|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
│<< 前のページへ │一覧 │
「文革」以前の1950年代の中国を舞台に、毛沢東の製作に翻弄される庶民の姿を描いた傑作。監督は中国の第五世代を代表するの田壮壮。1993年の東京国際映画祭で、グランプリと最優秀女優賞を受賞。 私の知る限りでは、中国国内ではいまだに上映はされていない作品でもある。 東京・新宿のミニシアター、K's cinemaにて開催中の『中国映画の全貌2007』にて鑑賞。 『青い凧』 評価:☆☆☆☆☆ 1995年から東京・千石にあった三百人劇場で、2,3年おきに「中国映画の全貌」と題する特集上映が行われていた。1990年の終わりころから、(東京で)劇場公開される中国映画の大半は見てきたと思うが、(当然?ながら)1990年代以前の中国映画には未見なものが多く、それを解消してくれるのに、この特集上映は大変に役に立っている。といっても特集当たり10本も見れればよい方ではあったが……。 ところが、昨年(2006年)で三百人劇場の閉鎖してしまったので今後はないのかと思っていたら、今年は会場を新宿のK's cinemaに変えて開催。 上演本数も、今年は(香港映画も加わっていることもあり)74本と昨年の約3倍。 ざっと数えたところ、そのうちの44本が鑑賞済みの映画であった。 さてそれで、『青い凧』。 中国の歴史、とくに現代史は(私には)じつはよく分かっていない。 偏に私の不勉不足のためなのだが、現在では共産党によっても否定されている文革=文化大革命が、なぜ、どういう経緯で成されたのかが、謎という印象がある。 文革(が引き起こした悲劇)については、映画的には例えば『シュウシュウの季節』などの傑作(後味は非常に悪いが、映画自体は見事な傑作)があって、それなりには理解しているつもりがだ、中華人民共和国が成立してから文革までの期間を描いた作品は、たぶん本作が初めてだろう。 映画の筋は、詳しくは「あらすじ」を見ていただくとして、1950年代の政治活動に踏み込んで、それが如何に家庭を崩壊させ、また個人の一生をめちゃくちゃにしてしまうのかを描いた本作によって、そのあたりの事情が何となくだが見えてきた。 文革の誤りを元に辿って追っていくと、結局は中華人民共和国の成立と中国共産党そのものを批判することになって、まぁ確かにこの映画が中国国内で上映禁止なのも、分からなくはない(そこの壁が突破できない限り、大きく開けることもないのではと思うが) 本作で印象的だったのは、あらすじには触れなかったが、主人公・樹娟の兄の彼女。 兄・樹生は空軍の参謀で、彼女・朱瑛(チュウイン)は軍の劇団因だったが、党の幹部が来る度に接待にかり出されることに嫌気がさして退団するが、やがて反革命の罪に問われて逮捕されてしまう。彼女自身、何が起こっているのか、まったく理解できない状況で、党幹部の“餌食”になってしまう姿は、彼女への哀れ以前に底知れない恐怖を感じる。 まぁ今はこんな腐った党幹部はいないだろうが、こういう告発を紛れ込ませてしまうとは、田監督、おそるべしか。 そして文革の時代は、(映画をその通りと受け取れば)小学生が校長先生をつるし上げていたのかと思うと、これもちょとおっとぞっとする。 監督の演出としては、ともすると(日本であれば)感傷的に描いてしまうところを、かなり淡々と描いていく。それが、より当時の時代状況を考えさせてくれることになる。 また、監督は子役の使い方がうまいなと思った。 また三度の結婚式や、随所に挟み込まれている食事のシーンが、時代状況の移り変わりを象徴していて興味深い。 良くも悪くも“お隣”の国、中国を知る上で、本作は必見の傑作と言えよう。 なお本作のDVDが発売されていたようだが、現在では品切れのようだ。 【あらすじ】(ネタバレあり) 1953年3月、北京近くの胡同。小学校の女性教師・陳樹娟(シューチュアン)は、図書館司書の林少竜(シャオロン)と結婚した。中華人民共和国が成立して4年、人々は新しい国の建設という希望に溢れた時期で、二人の質素な結婚式でも、新郎新婦が毛沢東主席の肖像に敬礼した後、全員で革命歌を合唱するのであった。翌年、息子の鉄頭(ティエトウ)が誕生。 1957年。鉄頭は父の作った青い凧を上げるのが大好きであった。それは、一家の希望の象徴でもあった。折しも、毛沢東は整風運動──官僚主義を改めるために、党や官僚主義に対する批判を述べるように人々に奨励する──を推進するが、に一転して反右派闘争──党批判を行った者(=右派)を罰する命令が出され、図書館への割り当てから、少竜は右派のレッテルを貼られてしまい、労働改造に送られる。美大生であった樹娟の弟・樹岩も故郷の農村に追放された。そして、少竜は伐採事故のため死亡する。 1960年。少龍を密告したことに責任を感じていた同僚の李国棟(グオトン)は、その後ずっと樹娟親子の面倒を見てきたが、樹娟と再婚した。鉄頭はこの“おじさん”を好きであったが、大飢饉(1959~61)の際に、樹娟親子のために苛酷な労働をして粗衣粗食に耐えた無理がたたったのか、国棟は突然、病死してしまう。 1965年。息子の将来を案じた樹娟は、姉・樹英(宗晩英)の紹介で、党の幹部である老呉(ラオウー)の後妻になる。二人は老呉の住む立派な洋館に引っ越すが、鉄頭は新しい継父が好きになれず、反抗ばかりしていた。 翌1966年、文化大革命が始まった。老呉を批判する壁新聞も貼り出された。老呉は、樹娼と鉄頭に危害が及ぶことを危惧して、離婚を申し出た。ある日、様子見に鉄頭と戻ってきた樹娼は、老呉が紅衛兵に暴力的に連行されようとする現場に遭遇、心臓の悪い彼を連れていかないように懇願するが、一緒に連行されそうになる。紅衛兵に猛然と飛びかかった鉄頭は、袋叩きにあい失神してしまう。老呉は病死し、樹娟は労働改造に送られる。気づいた鉄頭が頭上に見たものは、枯れ木に吊り下がった、ぼろぼろになった青い凧だった……。 『青い凧』The Blue Kite 藍風箏 【製作年】1993年、中国 【製作】北京映画製作所 【監督】田壮壮 ティエン・チュアンチュアン 【脚本】肖矛 シャオ・マオ 【撮影】侯咏 ホウ・ヨン 【音楽】大友良英 オオトモヨシヒデ 【出演】呂麗萍 リュイ・リーピン(母:陳樹娟)、易天 イー・ティエン(鉄頭:3歳)、張文瑶 チャン・ウエンヤオ(鉄頭:6歳)、陳小満 チェン・シアオマン(鉄頭:12歳)、濮存■ プー・ツンシン (父:林少龍) ほか
『時効警察』シリーズで話題?の三木聡監督による最新昨。 臨死体験をルポするために、ライター(伊勢谷友介)とその友人(松尾スズキ)が鍵となる“死にモドキ”を探すロードムービー(って映画を見ていない人には訳の分からない要約か)。 テアトル新宿にて鑑賞。 『図鑑に載ってない虫』 評価:☆☆ うーん、何とも微妙な作品。 もしかしたら大傑作なのかも知れないが、私的にはちょっと厳しかった。 面白くない訳ではないが、ある意味、弾けすぎというかメーターが振りきれすぎて、かえって観客を拒否しているような感じ。 はじめに雰囲気・ノリについていけないと、しらじらとしたまま過ぎてしまう、そんな作品だった。(そういう意味では『舞妓Haaaan!!!』に似ているとも言えるが、あちらは笑いが“古典的”な分、一般受けしやすいと思う) 細かくは笑える小ネタ(「岡」とか、カップヌードルの肉を集めてできたステーキとか、サロンパス煙草とか、電動チュッパチャプスとか)が散りばめられていて、結構笑ったりはしたのだがが、何というか、それぞれバラバラ・単独に提示されるだけなので、その場限りでおしまい、全体として話にカタルシスがない、と大げさに言わなくても、映画を観たという満足感が生じない、というところだろうか。 脚本的には、たぶんロードムービーとしては、中心となる人物が増えすぎではないか。せめて主人公の「俺」(伊勢谷友介)と友人のエンドー(松尾スズキ)、それにリストカットマニアのサヨコ(菊地凜子)までにして、目玉のおっちゃん(岩松了)とその子分のチョロリ(ふせえり)はもっと一見さん的な脇役的にしたほうが良かったのではないか?(役柄としては面白かったけど) 伏線などでも、前半、あれだけカメラマン真島(松重豊)を探すことで引っ張っておきながら、出会ったあとはあまりにもあっけなさ過ぎるし、わりと冒頭に意味深に出てきた黒幕の部下(嶋田久作)もそれっきりだし、いきあたりばったりに作っているのが、個人的には裏目に出ているようにしか思えなかった。 まぁラスト、伏線とは思っていなかったことが、そういうつながりをするか、という部分もあることはあったのだが……。 役者的には、伊勢谷友介がこういう“くだらない”(失礼)役に全力で取り組んでいる姿が好感。たぶん二度と見られないだろうなという感慨もあったりして。それにしても彼は“芸”の幅が広いなぁ。 松尾スズキは地のママというか他の作品でもまぁ似たような役どころなので、安心感?はある。 菊地凜子は、こういうトボケた役は(も)資質に合っているとは思うのだが、今回は上滑りしているとしか思えなかった。ヒロインとしては、その辺、『亀は意外と速く泳ぐ』の上野樹里の方が役者が上だったかな。 全体として、役者が楽しんで演じている雰囲気がまったく感じられなかったのも大きなマイナス。その辺も『舞妓Haaaan!!!』と違うところか。あちらは出演者のほとんどから「楽しくて仕方がない」オーラが出ていた(と思う)。 個人的には、三木監督作品としては『亀は……』『ダメジン』は割と面白かったんですけどね(『イン・ザ・プール』は外した感)。 ということで、役者や監督のファンなど、気になる人は(劇場でなくても、近い将来DVDが出てからでも)鑑賞した方がよいとは思うが、そうでない人には今一薦めがたい作品、というところだろうか。 『図鑑に載ってない虫』 【製作年】2007年、日本 【配給】日活 【監督・脚本】三木聡 【撮影】小松高志 【音楽】坂口修 【出演】伊勢谷友介(俺)、松尾スズキ(エンドー)、菊地凜子(サヨコ)、岩松了(目玉のおっちゃん)、ふせえり(チョロリ)、水野美紀(美人編集長)、松重豊(カメラマン・真島)、笹野高史(モツ煮込み屋の親父)、渡辺裕之(船長)、嶋田久作(黒幕の部下)、片桐はいり(SMの女王様)、高橋惠子(サヨコの母親) ほか 公式サイト http://www.zukan-movie.com/
井上靖の代表的名作『しろばんば』の映画化。複雑な家庭に生まれた少年の葛藤と成長を描いた傑作。 今年(2007年)7月に神保町にオープンした小学館直営の映画館、神保町シアターで開催中のレイトショー特集「こどもたちのいた風景」にて鑑賞。 『しろばんば』 評価:☆☆☆☆☆ 井上靖は格別に好きな作家というわけではないのだが、いくつかの作品は個人的に非常に印象に残っている。 というのは、私が中学校1年生の時、文化祭での図書委員会の企画展示が「井上靖」特集で、『蒼き狼』『しろばんば』『夏草冬濤』『あすなろ物語』の4作は自分の担当だったこともあり、読み込んだ覚えがある。いずれもその後数十年、読み返したわけではないので、記憶が薄れてしまってはいるのだが……(自伝的小説として『しろばんば』『夏草冬濤』の後に『北の海』が刊行されているが、当時はまだ文庫化されていなかったため、未読のまま現在へ……)。 『しろばんば』は、井上靖が天城湯ケ島で過ごした多感な子供時代を綴った自伝的小説で、「しろばんば」とは晩秋の天城で、夕方に白い綿毛をつけて飛ぶ虫のこと。 原作は主人公の洪作(こうちゃ)と育ての“親”ぬい婆ちゃ(曾祖父の妾)を中心に、主人公をめぐる複雑な人間ドラマを淡々と描いていたような記憶があるのだが(うろ覚え)、映画ではどちらかというと、洪作と叔母のおさき姉ちゃんとの関係──少年が若くて美しい女性に抱く淡い恋心──に焦点が当てられている。 主人公の洪作役の島村徹のあどけなさを全開にした演技──少年が年上の女性に抱くそこはかとないときめき──もさることながら、叔母役の芦川いづみが、美しいというか、少年が心をときめかせる理想とも言うべき女性像を見事に演じきっていて素晴らしい。 そして、おぬい婆ちゃ役の北林谷栄が、これまた見事なはまり役。彼女は(若い自分から)嫌味なおばあさんというイメージが強い(混血の姉弟を育てる『キクとイサム』(1959年)でのおばあさん役は非常に良かった)が、その皮肉・文句たれたれな様子の背後に、洪作への無償ともいうべき愛情が溢れている様を好演している。 脚本の木下恵介は、言うまでもなく『二十四の瞳』などの名作を撮っている監督だが、非常に複雑な人間関係を巧みに処理して描いており、膨大な原作を1時間半という尺に手際よくまとめる手腕はさすがだ。 鑑賞後は劇中で頻繁に唄われる「箱根八里」がぐるぐる回ること必至。 なかなか鑑賞の機会は少ない作品だとは思うが、機会があれば一見をお薦め。 ちなみに,井上靖の同じく自伝的小説『あすなろ物語』も映画化されていて、同じく神保町シアターでの特集で上映された。脚本が黒澤明(!)だったりする(1955年、東宝作品。堀川弘通の監督デビュー作で、師匠の黒沢が脚本を贈った)。 この作品も鑑賞したが、こちらもお薦め(評価:☆☆☆☆)。 【あらすじ】(ネタバレあり) 大正初期の伊豆・湯ヶ島。伊上洪作は、豊橋に住む軍医の父や母、妹と別れて、母方の曾祖父の妾であったおぬい婆さんと、土蔵で二人で暮していた。おぬいにとって、最初は嫌々預かった洪作ではあったが、今では可愛くてしかたがない。母方の本家は近くにあったが、おぬいと本家との中はあまりよくない。 明日から春休みという日、本家の次女で叔母のさき子が女学校を卒業して帰ってきた。新学期から洪作の通う小学校の教師になるという。洪作は優しいさき子が帰って来たのが非常に嬉しく、一方のさき子も、不憫な暮らしをしている洪作を何かと可愛がるのだった。同級生たちは「ひいき、ひいき」と騒ぐが、洪作は気にしない。 夏休み。洪作はぬい婆さん連れられて、豊橋の父母の家に出かけた。自分の手元に引き取りたい母親とぬいとの口論から、洪作は自分がおぬい婆ちゃの本当の孫ではないと知ってショックを受ける。 さき子は、洪作の担任・中川先生と恋に落ちた。そして、さき子の妊娠が発覚すると、中川先生は祝言もそこそこに、新学期を前に、遠くみかん栽培の盛んな地へと転任していった。 冬。さき子は子供を出産した。赤ん坊を負ぶり、洪作と散歩しながら歌を唄うさき子は以前よりもかなり痩せていた。さき子は結核に罹っていた。部屋を訪ねる洪作を追い返すが、洪作は扉の前に座って歌を口ずさむ。さき子も声を合わせるのだった。 さき子の病状は思わしくなく、中川の元へ行くことになった。村人に知られないように夜中に旅立つさき子を、洪作はぬい婆さんと見送るのだった。そして、初秋。さき子が死の知らせが届いた。 『しろばんば』 【製作年】1962年、日本 【配給】日活 【監督】滝沢英輔 【原作】井上靖 【脚本】木下恵介 【撮影】山崎善弘 【音楽】斎藤高順 【出演】島村徹(伊上洪作)、北林谷栄(曽祖父の妾:おぬい婆ちゃ)、芦川いづみ(叔母、本家の次女:さき子)、細川ちか子(曽祖母:おしな)、清水将夫(祖父:文六)、高野由美(祖母:たね)、芦田伸介(父:伊上捷作)、渡辺美佐子(母:伊上七重)、畠山とし子(妹:伊上小夜子)、宇野重吉(父方の祖父、校長先生)、山田吾一(中川先生) ほか
ブログにしばらくアクセスできなくて更新がかなり滞ってしまいましたが、またポチポチと復活させますので、よろしくお願いいたします。 とりあえず自分のための覚え書きとして、4月以降に鑑賞した映画で、ブログ未記入のもののリストです(区分別に鑑賞順番。括弧内は私の評価)。ある程度は過去に遡って、徐々に感想を書いていきたいと思っています。 【日本映画(新作)】 棚の隅(☆☆☆☆) 東京タワー(☆☆☆) 俺は、君のためにこそ死ににいく(☆☆) パッチギ! LOVE&PEACE(☆☆☆☆☆) きみにしか聞こえない(☆☆☆☆☆) 憑神(☆☆☆) 監督・ばんざい!(☆☆☆) アコークロー(☆☆) 吉祥天女(☆☆☆☆☆) 14歳(☆☆☆☆) アヒルと鴨のコインロッカー(☆☆☆☆☆) ピアノの森(試写会)(☆☆☆) 恋する日曜日 私。恋した(☆☆☆☆) 転校生 さよならあなた(☆☆☆☆☆) サイドカーに犬(☆☆☆☆☆) 天まであがれ!!(☆☆☆☆☆) こわい童謡 表の章(☆☆☆) こわい童謡 裏の章(☆☆) 遠くの空に消えた(試写会)(☆☆☆) 西遊記(☆☆) 【外国映画(アジアを除く)】 ボビー(☆☆☆) 善き人のためのソナタ(☆☆☆☆☆) バベル(試写会)(☆☆☆☆) BRICK〈ブリック〉(☆☆☆) スモーキン・エース(☆☆☆) 輝ける女たち(☆☆☆☆) ゾディアック(☆☆☆) イラク 狼の谷(☆☆☆) ボルベール<帰郷>(試写会)(☆☆☆☆☆) イタリア的、恋愛マニュアル(☆☆☆☆) ダイ・ハード4.0(☆☆☆☆) ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団(試写会)(☆☆☆) それでも生きる子供たちへ(☆☆☆☆☆) シェルブールの雨傘(☆☆☆☆☆) ロシュフォールの恋人たち(☆☆☆☆☆) あるスキャンダルの覚え書き(☆☆☆☆) 魔笛(☆☆☆☆) トランスフォーマー(試写会)(☆☆☆☆) シュレック3(☆☆) レミーのおいしいレストラン(吹替版)(☆☆☆☆☆) プロヴァンスの贈りもの(☆☆☆) 【アジア映画】 ワイルド・アニマル(キム・ギドク監督特集@ユーロスペース)(☆☆☆☆) 私たちの幸せな時間(試写会)(☆☆☆☆) ジェイムズ聖地へ行く(☆☆☆☆☆) 雲南の少女 ルオマの初恋(☆☆☆☆) 《以下、「中国映画の全貌2007」@K's cinema》 テラコッタ・ウォリア-秦俑(☆☆☆) 上海家族(☆☆☆☆) ふたりの人魚(☆☆☆) 狩り場の掟(☆☆☆☆) 青い凧(☆☆☆☆☆) 春の惑い(☆☆☆) 【日本映画(旧作)】 《以下、市川雷蔵特集@新文芸坐》 弁天小僧 女と三悪人 大殺陣 雄呂血 歌行燈 婦系図 桃太郎侍 《以下、相米慎二特集@シネマアートン下北沢》 台風クラブ 東京上空いらっしゃいませ 雪の断章 -情熱- 光る女 《以下、黒木和雄特集@フィルムセンター》 キューバの恋人 わが愛北海道 日本発見シリーズ 群馬県 ぼくのいる街 TOMORROW 明日 日本の悪霊 飛べない沈黙 祭りの準備 《以下、川島雄三特集@フィルムセンター》 人も歩けば グラマ島の誘惑 縞の背広の親分衆 赤坂の姉妹より 夜の肌 イチかバチか 喜劇 とんかつ一代 女優と名探偵 天使も夢を見る 適齢三人娘 学生社長 箱根山 昨日と明日の間 シミキンのオオ!市民諸君 還って来た男 青べか物語 《以下、清水宏特集@シネマヴェーラ渋谷》 信子 しいのみ学園 蜂の巣の子供たち みかへりの塔 次郎物語 花形選手 按摩と女 その後の蜂の巣の子供たち 泣き濡れた春の女よ 小原庄助さん 母のおもかげ 《以下、「こどもたちのいた風景」@神保町シアター》 警察日記 あすなろ物語 《以下、「湯けむり温泉紀行」@ラピュタ阿佐ヶ谷》 温泉女医 秋津温泉
浅野忠信主演のタイ映画。共演は、韓国のカン・ヘジョン(『トンマッコルへようこそ』など)、日本の名バイプレイヤー・光石研、香港のエリック・ツァン(『インファナル・アフェア』でのマフィアのボス役など)、タイのトゥーン・ヒランヤサップ等という国際色豊かなメンバー。 東京・六本木のシネマート六本木にて鑑賞。 『インビジブル・ウェーブ』 評価:☆☆☆ 「愛する人を殺め、すべてを失った男が、旅先で見つけたのは、偶然と運命がもたらした不思議な女と、「本当」の自分――」 というのは、パンフレットに記されたキャッチコピー。 罪悪感で混沌としていた男がマカオ→香港→プーケット→マカオ→香港と漂う中で、さまざまな人に出会い、自分の人生の意味に気付いていくという、一種のロードムービー。 何とも言えず静謐な映画である。 ストーリー展開からすれば、熱くどろどろとした作品になりがちだが、回想的に描かれる殺人の場面にしても、キョウジが何者かに襲撃されるシーンにしても、全編、できるだけ余計なものを省き、静かに淡々と描かれる。 『裸足の1500マイル』や『上海の伯爵夫人』、『レディ・イン・ザ・ウォーター』などの撮影を担当したクリストファー・ドイルによる、緑を多用した色使いも、画面に独特の落ち着きをもたらしている。 静謐ということでは、もちろん、途中、主人公が耳栓をするシーンに象徴的だが、できるだけ余計な音を省いている録音もそうだし、最近音楽過剰気味の映画が多い中で、聞こえるか聞こえないかの境目で使われるBGMもそうだ。 そういう静謐感が、主人公の抱える罪悪感――ボスの命令で初めて人を、しかも自分が愛していただろう恋人を殺してしまった罪悪感が浄化していく過程を、くっきりと浮かび上がらせる(という意図だと思う)。 それに輪をかけて、何を考えているのかよく分からないような浅野忠信の風貌と雰囲気が、映画全体にえもしれない彩りを添えている。というより、それだからこそ彼を主人公に起用したのだろう。 ただ私的には、浅野忠信の起用が成功したようには思えなかった。 彼の演技の特徴は、先に書いたように、何を考えているのか分からない、その没感情的なところにこそ魅力があるのだと思う。 しかるに本作は、罪悪感で混沌とする魂が、不思議な女性とその赤ん坊への愛情や、さまざまな人の示唆的な言葉によって、徐々に人生の本質を見付だしていって救われるというものだから、主人公の心の変遷の微妙な機微が表現されなければならない(はずだ)。 それにしては、彼の演技は感情表現に乏しく、主人公の心情(の変化)がこちらに伝わってこない(少なくとも私にはそうだった)。 主人公が旅先で飲み物はミルクしか頼まず、また何度も吐くシーンがあるが、この意味が途中まで(初めて人を殺したとある人に訴えるまで)よくわからなかったし。 そして、ラストの主人公の決断も、その感情移入しがたい浅野忠信であればこそ衝撃的ではあったが、今ひとつ納得のいく成り行きではない。どうにも唐突で不自然なのだ。 もっともそれは、旅の途中で知り合い、愛情を抱くことになるカン・ヘジョの描き方が中途半端なことにも関係する。 彼女とのエピソードが練り込み不足なために、浅野との関係は単に一方通行の“一目惚れ”でしかなく、復讐に固まっていた心情が翻意させるまでに至るとは思えないのだ。 なので、観客(私)には戸惑いしか残らない。 また、如何にも思わせ振りなイコン(船室の壁に書かれた文字だとか)があちこちに散りばめられているが、あまり効果的だとは思えず、そもそも私はこういう虚気おどし――製作者側にも明確な意図が用意できていないにもかかわらず、それらしい物を配置することで、オタク連が喜んで当て推量するようなアレコレ――は好きでない。多くの場合、メインのストーリーがきちんと描けないことの“逃げ”にしかなっていないからだ(その端的な例が『マトリックス』シリーズだろう)。 タイトルは、プーケットが舞台だから、当然、2004年12月の(地震による)大津波と関係があるのかと思ったら、監督によれば「本当にタイトルの意味するものは分からないのです」とのこと。うーん、何だそれ。 こういう辺りも主題を明確にもっていないようで、好きになれないなぁ。 ということで、映像としては見るべきものはあると思うが、作品としてはわざわざ劇場で鑑賞することをお薦めする感じではないかな。 【あらすじ】 マカオ。キョウジの粗末な下宿に、艶やかな女性セイコが訪れる。料理人である彼の手作りのディナーを楽しみながら情事にふけるが、彼女は裸のままもがき苦しんで死んでしまう。キョウジがワインに毒を入れたのだった。 翌日、香港のレストランに出勤すると、ボスから休暇を楽しんでこいと言い渡され、帰りの途中、僧侶からタイのプーケット島への切符と金、リザードという男の連絡先を受けとる。 船に乗り込むと、キョウジの船室は、電気もまともにつかないような粗末な部屋だった。船内散策の途中、赤ん坊を連れた若い女性ノイと知り合う。旅行は忙しい恋人からのプレゼントという。出会ったばかりのキョウジに娘を預けてプールで泳ぐなど、あけすけな性格に、キョウジは強く惹かれていく。 ドアが開かなくなるトラブルや日本人のバーテンダーと知り合うなどするうちに、船はプーケットに到着した。ノイから携帯電話の番号を聞き出したキョウジは、安ホテルに身を落ち着ける。両替と買い出しから戻ったキョウジは、何者かに襲われ、すべてが入ったバッグを盗まれてしまう。困ったキョウジは香港のボスに連絡をとり、アロハを着た男に会うのだが……。 『インビジブル・ウェーブ』 Invisible Waves 【製作年】2006年、タイ・オランダ・香港・韓国 【配給】エス・ピー・オー 【監督】ペンエーグ・ラッタナルアーン 【脚本】プラープダー・ユン 【撮影】クリストファー・ドイル 【音楽】フアラムポーン・リッディム 【音響】清水宏一 【出演】浅野忠信(キョウジ)、カン・ヘジョン(ノイ)、光石研(アロハの男)、エリック・ツァン(僧侶)、トゥーン・ヒランヤサップ(ボス)、久我朋乃(セイコ) ほか 公式サイト http://www.cinemart.co.jp/iw/
たぶん『E.T.』の昔から、何となくドリュー・バリモアが好きである。 決して美人ではないし(というとファンの人には怒られるかな)、華がある訳でもないが(さらに怒られるか)、あのふっくらした幸せな佇まいの中に何とも言えない寂寥感がある感じがするあたりが惹かれるポイントだったりする。 なので、たぶん彼女の劇場公開作品はたいてい映画館で観ている(と思う)が、本作も彼女が出演という一点で映画館に足を運んだ。4月に公開された彼女(とヒュー・グラント)の主演作『ラブソングができるまで』が傑作だったので、ちょっぴり期待しながら。 ワーナー・マイカル・シネマズ板橋にて公開初日(2007/6/23)に鑑賞。 『ラッキー・ユー』 評価:☆☆ うーん、ドリューとエリック・バナのラブコメかと思っていたら、エリックとロバート・デュバルの父子ものでした。いや、きちんと事前に情報を仕入れていかない方が悪いのだが……。 ラブストーリーとしてみてしまうと、女性の造形がステレオタイプに過ぎることと、今ひとつ会話の妙や感情の機微が描かれておらず、非常に中途半端な感じがする作品だ。 正直ドリューが居なくても、結局は話は成り立ってしまう感じであって、ちょっと事前の期待とはすれ違ってしまった感じ。 とはいえ、その父子(をテーマにした)映画としてみると、それなりの出来。父親に反発しながらも、同じポーカー・プレイヤーの道を歩む息子。その父子がポーカーの世界選手権の決勝戦で戦う場面が、この映画のクライマックスだ。 エリック・バナのいわゆるポーカー・フェイスの縁起も悪くはないが、とくにロバート・デュバルの演技が絶品もの。 二人が母親の指輪を“かた”にポーカーに興じるあたりの丁々発止のやりとりでは、完全に主人公のエリックを喰ってしまっていた。 たぶん一層のこと、ドリューの役柄をなくしてしまって、ポーカーをめぐる父子の対立(と和解)にしたら、監督が『L.A.コンフィデンシャル』のカーティス・ハンソンなので、もっと面白い話(ちょっとした傑作)になったのではなかろうか。 (少なくともゴルフ場のシーンは余計だったような気がする。) 肝心の世界ポーカー大会は、その父子と女性一人を除けば、実際の出場者(プレイヤー)たちを集めたというだけあって、迫真の雰囲気で見所は十分。 ただ欲を言えば、あれやこれやの末に予選に出場することになった主人公な訳だが、その予選自体のゲームをしっかりと描くべきではなかったか。まぁ、話の作りとして、ポーカーの駆け引きでそんなにたくさんの場面を描けるわけではないだろうが、何かあっさりと通過してしまった印象が強く、その後の決勝戦でのギリギリの駆け引きが薄っぺらい感じがしてしまった。 ちなみにポーカーのルールは、今年の正月映画『007/カジノ・ロワイヤル』でも出てきた、テキサスホールデム。日本ではあまり馴染みがないと思うし、正直なところ、007を見ておいて良かったと思った。 映画の中ではほとんど説明されないので、ルールをあらかじめ知らないと、正直、何をやっているのか、何が勝負なのか全然分からないのではなかろうか。 逆に、それだけ(世界では)テキサスホールデムが一般的ということでもあるだろうか。 ということで映画的には可もなし不可もなしというところか。 私のようにラブコメを期待していると肩すかしを食うことは間違いないが、ポーカーが好きだったり、ラスベガスが好きな人にはお勧めかも。 また、それぞれの役者のファンは、見ておいても悪くはない作品だとは思う。 『ラッキー・ユー』 LUCKY YOU 【製作年】2007年、アメリカ 【配給】ワーナー・ブラザース映画 【監督・脚本】カーティス・ハンソン 【脚本】エリック・ロス 【撮影】ピーター・デミング 【音楽】クリストファー・ヤング 【出演】エリック・バナ(ハック・チーバー)、ドリュー・バリモア(ビリー・オファー)、ロバート・デュバル(ハックの父:LC・チーバー)、デブラ・メッシング(ビリーの姉:スーザン・オファー)、ホレイショ・サンズ(ギャンブル依存症:レディー・エディー)、チャールズ・マーティン・スミス(ハックに出場料を貸す:ロイ)、ジーン・スマート(ポーカー・プレーヤー:ミシェル) ほか 公式サイト http://wwws.warnerbros.co.jp/luckyyou/
1950年代にテレビ坂のスーパーマンを演じた俳優が、1959年6月16日、身体に一発の銃弾を残して自宅で死亡した。彼の名はジョージ・リーブス。 警察は自殺として処理するが、リーブスの体に残された打撲痕や自宅に残された複数の弾痕など、その真相は未だ明らかにされていない……。 世界一有名とも言えるスーパーヒーローを演じた俳優の栄光と苦悩の日々と、彼の死の真相を探し求める探偵の姿とを、交互に映し出しながら、ハリウッドの虚実――「映画の都」の持つ夢と毒を浮き彫りにした、人間ドラマの秀作。 東京・日比谷のシャンテ・シネにて鑑賞(2007/6/24)。 『ハリウッドランド』 評価:☆☆☆☆ 映画としては、ハリウッドの表と裏を見事に活写した脚本や、1950年代のハリウッドを忠実に再現したという美術や衣装も見どころ充分だが、何と言ってもベン・アフレックの演技が素晴らしい。 日本で公開されたベンの出演作はほぼ見ていると思うが(『インディアナポリスの夏/青春の傷痕』や『200本のたばこ』、『ドグマ』なども劇場で見ていたりする。今年の公開作品では感想は未記入だが『スモーキン・エース/暗殺者がいっぱい』にもちょい役で出てましたね)、たぶんベン出演作中で本作がベストともいうべき出来だろう。 表面的には、かつては『アルマゲドン』などの出演を契機にスターとしてもてはやされながら、最近は(ジェニファー・ロペスとの破局以降は)バッシングされることの多いベンの姿そのものが、俳優ジョージ・リーブスの人生と重なってイメージされる部分が大きいのも事実。 しかし、それが無くても、自分のイメージを理想とするものから遠く固定されてしまってフラストレーションに苦しみ、本当の自分とは何かを悩むスター俳優の孤独さを、深みのある演技で見事に体現していて、拍手喝采ものだ。 ベン・アフレックのベストと書いたが、彼の過去の出演作中でというだけでなく、同世代の役者の中でもベストに近い出来ではなかろうか。 それは、共演者のアカデミー賞受賞男優エイドリアン・ブロディ(ベンとは1歳違い)の演技がやや一本調子なのと比べてみれば明らかなように思う。 話自体に興味がもてない人も、彼の演技を見るだけでも鑑賞の価値はあると思う。 役者としては、そのベンの愛人を演じたダイアン・レインも凄い。 子役スターは大人になるとただの人になってしまう場合も多いが(テイタム・オニールとか)、ダイアンは1979年の『リトル・ロマンス』(その可憐な演技は、未だに印象的)から、『コットンクラブ』以降1990年代後半まではやや低迷していた感はあるものの(私が知らないだけかも)、21世紀になって、『運命の女』や『トスカーナの休日』などで演技派の“大人の”女優として活躍しているのは、映画ファン的には大変に嬉しい。 本作で彼女が演じたトニー役は、実在の人物ながらダイアンを想定して当て書きしたという。 それもあってか、8歳年下の若い恋人をもって浮かれて幸せの絶頂の様子から、その恋人が新人女優のもとに去ってしまって悲嘆に明け暮れる姿まで――中年女性の光と影を、圧倒的な迫力で演じきっている。 とくに最初にベンの前に現れた時のはっとするような美しさと、悲しみの虜になって顔の小皺もあらわになる後半の演技は特筆もの。 かつて『デブラ・ウィンガーを探して』という映画が、現行のハリウッド・システムの中で中年になった女優が、役柄がなくいかに苦労しているかを、数々の当該年齢の女優にインタビューして描き出していたが、未熟な若さだけだ取り柄のような若手女優を中心に据える作品だけでなく、もっともっと経験豊富な彼女らが大いに活躍できる映画が(アメリカだけでなく日本でも)もっとたくさん創られてほしいと思う。 話が本作からずれたが、もう一人の主人公を演じたエイドリアン・ブロディも悪くはないが、先に書いたように、やや一本調子なのが珠に傷か。 もともと好きな俳優ではないので、点数が辛いのかもしれないが、個人的には『キング・コング』での彼の演技も今ひとつだったんだよな。 確かに『戦場のピアニスト』は凄かったが、そもそもの役柄が良かったのと演出の力が大きかったのではなかろうか。 たぶん底力をもった役者であろうから、渾身の一作を是非見てみたいと思う。 とくに往年のアメリカ映画のファンには強くお薦めしたい秀作。 『ハリウッドランド』 HOLLYWOODLAND 【製作年】2006年、アメリカ 【提供】ミラマックス・フィルムズ&フォーカス・ピクチャーズ 【配給】ブエナ ビスタ インターナショナル(ジャパン) 【監督】アレン・コールター 【脚本】ポール・バーンバウム 【撮影】ジョナサン・フリーマン 【音楽】マーセロ・ザーヴォス 【出演】エイドリアン・ブロディ(探偵ルイス・シモ)、ベン・アフレック(スーパーマン俳優:ジョージ・リーブス)、ダイアン・レイン(ジョージの愛人:トニー・マニックス)、ボブ・ホスキンス(MGMの重役:エドガー・マニックス)、ロビン・タニー(ジョージの婚約者:レオノア・レモン)、ロイス・スミス(ジョージの母:ヘレン・ベッソロ夫人) ほか 公式サイト http://www.movies.co.jp/hollywoodland/
大ヒット作『クレヨンしんちゃん』のテレビ版はまったく見ていないが、映画版はクオリティが高く、三作目当たりからだいたいは見てきた(ここ2、3年はちょっと落ちてきた印象はあるが)。 中でも2001年に公開された9作目『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』は、20世紀の日本(高度経済成長期)をテーマに、子どもは子どもなりの、そして大人は大人なりの楽しみ方が出来るという希有な出来の大傑作。とくに「クレヨンしんちゃん」の嫌いな人や、子ども向きと馬鹿にしているヒトには強くお薦めしたい作品だが、これを撮り上げたのが原恵一監督。 ちなみに、第10作目の『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』も感動ものの傑作である。 まえふりが長くなったが、その原監督が長年温めていた木暮正夫の原作(岩崎書店刊)を元に、オリジナル脚本でアニメ化したのが、この『河童のクゥと夏休み』。 7月28日(土)からの全国公開を前に、一足先に試写会(6/21、九段会館)にて鑑賞。 【追記】8/11に、シネリーブル池袋にて鑑賞。細部まで作り込まれていることがよく分かった。 『河童のクゥと夏休み』 評価:☆☆☆☆☆ 【あらすじ】 非常に丁寧な作りの、良い作品だ。日本が日本である限り、あり続けるべきであろう心象と風景が見事に描き出されている。 やはり上手い監督は何を撮らせても上手いなぁ。 いろいろと誉め所はあるが、まずはキャラの描き方が非常に秀逸。 主人公の康一は、密かに同級生の女の子・菊地が気になっているが、同級生の男子にからかわれると一緒になっていじめてしまうあたりは、私を含め、かつて小学生だった“男の子”たちには大いに得心するところがあるだろう。 康一の父親の冴えないサラリーマン姿、母親のはきはき物をいう性格、妹の我がままぶりなど、家族の会話やあり方が非常に自然に描かれていて、very good。とくに、妹の言動には笑わせていただきました。 また、河童の存在を知った後の興味本位のマスコミと世間の人々の姿は、どこかにいる他人ではなく、他でもない(映画を見ている)自分自身なんだと鋭く突きつけてくるようだ。 人物の作画的にはやや不統一な部分もあったりはするが、背景美術も非常に綺麗で、例えば康一がクゥと出かけた旅先で泳ぐシーンなどは、そのまま自分も飛び込みたくなるほど透き通っていて爽やかだ。 などという余計な情報を仕入れるよりも(^^;)、まずは映画館に見に行くことを強くお薦めしたい。 と断った上で、ネガティブなことも述べておくと、全体で2時間20分近く、というのは親子で鑑賞するには(とくに子どもには)ちょっと辛い長さだと思う。 まぁ『ハリー・ポッター』で長い映画にも慣らされていたりはするのだろうが、やはり2時間は切らないと子どもには薦めがたい部分はある。 とくに東京タワーのクライマックス以降だけで30分近くあったりして、もう少し短くまとめた方が良かったと思う。その丁寧さが個人的には好ましくはあるのだが、試写会場で私の両隣にいた小学生は、やはり最後の方は飽きていたようだ。 それと、映画の出来としては、大流行の宮崎駿監督作品などよりは格段に上だと思うが、如何せん“華”がない。映画全体として、非常に地味な印象は免れない。 昨年の『時をかける少女』みたいにキャラ萌えも期待できそうにないし(まぁ主人公の同級生の女の子・菊池さん萌える人もいるかもしれないが……)、興行的には大きく苦戦するような気もする。 でも、一見ありそうで中身のない宮崎映画なんかよりも、こういう映画こそ本当は大ヒットして、より多くの人に見て欲しい作品だと思う。 鍵は、河童のクゥ自体を可愛いと思う層がどの程度存在するかかな。 【追記】2回目になる映画館で鑑賞した際に気になったのは、愛犬がなくなったときに、それを放っておいてクゥを追いかけるところ。せめて(誰かが)抱いていかないかな。 ……というようなマイナス?要素も加味しても、いまのところ、今年の日本映画のベスト1か2、かな。 『キサラギ』も候補ではあるが、老若男女を問わずに薦められる作品として、こちらの方が(私の中では)ちょっと優位な感じ。 『河童のクゥと夏休み』 【製作年】2007年、日本 【配給】松竹 【監督・脚本】原恵一 【原作】木暮正夫(『かっぱ大さわぎ』『かっぱびっくり旅』より) 【キャラクターデザイン・作画監督】末吉裕一郎 【美術監督】中村隆 【撮影】箭内光一 【音楽】若草恵 【声の出演】冨沢風斗(クゥ)、横川貴大(上原康一)、植松夏希(菊池沙代子)、田中直樹(康一の父:上原保雄)、西田尚美(光一の母:上原友佳里)、なぎら健壱(クゥの父親)、ゴリ(キジムナー) ほか 公式サイト http://www.kappa-coo.com/ オフィシャルブログ http://blogs.yahoo.co.jp/kappa_coo2007
谷崎潤一郎の戯曲『無明と愛染』の映画化。脚本は、現在日本最高齢(95歳)の監督として活躍を続ける新藤兼人。 『鬼の棲む館』 評価:☆☆☆☆ 私が一番好きでかつ一番上手いと思う女優、高峰秀子の出演作。 なので、今まで見たいと思ってきたが、機会がなくて鑑賞できなかった(3年前の東京国立美術館フィルムセンターで開催された「映画女優 高峰秀子」特集には熱心に通ったのだが、タイミングが合わず、この作品は未見)。 折良く、東京・池袋の新文芸坐で開催した「[没後十年]誇り高き昭和の天才役者 天衣無縫 勝新太郎」にて鑑賞。 中心となるのは(あらすじに記したとおり)盗賊となった勝新太郎、その妻の高峰秀子、勝の愛人の新珠三千代、新珠のかつての愛人の佐藤慶の4人だが、女性陣二人の演技が出色。 高峰秀子の凄さはいまさら言うまでもないが、夫が愛人と仲睦まじくする傍らで、その傍若無人な夫に健気に使え尽くす妻を通して、女の“怖さ”をいやというほど体現していた。とくに、新珠と佐藤が本堂にこもっている際に、庫裏での勝とのやりとりは絶妙だった。いや、お酒を造っておいた、鳥が焼けた、と甲斐甲斐しくしているだけなのだが、その有様が、背筋がぞっとするほど怖い。 確かに、こういう女性が妻だったら、逃げ出したくなるだろうなぁ。 そして、新珠三千代が妖艶。 新珠三千代というと私の世代的には、小学生の頃にテレビで見ていた『細うで繁盛記』の旅館の女将役──貧乏旅館に嫁いだはいいが、夫は不能、身内からの強烈ないじめやライバル旅館の嫌がらせなどの困難にもめげず、旅館を大手のチェーン店に育て上げる若女将──のイメージが非常に強い。 映画としては、『洲崎パラダイス 赤信号』の退廃的な女性姿や『人間の条件』でのひたむきな妻像、『女の中にいる他人』の情念の妻などが印象に残る作品。 なので、いままで彼女に、いわゆるエロチックな艶っぽさを感じたことはなかったのだが(って失礼かな)、本作での彼女は、ただひたすらに艶めかしい。なるほど、これならば女性断ちした僧侶でも誘惑されてしかるべきかもと思ったり(ヌード場面は吹き替えだったようだが)。 この妖しさに対抗できるのは、私がすぐに思い浮かぶ範囲では、往年の若尾文子くらい、かな(他にも、ロマンポルノ系とかで対抗できる女優はいそうだが)。 ただ、せっかく、その妖艶さというか猥雑さと“高潔”な僧侶と対決するのだから、脚本的にはもう一捻り欲しかった気はする。高僧が堕ちるのが、ちょっとあっけない感じだったのは残念。 (そもそも佐藤慶が高僧、というのがイメージに合わなかったりはするのだが) ということで、勝新太郎特集での上映ではあったが、高峰秀子と新珠三千代の演技を堪能すべき映画としてお薦め。 【あらすじ】(ネタバレあり) 南北朝時代。 晩秋のある日、戦火を免れた山寺に、京から一人の女性・楓が訪ねてくる。寺には、彼女の夫である太郎と、元白拍子の愛染が、戦乱の都を離れ、淫らな暮らしをしていた。楓は出奔した夫を探しまわり、ようやく見つけたのだった。 太郎は、自分が愛しているのは愛染だと、楓を追い返そうとする。そこへ、吉野へ逃げる途中の落武者の一団がやってくるが、自分達の暮らしを邪魔されたくない太郎は、彼等を悪鬼のように倒した。楓はそのまま庫裡に住み着き、太郎の世話をやきはじめる。 冬になり、蓄えていた食糧が底を尽きると、太郎は愛染のために都へ出て、盗み・浪籍を働くようになり、無明という名でおそれられるようになる。 春のある日、道に迷った高野の上人が、一夜の宿を求めて寺を訪ねてきた。迎え入れた楓は自分の身の上を語り、鬼のような夫の愛人のために苦しんでいると訴えると、上人は、愛染を憎む己の心の中にこそ鬼が住んでいると諭した。そこへ、無明の太郎が戻ってきた。太郎は、上人が所持していた黄金の菩薩像を盗ろうとするが、上人の祈りの文言に光を発した像の前に立往生してしまう。 それまで、陰で様子を伺っていた愛染が姿を現すと、上人は驚く。その昔、上人がまだ貴族の青年であった時に、白拍子の愛染に惚れ込み、恋仇きの貴族を殺してしまって、それが縁となって仏門に入ったのだった。呆然自失の太郎をみて愛染は、仇をとろうと、上人を本堂へと誘う。楓も、上人のありがたい説教で愛染が改心するのを期待して、二人を送り出す。 あの手この手で上人を篭絡する愛染に、抵抗虚しく上人は、彼女と体を重ねてしまう。勝ち誇った愛染の笑い声に、楓と太郎が駆け付けると、われに還った上人は、慚愧に身をふるわせて、舌を噛みきるのだった。「仏にこの身体が勝った」と嘲けり笑う愛染。その様子をみて、自分が何をなすべきかを悟った太郎は、愛染を一刀で切り捨てたのだった。 翌朝、出家した太郎は、高野山を目指して寺を出る。その後を、楓がついていく……。 『鬼の棲む館』 【製作年】1969年、日本 【製作・配給】大映 【監督】三隅研次 【原作】谷崎潤一郎 【脚本】新藤兼人 【撮影】宮川一夫 【音楽】伊福部昭 【出演】勝新太郎(無明の太郎)、高峰秀子(太郎の妻:楓)、新珠三千代(太郎の愛人:愛染)、佐藤慶(高野の上人)、五味龍太郎(武将)、木村元(中将)、伊達岳志(武者) ほか
第46回芥川賞受賞を受章した宇能鴻一郎の原作の映画化。 東京・池袋の新文芸坐で開催中の「[没後十年]誇り高き昭和の天才役者 天衣無縫 勝新太郎」にて鑑賞。 『鯨神』 評価:☆☆☆ 大映の看板スター、市川雷蔵とのコンビも多い田中徳三監督の入魂の一作。 たぶんに『白鯨』を意識したと思われる映画だ。 予想以上に緊迫感の溢れる作品ではあったが、如何せん、大映では特撮技術に関するノウハウがなく、肝心要の“鯨神”がしょぼくて、戦いの悲愴さが薄れてしまっているのがもったいない。 一応、監督の言によれば3種類くらいの模型を作って望んだらしいが、ラストの頭部はともかく、水中でのシーンが大きいイルカくらいの感じなのがなぁ。 この辺、東宝(の円谷英二)を招くなんてことはできなかったのだろうか? 音楽は伊福部昭で、あきらかに『ゴジラ』なりを意識した曲つくりな訳けだから、肝心の特撮も……(というのはしつこいか)。 あと、村全体がほとんど何も働いておらず、一体全体何で生計を立てているのか、鯨を捕るだけでクラしていけるのか、といったあたりも曖昧模糊としているのが、ちょっともったいないかも(鯨神を村全体で倒すことの切迫感が乏しいというか)。 役者陣は、主演の本郷功次郎や勝新太郎、藤村志保の中心となる3人が好演。 志村喬は相変わらず志村喬のイメージの役であった(そういえば彼も東宝か……)。 なお、原作が宇能鴻一郎と目にしたときは、一瞬、疑ってしまった。どうにも官能小説作家のイメージが強いので。 (映画的には金子修介監督のデビュー作のロマンポルノ『宇能鴻一郎の濡れて打つ』)とかもあるし) 話的にはともかく、勝新太郎たちの演技は見る価値があると思う。 【あらすじ】(ネタバレあり) 鯨捕りを生業とする九州・和田浦の漁師たちは、悪魔の化身のような巨大な鯨――鯨神(くじらがみ)に長い間戦いを挑み、何百人が死んでいた。 血気盛んなシャキの祖父、父はすでに殺され、この年も兄が鯨神に挑むが、仲間たちとともに殺されてしまった。シャキは、自分の手で鯨神を倒すことを堅く決意する。 村の鯨名主が、鯨神を殺した者に、一人娘のトヨと家屋敷や田地名跡のすべてを与えると宣言した。シャキは真っ先に名乗りを上げ、そして1週間ほど前に紀州から来た男がそれに続いた。 そんな様子を不安気に見守るエイ。彼女は密かにシャキが好きだった。一方のシャキは、鯨神を倒すことだけが目的で、トヨを嫁にもらって名主の跡を継ぐことなど眼中にはなかった。 また、シャキの幼なじみのカスケは、鯨神に挑んで命をなくす村人らは愚かだと、医者になるために長崎へと出奔する。 よそ者の紀州が気に入らない村人たちは、酒の勢いで喧嘩を挑むが、誰一人敵わず、紀州の強さに一目置くようになる。ある晩、紀州は海岸でエイを犯した。 冬。長崎からカスケが戻り、シャキの妹ユキを嫁にほしいという。鯨神と戦って死ぬつもりのシャキは、カスケに妹を託す。 春はじめ。梅の花のほころんだ日に、エイは村の外れのあばら屋で、密かに赤ん坊を生んだ。シャキは、村の衆に自分の子だと名乗りあげる。彼もエイを愛していた。夫婦の契りを交す二人。赤ん坊に自分の跡を継がせて立派な鯨捕りにするというシャキの姿に、紀州は感じるところがあった。鯨名主の娘トヨは、自尊心を傷つけられる。 ついに、鯨神が和田浦へ向かっているという連絡が、南の村からやってきた。今年こその意気に燃え上がる村人たち。甲船出の前日、紀州は「俺に一番刃刺しを譲れ」と迫るが、シャキは応じない。殴りあいになるが、互いに何かを感じあうのであった。 翌朝、一斉に出発した10隻近い船の前に姿を現す鯨神。鯨名主の合図で、数十本の銛が投げられ、鯨神の背中に背中に突き刺さる。鯨神は猛烈な速さで沖に泳ぎはじめ、いくつかの船が引っくり返される。そのとき、紀州が海に飛び込み、鯨神の脇に取り付くと、槍で急所をつき立てる。続いて飛込もうとするシャキを、まだ早いと鯨名主は抱きとめた。鯨神は海に潜った。 しばらくして、ふたたび鯨神が浮上すると、紀州は絶命していたが、鯨神もかなり弱っていた。ここぞとばかりに飛込んだシャキは、鯨神の頭にとりつき、鼻こぶに刃物をふるう。幾度となく突き刺さるその刃物に、血が次々と噴き出す。潜っては浮上する鯨神との壮絶な戦いに、海は朱に染まるのだった。 ついに鯨神は倒れた。しかし、シャキも瀕死の重傷だった。鯨神の胴体は解体された。目を醒ましたシャキは、彼のために残された鯨神の頭と、砂浜で寝棺に入ったまま対峙する。寄り添うエイに、紀州が無謀なふるまいに出た時に、赤ん坊の父親が誰かを知ったと告げる。夕陽が海を沈むころ、死期が迫るシャキは、自分こそが鯨神だと感じるのだった。 『鯨神』 【製作年】1962年、日本 【製作・配給】大映 【監督】田中徳三 【原作】宇能鴻一郎 【脚本】新藤兼人 【撮影】小林節雄 【音楽】伊福部昭 【出演】本郷功次郎(シャキ)、勝新太郎(紀州)、志村喬(鯨名主)、藤村志保(エイ)、江波杏子(鯨名主の娘:トヨ)、高野通子(シャキの妹:ユキ)、竹村洋介(長崎へ医者になる:カスケ)、見明凡太朗(ヨヘエ)、村田知栄子(シャキの母)、河原侃二(シャキの祖父) ほか
│<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||