丹野賢一は田中泯の舞塾、舞踏から出ていながら、ファッショナブルというか今風のスタイルやロック、パンクなどの要素を使い、若者にも受け入れられる独自の世界を模索している。それもけっして格好だけでなく、屋外でのパフォーマンスなどを挑戦的に行っている。その活動が認められて、滋賀県粟東市からの依頼で劇場前の広場を使った大規模なパフォーマンスを行うことになった。1カ月前から入って美術・音楽の石川雷太や客演の羊屋白玉たちと制作し、ようやく公演となった。
これはいくつもの金属のオブジェを作り、激しいギター、パーカッションによる音とそのなかでの動き、パフォーマンスというもので、地元の公募スタッフとともに共同で制作するというアートインレジデンスにも似た試みも注目された。しかしそれが騒音という古典的問題で、3日のうち2日間が中止に追い込まれた。
丹野のパフォーマンスを知っていれば、この騒音は十分予想され、丹野自身も制作者に何度も確認したのに、「大丈夫」ということだっただけに、参加した一同は愕然とした。それも中止の交渉中に招待客や周囲に中止を報道し、それも折しも訪れていた台風を理由にしただけに、問題は大きい。
周囲は地方都市とはいえ大型団地の立ち並び、騒音は予想され、ホール側も自治会などにインフォメーションは行っていた。しかし数本の苦情に過敏に反応し、上層部の決定ということで中止を押しつけ、かつ台風というごまかしを行ったことの責任は免れえない。ホール側の役所的対応がせっかく開いたアートと住民との共存の道を閉ざすことになりかねない。住民参加を呼びかけるならば、説明責任からニーズの確認など、十分な手間をかけるべきなのを、企画したホール側が怠ったといわれてもしょうがないだろう。この問題がおそらく多くの劇場関係者、公共事業体でのアート関係者へ、また企業メセナ関係者などへ投げかけた影響は大きい。近年、東京国立博物館が演劇やダンスなどを館内館外で行うなど、独立行政法人化で施設のより自由な活用が模索され始めている。それに対して躊躇の意識が出てくることが恐れられる。
例えば騒音問題は人によって許容度が違い、受験生がいるとか1人暮らしとか、相手を知っているか否かでも変わる。騒音だけでなく地域でこれまで行ったことのない試みをするには、コンセンサスの得方も重要だ。自治体や劇場関係者も、ぜひともこれで臆病にならずに、むしろどうしたら実現できるかを追求してほしい。そのためは、この丹野賢一らのプロジェクトの再演が期待される。できれば関東の施設関係者がぜひ名乗りをあげてほしいものだ。
この日のイベントはその1日の公演の映像を見せ、丹野、石川、羊屋などの説明と意見交換が行われた。音のパワーや臨場感は伝わらないにしても、かなりいい映像で、パフォーマンスの内容と雰囲気はよくわかった
噴水、石垣のある近代的な建物の広いエントランス、広場のようなところに、パイプで組んだオブジェが多数並んでいる。その一角から這うように登場する丹野。起き上がって歩き出すとパイプが崩れてくる。計算された構造で崩れて下敷きにはならないのだが、合間を縫うようにして動き回る。パイプに大きい金属板がつるされているものもあり、そこになぐりかかったり、頭をぶつけたりと暴れる。するとパイプなどを叩く一隊が登場し、金属音が響き渡る。いつのまにか丹野は構造物の上に登り、櫓を組んだ2組はぶつかり合ったりする。
すると、ギター、ベースとパーカッション2台のバンドが激しいヘビメタノイズ風の音をまき散らす。櫓の一つに乗った女性、羊屋白玉が登場し、倒れた丹野を男と一緒に引きずりまわし、果ては噴水に投げ込んだりする。そこにもパイプのオブジェが組まれており、丹野はそれを上がって上の石垣に登り去っていく。
メタルという金属感をテーマにし、パイプと金属板によるオブジェも大きくインパクトがあり、それに丹野が肉体で絡むことで息づきだす。エレクトリックな音やドラムの音はそれをさらに高め、空間を一瞬のハレ状態に持ち込む。実際に見た友人は、その地面が揺れるようなパワーと金属板が醸す圧力など、半端ではなく凄かったという。
オブジェ制作の石川雷太は美術家としても期待され、音では舞踏家たちと共演している。ギターのスカンクも大橋可也らダンサーとのコラボレーションで知られる。羊屋は劇団指輪ホテルを主宰して活躍している。彼らのいい部分がメタルというテーマで結集したといえるだろう。
繰り返しになるが、ぜひ関東近県の屋外で上演を願いたい。そしてこの公演中止問題に一石を投じてほしい。
最新情報
府中市美術館エントランスでパフォーマンスを丹野賢一が行う。
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