カテゴリ:哲学
「逆に言えば・・・」なんていい方をよく耳にします。ということで、今回は今まで言ってきたことの逆を言ってみようかと思います。 このブログでは死について考えるとかそういう言い方をしてきました。 「もしかしたら今日死ぬかもしれない」 この考え方が後悔せずに今を生ききるという思想に至るためのツールであると・・・ しかし、これはある種刹那的な生き方をしているようにも思えます。ということで逆に考えてみてはどうかと・・・ つまり・・・ 「長生きしてしまったらどうしよう?」 です。奇妙な言い方に聞こえるかもしれませんが、この考え方は幾分現実的に聞こえます(※個人の見解です)。 長生きというとなんだか掴みどころがなく聞こえるかもしれませんので、言い方をもうちょっと変えてみましょう 「明日生きてたらどうしよう?」 とても陰気な言い方に聞こえるかもしれませんが、「今日死ぬかもしれないから今日やりたいことができる日にしよう!」という考え方と組み合わせるといいのではないかと思うのです。というのも、もし今日死ぬかもしれないのだから後悔しないようにと生きていては貯金をするだとかそう言った計画的なことは一切意味を持たない話になってしまいます。しかし、この考え方が後悔しないためだけにあるのなら将来的なことも考え計画性を持った生き方をすることも考えなくてはいけません。なので今までの死というものをいつも考えておく「いつ死んでもいい」という心構えは保ったまま「でも仮にもし明日も生きていたらどうしよう?」という考えも同時に置いておかなければならないのではないか?そんな考えが浮かんだのです。 いつか聞いたことがあります。「片輪だけでは車は走らないよ」と・・・ それにどう考えても自分が寝て目覚めて生きているのか?死んでいるのか?そんなこと究極的にはわからないのですから、死を見据えて生きるなら同時に生き残ってしまった場合の事も考えなければ苦しい思いをするだけでしょう。 ・・・なんかポジティブなんだかネガティブなんだか自分でもよく分からない話になりましたが今日はそんなことを思いました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015/01/23 09:28:57 PM
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