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2011.11.30 楽天プロフィール Add to Google XML

ボクサー
[ 映画 ]    

 ジャズの帝王の異名をとったマイルス・デイヴィスは、かつて「あなたは、なぜ音楽家になったのですか?」というインタビューにこう答えたという。「(白人の優越社会では)トップになるには、手っ取り早いのはボクサーになるか、音楽で一山当てるか、(黒人には)それしかない」と。ロック、今ではラップやR&B、こうした時代を席捲した音楽の源流は、すべからく黒人音楽だ。そして、あらゆるアメリカン・スポーツの頂点には、今や黒人たちが君臨している。とりわけコンタクト・スポーツであるボクシングのケースでは、そこに不正でもない限り、金をもらって公然と白人を叩きのめすことができた。しかも、頂点を極めれば多額の賞金が待っていた。多額の賞金がかかるスポーツでなければ、黒人たちはやらない。100%断言するわけではもちろんないけれども、黒人の多くの子弟たちは幼少の頃から金銭的・精神的な余裕などはなく、フィジカルな能力を有効かつ最大限に活かす代償として、金は重要な目的であったことは否めない。そのスポーツをやり続けるのは普段から金はかかるが、争ったところで高額賞金などが比較的懸からないスポーツであるスキーやサーフィン、そして恐らく彼らが真剣にやったらすぐにでも世界一になれそうなバレーボールなど、そんなスポーツに興じている黒人を、少なくとも自分はアメリカで一度もお目にかかったことはない。差別や人種偏見は、黒人の歴史に深い影を落としてきた。どんなに有名な大学を出ようが、どんなに白人社会に同調・協調していようが、黒人であるということだけで蔑視対象となってきた。だからこそ唯一裏切らず、自分を社会の一員としてまともに押し上げてくれるのは金である、というのが偽らざる黒人の気持ちなのかもしれない。本作「ボクサー」は、地味な映画だ。しかし、燻し銀の光を湛えている。最初は栄光と富貴をもたらしてくれるであろうボクシングで頂点を極めたジャックが、黒人であるだけで、白人たち、さらには同じ人種の連中からもどん底へ突き落とされて、今度はそこからプライドとけっして屈しない勇気で這い上がっていく話である。

 1900年代初頭に、オーストラリアで世界ヘビー・ライト級チャンピオンが誕生する。アメリカ人のボクサーは、ジャック・ジェファーソン。彼は、黒人であった。アメリカに凱旋する船の中で白人女性のエレノアと知り合い2人は恋におちる。エレノアはジャックが黒人であることをそもそも気にしていなかったが、周囲は好奇な目で見ていた。しかも、明らかにそこには羨望があった。ジャックが滅法強い王者でしかも無敵であることが、白人にとって素直に喜べない。ましてや白人との恋愛は、差別感情に油を注ぐようなものであり、2人の出会いは大きな躓きの一歩だった。案の定、黒人のジャックに対して早々と白人の刺客が募られるが、このクラスに白人側コンテンダーは少なく、引退していたブラディが担がれる。しかし、ジャックはこれを返り討ちにして、富を得てシカゴにカフェを開いて派手な生活を始める。すると今度は、仲間であるはずの黒人社会にも反発者が現れる。ジャックも所詮、白人と同じではないかというのである。まして、白人社会は黒人が地位向上を求めることを心よく思わない。ジャックの“俺が、チャンピオンだ”的な態度が彼らを反駁させ、白人女性と肉体関係を結んではならないという州治安公序良俗法罪による罪を糾弾しようという一派が出てくる。ジャックはエレノアとトレーナーのティックらと亡命する。しかし、何処へ行ってもあらゆる邪魔が入って、試合機会はどんどん失われていく。いつしかジャックは、文無しになってしまう。そんな折、ジャックから世界タイトルを取り戻したいアメリカ本国からは、帰国して八百長試合に負ければ罪を軽くしてやるとの甘言が・・・。けれど、王者のプライドがそれを許さない。そのうち食いぶちを失って、ジャックとエレノアの折り合いが悪くなった。どんなことがあってもお互いを愛し合うと誓ってきたのに、エレノアは絶望して井戸に身を投げて自殺を遂げる。傷心のジャックは、遂に八百長試合を請け負ってしまう。けれど、若い白人の挑戦者に打たれている過程で、自分は何のためにボクサーになったのか、なぜエレノアを失って辛い思いまでしてきたのに、彼らの下に跪かなければならないのか・・・そんな怒りがこみ上げてきた。既に全盛を過ぎていた体に、ジャックは鞭を打って反撃に出た。もう、イカサマなどどうでもよかった。試合には負けたものの、ジャックの猛ラッシュは驚異的だった。試合後、反転に出て復活したジャックを新聞記者たちが取り囲むのだった。

 今やアメリカ合衆国の大統領に、黒人が就く時代になった。しかし、本当にカラーを気にしない国へとアメリカは変貌したのだろうか。変革が、本当にやってきたのだろうか。それは、大いに疑問だ。バラク・オバマ本人の資質は問題ないのかも知れない。本作でもチャンピオンになったジャックの資質は、誰に後ろ指を指されるものではないはずだ。ところが差別や偏見とは、当人の思惑とは関係ないところで発生する。原初的に殴り合って、体力的・戦術的な優劣がはっきりと出てしまうボクシングだからこそ、負けた側の屈辱感も大きい。負けたのが白人であれば、本人以前に周りの白人たちの怒りが収まらない。一方勝ったのに差別・侮辱される側に立ってみれば、疑問と共に怒りしか湧いてこない。フェアな試合で勝利したのに、なぜ自分は迫害されるのか。最初から、勝負に勝っても試合には負けると分かっているのなら、誰が好き好んで殴りあいなどするものか。こうなってくると、両者共に冷静にことを構えてというわけにはいかなくなっていく。それでもかつて非暴力を説いたガンジー、白人と黒人が共生する社会への夢を語ったキング牧師、黒人へも穏健な政策を展開した上に既得権益を一大勢力から奪ったケネディたちは、直接民衆へ語りかけ社会の変革を促して、暴力や争いからは何も前向きな空気は生まれてこないことを訴えたが、本人が暗殺されて希望が潰えてしまった。ジャックの戸惑いと、実力でボクシングの頂点を極めたのに、なぜ自分は尊敬されず阻害されるのかという疑問そのものが、この映画のテーマである。しかも、執拗なまでの嫌がらせがその根深さを訴求してくる。1900年初頭を舞台に、激動のアメリカで1970年に作られた、少々入手し辛い映画だが、今観る事に意義がある作品だと思う。なぜなら、この頃と現在に至るまで本質的にアメリカは何ら変わっていないからだ。むしろ横暴さは、さらに増しているように感じている。気に入らない奴がいれば、外国まで行って一国の元首を成敗にいく。自国の失政により金融危機を招いておきながら、世界各国の協調が必要だとサミットを召集し、その中心になって金集めに対して意見をいい、ホストよろしく写真の中央にもにこやかに収まっている(本来、小さくなっているのが筋ではないのか)。こうした傲慢さを是正しようとすれば、必ずやアメリカの奥の院を刺激する。要するに、自分たちは常にマスター・レイスである、世界の君主である、白人は黒人より上である・・・そんな信念がある白人が多数いる限り、「ボクサー」の悲劇は繰り返し起きるのである。果たしてオバマは、大統領として任期をまっとうできるのだろうか。



Last updated  2011.11.30 09:05:00
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