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博報堂生活総研が「生活者2.0」というリリースを発表した。 http://seikatsusoken.jp/release/pdf/20060724.pdf わたしが注目したのは、2.0の後ろに小さな文字で「TM」とついていたことだ。 つまり、これは商標。商魂あふれる言葉ですという意気込みだ。 2.0ブームに商魂たくましい人たちはどれぐらいいるのだろうと思って、特許庁の登録商標データベースで「2.0」とつく出願を調べてみた。 http://www.ipdl.ncipi.go.jp/Syouhyou/syouhyou.htm ・BUSINESS2.0(登録済/ビジネス 2.0 メディア インコーポレーテッド ) ・Web2.0(出願中/メディアライブ・ジャパン) ・HR2.0 (出願中/株式会社grooves)※HRとはヒューマンリソースのことらしい ・bank2.0 (出願中/スルガ銀行) ・CONCIERGE∞bank2.0 (〃) 私の検索の方法がまずいのかもしれないが、思ったよりも少なかった。唯一登録まで終わっているBUSINESS2.0は、アメリカで昔からある雑誌の名前だから、日本の2.0ブームとは関係なさそうだ。 とりあえず、スルガ銀行ほか3社に「商魂大賞」をお贈りしたい。
何でだろうとずっと思っていた。 新書「下流社会」のバカ売れ。 さっき思ったんだけど、これを買った人って、この本が話題になるまで、「下流の若者」とされる層の存在を知らなかったのではないか。 すなわち、経済的に不安定で、将来の展望も不透明な若者の存在をである。就職氷河期である10年前からじわじわと増えていたにもかかわらず。 そういえば、フリーターの問題を「正社員という責任を抱えたくない甘えた若者」ととらえる見当外れの人は未だに多い。 下流と名付けられて、ボリュームとして把握できるようになって、はじめて存在に気づいたんだろうか。 「電車男」がヒットするまで、オタクの存在が、オタクではない人にとっては、ほとんど「想像上のもの」だったのと同じかもしれない。 これから蛇足。 上のように気づいたのは、香山リカさんが、著書「結婚がこわい」で、少子化対策に取り組む政府が立てた仮説「経済的な問題で結婚・出産できない人が多い」という問題提起を、「そんな人、果たしてどれほどいるのか」と書いてあるのを見て驚いたから。昨年3月発行の書籍で、である。 考えてみれば、仕事と結婚のどちらかを選ばなくてはならなかった(逆に言えば「選べた」)世代の人には、仕事がなく、結婚もできないという局面は、理解できないのかもしれない。
いま、Macminiが欲しい。いろいろ理由はある。 ・WindowsではないOS、しかもデザインがとても洗練されたOSに触れてみたいから。 ・OS Xのフォントがとってもきれいだから。それでWebブラウジングしたら気分もいいかも。 ・iMovie、iPhoto、GarageBandなんかで、手軽にすごくセンスのいいDVDが作れそうだから(これが一番)。 しかし、気づいたけど、ここに「クリエイティブな何か」はまったくない。iPhotoでつくったムービーや、GarageBandでつくった曲を、自分の芸術だとは言いにくい。アップルがお膳立てしたテンプレートを選ぶだけなんだし。しかも、値段的にいって明らかに「大人の娯楽」だ。 むかしのMacって、プンプンと鼻につくぐらいクリエイティブな香りがしたのだ。 10年前、大学生だったころを思い出す。Macを持ってる人の家に数人でいって、わいわいやりながら、朝にはフリーペーパーの原稿ができている、とか。誰かがPhotoshopで遊んでいるうちにスゲー画像ができて一同大盛り上がり、とか。 そのころののMacのキラーアプリ3種の神器は、Photoshop、Illustrator、QuarkXPress(PageMaker)。それと写植メーカーの手によるフォント。考えてみれば、全部紙メディアだ。要はWebメディア全盛において、クリエイティブ領域のおけるMacの優位性が薄まってしまたのだろうか。 あ、そうだ。もう一つ。Hypercardの衝撃も忘れられない。あれは、Macを確実に道具たらしめていた。データベースとして、芸術家の表現舞台として、この世で一番簡単なプログラミング環境として。Hypercardがバンドルされなくなって、すごくがっかりしたなあ。 個人的には、コンピューターは、何か生産的なことに使われる道具であって欲しい。少なくとも、生産的に使われることに腐心した作りであって欲しい、と切に思う。 いまのMacには(もうかなり前から)それがない。
今年の大晦日の23時59分59秒の1秒後は、なんと23時59分60秒。さらに、その1秒後が元旦の0時00分00秒。うるう秒の採用で、今年最後の1分が61秒になるんだそうだ。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051225-00000947-reu-int ということは、 23時00分01秒……あと1時間 23時59分01秒……あと1分 23時59分58秒……3(秒) 23時59分59秒……2 23時59分60秒……1 ってことになる。ぜんぶ1秒ずれてるわけだ。これは、各地のカウントダウン担当者の技量が試されますね。 と思ってよくよく調べたら、グリニッジ標準時での23時59分60秒だった。つまり、日本時間は+9なので、1月1日の午前8時59分60秒になる。なんだー。 http://jjy.nict.go.jp/news/2006leap-info.html ああ、良かったね。日本の担当者の皆さん(なにがなんだか) しかし、ヤフーニュースあれでいいのか?blogmapみたら、みんなオレとおんなじ勘違いしてる。
ちまたにあふれるWeb 2.0。 Web関連業界全体の流れを指し示したものとしては、それなりに正しいと思うけれど、それは果たしてユーザーにとってどうなんだろう。 情報と情報をつなぎ合わせて新しい情報を追加していくということが、実は相当難しいスキルのような気がするのです。一方で、それをユーザーの無自覚的な振る舞いによって自動的になされるとすると、それも何かイヤだなという気もするのです。そうしたスキルや覚悟を持っている人が「人間 2.0」なのでしょう。 しかし、そんな「人間2.0」ってなかなかいないような気もするのです。たとえば、誰でも自由に更新できるwikiがあっても、それを更新するだけの度胸と知識のある人間がどれほどいるだろう。いや、知の蓄積という意味では、2%でもそれができる人がいれば、成立するんだろう。でも、残りの98%の人に「参加している」感はあるだろうか。 コミュニティーを構築するにあたって、Web 2.0というのはすこぶる難しい。Web 2.0的なものって、そこに集まる人の居場所感とか、情報提供主の個性みたいなものが見えにくいんだよね。 たとえば、旧来型のコミュニケーションといえば、対話であり、そこには特定の相手と時間的な流れというのがある。みんなで知恵を持ち寄ろうというコミュニケーション方法(Wikiとか)だと、そのへんがあいまい、ぼんやりなんだよね。 考えてみればこんなこと言ってるオレ、相当おっさん臭い。ネット黎明期に「ネットは顔が見えない」とか批判してる人がいたけど、おれはいま、まさに「Web 2.0は顔が見えない」って批判してるじゃないか。 いや、おっさん臭いことは認めよう。そこが言いたいことのような気もする。おっさんとして。 Web 1.0だと、ネットに載った情報には「顔」があって、その顔をみて、その情報の確度とか味わいと楽しんでいた気がするのです。オレとしては「らくらくホン」ならぬ「らくらくウェブ」が欲しいってことなんです。 人間 2.0でなくても、「情報」の顔が見えるようなWeb 2.0をつくってみたいものです。
これって多くの人が感じてることだろうけど。 最近、何となく税込み1575円の本が多いような機がする。 特に、若いビジネスマンをターゲットとした、時流に乗って売ろうとしている本に多いような。 その理由は書かなくてもわかるでしょう。
「最近、『SPA!』がつまらない」と言い出したら、もう年をとった証拠。という話をかなり前に、どっかに書いた。 しかし、である。最近、どうにもこうにも「SPA!」がつまらない。 特に、アイドルグラビア企画(みうらじゅん×リリー・フランキーのグラビアン魂)とか、まったくもう訳わからない。言っちゃあ何だが、せいぜいクォリティーの高い水着グラビアといった感じ。今さら、水着かよ、と。 「こんなの20年前ぐらいのセンスじゃん」と。ちょっと前まで、他の追随を許さないぶっちぎりの新しいグラビア連載だったのに。 20年前のセンス……。同じことを「ダ・カーポ」で感じた。先週号の巻頭特集がなんと、「あこがれのいい女を落とす方法」だよ。 http://www.magazine.co.jp/regulars/magamix/contents.jsp?shiCd=DC&gosu=571 さぞかし、何らかの悪意がひそんだパロディーだろうと思って読んだら、本当の恋愛マニュアルなのだ。ホットドッグプレスとかがやってたような。何を今さら?な感じ。 株価も上がって、新卒採用も急速に売り手市場になって、「バブルアゲイン」なんて言われて始めてるけど、本当に20年前のあのセンスが新鮮さをもって今の若い人に受け入れられているのか。 それとも、20~30代がまったく雑誌読まないので、バブルの記憶が残る層が喜びそうな内容にシフトしているということなのかしら。
ネット上でコンテンツ(日記とか)を公開するけど、検索エンジンにひっかかりたくない場合、普通はメタタグに「noindex」と入れる。 でもそれは、検索エンジンに対して「登録しないで」とお願いしているだけにすぎない。 GoogleやYahooはちゃんと、そのお願いを聞いてくれるけれど、もっと悪意ある検索エンジンならそれを無視すると言うことも考えられる。 どうだろう。noindexを無視する検索エンジン。いや、逆に「noindex」のページだけをどんどん蓄積する検索エンジン。 技術的に全然可能だなあ。 いや、会員制でクローズドなページ(mixiとかね)も、わざわざ会員になってどんどん閲覧して蓄積させていくなんてこともできるだろう。 検索エンジンは現在モラルに頼っているけど、いずれ法的な規制とか出てくるのだと思う。自分の個人情報を、自分でコントロールする権利はもっと主張されるだろう。
今回の選挙でおもったこと。 なんか、みんな「改革」を望んでいるらしいです。でもさ、その「改革」ってのは、「既得権益」にあぐらをかいている層を排除するため、規制を緩和して競争を促進しようという類ですよね。 「既得権益」というと、一部の特権階級の甘い汁のような気がしているかもしれないけど、これまでの日本政府による「規制」ってのは、ほとんどが、競争過多に対する規制なわけで、とどのつまり、平均的な水準の収入の人たち(いわゆる一般庶民)を守るためにあるものが多いわけです。となると実は割と多数の人が「既得権益」の受益者なわけですよ。 そうした「平均」やそれ以下の人を守っていた規制を取り払う「改革」っていうものの本質は、ホリエモンみたいな才能と運と金を持ち合わせた、ごく一部の人間だけが幸せになることであって、普通の人にはほとんど恩恵はないっつーことだと思うのですよ。 たとえば、競争にされされた都市銀行は、街角のATMをどんどん廃止してしまい、ぼくらは、昼間でも手数料のかかるコンビニの端末で下ろさざるを得なくなっている(高額預金者は手数料無料だったりする)。でも郵便局なら、土日深夜でも無料なのです。貯金額を問わず。 今回、ホリエモンが出て話題になったけど、結局彼のような野心家ビジネスマンが幸せな社会というのは、平均的な水準の人にとってはものすごく不幸せな(少なくとも今よりも)社会なのですよ。 みんな「変わる」ことに対して、夢を持ちすぎという気がするんです。たとえば「成果主義」。まるで、評価制度が透明になって、頑張れば頑張っただけ給料があがるなんて、最初はそう期待する人もおおかった。でも、給料があがるほど目立って実績を上げることができるのは、ほんのごく一部の人だけ。ほとんどの人は、実績を上げられずに下がったり、維持するためにストレスが増えたり、さんざんでした。それどころか、結局、単に全員の給料を下げる口実だったりしたわけで。 競争を積極的に推進したとして、結局のところ勝つのは、自力やコネや運や才能があるごく一部の人だけだというのは、ペシミズムがすぎる私のひねくれた考え方だけなんですかね。
昨今多いのが「モテる秘訣」とか「こうすればモテる」といったモテ方指南本。男性向けのそれを書いているのはたいてい、銀座のクラブのママとか、女子大生キャバクラ嬢とか、そういう方々なんです。でも、ちょっとおかしくない、それ。 基本的にお金を持っている人がモテる場所に勤めている人から、「モテる方法」なんて聞いても何の説得力もないよ。そもそも、クラブのママとかキャバ嬢とかにモテたところで、それって何かいいことあるのかしら。昔はそういう場でモテることが「男のたしなみ」とか「男の甲斐性」とか言われていたのだけれど、今時そんなのどうでもいい。不毛な疑似恋愛するぐらいなら、オタク道を突き進んだほうが楽しいし。 そもそもですよ。昨今、20~30代男性が結婚したいと思う相手(女性)の職業ナンバー1は、なんと「公務員」なのです(昨年ぐらいの某誌アンケート)。 そこで、「女性公務員にモテる秘訣」「女性公務員が語る、こんな男と結婚したい」なんて本こそが必要とされているのです!!! まじ? │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |