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400万年前、それまで樹上で生活していた一匹のメス猿がアフリカの大地に降り立った。彼女の名 はイヴ。人類の始まりである。
イヴの子孫たちは道具を使い、火を使い、人間らしくなり、やがてある者は、故郷を離れ、まだ見ぬ 可能性の未知の大地へ向かい、彷徨い、うろつき、100万年前日本に辿り着いたという。われわれ 日本人の先祖である。
あれから幾星霜。われわれの先祖は、言葉をインドのタミルからうけ、中国大陸の文明を享受し、日 本独自の文化を作り上げ今に至る。
われわれ日本人はどこへいくのだろう。
日本の歴史を見て、色々考えてみたいと思う。
まずは、今の近代日本が産まれる幕末を書いてみたいと思う。

neruriの日記 [全258件]

2011年5月15日楽天プロフィール Add to Google XML

カルト
[ 宗教 ]  

カルトとは、本来は崇拝などを意味し、既成のの宗教に対する新宗教というような意味であった。現代は反社会的な、危険で極端を意味するように使われるようになっている。

カルトはその宗教が過激で極端であればある程、その特質から一人のカリスマを生む。
信者は自ら考えることなく、思考を教義、教祖、組織の長に委ねる。
そこには善悪はない。

たとえば教主が、
「殺すことが善である」
といったら、盲目的に人を殺す。
そこには、
「はたして人を殺すことがいいことなのか」
「人を殺すことでその人が救われるのか」
はない。
オウム真理教がいい例である。

仏教では、このような悟りの事を、生悟りといい、野狐禅(禅に似て非なる邪禅のこと)という。
生悟りした麻原についていった信者たちの末路はご存じのとおりである。
日本には、殺人を犯さぬまでも、似たような新興宗教、拝み屋と呼ばれるたぐいのものがいかに多く蔓延していることか。

最近、人は自分の脳で考えることをしなくなった。
疑うことは本意ではないが、宗教については、特に、
「本当か」
と自らの脳で考え、本屋さんに言って本を開いて調べるのも肝要だと思える。



最終更新日時 2011年5月15日 11時39分15秒
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2011年1月23日

挑戦  (1)
[ 人間 ]  

教え子が起業した。
ペットシッター「DORASENA(ドラセナ)」である。
この不況の中、よくも決断したものだと敬意を表する。
教え子は、苦心惨澹の末ようやく店を開いた。
私は教え子の誠実さをよおく知っている。
この起業がうまくいかなければ、この世に神も仏もない、と思っているほどだ。
それほどこの教え子は、苦労し、世の辛酸を舐め、それでも誠実に生きてきた。

世のタイガーマスクの諸子に願う。
ペットシッターの依頼はこの「DORASENA」に頼むことを。

河村瑞賢という豪商がいた。
江戸時代初期のころである。
瑞賢は伊勢の貧農に生まれ、商人になろうと、江戸へ出て丁稚奉公を始めるがやがて夢破れ、帰京の途に就いた。
帰る途中、川に野菜が流れてきた。
近くの農家で洗っていたものと思われる。
瑞賢は川に入り、野菜を拾って、近くにあった襤褸樽に詰め込み、塩を振りそれを往来で売った。
そして野菜を拾っては売りながら再び江戸にもどってきた。
江戸に着くころにはひと財産出来ていたという。
瑞賢はこれを元手にやがて江戸一の豪商にのし上がっていく。

瑞賢の発想が不況の現代に通じるかどうかはわからない。
ただ、このような発想をもつ者が現代に通じる世の中であってほしい。

この世にある幾多の「DORASENA」に幸多からんことを願う。



最終更新日時 2011年1月24日 4時52分5秒
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2010年7月4日

泣ける小説3
[ 文学 ]  

戦後

間崎雄一はいつものように運転手つきの車の後部座席に乗り、市ヶ谷駅の横を抜け、靖国神社の南門の前を通った。
去年定年間際の59才でかろうじて重役に昇進した雄一にとっては運転手つきの車がなにより自慢である。
今も、後部座席の窓から靖国通りを歩くサラリーマンを眺めながら優越感に浸っている。
車の窓の外には疲れたようなサラリーマンが冬の寒さの中、肩をすくめながら帰宅に足を急がせている。
(敗北者たちはみじめなもんだな)
雄一は心の中でせせら笑った。
年をとってもサラリーマンはこれから満員電車に乗って遠い家まで帰る。
(それに比べて俺は)
あと十五分もすれば高級マンションに着くのだ。
雄一の口からは笑みがこぼれた。
しかしその瞬間、雄一は道を急ぐサラリーマンたちの中に小さな女の子を見た。
その女の子は、赤いちゃんちゃんこを着ていた。
少女、というよりまだ3才になるかならぬかの幼女であった。
幼女はじっと雄一を見ていた。
(美也子)
雄一は心の中で叫んだ。
「止めろ」
雄一は運転手に命じ、車を止めさせた。
運転手はあわててブレーキを踏んだ。
雄一は勢いよく外へ飛び出て、女の子がいた方を見た。
人の群れの中、赤いちゃんちゃんこの袖がかすかに揺れた。
(美也子、美也子だ)
「常務どうしたのですか」
運転手があわてて降りてきた。
雄一の耳には運転手の声は聞こえなかった。
ただ、「美也子!」とひたすら叫びながら雑踏の中に女の子を追った。
周りの人たちが振り返る。
赤いちゃんちゃんこはちらちらと揺れながら、靖国神社の南門から中の方へ消えていった。
雄一はつんのめりながらも必死で追いかけた。
やがて雄一は靖国神社の本殿の裏の樹々の中に迷い込んだ。
雄一は息を切らせながら立ち止り、何度も美也子、美也子と叫んだ。
(痛い)
突然心臓に痛みが襲ってきた。狭心症の雄一は胸を抑え、思わずしゃがみこんだ。
意識がもうろうとしてきた。
(おれは死ぬのかな)
2月だというのに体中から汗が噴き出てきた。
その時、雄一の前にある大きな杉の木の陰から、女の子が顔を出した。
「美也子」
「おにいちゃん」
それは、まぎれもない妹の美也子だった。
「美也子、許してくれ。にいちゃんは。にいちゃんは」
美也子と呼ばれる女の子はただ笑っている。

昭和12年、当時三歳の雄一は満州鉄道の技師だった父と母と三人で、中国大陸にある満州帝国に渡った。
満州帝国は旧日本陸軍が中国東北部に建国した偽物の政権である。
やがて昭和16年に太平洋戦争がはじまり、昭和17年を過ぎると戦況は日本にとって不利になり満州帝国も危うくなってきた。
そのころである。雄一に妹の美也子が生まれたのは。
研究技師の子供であった雄一と美也子は、幾多の中国人を使用人にして王子、王女のように育てられた。
ただ、父は家に帰ってることが少なくなり、会社に寝泊まりするようになっていた。
そしてときおり夜遅くに帰って来ては、母と茶の間で沈痛な面持ちで話をしていた。
雄一は寝ないでそっと父母の話を聞いていた。
父はときどき、
「日本は負ける」
「満洲国はつぶれる」
と言っていた。
その話の内容は、当時小学校に上がったばかりの雄一にも十分にわかった。
(これからどうなってゆくのだろう)
雄一は怖くなって、隣ですやすや寝ている乳児の美也子の手をそっと握った。

昭和20年8月、日本は戦争に敗けた。
その数日前ソ連軍が満州になだれ込んできた。
その日の昼、会社に出勤していた父が突然帰ってきて、玄関のところで大声でどなった。
「逃げろ。おれはまた職場に戻る」
母が玄関に出た時は父の姿はすでになかった。
職場に戻った父はそれきり所在が分からない。
のちに聞いた話では、ソ連軍に囚われ、シベリアに送られ亡くなったという。
母は雄一の手をとり、美也子を背にしょって同じ満鉄の社員だった妻子たちと逃げた。

際限もなく広がるコウリャン畑を満州鉄道の社員の家族たちの集団が歩いていく。
ときおり、ソ連軍の飛行機が数機、集団の頭上にやってきた。
そのつど集団は背の高いコウリャン畑の中に入りじっとしていた。
ソ連軍のジープが通ることもある。
集団は息をひそめてジープの行きすぎるのを待った。
ジープが通り過ぎると集団はまた歩き出す。
数日の逃避行で母は動けなくなった。
もともと病気がちなところに来て過酷な逃避行である。
母は道端に横たわり、雄一の頭をなでた。
「雄ちゃん。これからいうことをよく聞いてね」
母は息絶え絶えの中からようやっと声を出した。
「雄ちゃん。あなたは男の子でしょ。美也子を美也子をたのむわね」
そういうと乳児の美也子を雄一に押し付けるように差し出した。
「かあさん」
母はそれだけいうと、ガクッと首を垂れた。
「かあさん。かあさん」
母はみるみるうちに冷たくなっていった。
雄一の腕の中では美也子が何も知らずに笑っている。

雄一が美也子をおぶって大連まで来た時、旧知の中国人に会った。
名前をチャンと言った。チャンは父の部下だった。
「私はあなたのお父さんに恩がある」
といって、手厚く扱ってくれた。
二人は、彼にかくまわれて一年を過ごした。

ある日、彼が飛び込んできた。
「雄チャン。イイ知ラセガアルヨ」
彼の言うことはこうだった。
チャンの友人が雄一を日本に送ってやるというのだ。
「タダシ」
とチャンは悲しそうな顔をした。
「雄チャンヒトリダケダケド」
チャンがいうには、美也子ちゃんはまだ小さいから足手まといになるという。
雄一は後ろを振り返った。
そこには、美也子がすやすやと眠っている。
「決行はいつですか」
雄一はチャンに聞いた。
「2時間後ノ午後4時デス」
チャンは雄一を見つめた。
雄一は思わず外を見た。
午後2時の冬の太陽はその向こうの山の上に照り映えている。

午後4時、チャンの友人が迎えにきた。
チャンの家のすぐ近くの駅から汽車に乗り込むのだ。
美也子はすやすやとまだ眠っている。
雄一はチャンの友人と駅から汽車に乗り込んだ。

家を出る時、チャンは、
「美也子チャンのことは大丈夫」
「必ず迎えに来るから」
と雄一はチャンの手を握った。

やがて汽車が動き始めた。
その時だった。
長い線路を3才の美也子が追ってきたのだ。
「おにいちゃん。おにいちゃん」
美也子は赤いちゃんちゃんこを着て、何度も転びながら雄一の乗った汽車を追ってきた。
美也子の赤いちゃんちゃんこは夕日に照り映えだんだん小さくなっていった。
(美也子)
雄一は心の中で叫び、汽車の窓を閉めた。そして耳をふさいで目をつぶって泣いた。
チャンの友人は雄一の肩を抱いた。
まだ少年の雄一はいつまでも泣きじゃくっていた。

それから、雄一は日本に戻り、親戚を頼って大学を出た。
大きくなったら美也子を連れもどす、と思っていた気持も年を重ねるごとに薄らいでいきやがて家庭を持ち、出世街道をなんとか歩んできた。
美也子のことはときどき思い出すが最近ではちょっと胸が痛むぐらいになってしまった。

「美也子」
美也子の背に大きな夕日がぽっかり浮かんでいる。
「美也子。許してくれ。にいちゃんは」
「おにいちゃん。もういいのよ。美也子は」
そういうと美也子は悲しそうな顔をした。
「美也子。許してくれ」
雄一の心臓がキュンとなった。
雄一は胸を押さえた。
「美也子。俺はこのまま死んでもいい」
「おにいちゃんは心臓が悪いのね」
「ああ、でもこれもお前を捨てた罰だ」
美也子は再び微笑んだ。
「私のたった一人のお兄ちゃんだもの。死なせやしないわ」
美也子はそういうと、雄一の胸に飛び込んだ。
「美也子。許してくれるのか」
やがて美也子は雄一の胸で消えていった。
「美也子。美也子」
雄一は美也子を抱きしめようとした。
しかし、美也子はやがて消えた。
最後に声だけが残った。
「おにいちゃん。おにいちゃんの病気は私が持って行くわ」
「美也子」
雄一は周りを見回した。
そこには誰もいない。
そして雄一の心臓の痛みはなくなっていた。




最終更新日時 2010年7月4日 22時37分50秒
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2010年7月3日

泣ける小説2
[ 文学 ]  

みかん

今はもう昔になってしまったが、この話は、日本でオリンピックのあった年、今から四十年前のことである。
大阪に住んでいた八才の雄太は、二月の寒い朝、父に連れられて父の故郷、奈良に行くため鶴橋の駅に着いた。
「向こうに行ったら、行儀良くするんだよ」
父は、そういいながら駅のホームでたばこを吸った。
「うん」
雄太は、うなずきながらも久しぶりに電車の乗れるのがうれしかった。
やがて、二人は電車に乗った。
この頃の電車は四人がお互いに向かい合って座る席で床も板で出来てあり、床一面が油で塗られ、車内には油の匂いがしていた。
車内は朝早いせいかがらがらで、雄太は父と二人で並んで座った。
父は、いすに座るとポケットからウィスキーのこびんを出して飲み始めた。
朝早く出たので、雄太は朝ごはんを食べていなかった。そのため母親が電車の中で食べるようにとお弁当を作っていてくれた。
雄太はさっそくひざの上にお弁当を開いた。
梅干、おかか、しゃけの入ったおにぎりと、おかずは雄太の大好物の卵焼きとたくわんだった。
雄太は、おにぎりを口いっぱいにほおばった。おにぎりはまだ少しあたたかった。
その時、車両のドアを開け一人の中学生らしい女の子が入ってきた。
そして車内はがらがらなのに、雄太たちの前に、座った。
(じゃまだなあ)
ほかに席はいっぱいあいているのにわざわざ前に座ってくる女の子に雄太は少し腹が立った。
女の子は、粗末な服装をしていた。たぶん女の子のおかあさんがずっと着ていたものをお下がりとしてもらったのだろう、女の子らしい服ではなく大人の服だった。ひじのところはすりきれ、あちこちに穴が開いていた。
髪の毛もぼさぼさのまま、ゴムで後ろにしばっているだけだった。
女の子は風呂敷包みを大事そうに胸にかかえていた。いまどき若い女の子が風呂敷包みをもっていることはない。若い子はみんなバッグをもっている。
女の子はよほどお腹がすいているのか、おにぎりを食べている雄太の口をじっと見つめていた。そしてときどきごくり、とつばを飲み込んだ。
雄太はお弁当を取られまいと腕で隠すように、女の子の方をちらちら見ながら急ぐように食べた。
女の子は、やがて風呂敷包みの中をごそごそし始めると、大事そうにみかんを二つ出し、脇のいすの上に置いた。
電車は動き始めた。
その頃、お弁当を食べ終わった雄太は女の子を見ていた。
女の子は、いたわるように二つのみかんの上に手を置き、窓の外を見ていた。
やがて電車は、竹やぶの林に入った。
その時、女の子が急に立ち上がり窓を開け始めた。
(寒いのに)
外は、雪がちらついている。
雄太はいやな顔をしたが、女の子はかまわず窓をあけた。
雪交じりの冷たい風がさーっと車内に入ってきた。
雄太はよっぽど文句を言ってやろうかと思ったが、女の子は雄太の気持ちなど知らず、窓の外に顔を出し、雪を顔、髪の毛じゅうにつけ電車の走る方を薄目を開けしっかりと見ている。
やがて竹やぶをすぎて、生駒山の入り口にさしかかった時、踏み切りの音が遠くに聞こえてきた。
と、踏み切りの音と一緒に小さな子供たちの叫び声が聞こえてきた。
雄太は、窓に立ちふさがる女の子の隙間から外を見た。
そこには、女の子の妹や弟らしい小さな子が二人立っていた。
二人の子供たちは、涙声と共にちぎれるように手を振り、口々に何かわめいていた。
「ねえちゃーん」
「ねえちゃーん」
とぎれるように聞こえる涙の声。
女の子は、いすにあったみかんをとると子供たちに放り投げた。
「元気でな」
「ねえちゃんもがんばるからな」
「おとうさん、おかあさんのいうことを聞いてねー」
女の子も涙声でさけんだ。
やがて、子供たちの姿は小さくなり見えなくなった。
女の子は、しばらく子供たちのいたほうを見ていたが、あきらめたように窓を閉めた。
そして、いすに座った。
女の子は、いすにすわった後もしばらくは涙を服のそででこすりながら泣いていた。
雄太の父は、しばらくだまってお酒を飲んでいたが、女の子に声をかけた。
「おじょうちゃん、働きに行くのかい」
女の子は泣きながらうなずいた。
女の子は、大阪の鶴橋の中学校を卒業するのだが、家が貧しくて上の学校には行けず、ちょっと早いが良い就職口が合ったので卒業前の、この二月からならの漬物屋さんに住み込みで働きに出るのだという。
「でも」
女の子は、ちょっと恥ずかしそうに、
「8月のお盆には休みをくれるから、家に帰れるんです」
女の子は初めて笑った。
「そしたら、妹や弟におみやげをもってきてあげるんです。小学生の妹にはふでばこを、まだ学校に入っていない弟には絵本を」
「ふうん、感心だね」
父は、うなずいた。
「妹は、ふでばこがないので、鉛筆をゴムでしばって学校へ行くから、みんなにいじめられるんです。だから」
女の子はうつむいた。
「弟の友達の家には絵本があって、いつも遠慮しながら見させてもらっているんです。それで僕も絵本がほしいといっていたので、私が働いて買ってあげるんです」
女の子は、ちょっと涙声になりながらも、
「これで妹や弟はいじめられずにすむから。だから私、どんなに苦しくても一生懸命働いて、そしてうんとお金をためて、おとうさんおかあさんにあげるんです」
父は、ずっと聞いていたがやがて、ポケットから財布を出し、百円札を一枚取り出すと、
「おじょうちゃん、これ就職祝いだ」
といって女の子の手に握らせた。
「えっ、でも」
「いいんだよ。おじちゃんも小さい頃、おじょうちゃんと同じように小学校を出て、すぐに働き出した。いいね。これは、おじょうちゃんと同じように小さい頃から働きに出た先輩からのお祝いだ。決して負けるんじゃないよ。負けちゃだめだよ」
「はい」
女の子は恥ずかしそうに百円札を受け取り、大事そうに自分の財布にしまった。
やがて、電車は奈良に入り、女の子は就職先である西大寺で先に降りた。
女の子は、ホームから電車の雄太たちに何度も何度もお辞儀をし、そして雄太の乗る電車は動き出し、女の子は見えなくなった。
それから四十年、雄太は結婚し大阪で住んでいる。
ときどき、用があってあの鶴橋の駅に行くが、中学生の女の子はみんなきれいな服を着て、あのときの女の子のような子は今はもういない。




最終更新日時 2010年7月3日 11時38分30秒
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2010年6月30日

泣ける小説
[ 文学 ]  

むじな

週末、島田健一はいつもように駅を出た。
残業があったため、今夜は夜の12時を過ぎていた。
健一の家はここから3キロ、バスはもうない。
ちらっとタクシー乗り場を見ると大勢の人が並んでいる。
(今日は歩いて帰るか)
健一の家は山の中腹にある。
子供が生まれたときに、山の中の一軒家の中古住宅を買ったのである。
通勤は二時間かかったが、病弱の妻と子供の環境を考え、ここに引っ越してきたのは3年前である。
健一は駅を出た。
タクシーを待っているだけで1時間はゆうにかかるだろう。
駅から歩いて十分もすると商店街は途切れ、アスファルトの道も山道になる。
山への入り口である。
ここからは街灯がなくなり、夜の冷気が包み込む。
空を見上げると、晴れ渡った夏の夜空に月が出ている。
そして夜空一面、星、星、星。
いつもカバンに常備している懐中電灯はいらない。
しばらく山道を登っていくと、左の道沿いに赤ちょうちんが揺れていた。
(おや、こんなところに呑み屋があったかな)
古材で建てられたようなみすぼらしい呑み屋だった。
健一はそう思いながらも、呑み屋に近寄った。
すりガラス越しに中をのぞいた。
客はだれもおらず、老夫婦らしい二人が見えた。
赤ちょうちんには店の名前の、津軽屋、と書かれていた。
津軽とは、今の青森県の旧地名である。
(寄ってみようかな)
健一の妻の出身が青森だったので、健一は興味がわいた。
健一はおそるおそる戸をあけた。
「いらっしゃい」
妻らしい老婆がにっこり笑って答えた。
「あの、ちょっと遅いですが、一杯いいですか」
「もちろんですとも」
「とりあえず生ビールを一杯ください」
「はい」
「それと今日まだ夕飯を食べていないので、何か腹にたまるものを」
「はい」
おかみさんは主人の方を振り返り、
「なにか出してあげて」
寡黙そうな主人はこくん、とうなずくと、背中を向け調理を始めた。
「はいビールお待たせ」
おかみさんは、キンキンに冷えたビールを健一の前に差し出した。
健一はそれを一気に呑んだ。
「うん、うまい」
夏の暑さのせいだけでなく、このビールは何か特別な旨さがあった。
「おかみさん、このビールおいしいね」
「そりゃあ、特製ビールですから」
おかみさんはにこっと笑った。
健一は再びジョッキに口を付け、たちまち残りを飲み干した。
「おかわりください」
「はいはい」
ジョッキを2杯3杯と重ねるうちに、料理が運ばれてきた。
大皿には、煮物が盛られていた。
ジャガイモを箸でつまみ、一口食べてみた。
「おっおいしい」
こんな煮物は食べたことがない。
健一はニンジン、椎茸、たけのこをむさぼるように食べた。

何時間たったろうか。
健一はビールから日本酒に切り替えずいぶん呑んだ。
やがておかみさんが表に出て赤ちょうちんの灯りを消し、のれんを中に入れた。
健一は、
「おかみさん、お勘定をお願いします」
と言った。
「はい、800円になります」
健一は驚いた。
「そんなはずはないですよ」
ビールだけでも3杯、日本酒もとっくりをかなり空けた。東京なら三万円はとられるだろう。
「いいえ、800円です」
おかみさんはきっぱりと言った。
「ありがとうございます」
健一はふかぶかと頭を下げると、店を出た。

(今日はほんとにいい日だったなあ)
健一は浮かれ気分で山道を歩いた。
やがて、家の灯りが見えてきた。
(子供は寝たかな)
家に近づくとそっとドアを開けた。
奥の部屋から、寝間着姿の妻が出てきた。
「お帰りなさい。あなた」
「なんだ、まだ起きていたのか」
「坊やも寝ずに待っていたのですが」
健一はカバンを妻に渡すと、茶の間に入った。
茶の間には座布団の上で、今年3才になる坊やがすやすやと眠っていた。
健一は、ネクタイをゆるめると坊やの横に座った。
「この子のためにも頑張らなきゃな」
坊やは夢でも見ているのか笑みを浮かべて眠っている。
健一は坊やの横に寝転んだ。
「あらあらあなた。そんなところで寝ると風邪をひきますよ」
「まあいいじゃないか。たまには三人で川の字になって寝ようよ。夏だから風邪などはひくこともないよ。さあさお前も横になって寝ようよ」
妻はクスッと笑うと坊やの向こう側に行き静かに横になった。
(こういう日がいつまでも続けばいいなあ)
健一はそう呟きながらいつの間にか眠ってしまった。

山道の途中で酔いつぶれて眠っている健一を、少し離れたところで二匹のむじながじっと見ていた。
メスのむじながオスのむじなに言った。
「今日は奥さんと坊やの1周忌なのよね」
「ああ」
オスのむじながうなずいた。
「おれたちはあの夫婦が引っ越してきて、坊やが生まれたときから知っているからな」
「縁側ではいはいしたり、やがて立てるようになってお庭で歩いていたり、三輪車に乗って山道を走ったりしているのが昨日のことのように思い出されるわね」
「奥さんもいい人だった。おれたちのためにトウモロコシや芋などを庭にいつも置いといてくれたものな」
二匹のむじなは涙ぐんでいた。
「まさか、あんなことが起きるなんて」
メスのむじなは涙をぬぐった。
「1年前の今日、街に買い物の出かけた奥さんと坊やに暴走トラックが突っ込んで来て」
メスのむじなは声を詰まらせた。
「即死なんて」
オスのむじなはメスのむじなの手をそっと握った。
「せめて1年に1回の命日ぐらいは、こういうことをしてもいいだろう」
オスのむじなの言うことに、メスのむじなは深くうなずいた。

年をとったむじなは魔力を持つという。



最終更新日時 2010年6月30日 20時36分50秒
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2009年9月9日

日本を支配するもの  (1)
[ 人間 ]  

かつて明治のころは、薩摩長州出身者が日本を支配していた。いわゆる超然主義というものである。
やがて1800年後期に内閣制度ができたが相変わらず薩長支配が続く。
初代内閣総理大臣は伊藤博文、長州出身である。2代目黒田清隆は薩摩、3代目山縣有朋は長州、4代目松方正義は薩摩、と続く。
戦後になり日本の支配者は薩長に変わり、東大出身者で占められ、2000年代に入り今各党の党首をつらつらみるに、民主党の鳩山由紀夫氏は東大、自由民主党の新総裁若林氏も東大、公明党の山口氏も東大、社民党の福島氏も東大、国民新党の亀井氏も東大。日本共産党の志位氏も東大。
どうなっているのか。
日本は右翼か左翼かではなく、保守革新ではなく、経営者労働者ではなく、まるで高学歴かそうでないか、である。
かつて私の先輩である労働組合幹部が言っていたが、会社で出世できないので、労働組合で出世を狙った、といっていた。
かれもまた高学歴である。
しかし、労働者の味方といわれる社民党、共産党のトップが東大というのも変な気がする。
しょせん低学歴者はどの組織でも、駒の一つでしかないのか。
そういえば、創価学会の現会長原田稔氏も東大であった。
さびしいものである。


最終更新日時 2009年9月10日 0時49分22秒
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2009年9月5日

日本を支えるもの
[ 人間 ]  

先日、ホームレスの人と話をした。
彼らは戦後日本を支えてきたまぎれもない日本国民である。
その昔はルンペンといわれる人がいた。
ルンペンはホームレスと似て非なるものである。
私の若いころ、そのルンペンといわれる人と話をしたことがある。
かれらの中には東大を出た人もいた。
縛られることがいやで、自由な境涯を求めてルンペンになったという。
すべてのルンペンがそうではないが、中にはそういう思想信条でルンペンになった人もいた。
今はどうだ。
ホームレスは、バブル以降、政治家の悪政で生まれたものではないか。
私が話したホームレスの人は、腕のいい大工であったらしい。
栃木の農家の次男坊として生まれ、小学校を出ると、東京に出てきた。
大工の親方につき、怒られ殴られ腕のいい職人になった。
やがて女房をもらい、子供が生まれた。
酒が好きで陽気などこにでもいるような普通の人である。
五十を過ぎると、突然雇われている建設会社から解雇を言い渡された。
年をとった酒飲みは現場で事故を起こしやすい。
ただそれだけの理由である。
「五十過ぎで年より扱いしやがって。酒だって誰でも飲むわい。けどおれはただのいっぺんだって酒で過ちを犯したことはないやい」
ホームレスは愚痴った。
しかし、腕のいい大工はリストラされ、たちまち窮した。
やがて女房と子供は出てゆき、ホームレスとなり段ボールを集めてかろうじて食っている。
「それでもおれはよお」
と元大工は言う。
「おれはまじめにやってきたから段ボールを積むリアカーを持てたんだ。それにくらべてよお」
と傍らに寝ている別のホームレスを見やった。
「こいつは、朝ゆっくり寝ているから、いまだにリアカーをもてないんだ」
リアカーが持てないと、リアカーを借りねばならない。
それには金がいる。要は実入りが少なくなる。
「おれはまたいつか大工になって、大工の仕事がしたい」
元大工はうつむいた。
「だっておれは大工以外になにもできないんだもの」
「女房、子供とまた一緒に住みたい」

高速道路の無料化、母子手当の問題と、景気のいいマニフェストの文字が並ぶ。
与野党ともにいい背広を着て、テレビの番組で笑いながら冗談を言っている風景が目に入る。
この人たちは、運転手つきの高級車で移動するとき、元大工たちの光景が目に入らないのだろうか。
高速道路の無料化もいいだろう。
しかし、心ある国会議員なら、マニフェストの第一番目に、
「今、生活が最底辺にあるホームレスの人に健全な暮らしが出来る生活を与える」
という言葉があってもいい。



最終更新日時 2009年9月5日 12時1分26秒
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