は早々に終わらせ、本来の次の目的地である教会に向かう。
 まだ教会をひとつも見ていないのに、ゆっくりなどしていられない。
 そう、私達の旅の目的は、ただひとつ、<教会&美術鑑賞>

 次に行くはずの『サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ教会』は、
 ヴァチカン美術館・システィーナ礼拝堂と並んで、今回是非見ておきたいと思っていた“メインディッシュ教会”のひとつなのだ。
 私もやまだもひとつひとつの物を見るのにかなりの時間をかけるので
 ここには早めに行かなければならない。

  『サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ教会』は、比較的大きな教会だ。
 ローマ4大聖堂のひとつで、14世紀にヴァチカンに教皇庁が移るまでは、ローマで最も重要な聖堂だった。
  教会の正面を背にして、左前方には、「スカラ・サンタ」と呼ばれている、キリストが歩んだといわれる有名な石の階段があるのだが
 キリスト教徒でない私達には、ただの石段でしかないので、
 礼拝するキリスト教徒の方々越しにちらりと遠目でみただけで、さっさと教会のなかに入る。

  教会の中はひやりと冷たく、入り口ホールは薄暗かった。
 その、しん、とした冷気に触れると、今まで自分たちがいた、あの真夏のように眩しい日差しの外の世界が、
 なんだか空々しい夢の世界の出来事であったように思えてくる。
 その入り口ホールから、中央の大きな礼拝堂のへ扉をゆっくりと押し開けると
 そこには、別世界があった。

 礼拝堂の内部は、息を飲むような素晴らしい内装で溢れていた。
 金色の細かな装飾をいたるところに施した高い天井、
 聖人達の美しい彫刻が安置されている大きな柱、
 その上部のレリーフにも、天使などの繊細で美しい彫刻が施され
 更にその上部には素晴らしい宗教画がはめ込まれている。
  高い窓から差し込んでくるひかりは、先程の外の真夏の太陽を思わせる陽射しを、
 ガラス窓一枚透かしただけとは思えないほどに優しく、やわらかく、
 静かに礼拝堂内部の隅々を照らし出している。

  何とも言えない神秘的な雰囲気と、あまりの美しさに、私達は圧倒されてしまった。
 「わぁ・・・」
 と言ったきり、ふたりとも全く声が出ない。

  暫くの間、まるでゼンマイが切れた人形のようにぽかんと口を開け、ふたりその場に立ち尽くしていたが
 やがてどちらからともなく、自然と歩き出し、左右にある小さな礼拝堂へと足を向けた。

  この教会は左側面と右側面に2ヶ所ずつ、計4ヶ所の小さな礼拝堂と
 正面中央の大礼拝堂の、合わせて5ヶ所の礼拝堂があるのだが、そのどれもが素晴らしい。
 祭壇も、柱も、壁面に書かれた絵画も、天井の細部に至る彫刻まで
 何もかもが素晴らしい。
 鉄格子の扉が閉められ、中に入ってよくみることのできない小礼拝堂もあったけれど
 遠くから眺めていても、その美しさはまさに“時を忘れる”ほどだ。
 そしてそれに輪をかけて美しいのが、中央にある主祭壇である。
 法皇だけがミサを行えるというその祭壇には
 本当に驚くほど細かい金の細工が、細部の細部に至るまで施されている。

  私のゼンマイが、また切れてしまう。

  礼拝堂だけでもこれだけ美しいのに、加えて天井画や柱のレリーフなどを見て回るのだから、本当に時間などあっという間だ。
 気がつくとやまだと離れ、ひとりきりで一時間半も見て回っていた。

  やっと一通り見終わったところで、やまだを探しに行くと、
 彼女はまだ入り口から2つ目の小礼拝堂を見ているところだった。
 「あんまりにもキレイで、涙でちゃいました・・・」
 と ホントに涙ぐむ程の感激ぶりである。
 ふたり一緒に、あと2つの礼拝堂と主祭壇をじっくり見学し
 最後にもう一度、やまだが一番気に入ったという、入り口から二番目の小礼拝堂の前に佇んだ。

 「藤紫さん ありがとう。こんなにいい所に連れてきてくれて・・・」

  そう、ここの教会だって、私がたったひとりで数少ない資料の中からリストアップした教会なのである。
 数多あるローマの教会の中から、ガイドブックやインターネットを彷徨い歩き、
 小さな写真と説明文だけでを頼りに、ふたりの好みに合いそうな場所を見つけることの、何と大変だったことか・・・。
 思い返すだに、泣けてくる。

 世の男性達が、情報誌片手にデートコースをひねり出す苦労が、今回のプランニングでよくわかった。

 ・・・嗚呼、男に生まれなくて良かった。
     オンナなら、少なくとも、やまだの彼氏になる心配はない。




                    第7話 「窓口で切符を買おう!」につづく


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