人生日録・悪 明治 43.2.17 あ
他人の前において故( ことさ )らに悪口するものはその人の意中の主なり。悪口するは秘密の関係を覚( さと )られてはの用意なり。堂々として人の表門を攻撃するもの、往々深夜私( ひそ )かに裏門より伺候するの人なり。しかるに一層交際の術に長じたるものは、大衆の面前公けに意中の人を賞揚( しょうよう )す。これ人の心の裏の裏を掻( か )きたる業なり。鉄面皮憎むべきも自衛の強きに驚かざるを得ず。裏を掻くものあり、混沌複雑なる現社会に処して、左右の人より左右の人の褒貶( ほうへん )の声を聴く、興味あるが如くにして毒味(どくみ)あり。