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ココロの森

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第9話(NEW)



     第9話  ジプシーの餌食




   その1:朝のテルミニ駅にて

  ローマ2日目。
 昨日の様な目に遇わないためにも、
 今日はホテルからテルミニ駅まで、しっかり地図に目印を付けながら行くことにする。
 街中で地図を広げるのは危険行為なのだが、
 帰り道、また2時間も寒風の中を彷徨う事を考えれば、これも致し方ない。
 方向音痴の自分を恨む。


  今日はスペイン広場からナヴォナ広場周辺に向かう。
 この辺りは観光スポットが集中しているため、スリなどが多い。
 気を引き締めて駅に向かう。

  ホテルからテルミニ駅までは 本来なら10分もあれば行ける。
  あっという間だ。
 何故、昨日はあんなことになったのだろう。いくら考えてもわからない。
  繰り返すが、酔っていたわけではナイ。
  断じてない!
 きっと、磁場が狂っていたのだ。


  そんなことを考えていた時である。
 2人の少女が私の方に走り寄ってきた。
 そして にこっと微笑むと 目の前の私の胸の辺りに段ボールを広げる。

  ------- ヤバイ!スリだ!!

  ローマにはこの手の子供のスリが結構沢山いるらしい。
  この手口はガイドブックに書いてあった通りだった。
 この段ボールを観光客に持たせ、気に取られている間に、
 もう一人が段ボールの影でバッグから財布などを抜きとるのだ。
 子供だからといって、手加減したりしていると
 そのうち大勢に囲まれたりして大変なことになりかねない。

  思いきり段ボールを払いのけ、バッグをしっかり持ち直す。
 しかし敵も然るもの。後には引かない。
 今度は平然と2人してバックに手を伸ばしてくる。
 2度、3度と大声をあげ、手を払いのけるうちに
 通りすがりの老紳士が駆け寄ってきて、少女たちを追い払ってくれた。
 少女たちはやっと諦め、捨て台詞を叫びながら逃げていった。

  老紳士は苦々しそうに 英語でこう言った。
 「あいつらはイタリア人じゃないよ。ユーゴスラビア人なんだ」
 要するに、悪いのはユーゴ人だからイタリアを嫌いにならないでね、
 というようなことが言いたかったらしいのだが 
 私にとってはそんな事はどうでもいい。
  ともかく無事で良かった。
 
 お礼を言って、ふと気がつくと やまだがいない。

   ・・・まさか、やまだも狙われたのでは?

 アセって周囲を見回すと、
 5m後方に、すっかり『石』と化したやまだがいた。

 「あ~~~~~~~~ん!こわかったぁ~~~~~~~~!」
 私と目が合って、メデューサの呪いが解けたのか
 半べそをかきながらこちらに駆け寄って来るやまだ。

   何を言う。怖かったのはこっちである。
   おまえが泣いてどうする。

 「もう私、藤紫さんから一歩も離れません!!」
 というやいなや、私の左腕にぴったりくっついて本当に離れない。
  まあ、そのほうが私も安全でいいけれど・・・

 「何で助けに来てくれないのよ?」
 「だってぇ・・・」
 「だってぇ~じゃない!!石になるなよ!人のピンチに!!」
 「だぁってぇ~~~~~・・・」

 初めての海外でのこの出来事が、やまだにはあまりにも衝撃的だったらしい。
 (海外6回目の私もこんなことは初体験で十分衝撃的だったのだが。)
 駅の人込みの中など、まるで恋人同士のように私の腕にしがみつき
 ピッタリ寄り添ってくる。
 ちょっとでも離れようものなら、
 『待ってぇえええええ!』
 と、甘えた声で走り寄ってきて、目を潤ませる。

 その怖がりようが面白くて 笑って見ていたのだが、
 日本語のわからない周囲の人達からは
 私達はきっと『東洋のレズビアン・カップル』に思われていたに違いない。


  この後、一応 通り道だからということで
 『トレヴィの泉』にも行ったのだが、
 周りにはコロッセオにもいたようなアヤシゲな人達がうじゃうじゃいて
 とてもじゃないけど
 『泉の縁までいって、後ろ向きにコインを・・・』
 なんて出来ない。
 こんなところで財布を出したが最後、あっという間に持っていかれそうである。
 さっきのこともあって、びびりまくりの私達は
 写真を撮っただけで そそくさと退散してきた。

 


    その2:コルソ通りにて


  試練はまたも私達を襲う。

  パンテオンやナヴォナ広場など一通り見学し、
 じゃあ、スペイン広場に抜けるコンドッティ通りを通って帰ろうということになった。
 コンドッティ通りは、別名『ブランド通り』。
 イタリアをはじめ、世界のブランドショップが軒を連ねるところで
 日本の女の子御用達の名店街である。
 友達に『プラダの財布を買ってきて』と頼まれていたのでここに行くことにしたのだが  事件はこの通りに行く前に起きた。

  コルソ通りという 車も人の往来も激しい大通りを
 ウィンドーショッピングを楽しみながらぶらぶら歩いていた時だ。
  一体どこから現れたのだろう?
 知らないうちに周りを7,8人のジプシーの少年達に取り囲まれていた。
  しかも目の前には段ボール。

  朝のテルミニ駅と同じ手口の子供スリ集団だ。
  しかも今度は男の子、人数も多い。
   ------ これはヤバイ。相当ヤバイ。
  思わず身構える。 緊張して声も出ない。

  にこにこ顔の少年たちがバッグに手を伸ばそうとした、
 まさにその時である。
  突然、車のクラクションがけたたましく鳴り響き
 車の窓からおじさんが顔を出して少年たちを怒鳴りつけた。
 『お前等、何してる!!警察を呼ぶぞ!!』
 (イタリア語だったからよくわからないけど、多分こんな感じ)
 すると少年たちの顔から笑顔が消え、チェッと舌打ちすると
 蜘蛛の子を散らすように、あっという間にいなくなった。

 たまたま通りかかったおじさんに、またまた助けられたのだった。
 お礼を言う間もなく、おじさんはあっという間に車で走り去ってしまった。

   

    また助かった・・・

  ほっとすると同時に、やまだが走り寄ってくる。
 「藤紫さぁん・・・大丈夫?」
 こやつ、また後方で石になっていよった。
 一日に2度もこんな目に遇って、大丈夫なわけが無いだろ。
 相当ゲンナリしながらコンドッティ通りに向かう。
 「あっちのお店でかわいい雑貨見つけたから、立ち止まってたの・・・。
  ごめんね、もう離れないから」

 2度とも『石』と化していたやまだにそう言われても 相当信用ならないが、
 とりあえず「PRADA」に立ち寄り、
 今日はもう帰ろうということで話は決まった。




   その3:地下鉄にて


  相当に疲れ果てた私たちは
 「PRADA」を出ると真っすぐに地下鉄の駅に向かった。
  今日はツイテナイ。早く帰って明日に備えるのが一番だ。

  ホームに着くと 丁度通勤帰りのラッシュ時間帯のようで ものすごい混みようだ。
 『こりゃあ、気をつけないとヤバイな・・・』
 そう感じた私達は、電車を一本見送ることにした。
  2本目の電車はさっきよりはマシだったが それでもかなり混んでいた。
 なるべく空いた車両に乗りたい。
 やまだが
 「藤紫さん、こっち来て」
 と空いたドアの方に連れていってくれる。
 やまだもたまには気が利くのだ。

  同じドアから、赤ん坊を前にかかえた女性が乗ってきた。
 さっき私の後ろに並んでいた女性だ。
 こんな混んだ地下鉄に子供連れは気の毒だな、とも思ったが
 何だかこの女性の行動が怪しい。

 赤ん坊が苦しくないようにと、私がスペースをとると 
 スッとこちらに近寄ってくるのだ。
 これはどう考えてもアヤシイではないか。

 テルミニ駅までは2駅だが、この女性は次の駅で降りた。
 私もなんだか嫌な予感がして、とりあえずやまだを促してこの駅で降りる。

  バッグを確認すると、ファスナーが開いている。
  まさか、まさか・・・

    やっぱり ない。
    財布だけが見事に無かった。


  「盗られた・・・」
  「え?! マジ?」
  「だってないもん」

 気をつけていたのに いつ取られたのか全くわからない。
 電車が揺れたか何かの拍子で警戒が緩んだ、ほんの一瞬を狙われたとしか思えなかった。

  --------- どうしようか?
 盗られたものは仕方ないとして 財布にはクレジットカードが入っている。
 とりあえず、カードを止めなければ。

  慌てて公衆電話を探すが、カードでしかかけられない。
 急いで地上に出て売店を探してカードを買い、
 走って戻って電話しようとしたが通じない。
 カードが戻ってきてしまう。
 他の電話機でやってみても同じだ。

   あれ? どうして? なんで?? 壊れてるの???

 焦れば焦るほど、頭が混乱してくる。
 なんで? なんで??

 
 二人で焦りまくっていると 遠くで電話していた美しいお姉さんがやってきて 
 テレフォンカードをみせて、といった。
 差し出すと、カードの角の部分をパチン、と折ってにっこり微笑み
 『OK!!』といって返してくれた。
  そうだ!そうだった。
 ガイドブックにもテレフォンカードは角を折らないと使えないと書いてあったのに、
 あまりのパニック状態で忘れていた。

  お礼もそこそこに、カード会社に電話する。
  日本語の通じることの、なんとありがたかったことか・・・。
 財布を盗られた旨を伝え、カードを止めて欲しいと言うと
 担当のお兄さんが、落ち着いた優しいお声で答えて下さる。
 『盗難に遭われたのはいつですか?』
 「ついさっきです。まだ30分も経っていません。」
 『今日はカードはお使いになりましたか?』
 「はい。お昼頃に・・・でもそのあとは使っていません。」
 『最後に使われた御利用店名、もしくは金額はおわかりになりますか?』
 「えーっと、アクセサリーを買ったんです。50000リラ位・・・」
 『そうですか。では大丈夫です。
  早めに御連絡いただきましたので、カードはもう止めました。
  もし不正使用されていても、今日のお昼のお買い物以降の使用分は
  無効になりますので・・・』

  よかった・・・・
  とりあえずほっと一息である。

  さて次は警察署に行って盗難証明書を作ってもらわなければならない。
  でも警察署って何処だろう?
 そういえば、さっきテレフォンカードを買いに行った時、
 駅前広場にパトカーが停まっていたような・・・?

 再び広場に出てみると 大きく『POLIZIA』と書かれた
 青いバンのような車が停まっている。

  警察だ。ラッキー!!

 
 まさか警官が警察署を知らないということはあるまい。
 昨晩の二の舞にはならないだろう。

  財布を盗られたので 盗難証明がほしい、と
 会話集『トラブル』の欄を指し示しながら
 いい加減なイタリア語&英語&日本語を織り交ぜて何とか伝えると、
 私達の変な英語(イタリア語)がよほどおかしかったのか
 2人の警官は声をたてて笑っている。
  さすがイタリア警察だ。
  こっちは必死なんだぞ、と思いつつ、ついつられて笑ってしまう。
  いやいや、笑い事ではない。
 2人の警官は 少し歩いたところに警察署があるからそこに行けという。
 一応、地図なんぞも書いてくれる。
 とりあえず親切だ。

  お礼を言って地図を頼りに、見知らぬ町をうろつく。
 私の方は、もう盗られるものも何もないので
 なんだか気が抜けて(?)妙に気が楽だった。
 「いやぁ、こんなことがなくっちゃ この町歩けなかったんだよ。
  なんだか結構いい感じの町並みじゃない?」
 と後ろのやまだを振り返ると 
 対照的に彼女の方はガチガチである。
 「・・・藤紫さん、余裕ですね」
 「うん、だってもう盗られるもの、ないじゃん」
 「・・・って事は、わたしが盗られたらアウトってことですよ。
  ・・・こわいこわい。気をつけなくちゃ」

  大丈夫、やまだは盗られるはずがない。
 なにしろ彼女の貴重品一式は
 『海外旅行用特製・貴重品ポケット付き腹巻き』の中に入っているのだ。
  いくらスリでも、腹巻きの中に手は突っ込めない。

  初めて部屋で、この『腹巻き』を見たときは笑ったが
 私も次に海外に行くときは、この腹巻き、買おうかな・・・
 (結局 次のグアム行きの時には買わなかったけれど)


  警察署は消防署の真向かいにあった。
 消防署は消防車が止まっているので、スグわかったが
 警察署は普通の建物で、特に警察署と書いてあるわけでもないし、
 パトカーが停まっているわけでもなければ 警備員がいるわけでもない。
 最初、全然気づかずに、消防署の警備員(こっちには何故か警備員がいた)に
 警察署は何処か、訊ねてしまったくらいである。
 警備員の兄ちゃんは「そこそこ!」と道路の向かい側の建物を指さして笑うのだが
 あんまりにも警察署とは程遠い外観と、妙ににこやかな警備員の顔に
 「ほんとかぁ?おい。 また騙してんじゃないのぉ?」
 とやまだが日本語で悪態をつくくらい、
 どう見ても普通のボロアパート(失礼)にしか見えなかった。
  「Realry~~~~~?」
  『Ye~~~~s!!!』
 などとやっているうちに、暇な消防士が我も我もとやってきて
 『ここだよ!ホントだよ!』の大合唱になった。
 ------ 今、火事があったらどうするのだろうか?
 そのうち
 『何処から来たの?』 
 『名前は?』 
 『スペイン広場行った?』
 などと関係ない事まで訊きだした。
さすがナンパ男天国 イタリア。
さっさと切り上げて警察署に向かった。


  ここが入り口かなあ?と思われるところから入るが、誰もいない。
 というか、そこは板張りの廊下である。
 たまたま歩いていたおじさんを呼び止める。
 「scuzi ・・・(すみません)」
 ここは警察署か?と問うと
 「si(そうだ)」

  信じられない。 ローマの中央警察署が こんなボロ家?

  気を取り直して盗難証明の発行を願い出ると
 ついてこいと言われ、板張りの廊下をどんどん奥に進んでいく。
 建物の中はクーラーもないらしく、
 所々開け放ってあるドアからは、扇風機がくるくる首を振っているのが見える。

  連れていかれた部屋でも扇風機がだるそうに回っていた。
 20畳くらいの広さの蛍光灯と簡単な長テーブルだけの部屋、
 その隣にTVを置いた6畳くらいの部屋がある。
 おじさんが 中でTVを見ていたポロシャツを着たおじさんに事情を話すと
 ポロシャツおじさんは、『面倒くさいから話すのもイヤ』といった感じで
 顎で隣の広い部屋をさし、何か書類を書く仕草をして こっちに持ってこい、
 というゼスチャーをした。

  ああ、あっちの部屋で書類書くのね。
  はいはい、わかりましたよ・・・


  広い部屋には先客がいた。
 ヨーロッパ系の若いお兄さんで、デイバックを床に置き、
 この世の終わりのような顔をして書類を書いていた。
  長テーブルの脇には イタリア語、英語、フランス語、中国語など
 7,8種の言語の盗難証明書があったが、日本語のものはない。
 仕方ないので英語の書類を手に取る。

 「ああ、やっぱり英語をちゃんと勉強しておくんだった・・・」
 自然と口をつく愚痴。
 「・・・すいません」
 と何故か謝るやまだ。

  辞書が欲しいと思いながら、わからないところは飛ばし、
 住所やパスポートナンバー、ホテルの所在地(メモしておいてよかった)、
 盗られた物(これはリストからチェックするようになっていて助かった)等、
 適当に書き上げて ポロシャツおじさんの所にもっていく。

  おじさんはまたTVを見ていた。
 声をかけると、これまた迷惑そうに書類に目をやり、
 それにスタンプを捺して、殆ど質問らしい質問もせずに終了となった。
 「え?これ、証明書?」
 『si 』
  ホントかどうか疑わしかったが、おじさんがそうだと言う以上従うしかない。
  おじさんは次の瞬間には、もうTVの世界に没頭していた。


  警察署を出ると、もう陽はかなり傾いていた。
 
  今日は本当に疲れた。くたくただ。
  もう何にもしたくない。
  昨日みたいにローマの町を2時間も彷徨うのは御免である。


  私達は駅前からタクシーを拾うと、さっさと帰路についた。





             第10話 『ローマ食事情 ~貧乏な私達~』につづく


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