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sarisari2060

sarisari2060

2010.06.17
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カテゴリ:エッセイ

木曜日、いつものホームに傾聴にうかがったのだが、
60代の女性、ご本人様がいきなり机に突っ伏して
目を閉じてしまわれた。

いささか戸惑った。
こういう経験は今までなかった。

「お疲れですか?」と訊ねても答えはない。

こころのなかでは、どうしたものやら、と
右往左往しているのだが笑顔を作る。

こういうときは、沈黙を聴くのだ、と教わった。
沈黙が語るものがある、のだと。

黙って、そのひとの背中を撫でた。
臙脂色の地の厚いポロシャツの下の
丸まった背骨を掌に感じる。

拒否はされなかったので続けた。
無言の時間が続き、
一瞬手を止めるとそのひとが顔をあげた。

こんにちは、と名前を名乗り
お名前は?と訊いてみたが、また、答えはない。
ただ、腕組みをしてこちらをうかがっている。

貼りついたような笑顔になってしまう。


「お疲れのようなので、肩でももみましょう。
わたし、うまいんです」

思いついて、その女性の小さな肩に手をかけると
ぎゅっと力が入って固くなる。

肩先から腕を包み込むようにすーっと撫でおろしてから
首筋を揉んでみる。
振り払われることはなかった。

肩は、補聴器の付いた左肩のほうが凝っている。
黙って、ゆっくりゆっくり揉んだ。

「このくらいかな」
と言って席につくと

そのひとが腕組みをしたまま
まっすぐこちらを向いて
前置きもなく、大きな声でなにか言いだした。

言葉は身のうちから付き出てくるような感じで
強く響くのだが
その発音が不明瞭でうまく聴き取れない。

濁音がうまく出てこないようだな、とか
興奮してくると言葉が飛んでしまう、とか
話方の特徴を少しずつ捕まえる。

目をみて、わかった時だけうなづき
わからないときは、
問い返すように目を大きく開けた。

くり返し聴こえてきたのは
「わたしはなーんにも・・・しゃべれないんだからね」
という言葉だった。

幼いころから耳が聞こえなくて、眼も悪くて
兄弟たちに迷惑かけて
親が倒れたときも帰れなかったから
自分はなにをされても何も言えないのだ
ということのように、わたしには聴こえた。

その説明をするとき
感情が高ぶってそのひとは涙を流した。
理不尽な扱いを受けたのだと言いたいのだ。

こちらがティッシュを出してその頬を拭うと
大きく目を見開いて、こちらをじっと見る。
こちらもじっと見返す。

しばらくするとふっと視線を逸らして、
固まったように動かなくなる。
その視線の先にあるのは、誰もいない空間で
ただ、昔の演歌のCDが鳴っていた。

こちらはまた黙ってその二の腕を撫でる。

撫でながら、自分の病気の話をした。
聴いているのかどうかはわからない。

「41歳の時、悪性の腫瘍で顎の関節を取って
薬とか効かなくて、再発したら切るしかなくて
切れないところに出たら、おしまいなの」

瞳がこちらに動いた。

「息子がふたりいて死ねないと思ったの。
大事に生きようって思ったの」

そんな話を続けた。

途中で、同じホームの老女がやってきて
なにやら訳のわからぬことを話しかけてきた。
自分だけの法則で動いているのだとわかる。

とたんにそのひとの目がきつくなり
閉じた唇と組んだ手に、力を入れたように見えた。

老女が去ってからそのひとは言った。

「わーしは、あーひとのしたことは・・・
・・・わかってんだから」

足をどんどんと踏み鳴らし
「こうされたんだからね」
と大きな声でいい、ピタッと口を閉じて
なにも語らなくなってしまった。

そんなとき、終わりの時間がきた。
一時間足らずの時間が経っていた。

そのひとの胸のなかに埋められている
圧の高い思いをどれだけ聴けたのか。

思いの地層は生きてきた分だけある。

別れの挨拶とともに
「今日は、わたしの話も聞いてくれて
ありがとうございました」
と言うと、
そのひとの表情が一瞬ふっと緩んだ。












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Last updated  2010.06.18 08:42:52
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