柳居子の目線で見て、政治の世界でダイナミック 動的で迫力があるだろうと思うのは、一旦決めた事を時勢や本来の目的を果たす必要が無くなった時、衒いなくそれを中止したり廃止を決断する時だと思う。既得権益者は必死に守ろうとするだろうし 現実には有り得ない事だ。 当然起こる事が判っていても目先 小手先だけで物事を決めるから国民は其のあおりを喰らう。
例えばポスト・ドク問題といわれる件 大学を出て院で博士号まで取得してながら真っ当な就職先が無いという問題 何のための専門教育? 国家の損失とも言える馬鹿げた事をしている。院の門戸を広げたら当然受け皿もしっかり準備しなければ職に付けなくなるのが判っていた筈。期限付き臨時雇いの講師の存在 何としても勿体ない話だ。京都市の肝煎りでポスト・ドクの就職斡旋に乗り出したが、公表できないような成果だったそうだ。
家電メーカーの赤字決算が紙面を賑わしている。エコ・ポイントと云う政策的需要喚起を起こしたら 必ず戻しの政策的不況が起こるのは自明の理である。
少子化 全体人口が減ってくる事を思うと、学校の問題も大きい。就学人数が少なくなれば クラス人数を減らせば人員整理の難事はクリアできる そう云う短絡な考えでは教育の実を挙げる事はできない。教育は最も結果の見えにくい分野で有名校への進学率くらいしか数字が出てこないのだが、最小限の投資で最大効果を挙げるというコスト意識を常に頭に入れなければならない もう少し日本という国は自分の国だの自覚を持たすような教育に期待したい。
人は皆 得手・不得手がある。学校で学ぶ学問が不得手な人は 一足早く実社会に出て頑張れる様な受け皿 学歴がなくても社会が人を育てる そう云う時代の到来が待ち望まれる(昔は皆が学歴が無かった)。親も子供の個性をしっかり見抜く眼を持たねばならない とは言っても昨今は育児が面倒と殺める親が後を絶たない もう日本は駄目なのか いやいや スイス・ローザンヌでのバレーコンクールでグランプリに輝いた17歳の少女 将来の抱負を聞かれて『三歳からバレー一筋にきましたから バレーにかけます』屈託の無い若い元気な人を見ると、日本は大丈夫という思いもする。若い人の活躍を心から嬉しく思うようになった。加齢の証か。