家政婦は見た(その7)

2003/07/11/(Fri)

「オマエんとこの親父を預かった。返して欲けりゃ、今日の午後3時までに5千万用意しろ」



電話がかかってきたのは午前10時だった。
家政婦さんは真っ青になって「松爺」こと松原の叔父貴に受話器を渡した。
親父の補佐官ともいえる第一執事の松爺はさすがの貫禄でさほどうろたえもせず相手に言った。
「5千万とはまた安くみられたものだな。せめて一億にしろ」


え~~~~っ?!

受話器を囲んで固唾を飲んでいたオレとタカヤと家政婦さんは一斉に声をあげた。
なに言ってんだ?松爺。

「まったくかつては全国に知られた大スターだったっていうのに舐められたものだ」
松爺は心底いまいましそうに言った。
まぁ、それはわかる。確かに5千万は安い。
息子のオレたちもそれじゃ肩身が狭い、かもしれない。。

すると受話器の向こうの相手は言った。
「わかった。じゃ、三億用意しろ」


え~~~っ!!
なんでまた急にふっかけるんだよ
松爺がよけいなこと言うからだ。
「わかった。用意する」
な、なんだって~~?!

松爺のいとも簡単な返事にオレたちは開いたクチが塞がらない。
「それでこそ当主の身代金にふさわしい」と松爺はひとりごちた。
「まだ安いくらいだがな」とその後ぼそっと付け加えた。

冗談じゃないぞ。誘拐されたほうが身代金吊り上げるなんて聞いたこともない。
それに三億も払う金があるならオレたちの年俸に回してほしいもんだ。

オレたちがぶつぶつ言ってる間に松爺は何時にどこそこに持っていくの、という話をあっという間に
成立させ受話器を置いた。

「警察へは電話しないんでございますか?」
家政婦さんが聞く。
「金さえ払えばすんなり返してくれますよ」
と松爺はヤケに落ち着いて答えた。
「はぁ、そうでございますか」
家政婦さんはなんだか気の抜けたような声を出した。

オレはニヤリと笑って言った。
「ねぇ、家政婦さん、サスペンスドラマみたいに警察がいろんな機械を持ってきて
『逆探知します。いいですか、会話は長く長~く、イイですね』な~~んてとこを
見たかったんじゃないの」
すると家政婦さんは
「あらまぁ、いやだっ!そんな不謹慎なことを、おほほほ~♪」と言ってオレの肩をぱしっと叩いた。
図星だ(爆)

「それにしてもテツトぉ」とタカヤが言った。
「三億なんてお金すぐに用意できるのかな?」
その質問には松爺が答えた。
「な~にオーナーのM氏ならポンと出してくれるさ。可愛くてしょうがないんだ」

なんだかヤケクソ気味に聞こえるのは気のせいだろうか。

「ところで」と松爺はオレとタカヤに向き直り言った。
「親父さんを返して欲しいかね?」
「は?」オレとタカヤは意外な質問に驚いた。
「そりゃもう、あたりまえじゃないですか」
ふたりで声を揃えた。

松爺は、まぁ、そうだろうな、キミたちなら、ふむふむと呟いた。
そして
「さて、今後のことを話すのにみんなを召集するか」と言って出ていった。


30分ほどして大広間に集まったみんなからいろいろな声が聞こえてきた。
「もうさぁ、いい機会だから謙二郎兄さんに早く代替わりしてもらいたいなぁ」
「いや、それはちょっと早いよ。やっぱり繋ぎに誰か入らないと」
「軍曹とか?」
「ひえ~~やめてくれよ~~」
「ミムさんあたりがいいと思うんだ」
「オレは安仁屋のとっつぁんがいいな」
「誰でもいい。エコヒイキしないひとだったら」


な、なんてこった。
親父の心配なんて誰もしてやしない。

そばでタカヤがぼそっっと言った。
「大野の叔父様がいいなぁ」
つられてオレも本音を吐いた。
「江夏の叔父貴がいいなぁ」

その時襖ごしに聞き耳をたてていたオレたちは後ろに気配を感じビクっとした。
後ろには第二執事のペイさんと松爺がいっしょに両腕を組んで立っていた。

「やっぱりな、こんなこったろうと思った」と言って
ふたりは大きなため息をついた。


                 終わり


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