(3)店主はテツトがこの若者を巻き込みたくないという気持が痛いほどわかった。 それと同時にテツトはこの男といっしょに居たほうがいいとも思った。 テツトがコイツと離れたがっている気持の強さはそのままその反対の気持と同じものだ。 無粋なオレでもわかる。 コイツの元に返したほうがいいのかもしれない。 いや、このまま別の世界で暮らした方がいいのかもしれない。 だが、それはオレが決めることではないだろう、と店主は思った。 もし再会させてもいいものなら、神か仏かしらないがそんなものが決めることだろう。 「見たことねぇなぁ。悪いな、よそあたってくれ」 と言ってピシャリと戸を閉めた。 閉めたあと「あ、暖簾を出すんだった」と舌打ちした。 今顔を出すのは間が悪い。なんてこった。 あの若者はその後も一軒一軒回っているのだろう。 オレのような「良心的な男」ばかりじゃない。この界隈には海千山千がうんとこさいる。 よほど前言撤回して「実はついさっきまで居たんだ、オマエんとこの大家も知ってるんだ」と言ってやろうと思ったが思い直した。 なんだか店を開ける気が失せてしまった。 まったく困ったヤツらだ。 冷酒をコップについで飲んだ。 今夜はやめたやめた。 客はもう一人来たしな。 店主はラジオをつけたが、すぐに消した。 そして外に出るとぶらぶらと歩き出した。 あのひょろっとしたヤツが落胆を隠せない顔をして戻ってくる。 どうやら諦めたようだ。 店主は悟られないように彼が明るい表通りまで無事出てゆくまで見送った。 オレはいったい何をしてるんだ? オレのこの左肩を見てなんとも思わないヤツは初めてだった。 たぶんあの細っこいヤツもなんとも思わないだろう。そんな気がした。 なんとなくそれが嬉しかったのかもしれない。 歳かもしれないと思ったがそれでもよかった。 こんどテツトに会ったらいっしょに酒を飲もうと思った。 ちゃんと生きて会えればの話しだが。 その時、暗い空にぴりりと光が走った。 雷だ。 店主は一雨くる前に走って店に戻った。 ★ タカヤはその夜遅くびしょ濡れになって帰ってきて大家にこっぴどく怒られた。 いつもは素直なタカヤだがこの日は謝らなかった。 「オマエはだんだんアイツに似てくるな」と大家はため息をついた。 「強情だ」 しょうがない、ふたりともオレの息子だ。 大家は少し笑った。 明日あの店にまた行って見よう。 連れて帰るんだ。 そうだ、やっぱりそれがいい。 ★ テツトはその後映画館に居た。 ポルノばかり上映してるところだ。 いつものバイトの掃除だ。 相変わらずムナクソ悪いもので汚れている。 ときどきいつまでこんなことを続けるつもりだと自分でも思う。 もしかしたらここがオレの死に場所になるかもしれない。 あぁカッコ悪いなぁ~とテツトは声に出して言ってみた。 それでもいい。 死体の引き取り手は少なくとも3人はいる。 泣いてくれるかもしれない。 そうなんだ、それでいい。 稲妻が光ったときドアを開けて入ってきた男が持っていたナイフの刃先も同じように光った。 だがテツトは知る由もなかった。 つづく |