55 夜のこどもたちマサフミが話しがあるんだ、とオレの部屋に入ってきた。 コイツはオレと同期だが童顔のせいでオレよりずっと幼く見える。 「なんだ?」と聞いてもマサフミはなかなか話し出そうとしない。 クチを開きかけてはためらっている。 「ヘンなヤツだナァ。話しがあるって言ったのはオマエだろ」 「う、うん、そうなんだけど」 「もう寝るぞぉ、くたくたなんだ。今日なんかコーチはオレをいじめて楽しんでんじゃないかってぐらいノックするしよぉ。 ワレ!って呼ばれたんだぜ~。最初聞いたときはマジでびびっ・・・」 「練習してるんだ」ぽそっとマサフミが言った。 「あ~そーだよ、練習は不可能を可能にするってな」 練習するに決まってるじゃないか、ウチは猛練習で有名なんだぜ。なに今更なこと言ってんだ、マサフミ。 その割にはエラーが多いと言われてるが、、。 「まだ練習してるんだよ、あのふたり」 「あぁ?あのふたり?」 「もう零時過ぎてるんだよ、それなのに。変だと思わないか?ケンタ」 「ちょっと待てよ、だから誰のことだよ」 マサフミはその名前を出すのにそんなに勇気がいるのかと思うぐらい緊張しているように見える。 ほんとにどうしたんだ。 「オマエもおかしいと思わなかったか?今日のあの時のふたり」 そう言われてオレはまじまじとマサフミの顔を見た。 あの時のふたり?。。。 アタマノスミニチイサナムシガ、、、、 「タカヤとテツトだよ」 アタマノスミニチイサナムシガ、、、 巣食ッテイル、、、 「今日、試合が終わる頃ふたりはなんだかしんどそうだった。ふらふらしてた。貧血じゃないかってぐらい」 マサフミは続ける。 「タカヤとテツトはバスに戻るときはもうお互いに支えあっているようだった」 そう言えば、寮に戻っても晩メシにはヤケに遅れてきたな。 「オレ、ふたりの様子を見てたんだけど、ろくに食わずにテツトの部屋に入っていったんだ」 「タカヤもか?」 「そうだよ、しばらく出てこなかった」 どちらかが具合が悪いんじゃないかと思ってた。 それなのに、、 とマサフミは話す。 いつのまにか声が小さくなっている。 「それなのに、真夜中に練習してるんだ。グランドで、あの二人がキャッチボールしてるんだ。真夜中に。それもきゃぁきゃぁと笑いながら」 マサフミはそう言いながら自分の腕を抱きしめた。 それが小刻みに震えてるように見えるのは気のせいか? 「だから、それがなんなんだ?抜け駆けしてまで練習するヤツは多い。まわりは全員ライバルだからな」 夜中の零時を回ってまでっていうのはさすがにヤリすぎとは思うが。 「アレは練習なんかじゃない」 マサフミはぽつりと言った。 「アレは違う」 オレはマサフミに何か言おうとしたが言葉が出なかった。 アタマノスミデチイサナ虫ガ、、、、。 オレは頭を振った。 ブンブントンデイル、、、、。 やめろ、考えるな。 ☆ グランドの目の前はすぐ海だ。 そして視線をそのまま上に上げると満天の星空だ。 目を転じると、寮のすぐ前の国道と、それと平行して走るJRの線路の後ろにあるまばらな民家はすっかり灯りが消えている。 大型トラックばかりが通る道路はもちろん人っ子ひとり通らない。 室内練習場だって誰もいない。 トレーニングルームも寮の部屋の灯りもとっくに消えている。 いや。 ひとつだけ点いている。 「ケンタの部屋だ」 タカヤが言った。 「なにしてるんだろ」 「マサフミが入っていったぜ」 「え?」 オレが言うとタカヤの顔がこわばった。 「だから早いとこマサフミをって言ったのに」 タカヤは抗議した。 「いいタイミングがみつからなかったじゃないか。それにマサフミはオレたちを避けてたし」 「あの時はうまくいったと思ってたのに」 タカヤはぷくっとふくれた。 そう、今日の試合まえのロッカールームの一件はタカヤの持ち前の「天然」で切りぬけた。 だが、疑念はすっかり晴れてはいないだろうとは思っていた。 疑念。 カタチの見えない、疑念。 カタチが見えないからこその恐怖。 説明がつかないからこその不安。 そして、、、魅力。。 そう、あいつ。 きっと来る。 「ここへ?」 タカヤは意外そうな顔をした。 「来るさ、確かめにね」 「怖がってたのに」 「だからこそさ」 そう、だからこそ、、。 月明かりでも歩いてくるあいつの青ざめた頬ははっきり見えた。 「ほら、来ただろ」 タカヤの顔がぱっと明るくなった。 まるで欲しがっていたものが手に入るとわかったときの子供のようだ。 「なにしてるんだ?」 マサフミが聞く。 「練習さ」オレは答える。 「こんな時間に?」 無表情にマサフミが言う。隙を見せたくないかのようだ。 「そうだよ」 それに答えたのはタカヤだ。 そう言ってすっとオレのそばに来るとオレの肩に手を回し、顔を寄せた。 そしていたずらっぽい目でオレを見た。 わかってるよ、タカヤ。 「同じだ」 マサフミがぽつりと言う。 「なにが?」タカヤが微笑む。 「あの時と同じだ。ローッカールーム、、、。」 「そう、あの時と同じ」タカヤは嬉しそうだ。 「あの時逃げようとしたのがいけないんだよ」 タカヤの声が甘くささやく。 「ボクたち、キミのこと乱暴にする気はなかったのに。キミが逃げようとするから」 マサフミは何か言おうとしているが言葉が出てこない。 「だから仕方なかったんだよ。でもよかった。嫌われたかと思ったんだけど、来てくれたね」 タカヤの微笑み。マサフミはただ呆然と立っている。動けないのだ。 「おいでよ」 タカヤが手招きする。 「おいでよマサフミ、怖くないよ」 タカヤがにっこり微笑む。 海から吹く風がざわめく。 「怖くないよ・・・」 マサフミはまるでマリオネットのように一歩踏み出した。 「ほら、もう少しそばにきて」 マサフミは言われるまま数歩前に出た。 「捕まえた!」 タカヤはそう言って笑った。 ほんとに子供のように無邪気な笑顔だった。 マサフミは自分の首にタカヤの手がかかっていることさえ気がついていないようだ。 「いいよね?」タカヤがオレに聞く。 「ボクのものだよね」 ☆ オレたちはマサフミの体をグランドの隅に横たえた。 首に赤い糸が一筋引いている。 マサフミの顔は穏やかだ。 抵抗することはなく最後は自ら身を委ねたような気さえした。 「日の出まであと4時間ぐらいだな」 「もっと夜が長ければいいのに」 タカヤは不満そうに言った。 「マサフミの味、どうだった?」 「すてきだった」タカヤはにこっと笑った。 「マサフミの飲む?」 「うん」 オレはタカヤの首筋に顔を近づけた。 ☆ 月の光りをいっぱいに浴びてオレたちは走る。 生き返る。 オレの体のすみずみが躍動する。 「オマエ、そんなに走るの好きだったっけ?」タカヤが笑う。 「足、遅かったよな」 「うるせー」 マサフミが目ざめた時のことはその時考えよう。 今はこの闇のエネルギーをたっぷり吸いこむんだ。 タカヤが「捕まえた~!」とオレの背中をふざけて掴む。 「ばーろー」とオレはすり抜ける。 体が軽い。 なんでもできそうな気がする。 オレとタカヤは笑いながら駆けまわった。 マサフミは眠っている。 もうじきくる「目覚め」のときを待ちながら。 「キミたちは」 とどこからか声がした。 「キミたちは闇から生まれた子供だ。夜のこどもたちだ。わたしの愛しい、夜のこどもたちだ」 オレは振り向く。 「祝福あれ」男は言った。 クサいセリフだな、おっさん。 「まったく相変わらずキミはクチが悪いな」 男は苦笑だけを残して闇に消えていった。 目の前をぱさっ っと黒い翼がひるがえった。 ☆ マサフミは部屋にいなかった。 こんな時間なのに。 もう午前1時を回っている。 便所も探した。食堂もみた。 ロビーも。 玄関はもうとっくに鍵がかけられている。 どこに行ったんだ? いや、それはほんとはわかっていた。 マサフミの部屋の窓が開いていた。 そんなことをするほど誘惑に勝てない場所。 あの、、 あの二人がいるところだ。 行ってみようかオレも。 だが確かめるのが怖かった。 まだはっきり目に浮かぶ。 テツトの首筋にくっきりついていた赤いあざ。 禍禍しい色だった。 「なんでもないよ、虫に食われたんだろ」 違う。 虫。。 小さな虫の羽音があれからオレの鼓膜の深いところでぶんぶんと唸っている。 説明ができない不安・・・という虫だ。 いったんは忘れかけていたが、今夜のマサフミの話しにまたよみがえった。 ぶん、ぶん、ぶん。 オレは思わず耳をふさいだ。 つづく |