(その10)タカヤは刑事の言ったことの衝撃に言葉もでなかった。 このひとはナニを言ってるんだ? テツトの方を向くと彼の顔は能面のようになっていた。 「もう終わりにしなさい、テツトくん。もうお母さんを楽にしてあげなさい。 キミのためにもだ」 どちらにしても、、と刑事は続けた。 「息子の遺体をみれば思い出す」 「違う!」 突然テツトは叫んだ。 「オレが殺ったんだ!母さんにはなにも関係ない。そんなことしてみろ、タダじゃおかない」 「テツト落ち着け」 タカヤがテツトを後ろから押さえようとするのをテツトは振り払った。 投げ飛ばされそうな強い力だった。 その力はそのまま今度は刑事に向かった。 刑事の胸ぐらを掴む。 「オレがやったんだ。自白したじゃないか。逮捕しろよ!母さんに構うな!」 掴んだ胸ぐらを激しく揺らしながらテツトは叫ぶ。こんなテツトを見ることになるとは思わなかった。 タカヤはこれで刑事の言ったことを信じた。これで充分だ。 彼は母親をかばっていたのか。 じゃぁ、ついさっきオレに泣きながら話したアレはなんだったんだ。 今日は母親がテツトを尋ねてきていた。アレはなんなんだ。 母親のレイコが息子を殺したとしてもあの自覚のなさはなんなんだ。 テツトと刑事はまだもみあっている。 「お母さんは現実と向き合わなきゃならん。今の状態が幸せだと思うのかキミは」 「オレが殺したんだ、ゴルクラブでアニキの頭をブチ割ったんだ。クラブを調べてみろよ。 オレの指紋がついてる」 「キミがあとからつけたんだ」 「死体は裏庭の椿の根っこのそばに埋めた。右から3番目の木だ。掘り返してみろよ」 「掘り返したよ、野良犬がキミの兄さんの死体をみつけた」 「母さんは関係ないんだ」 「死体を埋めたのは確かにお母さんには関係ない。それはキミがやった」 タカヤは「あ、」と思った。、 テツトの声にだんだん力がなくなった。 「母さんをそっとしといてよ、お願いだ」 「テツトくん、母さんは思い出したんだ」 その声に圧されたかのように突然テツトの体のバランスが崩れた。 タカヤはバランスが崩れたのは体だけじゃないと思った。 「お母さんの心の深い深いところに沈められたものが浮き上がってきたんだ」 刑事はもはや一人では立てないテツトの体をしっかり支え噛んで含むように言う。 キミはあの夜遅く帰ってきた。ゲームセンターのバイトから。 キミが午前零時までバイトをしてたのは裏をとってある。 それから30分かかってキミは自宅に帰った。 それより30分前近所のひとがキミの自宅から大きな物音を聞いている。 お母さんの悲鳴のようなものも聞いている。 それは10分ほど続いたらしい。 キミが玄関のドアを開けるとお母さんがゴルフクラブを握りしめて立っていた。 「違う」 テツトはつぶやくように言った。 「違う、違う、違う」頭を激しく振りながらテツトは繰り返す。 「もう、よそうテツト」 タカヤはいたたまれなくなった。 「キミがバイトに行き始めてからお兄さんはお母さんをターゲットにし始めたことを、 そのとき初めてしった。キミは責任を感じた」 「ボクが殺したことにする、いいね。キミはお母さんにそう刷り込んだ」 「お母さんはそれを受け入れた。翌朝になって昨夜起こったことの記憶がお母さんには なかった」 「睡眠薬で昏睡状態から覚めたとき、母親の記憶はなくなっていた。 たぶん、『忘れたい』という本能もそうさせたのだろうと医者はいったよ。 でも人間、脳のどこかに自分では気づかずしっかり刻み込まれているものだ。 医者はなかなか協力してくれなかったが、やっと話してくれた。 診療しているとき、記憶の断片が現れる、だが素早く消してしまう。 自分を本脳的に守っているんだ」 「キミのお母さんはテツトにもいい友達ができたからと言っていた」 タカヤははっとした。 「テツトには残酷なことをしてしまいました、とキミのお母さんは言った」 テツトは刑事のほうに視線を向けた。 「もう終わったんだ、テツト、キミはよくがんばった、と言ってもこの事件に関してじゃない。 よくお母さんを守った。たったひとりで、キミがもう犠牲になることはない」 テツトの目から涙がひとすじ流れた。 つづく ジャンル別一覧
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