(これまで)平成17年12月に大団円を迎えた第1次若手職員ワーキング(WWG1)、その翌年度、第2次若手職員ワーキング(WWG2)が実施された。その後、ワカテたちはどこへ行ったのか。
平成19年7月某日 夜
その夜、僕は数人の同僚とラーメンギョーザ屋でビールを飲んでいた。「ラーメンギョーザ」というのは、ラーメンが中に詰まったギョーザではなく、ギョーザがトッピングされたラーメンでもない。店の看板に『ラーメン・ギョーザの店』と書いてあるから、ラーメンギョーザ屋と呼ぶ。
店内はカウンターに6席ほどの椅子とテーブルがひとつ、10人も入れば満員という小ぢんまりした店で、僕らが6人、ほかにお客はいない。店員は、小柄だが引き締まった身体の店主ひとり。店主は、僕らが生まれる前から商売しているのだろうと思われる年齢。まさに矍鑠(かくしゃく)という表現がしっくりくる人生の先輩。この店主も含め、7人でわいわい。よくある夜の風景だ。
前回(2/25掲載分)まで第1次若手職員ワーキンググループ(WWG1)の活動について書いた。その翌年度、第2次若手職員ワーキンググループ(WWG2)が開催されたが、その活動については、いつか別の機会に紹介できることを期待して、このたびはほんの一部だけ。終了時に僕が書いた復命書から一部を抜粋する。
「私は、無能無力で、我儘な人間です。さらに「頑張らない」を信条に生きています。また、今後もそうあり続けたいと考えています。今回のワーキングへの参加も「世のため、人のため、わがまちのため」ではありません、絶対に。ただ、私と私の家族が住むこのまちを快適にしたいと考えてのことです。しかし、私は無力であり、たくさんの人の協力がなければ、何もできません。それでも、このワーキングで楽しく活動する中でたくさんの人に影響されながら、多少は成長できたと思いたいのです。ワーキングメンバーズもそれぞれ成長し、ワーキングを終えた現在、各々の次の目標を見つけ出していることと思います。各自が新しいつながりをもとに新たな活動に邁進していくことが、本市の更なる発展・・・もとい、そうなってくれると私は嬉しく思います」
この復命書の中で僕が言いたかったのは、
1.自分のために生きる
2.ワーキングメンバーがそれぞれの活動を展開することを期待する
という2点。1については、現在も実践中の僕のぶれない軸。
さて、2について。WWG1の3グループ24人のなかから引き続き活動することを希望した10人が1つのグループとして活動した。2年度に亘って活動した僕たちは、意識改革のスタート地点に立った。今度はその僕たちが新たな人脈をつくって、活動の輪を広げていけば、意識改革は進んでいく、と考えた。であれば、僕たちは敢えてともに活動するべきではないと考えていた。
平成19年度、職員提案制度が開始されると通知があった。僕の感想は、「ふうん」。
過ぎ去ったワーキングの日々の余韻の中で淡々と過ごしていた初夏の昼下がり、彦左衛門から1通のメールが届いた。タイトルは、『みなさん、まだまだ若手ですか?』。
彦左衛門は、あお組でともに活動し、鬼P(おにピ。鬼プロデューサの頭文字)として恐れられたその人である。鬼Pのメールを全文掲載・・・しようかと思ったけど、「なんだよぉ、引用ばっかりで全然自分で書いてないじゃん」と言われそうなので、独力で要約しますと
「先日、あお組で飲み会したときに3次会まであったのですが、☆4号さんに奥さんから電話がかかってきて、『帰りが遅い!』って怒られていました。
いや、そうじゃなくて、『ワーキングやっていた頃はハリがあったよね』ってみんなで話していました。みなさん、あの頃のハリを取り戻してみませんか。
今度始まる提案制度にわれわれで1番乗りしませんか?というわけで一度、集まりましょう」
という内容。多少、あることないこと書いていますが、趣旨は外れていないはず。
ちなみに1.嫁からは、ここでは書けないような酷い言葉で怒られました。やれやれだぜ。
ちなみに2.提案第1号にはなれませんでした。
ちなみに3.あお組はワーキング終了後、時々『同窓会』を開催しています。
この呼びかけから数日後、ちょっとした飲み会があった。僕の住むこのまちには僕の出身校がある。正確には、大学があったこのまちにほれ込んで、住んでいるというべきか。職場には、同じような境遇の職員が多く、そうした職員が年に1度集まって親睦を深めるのだ。その会には、ワーキンググループの仲間も多数参加していて、彼らを中心とした数人が、そのままラーメンギョーザ屋に流れたというわけ。
僕はラーメンギョーザ屋で何を話していたのか、あまり覚えていない。覚えていないけれど、このとき職員提案制度にもPがやろうとしている新たな活動にもあまり関心がなかった。なかったはずなのに気がつくと首を縦に振っていた。
Pは、ワーキングの間、消極的なメンバではなかったし、それどころか常に大きな影響を与え、グループを力強く導いてきたと思う。でも、みんなを引っ張るというタイプではないと分析していたので、今回の彼の勧誘には少し意外な気がして、Pがそれほどまでに言うのなら何か新しいことができるかな、楽しめるかなと予感させるものがあった。僕はワクワクを抑えられない性質(たち)です。さらに直感を何よりも大事にしています。そのせいでよく失敗もするけど。でも、ワクワクの予感が目の前にぶら下がったら・・・飛びつくしかないでしょ。
その後の活動は、このブログで仲間の☆たちが伝えてきたとおりです。もちろん、1年間紹介してきたのは活動のほんの一部ですし、今後もその輪を広げていくものと信じています。
さて、最後に私のこと。このワクワクグループで1年あまり活動し、現在は休部しています。なぜかといいますと、・・・フフフフフ、もっと楽しいことを見つけたからです。グループでも個人でも楽しいことを追い続けていきます。まだまだ私の夢は尽きません。
それではみなさま、長いような短いような1年間、ありがとうございました。バイバイ。
(おしまい)
最終更新日
2009年03月25日 01時43分34秒