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このブログは、2005年2月から書き始めた。 全部で159本。 最初の記事は、Peter, Paul & Maryの”Carry it on”というDVDについて書いたものだ。 以来、主なテーマは、磯釣りとポップミュージックと1950年代の日本映画と高校時代の友人と書きかけの小説、若干の展覧会、それにラジオカフェの仕事を通して会った方々について、である。 ちょっとした事情があって、この店をべつの街に移転することになった。 近いので、どうぞ、また気軽に立ち寄ってください。 下記のURLが移転先。メニューもサービスも変わらない。 http://www.radiodays.jp/blog/kikuchi/
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2009/04/26 12:08:24 AM
月曜日は「ラジオの街で逢いましょう」の収録で、落語家の柳家喬太郎師匠にお越しいただいた。「ラジ街」には、一昨年の10月以来、約1年半ぶりのご登場である。平河町のスタジオの前で師匠を待っていたら、NASAのカワサキさんがママチャリで通りかかった。聞けば、ここは彼の自宅のすぐそばらしい。ちなみに、カワサキさんは、あの落語CDレーベル「ワザオギ」の名ディレクターである。 で、しばらく並んで師匠をお待ちしていたが、なかなか現れないので、カワサキさんは、仕事場に向かい、ややあって師匠が汗を拭き拭き現れた。 ま、ここまではいいのだが、収録の本番中に私のケータイが鳴ってしまった。師匠は大喜びで、「ケータイ鳴らすパーソナリティってめったにいないよお」なんて大笑いしている。液晶画面を見ると、かけてきたのは先ほどのカワサキさん。後で聞いたら、NASAのスタッフが喬太郎師匠を見かけた(だから確かにスタジオに向かっている)という情報を知らせようと電話してくれたそうだ。いっそ、あそこで電話を取って、師匠と話をしてもらっても良かったか。 本番でケータイを鳴らすパーソナリティは、世の中にあまりいないだろうが、実は、これ、ラジオデイズのプロデューサーの得意技のひとつである(僕はまだ初犯)。 番組では、名作「諜報員メアリー」についてもお話をうかがっているので、以前書いた文章を転載することにした。このハナシは、ほんとにすごい。 都市の夜の深さをどのように測るか──柳家喬太郎「諜報員メアリー」 柳家喬太郎という噺家を初めてナマで見たのは昨年夏のことだ。 噂は聴いていたが、それまで機会がなかった。 三遊亭円丈師匠が主任(トリ)を務め、円丈一派とも言うべき、新作落語のツワ モノがゾロリと顔を揃えた。 この時、喬太郎師匠のネタは「孫帰る」という不思議な噺だった。 男の子が祖父を訪ねてきて一緒に屋根へ上がり、夕陽を眺めている。仲良くお喋 りをしているうちに、その孫が実はもうこの世にいないことが分ってくる… ネタバレで恐縮だが、お盆の近いこの日は怪談サービスだったのだ。 喬太郎師匠の独特な新作は、実に多彩で面妖である。破天荒なストーリー展開、 スーパーシュールなのに隣にいそうな登場人物たち、ギャグとエロとナンセンス を満載した世紀末キャバレーみたいな味わいは一度接すると(この手がお好きな 方なら)確実にハマる。誤解のないように申し上げておくと、テレビの若いお笑 い芸人とはまったくレベルが違う。稀代の物語構想力に加えて、古典落語も縦横 に語れる実力を備え、しかも、高座の上で噺をどんどん創り出していく即興力も ある。 この喬太郎師匠の作品の中に「諜報員メアリー」という比較的短い噺がある。 私はこれがとても気に入っている。 舞台は午前3時の新宿歌舞伎町。飲みすぎた学生二人が、店を追い出されて途方 に暮れている。5月だというのに寒い(サブい)。さすがの不夜城・歌舞伎町も この時間には仮眠をとっている。学生の一人が「もう、生ゴミ、出し始めてる」 と震えながら呟く。「コマ劇場、来月は小林幸子だって」と街の情景が挿入され る。さりげないが的確な描写がリアリティをしっかり支えている。 すると、路上にホームレスのような、それにしては派手な衣装の男が倒れている。 「なんだろう、あれ?」 そう、ここからトンでもないハナシが展開していくのである。 むっくり起き上がった男は、某国の諜報員で、金魚売りならぬ○○○○○売りに 化け、この国の経済をぐしゃぐしゃに攪乱するのだ、とカタコトで宣言、「日本 人に希望はいりませーん」と叫ぶ。 私はこの一言に衝撃を受けた。何がなんだか分らないままに、突然、新宿いや日 本という国の現在が創り出している不安定な文化的バランスに思い至ったのだ。 こういう落語はたぶん、今まで存在しなかった。 さて、これぐらいにしないとまたネタをバラしてしまうことになりそうだ。 熊さんや八っあんのいる平和な長屋ではなく、深夜の繁華街を路上の視線で捉え ながら、喬太郎落語は、えたいの知れない不安を隠さず、しかも哄笑で爆破する。 この人の話芸=コミュニケーションの底に流れているのは、意外な展開、予想外 の正体にこそ、世界の真実があるという確信だ。名作「すみれ荘201号室」も そうだが、「諜報員メアリー」はさらに呆れるほどの意外性でサゲる。 それにしても、同じ深夜の歌舞伎町を描いたハルキ・ムラカミの「アフター・ ダーク」はそのパワーにおいて全然太刀打ちできていない。 「諜報員メアリー」は柳家喬太郎『喬太郎秘宝館3』(ワザオギ落語CD)に収録 (K’s Letter「チェンジコミュニケーション」第26号 2007年9月13日号より)
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2009/04/14 11:58:32 PM
土曜日は高校の仲間と連れ立って千鳥が淵の桜を見にいった。待ち合わせ場所の靖国神社大鳥居の下にはものすごい数の人、人、人! その人混みをかきわけ、歩道橋を渡ったあたりで、目ざといヨーコさんが元代表監督、フィリップ・トルシエ氏を発見! 「ほんものかあ?」という声が上がったが、さかんに愛想をふりまいていたからそっくりさんではなかったらしい。 黄昏時の桜を楽しんで、九段の坂の上から靖国通りを下って神保町へ。 伊藤ヒロシさんお勧めの「手仕事ダイニング炎○」は昭和30年代風のしもた屋造り。お料理もそこいらの飲み屋のコースより手が込んでいて、なかなか美味しかった。 8時半に店を出て、お約束のカラオケへ。いつものGSメドレーやフォークソングメドレーに、時折、21世紀のヒットソングがからむ。 僕は、ずいぶん久しぶりに、「あの素晴らしい愛をもう一度」を爆唱。 なぜなら、先週、加藤和彦さんにお目にかかったからだ。 加藤さんは、少し前から坂崎幸之助さんと組んで、「和幸」というユニットを結成、最近、「ひっぴいえんど」というアルバムを発表したばかりである。 「ひっぴいえんど」には、アルバムタイトルと同名の「ひっぴいえんど」の他、「タイからパクチ」「ナスなんです」「あたし元気になれ」なんていう、 どっかで聞いたような曲名が並んでいる。でも演奏は「はっぴいえんど」風ではなくて、「はっぴいえんど」の面々が好んでいた、バッファロー・スプリングフィールドやCSN&Y風のカントリー・ロックという凝ったアルバムだ。遠藤賢司の「カレーライス」なんて名曲もカバーされていて、全篇が70年代ミュージックへの上質なオマージュになっている。 加藤さんは、ラジオデイズの「ミュージックトーク」に出演していただいた。北中正和さんのたっての希望で、フォーク・クルセダーズ時代のことを中心にインタビューをさせてもらった。アマチュアバンドが「酔っ払い」で衝撃的なデビューを飾り、1年間の活動で解散するまでの、たぶん他で語られたことのない貴重なお話が収録できた。 「この素晴らしい愛をもう一度」は、ギターコードがシンプルで歌いやすい曲だったから、海辺のキャンプなんかでよく演奏したものだ。収録当日、北中さんが持ってきた「新譜ジャーナル」のフォークル特集(1969年1月刊)には見覚えがあった。 「あ、これ、僕も持ってましたよ」 団地の2DKの部屋でギターを抱えていた自分の姿が一瞬蘇った。 加藤さんの「ミュージックトーク」は、たぶん、4月中旬にはリリースです、ラジオデイズを覗いてみてください。
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2009/04/05 07:24:32 PM
三連休は、なんとかやりくりして南伊豆・入間へ。ここは三回目の釣行。一昨年の11月も昨年の9月もまずまずの成果があったので、「2度あることは3度ある」をハナから信じていた。しかし、そのようにコトは運ばなかった。21日の早朝、入間名物の競艇ごっこで、我々が渡ったのは「タタミ根」。ここで一番ポピュラーな磯である。渡礁率は高く、収容力も実績もある。 期待して、第一投、第二投、第三投、第四投、第五投…で、タナを変え、仕掛けを変え、場所を変え、あれこれ試みたが、アタリが出ない…エサは時々取られるが、ウキや道糸の変化がつかめない。 寒い時期のメジナは、深みにじっと居座っていて、目の前にエサが来てもそっぽを向く。時たま口にしてもすぐに吐き出す。夏・秋のように食いついて反転するわけではないから、ごく小さなアタリにしかならない。それが、我ら素人釣り師には捉えられないのだ。 ようするに、へたっぴーなわけ。 それでも朝のうちにT君は掌サイズと30センチ級の2尾をゲット。 これは、まちがいなく殊勲賞である。 一方、僕は、生まれて間もないベラ一匹。なかなかつらい1日でありました。 だけど、からりと晴れ上がった南伊豆の海は格別。石廊崎を回ってくる東南東の風に吹かれながら、磯にあぐらをかいて弁当を食べていると、ガソリン代、宿泊代、渡船代、エサ代などの諸経費のモトは(心の中で)取れてしまっている。 入間はどこかテーマパークの雰囲気がある、と僕が言ったら、T君がすかさず、「人里が磯から見えないからね」と応じた。その通り。ディズニーランドと同じく、入間の磯は俗世間の風景を完全にシャットアウトするロケーションにある。 これは得がたい美点である。オン・ザ・ロックで、我々は古代とほぼ同じ風景に溶け込めるのも磯釣りの大きな魅力である。
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2009/03/24 01:54:23 AM
ジュンさんの要請に応じて、パステル画をご披露します。「普遍」というお題で書いて、出来上がったものに自分でまた「夏のあそび」というタイトルをつけました。 実はこれ、90度倒した状態で描いていたのですが、出来上がったものをぐるぐる回しているうちに(これをマワシングと呼ぶそうです)この位置に落ち着きました。で、遠目に眺めたら、食虫植物になってました(参加者のお一人は「アワビ」と呼んでくれました)。 変な絵でしょ。
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2009/03/12 12:02:55 AM
少し前のことだが、ホワイトシップの「ビジョンワークショップ」に参加して、久しぶりに絵を描いた。「普遍」というテーマを頂戴して、パステルを指の腹でこすって「なにか」を描く。参加者は9人。普通の企業の方もコンサルタントもジャズウーマンもいる不思議な一団が、夢中で自分のイメージを紙に定着させる。ホワイトシップという会社は、谷澤邦彦さんと長谷部貴美さんが主宰するアートスタジオで、アートをコミュニケーションと結びつけようという面白い試みを追求している。もう、4~5年のおつきあいになるだろうか。 私の描いた絵は、波に差し込む光のつもりが、気がつくと食虫植物のようなものになっていて、これはこれで面白かった。谷澤さんと長谷部さんによると、その回の作品はかなりレベルが高いとのことだった(ほんと?)が、確かに出来上がったものをずらりと並べると、その迫力で思わず目を背けてしまった! ご関心のある方は以下のURLでご覧ください。私の作品は上段の右から二つ目。 http://blog.livedoor.jp/heartletter/archives/2009-02.html その前の週末には、「ダイアログBAR」に参加した。ちょっとしたブームになりつつある「ワールドカフェ」というものである。デビッド・ボームの『ダイアログ』を読んで関心を持っていたのだが、今回、初めて「実物」に触れた。これはまた別の機会に紹介したい。 先週の土曜日は、メバルを狙って性懲りもなく、三浦半島へ行った。 小網代湾の手前の「急坂下」という小場所である。 三戸浜入り口から、ずずーっと農道へ入り込んだ突き当たりでクルマを止め、海岸へ向かって文字通り急坂を下る。小さな磯場にはクロダイ師が二人。 その隣へ、声をかけて入り、支度にかかる。 午後4時。ほぼ無風、ベタ凪。 特エサのモエビを付けて、海草帯の脇へ振り込む。 つつーっとウキが沈んで、ハリにかかったのは極小メバル。 おお、幸先がいいね!のぬか喜びは、はい、いつものこと。 しんしんと寒さのつのる中、9時までねばって、20センチ2尾。 まだ、メバル(春告魚)の季節が来ていないのか。
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2009/03/05 06:01:05 PM
週末は気温が20度を超えると聞いて、寒がりのT君をそそのかし、西湘へ向かった。しかし、前夜からの南西風でウネリが残っており、八貫山下はザップーン。だめもとで覗いた赤馬の磯もバッシャーン。で、仕方なく、江之浦港の脇のゴロタ浜で、かたちだけのゴロタ・メジナ釣り(この日のフィッシングコンセプト)を試みた。 夕マズメまでは、活性が高く、タナゴやベラがひらひらかかってきたものの、なぜか、陽が落ちてからはぱたりと食いが止まった。 なんで? 結局、9時の竿納めまで、なーんにも、なし。 わからない。 海の中では、時々、我々には予測のつかないことが起きる。 「月刊ラジオデイズ」のために、大貫妙子さんについて文章を書きながら、You Tubeで彼女の映像を見ていて、不意に気づいた。 そうか、ここには、なんでもあるんだよな… Emmylou Harrisで検索したら、ゾロゾロ動画が出てきた。 古くは、デビュー直後の1970年代半ばの貴重な映像から、昨年発表された素晴らしいアルバムAll I INTENDED TO BEに関連したコンサート映像まである。 今まで考えたこともなかったのに呆れるが、一切の努力も費用もなしで、これだけの動画を見られることに罪悪感さえ持ってしまう。 つまり、僕らはまだコンテンツにカネを払う習慣を持ち合わせている世代なのである。 それにしても、エミルーは美しい。もう還暦を超えたはずだが、まるでお姉さんである。 もちろん、大貫さんも美しい。 原稿を書きながら、ザ・ピーナッツの「ウナ・セラ・ディ東京」とシュガー・ベイブ時代の「いつも通り」の間に都市的感受性の類似と差異を感じて、それを書いた。
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2009/02/16 01:08:43 AM
1月はさほど大きな出来事があったわけでもないのに忙しかった。釣りには、正月の南伊豆・大瀬以後、2回行ったが、いずれも不調。 T君と2回目の野島堤防は、産卵直前らしい小さな飴色のアイナメ1尾。 先週、単身、海苔で寒メジナを狙って行った三浦の毘沙門・大畑崎も玉砕(夜釣りで小メバル3尾)。 さすがにこの時期は寒いし。 今月特筆すべきは、ラジオデイズの仕事で、大貫妙子さんに会ったこと。 彼女は、昨年から始めた「ミュージックトーク」の、鈴木茂さん、林立夫さんに続く3番目のゲストである。 プロのミュージシャンになる前の、十代の大貫さんの話が楽しかった。 五反田の喫茶店で歌っていた頃、渋谷のヤマハへ楽譜を探しに行ったという。 腰まで伸びた髪を風になびかせ、ベルベットのマキシ・コートを着て、ギターを肩にかけた彼女に、ヤマハの店先に座っていた二人の少年が声をかけた。 「あの、ミュージシャンの方ですか?」 この「ナンパ」を機に、結成された「三輪車」というグループは短命に終わるが、大貫さんは、ワーナーパイオニアで矢野誠さんと出会い、その縁で四谷の「ディスクチャート」に出入りするようになり、山下達郎さんと知り合う(→「シュガー・ベイブ」)。 70年代初頭の、まだ、ロックが産業になり切っていない頃の伝説だ。 僕は、一瞬、ギターを背負って道玄坂を上っていく、17歳の大貫さんを見たことがあるような気がした。 ただそばにいるだけで しあわせだったのに 「好きだ」とは最後まで口にしなかった (「春の手紙」) 彼女の冬の歌が好きだ。主人公は北風の吹く東京の街を少しうつむいて歩いている。そのようなひとに、あの頃、出会いたいと思ったものだ。どこにでもいそうで、どこにもいない、頬を冷たくした少女に。 彼女は都立桜水商業高校の卒業生で、ほぼ同学年である。 帰りがけに、「高校時代は楽しかったですよね」とあつかましく同意を求めたら、先方はちょっと首を傾げてから、「うーん、私は楽しいこと、なかったよ」ときっぱり。うーん、質問の仕方がまずかったな。 ちなみに、桜水という学校はもう存在しない。旧永福高等学校と統合して、都立杉並総合高等学校になった。 「ミュージックトーク 大貫妙子の世界」は2月中旬に、ラジオデイズでリリースの予定http://www.radiodays.jp/。聞き手は音楽評論家の北中正和さん。2時間のロングインタビューだったが、話はRCA時代で時間切れとなった。かなりの大貫ファンも知らないエピソードがあちこちに詰まっているはずである。
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2009/02/01 11:00:50 PM
あけましておめでとうございます。遅ればせながら、新年のご挨拶を申し上げます。 元旦は、近所の春日神社に初詣をしてから、港南台の釣具店へ赴き、新春大特価セールで、ダイワ製新製品のロッドを購入(4割引き)。磯竿はこれでいったい何本目になるのか…いっときに使える竿は1本きりなのだからまことにムダな資産である。 2日の早朝に伊豆へ出発。今回は一人のロングドライブである。10時に菖蒲沢到着。「アンディランド」横にクルマを停めて、ナライ表の磯へ突入(写真)。昨年9月は道を間違えたが、今回はちゃんと予定通りの場所で出た。徒歩約10分。 この日のターゲットは、ハンバノリやヒジキで狙うブダイ(舞鯛と書くと美しい)。まだ満潮で海草の採取に手間取ったが、河津側の磯で生えかけのハンバを少し摘むことができた。伊豆独特の長い棒ウキで、正面のカキガ根の左側をゆっくり流す。 右手のヤンザの磯には釣り人が3人。この菖蒲沢の低い磯には独特の雰囲気があって気に入っている。 快晴である。気温が高く、汗ばむほどなのでフリースを1枚脱ぐ。新春の伊豆でハンバ舞鯛釣り。これは僕の中では理想的なシチュエーションのひとつである。 でもね、これがなかなか釣れない。植物性のエサで磯魚を釣るのは、ノリメジナとこのハンバ舞鯛ぐらいだが、両方ともどこか心もとない。彼らが盛んに海草を食っているのは事実なのだが、どこか信じきれない。アングラーのアタマの中には、イソメやオキアミなど動物性のエサへの未練が染み付いているからである。この日も結局、舞鯛ウキが引き込まれることはなかった… 夕方、石廊崎を望む大瀬の菊水荘へ。夕食は、埼玉から来た同年輩の二人と釣り談義をしながら美味しくいただいた。ちゃんとキンメの煮付けもイセエビも付いている。お二人は、毎年、佐渡へクロダイ釣りに行かれるそうで、「佐渡のクロダイは旨いですよ」と言う。そうなのか…佐渡の釣りか…「マダイも高確率で来ますよ」…新潟のO君の顔が浮かぶ。彼の家に転がり込んで、佐渡へ渡るのも悪くないな… 翌朝は5時起きで、大瀬港へ。 暗い中で我が「菊一丸」が出船。反対側の堤防からは「大倉丸」もスタート。両船とも釣り客を満載している。さすがに正月、さすがに大瀬。エンジン全開で、まず、牛ヶ瀬へ突進する。「大倉丸」の方がわずかに早い。我が方は大荷物の石モノ師が多かったせいもあって徒礁に時間がかかった。これが後に尾を引くことになった。 他の牛ヶ瀬群礁に数人を載せ、舳先を巡らして蓑掛島の先へまた数人下ろしてから、僕と埼玉二人組を鵜の根に載せようとしたが、近づくと時すでに遅く、鵜の根にはヘッドランプが二つ、三つ点燈している。どうも、牛ヶ瀬の数分の遅れが仇になったようだ…。 で、結局、素人くさい我々三人は、上人小根に降ろされた(ガックシ)。ここは、2年前のゴールデンウィークに惨敗を喫した場所である。(僕は、下流-したる-との境の大根を希望したが拒否されてしまった。船長の権限は不可侵なので仕方ない) 希望なき上人小根だが、一発だけ、30センチオーバーが上がった。丸々とした口太メジナである。こいつは茅ヶ崎の両親宅でしゃぶしゃぶに供することになった。こうして、2009年の「釣魚の季節」が始まった次第であります。
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2009/01/04 09:24:31 PM
ここ数日、素晴らしい天候が続いている。 26日が仕事納めだったので、久しぶりに長い年末休暇だ。家の大掃除を少しずつこなしながら、雑誌の整理をしたり、釣道具の手入れをしたり、以前に買ったままのCDを聴いたりしている。こういう日々があと3週間ぐらいほしいところだ。 今年の井草3Jの忘年会は、銀座でしゃぶしゃぶパーティだった。 参加者が少しずつ減っているのが寂しい限りだが、20名前後のコアメンバーは頼りになる。 2001年夏の「大再会」から7年経って、それぞれのやり方で加齢している。個性というものは、実はこれぐらいの歳から発揮されるものではないか、と思う。 今年は、会社の年賀状をやめた。その代わり、年明けにカードを送ることにした。ケイズワークが2009年4月28日に10周年を迎えるので、そのアニバーサリーキャンペーンの第一弾である。カードには、イラストレーターのイワミさんに素敵な年表を描いてもらったので、会社関係のお知り合いの皆さんは少し期待していてください。 パーソナルな年賀状の方は、例年通りの「磯写真シリーズ」である。今年は南伊豆入間の赤島。9月にイサキをたくさん釣らせてもらった、恵みの磯である。 誰もが言っているように、来年は厳しい1年になるだろう。でも、ケイズワークのような小舟は、船体や装備が軽いし、クルーもこの手の事態に手馴れているので、うまく乗り切れるような気がする。一番の問題はキャプテンの体力だが、ま、そこはだまし、だましでやっていくしかないかな。 村上春樹の『意味がなければスイングはない』を文庫本で読んでいる(元本は2005年刊)。この音楽エッセイ集で扱われているミュージシャンは、ブライアン・ウィルソン、シューベルト、スタン・ゲッツ、ブルース・スプリングスティーン、ウィントン・マルサリス、スガ・シカオなどなど。馴染み深い人もいればそうでない人もいる。生涯にわたるジャンキーだった、スタン・ゲッツの演奏にがぜん興味が湧いた。まとめて聴いてみたい。 ミュージシャンといえば、石川セリさんもそうだが、ラジオカフェの仕事でお目にかかった、鈴木茂さん(元はっぴいえんど)も林立夫さん(元ティン・パン・アレイ)もストーリーテリングの達人だった。中でも林さんが、ユーミンからコンサートに誘われて、10年ぶりに復活を果たした時のエピソードが忘れられない。それだけで鮮やかな短編小説になっている。ミュージシャンって本能的に物語を選ぶことのできる人たちであるらしい。 そうそう、先日、誤ってジュンさんの書き込みを消してしまったらしい。ほんとにごめんなさい。来年もぜひ立ち寄ってください。 では、数少ない本ブログ読者の皆様、2009年が幸多い年であることをお祈りします。
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2008/12/31 12:20:41 PM
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