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ようこそです。 こちらは文のページです。 またの名をsarisari2060といいます。 メッセージは こちらへ。 ![]() いつかどこかの街角でわたしとすれ違ったあなたは、 あれ、あのひとどうしたのかな?と思って振り返り、 もう一度わたしの左側の頬に視線を送るかもしれません。 そこには肌色の太いテーピングテープが 縦に二本張られています。 テープが張られた部分は 右側のふくらみとはふつりあいに直線的で 不自然な稜線を描いています。 種明かしをすれば、 そのテープの下は空洞、何もない暗がりです。 平成7年の夏にわたしは そこにあるはずの左頬をなくしました。 そうしてそれからの日々を 片頬で生きてきました。 初対面のひとに幾度となく 「それどうしたの?」と聞かれました。 「歯が痛むの?」とか「怪我したの?」とか 案じてもらうこともありました。 繰り返されるその問いに どんなふうに答えたものかと 長く思案していましたが、 今では「ちょっと……」と言うことにしています。 でも、それは本当は とても大変なことでした・・・。 そう、こんなふうに。 補(2)補(3) ≪文袋 ♪≫ ODNのまいぺーじが閉鎖になりまして bunsanti's Websiteもなくなりました。 リンクが消えてしまった 「つれづれ」は こちらへ さわむら蛍の作品はこちらへ *尚、サイト内に掲載されている全ての作品は、その作者に著作権がありますです。 写真もね。 こんなふうに日は過ぎて [全817件]
これといって、ひとに告げるべき何事も起こらず これといって、こころ動かされることもなく ただ、なすべきことをなし おさめるものをおさめていく。 当たり前に朝から晩まで時間がながれる でくのぼうのようないちにち。 こんなこと繰り返してたらあかん、 などと焦ることもなく もっともっと、と求めることもなく 自分の輪郭におさまるこのいちにちを ヨシ!と引き受ける。 それでも、今日のそらのいろは、 今日の日差しや風は 昨日とはすこしちがうな、と 日々のかたむきを感じながら 流れる時間に指をひたすように いちにちを思う。
まったく同じ時期に、ふたりの男性から「小説」が届いた。 ひとりは年若い友人で、いまひとりは人生の先輩だ。 年若い友人は、数年前、浦安文学賞という公募で あたしが小さな賞をいただいた時 瑞々しい感性の作品で、そのトップの賞を勝ち取ったひとで 年若いとはいえ、小説においては、はるか先をゆく先輩だ。 彼が2004年から2007年までの7年間に書いた 7つの小説が並ぶ送られて来た冊子をめくれば その2ページ目に7つのモノクロの写真が縦に並ぶ。 クリクリとした瞳の赤ちゃんの彼は ワープロだろうか、キーボードに手を置いている。 言葉を覚え始めた頃だろうか。 その下の2005年から一年ごとの美しい面立ちの写真は どれも、執筆時の彼を収めたものだ。 年毎にふっくらした顔の輪郭が尖っていき まあるい目に力が宿っていく。 次第に少年が大人になっていく。 馴染んだものを手放して 新しいものを吸収していく。 その道筋で紡いだ創作において 「(自分は)常に野次馬であ」り 乗り物のなかで隣り合わせたひとを観察し記録する、 とあとがきにある。 こころ動いた小さな出会いを核として その上に丁寧に幾重にも言葉を張り巡らせて 彼の世界を構築していく。 彼と言うフィルターを通してみる青い世界は どれもどこか切なくやるせない。 「かけおち」「曇り窓」「ただいま」「そまる」 「ハンサム」「リベンジ」「ほくほく」 7つの作品のうち4つは文学賞を穫っている。 若々しい才能が花開いている。 人生のどの時も二度とは帰り来ないものだけど 「青春」という眩しい言葉で象られる時間の輝きがそこにある。 彼自身が送って来た時間を下敷きにして 勢いや情緒にながれることなく 暮らしの中のひとの営みを細かく描いてみせる。 それを経験したひとでなければ書けないことや おりおりにその目がトレースした情景が ふんだんに盛り込まれている。 特に「そまる」がすきだなと思った。 音楽プロデューサーをされている人生の先輩の作品は 「スペッキヲ39」という同人誌に収まっている。 ミクシイの日記を読ませていただいているのだけれど まことにうまい書き手で、 美学というのか美意識というのか センスのよさにうなってしまう。 ひりつくようにありながら、あったかい文章。 お会いしたおり、その目の力の強さを感じた。 荒海を航海してきたひとが見て来たものを思った。 「抱きとめたい」(天然色の一日2)という作品は 「鷹山見世が死んだ。」という一文で始まる。 東日本大震災で液状化の被害を受けた浦安に住む 七十歳の主人公海藤が、 その女性と共に過ごした時間へと立ち戻っていく。 「記憶の格納庫に入れてある小さな点が 躯の奥の方から、むくむくと大きくなって 喉もとまでせりあがってくるような気がした」 遠い日、海藤がカイトというニックネームで呼ばれた 糸の切れた凧のような日々のこと 60年代の混沌とした世情 芸術学部や美大生達の青春群像 見世と過ごした時間が 現在と切り結ばれつつ、 見事に行き届いた文章で蘇る。 青春の出来事は危うくはあっても 過去形で語られるもろもろにはどこか安心感があり あ、そうか、これは時の連凧なのだと連想する。 時が経ち、凧は次々にあがる。 もうどこにも飛び去ってはいかないが 見世の訃報から より太陽に近い一枚がゆらゆらと揺れる。 その揺らぎが連凧の糸を伝って 今もこころを揺らす。 「青春」という眩しい言葉で象られる時間の輝きが ここにもある。 ふたりの表現者の紡ぎ出したものを手に こころざわついたりもして。
昼下がり駅前、 買い物帰りのおばあさんがふたり歩いていく。 ![]() 我ながら変だぞ、とおもいつつ なんだか気になってその後ろ姿を追う。 ふたりはそれぞれにビニール袋を提げて それぞれにゆらゆらと左右に揺れながら くっついたり離れたりしながら歩いていく。 ![]() 横断歩道は少し明るくて ふたりのすがたがくっきりとする。 そう、ふたりの帽子 むらさきのお揃い。 おばあさんになってもなかよし。 これが気になっていたんだ。 ![]() ほら、帰り道もずっといっしょ。
いささか不安定な自分を持て余す。 眠れぬ夜に思うことは,自分の残り時間のことで それが長か短いか、ということではなく なにを為しとげたいとかでもなく いよいよ劣化していく機能を抱えながら生きるということ。 不満と不安。 なさけなく、みっともない未来予想図に 深くため息をつく。 それが老いだし 十分理解してきたつもりだし あきらめてもきたはずなのに 身体がこころを牛耳ってしまう。 こんなあたしがあたしなのか、 なんて思ってしまうのは傲慢なんだろうな。 こんなあたしがあたしなのよ とまずは自分に言い聞かせなければならないのに こんなあたしを あたし自身がいやがっている。
いろいろあった2011年の締めくくりが なんとNHKホールでの紅白歌合戦鑑賞になるとは 思いもよらんことでした。 紅白歌合戦って往復はがきで申し込むのだ と知ったのは昨年のことで 家人がせっせと手書きで書き送っているのを みかねて手伝ったりもしたのだけれど甲斐なく落選。 今年はプリンターにおまかせしたところ なんと当選。 今年の倍率は1200倍だったとか。 おかげさまの同伴者となり 大晦日の昼過ぎに 渋谷の街に繰り出すことと相成ったのでありました。 まずは当選を知らせるハガキをもってNHKホールに行き 座席券とひきかえます。 3時から開始されるのですが これが早くきてもいい席がとれるとは限らないとのこと。 で、2時半頃についてみると もうもうすごい行列。 ![]() あったかい日でよかった。 しかし、NHKホール前には日本国旗がずらりと並び なにやら騒然としておりました。 ![]() 紅白歌合戦にお隣の国のアーティストが 名前を連ねていることへの抗議活動のようでした。 文化侵略である、と。 そのなかのプラカードに「家に帰って大掃除を!」 というのがあって苦笑してしまいました。 あなたたちこそ、とか思ってしまいました。 シュプレイコール、っていうのかな、 怒号の抗議の声のなかには、 NHKそのものへの不満もあったようでした。 もっと違うところへ持っていきたい怒りなら あたしももっているのだけれど。 それでも2011年の紅白歌合戦は始まるのでありました。 ![]() まず、受付でこういうグッズを渡されます。 ![]() サイリウムなるもの、光る棒の初体験でありました。 白と赤と青があって、演目のここで赤を出してください、とか プラカードで示されるから あわててごそごそ出して、リズムに合わせて振るのでした。 こんなかたちで客席も盛り上げておったのであります。 ![]() 席が残念ながらの2階席、C17-33というへんぴな席だったので オペラグラスでアップしたりしましたが おおむね遠目の鑑賞でした。 テレビならここでアップだよな、とか思ったりして。 しかし遠目ながら唯一くっきりお顔がみえたのが 秋川雅史さんで、さすがの目鼻立ちくっきりでありました。 アップがないかわりに、すべてワイドに見えました。 (むろんスクリーンではみえているのですがね) 装置の設置、片付け、アーティストの登場、退場など 進行のあんばいがくっきりわかるんですね。 司会者がだれかに質問してるとき、舞台はもうてんてこ舞い。 モップで花吹雪掃いたりしてるんですね。 二百人越えの大人数の退場なんぞはもう大混雑で 体育祭のマスゲームのノリみたいでした。 小林幸子さんのお獅子も丸見えで ふふふの世界でした。 ワイドの圧巻はEXILEのダンスでした。 激しく美しい集団の動きに目を見張りました。 アスリートみたいでした。 年を取ると涙腺が弱くなってしまって すーぐ泣いてしまうのですね。 こころに震災のがれきがささっているから ひたむきなひと けなげなひと きづかうひと ささえるひと たくさんのきもちのうつくしいひとの うつくしいおこないに涙がでました。 しかしながら、そこはそれ、長く生きてますから わがままなに文句垂れたパートもありました。 ひとの好みはいろいろ、 それぞれのご贔屓があってあたりまえ、 あたしのすききらいもあってあたりまえ、だから。 いやあ、遠目ながら 嵐もTOKIOもSMAPもみちゃいました。 ラルクのハイドもファンモンのケミカルくんも aikoさんも絢香もユーミンもリンゴさんも みちゃいました。うそみたい! 個人的に箭内さんの絶叫がよかったな。 しかし、まことに長丁場でした。 飛行機だったら、どこまでいけたかなあ。 腰痛持ちがじっと座っているのはしんどいことでした。 テレビでご覧の通りそつのない司会ぶりもあって 赤組勝利で終わって 外に出てみれば、あたりまえの真夜中で それは新しい一年の始まりなのでした。 ![]() 通りを挟んでこんな写真が並んでいました。 ![]() 渋谷駅に戻ると,スクランブル交差点で 若者たちや外人さんが奇声をあげて なんだか盛り上がっていました。 駅前には割れた酒瓶がころがっていました。 特攻だの必勝だのの鉢巻きをした白人さんたちが 日本の女の子に声を掛けたりしていました。 いやあ、これはいったいなんなんだろう、と思案して ああ、きっと身のうちにおさまりきらないエネルギーなんだなあ、 と思ったりして。 ベクトルをまちがえんでくれたまえ、とも。 何事にも初体験はあって この年になってもなかなかに新鮮でありました。
28日から二泊三日,京都に居た。 新幹線の回数券二枚もらって 好きな時間を選んで旅立つ。 文袋まみれの日々をお休みして 文さんだったり ハンサンだったり 文ちゃんだったりした あたしのためだけの時間。 宿は家人の実家。 ばさまが亡くなってからは無人の空間。 とりあえず仏壇の線香をあげて 手を合わせる。 「ただいま」 ここでは 掃除洗濯も飯づくりもなし。 出来合いの食料を調達して こーこさんを待つ。 滋賀県から車でこーこさんがやってきて ノンアルコールビールを飲んで なんやかんや食して 途切れることなく話はつづく。 日々のたいへんなこと やりきれないこと 世の中のこと 原発のこと アジアの隣人の傍若無人ぶりへの不満 若かりし日の武勇伝 こーこさんおお父さんの伝説 心痛めたり、憤慨したり 驚いたり、大笑いしたり なんだろうなあ。 指先からすーっと屈託が抜けていく感じ。 ひとときの語らいが 徐々に自分たちを新たにしてくれる実感。 気がつけば時間は0時半。 おお~、もうこんな…。 「また会おうね」 翌日は朝から紅葉の百万遍の知恩寺へ。 ![]() お墓の草取りをして手を合わせる。 めったにないことなのだけど ばさまたちに、ちょっとお願いことなどしてみる。 自分ではどうしようもないことを願う。 午後一時、四条河原町にてムゲと待ち合わせ。 ムゲは乳がんの手術をした友人だ。 毎日放射線治療に通っているものの もう以前と変わらないくらい元気なのだという。 それはよかった、と安堵しつつも それでも心配の種はある。 もともと細いのだが、 やはり痩せたな、と思う。 食事のあと、八坂神社から高台寺へ歩きながら たくさんのことを話し ふふふ、と笑いあう。 高校時代とおんなじ。 ムゲがあたしの家に来た時、母が 「おざぶあてておくれやす」 「あいやのばしとくれやす」 と言ったそうだ。 そんなきれいな京都弁を初めて聞いたという。 30年以上も前のその言葉を ムゲは今も覚えている。 「やさしそうなおかあさんやったなあ」 いっしょに居た時間の思い出。 いっしょに居なかった時間のことも聞き 彼女はあたし以上に たいへんな時間を過ごして来たのだと知る。 時給830円の暮らしはたいへんだった、とか。 職業訓練校へ行って、職を得て ようやく落ち着いたと思ったら 今度はこんなたいへんな病気になってしまって… それでも彼女が生きていてくれることが あたしにはうれしいことで いっしょに過ごす時間がとても貴重で この日みた夕日は ![]() きっと一生忘れないと思う。 30日は朝から 庭になっているユズを切ってご近所に配る。 いずれは京都に帰り、住むことになる町内の足固め。 ふふふ、意外と策士。 さても、二泊三日の夢の時間も終わる。 あれこれ後片付けして 家を出て、駅にむかい あたしの実家に連絡し、 兄嫁に会いにいった。 実家でもあれこれ難事があり 気をもむ兄嫁の愚痴を聞いた。 「人生、わからんもんや。 こんなことになるなんてなあ」 ずっしりと重い言葉だ。 だから、今日一日をしっかり暮らすのだと 兄嫁は言う。 あたしに出来ることは この言葉を聞くことだ。 それ以外にはない。 「気つけて帰りや」 そんな言葉に送られて 駅に向かった。 こんな時間が持てたことに感謝しつつ 品川で降りる。 平日の午後七時、 勤め帰りのひとが満ちる構内にまぎれた。 日常に帰った。
立川談志師匠が亡くなった。 朝からワイドショーではその人生のおさらいをしている。 一期一会の舞台で 自らが見定めた高見を目指した男の足跡。 選ばれたひとの自負と含羞と破天荒。 パネルの表に記された人生の後半には 文字のなかに病気の名前が連なる。 最後の気管切開は あたしも経験がある。 伝えたい思いは吹き出てくるのに 伝えるべき声が出ない。 出口を失った言葉は 紙の上でもたもたと踊る。 もどかしく 白い天井を睨む日々。 噺家が声を失う。 がんはひとをえらばない。 ためらいなくたいせつなものを奪い取る。 手負いのいきものは弱い。 この文の文に、師匠は2度登場する。 ナマ談志の思い出。 「初笑い」2005.01.07 「談志」2008.06.18 すきだったな。 合掌。 |一覧| |
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