キャンプの夜の彼らの秘密(5)

2003/02/20/(Thu)

音がした。

ような気がしてオレは目が覚めた。
一旦眠りにつくとスカッドミサイルが打ち込まれようが目が覚めないオレなのに、どうしてだ?
午前3時。丑三つ時ってヤツか。

また、聞こえてきた。
なにやらとてもいや~~な感じがする。
それは音・・というよりむしろ「気配」に近かった。
なんだかとっても気にくわねぇなぁ。

その「気配」が今度は「声」に変った。
聞こえてくるのは窓の外だ。
そしてそれはオレの右隣の部屋。
1年先輩のH出さんの部屋の窓からだ!

「ここに入れてくれよぉぉぉぉおお!」
それは地獄の中から這い出たようなおぞましい声だった。
「今まで仲良くしてきたじゃないかぁぁぁぁあ~。
H出く~~ん、オレだよぉぉぉおお」

舌なめずりするような声だ。悪意に満ち溢れている。
さすがのオレもぞっとした。

ストーカーなのか?
こないだ女性ファンがK野さんを襲ったことがある。
変った趣味だ(いや、そうじゃなくて)

H出さんはかわいいし可能性と危険性は充分ある。
オレは跳ね起き受話器をとり部屋番号を押した。
H出さんが出た。
「H出さん!大丈夫?なんかあった?そっちいこうか?」
答えたH出さんの声は意外に落ち着いていた。
「あ、Bッチー、起こしちゃった?ごめんね。でも大丈夫だよ。オレはもうアイツとはきっぱりと決別したからね。」
「え?あいつ?やっぱりへんなヤツが押し入ろうとしてるんだね?」
その時、パシッ!と音がした。
窓が割れたんだ!
「H出さ~~~ん!!」
ぼくは叫んだが電話はプチッと切れた。

オレは脱兎の如く駆け出しH出さんの部屋のドアを叩いた。
壊れるほど。

「H出さ~~ん、開けて!開けてよ~~!!」
ドアの外からでもわかるほど風が唸りをあげて吹き上げている音がする。いや、風じゃない、声だ。あのおぞましい声。
「なんでオレから離れたんだぁぁぁぁああ!」

いけない!このままだと小柄なH出さんは連れ去られてしまう。オレにはそいつの邪悪な意志がはっきりと感じられた。

なんでみんな気がつかないんだ?
オレだってこんなに叫んでいるのに。
なんでみんな起きてこないんだ?




するとあっけなくドアが開いた。
「H出さん!大丈夫?」
と言ったきりオレはクチをあんぐりと開けたまま立ちすくんでしまった。
「あ、あれ、なに?」
オレは指差すこともできず目を見開いたまま尋ねた。

「あ~。あれはね『幽撃手』っていう悪霊だよ」
「は?」
「今までボクの両肩にずっしりとのしかかっていた悪霊さ、ボクはコイツのためにずいぶん苦しんだ。足がもつれたり、グラブが自分の意志どおりに動かなかったり、送球が思わぬところへそれたり」

(それって要するにヘタクソだっっていうことじゃないの?)と言おうとしたが、やめた。
もともとH出さんはセカンドだったのに、チームの事情で無理やりショートにされたときいていた。
そして彼はこのチームの看板ともいえるそのポジションにふさわしい選手になろうと血のにじむような練習をしてきたんだ。

「今年やっとあの悪霊から開放されてボクは元の自分を取り戻すことができた。」
そのとおりだった。このキャンプ中、H出さんの表情はすごく明るくなりフットワークも軽く見違えるようになったのだ。

「でもこのままにしてていいの?H出さんにまた取り憑こうって勢いだよ」
心配だ。
こいつはかなりしつこいヤツのようだ。
よっぽどH出さんは取り憑きがいがあったんだろう。
最後はもうぼろぼろだったからなぁ。

「大丈夫だよ、ちゃんとバリアを張ってるからね」
「バリア?」
「そう自分のこころにね。今年は生まれ変わってがんばるって決心したその『気』だよ。それがバリアさ。誰にも負けない」
「そうか~、H出さんすごいなぁ(チビなのに←関係ない)」

そうこうしているうちに『幽撃手』は駄々っ子のように大暴れしたあげくに疲れたらしくだんだんしぼんでいってしまった。

「大丈夫みたいだからボク帰るよ」
「うん、ありがとう。でもキミが気づいてくれるとは思わなかったよ、パトリオットミサイルが落ちても起きないほどいつも爆睡してるのに」と言ってH出さんはにこっと笑った。

(オレはこうみえてもけっこうデリケートなんだぜぇ)


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