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「すばらしい僕ら」 [全172件]
簡易裁判所には。 手続きや裁判の為に二度通いました。 調停員のお二人とのお話、裁判の事前協議とおでも申しましょうか、 その為に一度。 裁判の為に一度。二回だけ。 事前協議では調停員のお二人と私との話合いの中で、事前に司法書士の先生に その多くの部分を作成していただいた、裁判所に提出した書類をもとに、 二つの金融会社へ裁判で求める返済の条件の見直しの確認を行いました。 金利は法定利息内で見直すこと。 そこから導き出される、圧縮される返済残高の見込み金額。 無理のない月々の支払い金額。 上記のプランは約束となり、その約束を私が著しく逸脱した場合は、 業者は私の財産の差し押さえを実施する権利を有する。 確か、そんな内容だったと記憶しています。 そして、実際の裁判は、本当に拍子抜けするほど短い時間で終わってしまいました。 約束の時間に裁判所に赴き前回と同じ部屋に通され、前回確認した内容で大丈夫かどうか、 裁判の前に調停員に念をおされます。 その部屋にはすでにT社の社員が若干気まずそうに既に座っており、 私に軽く会釈するだけで、その後はずっと下を向いています。
いつもいつも負債のことが頭から離れることがなかったのに 追い詰められた心持ちで毎日を過ごしていたのに 今、あの頃のことを思い出すことはとても少なくなったと思います。 負債が無くなったとはいえ 我が家の生活は今も厳しいものがあると思います。 4年前に私はうつ病を患い、会社を一年半休みました。 その間 当然収入は激減しましたし、 現在は不景気の影響で会社が規模を大幅に縮小したため元のポストに戻れない状況にあり 二年半前に職場に復帰を果たしたものの 年収は以前より120万ほど減りました。 それでも、少なくなったとはいえある程度の安定したお給料をいただいていますし、 生活のなかで消費する内容を切り詰めることには本当になれました。 金融会社への負債が0(ゼロ)というのは本当に素晴らしいことで、 そういう意味ではとても自由な気分を感じております。 いろんなことにチャレンジしたいという気持ちが病気で仕事を休んでいた時期に芽生え 運動とは縁のなかった私が、 ここ二年ほどの間にランニングがすっかり好きになってしまい、 現在の私のささやかな目標はフルマラソン出場です^^;
7年以上経ったのですね。 もっともっと昔の出来事のように思えます。 突然、身に覚えのない高額な借金を背負うことになり、 身の上に起こった不条理な出来事が、私を追い詰めてゆきました。 あの負債整理の日々は、今日この日記を書いている私にとって 思い出と言えるモノなったと思います。 負債が発覚してから一年以上経過しても、 身の上に起こった出来事を整理できずにいた私は、駆られるように 負債整理の日々を綴るこの日記を書き始めました。 その頃の私にとって、この日記を毎日書く時間はとても大切なモノでした。 日記を書き始めると、自分の内からとめどなくいろいろなモノが溢れ始め その内容を文字に変えるのは容易でした。 とめどなく溢れ出る気持ちを文字に変えるのは楽しいと思えるほどでした。 そう、楽しかった本当に。おかげで 自分の気持ちを文字にしてゆく作業が楽しいということを知ることもできました。 しかし、ある時期を境にこの日記は私にとって億劫なモノに変わってしまいました。 あんなにも自分の内から溢れていた言葉はいつしか枯れ、 楽しかった日記の時間は疲れを呼ぶモノに変わってしまいました。 とくに目的があって始めた日記ではなく、 整理のつかない思いを吐き出すように書いていたのですが、 文字に変える作業を何ヶ月も続けていると、段々と自分のなかの思いや考えが 整理され、 「もう、この日記を書いている意味はないなあ。」 そう考えると、日記を書く気が失せてしまいました。 当時 何人かの方がこの日記を読んでくださっていました。 なんの挨拶もなく日記を途切らせてしまったため、その方たちには 失礼なことをしたと後悔しております。 もう、この日記に手をつけることはないかもしれないと思っていました。 しかしまたこうして書いているのは 中途半端になっていたこの日記をどこかで気にしていたということと、 本当にあの頃の出来事が過去のモノになりつつあると感じる出来事が 最近起きたためなのです。
あまりにも、二人の調停員の態度が私に対して親切で協力的過ぎると思ったのです。 私の思い込み、もしくは単なる不勉強かもしれませんが、裁判所の調停員というから には、特定調停の申し立てを起こした私の相手方である消費者金融の業者にとっても 公平な態度であるだろうと考えていました。 自力では返済することが難しいほどの額のお金を、家内は私に打ち明けることなく、 消費者金融から借りていました、それは事実です。 それは何年も続き、我が家に貯えなどなく、ある日突然私は業者からの返済催促の連絡 でその事実を知ることとなりました。私は司法書士に相談し、裁判所に特定調停の 申し立てを行いました。 司法書士に相談を始めた当初も、私は同じようなことを感じていました。 それは、司法書士も裁判所の調停員も、800万円に及ぶ借入れの事は、私が知る由 もなかったという事情を、初めから“事実”として話を進めているということに感じる 違和感です。 もっとはっきり言えば、我が家のそれらの“事情”を私が有利な結果を得るための 「でっち上げ」と疑われるであろうと考えていたのです。 それは、返済不能に陥ったことに関して、本当に悪いのも、責任があるのも基本的には “貸す”方ではなく“借りる”側にあると思いますし、借りたけれど、約束の利子は 払えない、というのは虫が良すぎると、どうしても思えてならなかったのです。 ですから、必ず“事情”が真実かどうか疑われるであろうと、確信に近いものを感じて いましたし、少なくとも、詳しい事情を自分の口で、矛盾のない内容で調停員には 伝えることが必要なのだろうと思い込んでいたのです。 しかし、その思い込みは覆されました。 「今回のケースなら、希望通り、申し立てが認められるでしょうし、 業者も異議を出さないと思いますよ。」 「・・・・。」 「提出していただいた、書類によれば、T社の元金は返し終わっていますよね、 T社はまず大丈夫ですね。」 「そうですね。」 吉田さんが、確信をもった口調で相槌を打ちました。 「アイフルは・・、あー、借入をしてからまだそれほど経っていなんですねえ。」 「そうなんです、そこを私も気にしています。まだ少ししか利子を払って いないので、抵抗があるのではと・・。」 「まあ、でもT社ほどの確実な感じではないにしろ、大丈夫でしょうね。」 「ですね。」 また、吉田さんが相槌を入れました。 「・・何故ですか・・?」 「アイフルはトラブルが少ないんですよ、本当に。これくらいのケースは飲みます よ、まず大丈夫ですね。」 「はい・・。」 「むしろ、そういった意味ではT社はひどいですね。トラブルは多いです。でも、 T社もここ数年は随分減りましたねえ・・。まあ、先程も言った通り、齊藤さん のケースは大丈夫ですよ、ここでT社がゴネて、齊藤さんが怒って、 “やっぱり元金以上に支払った額をこちらに返せー”なんて言い出したら、 その方が面倒ですから。あ、そういったこと考えられていますか?」 「いいえ。」 「そうですね、いち早く、借入の額を圧縮してまとめることが先決ですね。」 “こんなに簡単で良いのだろうか。” 私はそう思いながら山田さんの話を聞いていました。
「大変でしたねえ。えー、提出していただいた書面によると、奥様が・・、 借入されていたそうですね。」 「はい。」 「奥様からお話は、大体伺えたのですか?」 「いいえ、私はほとんど家内から話を聞けていません。でも彼女は私が相談している 司法書士の先生にはほとんど伝えたようです。」 「あ、まあ奥様のご事情が分っていらっしゃれば大丈夫です。ではこちらの書面にある 内容通りということでよろしいですか。」 「はい。」 「えー、ご主人はきちんとした企業にずっとお勤めで、収入も安定されていますし・・ 結果と申しますか、結果はまだでていないのですけれど・・、 まあ、まず大丈夫でしょう。」 「・・・と申しますと・・?」 「はい。今回のケースなら、希望通り、申し立てが認められるでしょうし、 業者も異議を出さないと思いますよ。 先ず、齊藤さん自身の意思による借入ではありませんし、返済の意思がしっかり とありますよね。お勤めも名の通った会社で、今まで転職もなく安定した収入が 見込まれますし。楽勝・・は言いすぎですが、まあ、そうでしょうね。」 調停員の山田さんは、年齢に似合わぬほど、てきぱきとした口調で、小気味良く 話されていました。 800万円に及ぶ借入についての事情を深く訪ねられるのではという予想を 裏切られた私は、場の雰囲気が良くなっているというのに、簡易裁判所の二人の 調停員の態度が腑に落ちないと感じたことも手伝って、 むしろ態度が硬くなっていました。
調停員は男女のペアで、男性は五十歳代前半、女性は四十歳代後半といった ところでしょうか。男性は黒っぽいスーツ、女性は水色のスーツで、いずれも きちんとした身なりでした。 二人とも、部屋に入るやいなや、私をはっきりと見据え、それでいて威圧感 がある風でもなく、笑顔というよりは自然な明るい表情で、私に接していた と思います。女性の調停員が先に口を開きました。 「おお、この部屋は特に暑いですねえ、クーラーを入れましょう。」 「どうも、初めまして、齊藤と申します。この度はお世話になります。」 「大変でしたねえ、齊藤さん。調停員の山田(仮名)と申します。」 落ち着いた口調でゆっくり山田と名乗った男性の調停員は、すぐ後ろに下がり、 女性調停員が私の前に出ました。 「同じく調停員の吉田(仮名)です。少しでも良い条件で終われるよう、 がんばりましょう。」 女性調停員はやはり私の目をはっきり見て、言いました。 落ち着いた態度、ゆっくりとした口調、優しげな表情、相手の目をしっかり見据えて 確実なコミュニケーションを取ろうとする姿勢、全体的に頼りがいのありそうな 雰囲気、挨拶を交わしただけで、二人とも、特殊な状況で人に接するプロである ことが分かります。 心情的にはこの二人に任せきってしまいたかったのですが、 もう、何でも自分で確認することが大事だと、今回の件で学習した私は、 先ほどまでの強い緊張感ではなく、程よい緊張を感じながら、 自分のために、いやらしく、冷静に相手を値踏みするような心持になりました。 自分でも、よく集中できているのが分かりました。 「はい、よろしくお願いします。」 私たちは席につき、私の真正面に山田さん、私から見て山田さんの右に 吉田さんが座りました。 話はほとんど山田さんが進め、吉田さんは見守るような様子で、 ほとんど口を開くことはありませんでした。
指定された時間の、一分前に私は立ち上がり、受付の扉へ向かいました。 扉は、大きなガラス板に木の枠がついたような造りで、中の様子がよく伺えました。 中はなんとなく雑然とした感じで、入るとすぐに古びたカウンターがありました。 わざわざ、大きなガラス製の扉で仕切る意味がよく分かりませんし、 何かの、お店か事務所の入口のようでした。その部屋は薄暗い廊下に比べると、 不自然なほど明るく、人も多かったのを覚えています。 カウンターの越しで書類に向かっていた、三十歳前後で細身の男性が、すぐ私に気付いてくれました。 「えー、今日は・・。」 「はい。特定調停の申し立てをしております、齊藤と申します。事前に事情聴取がある とのことで、お約束の時間に伺いました。」 「齊藤さんですね、少々お待ちください・・。」 役所でスムーズな対応を経験したことがなかった私は、ここでも待たされること を軽く覚悟して、待つ体制でいました。 しかし、この時の対応はとても素早く、良い意味で裏切られました。 「廊下を左に出て、手前から数えて二つ目のドアの部屋でお待ちください。 調停員が二名参ります。」 指示通りの部屋へ素早く移りました。部屋は十人も入れば一杯の会議室のような趣で、 熱気がこもり、廊下以上に温度が高く、汗がさらに滲んできます。 窓の外には、先ほどの土手のように盛り上がった芝生が見えました。 私は椅子には座らず、窓の外を一瞥してから持参した書類を整理しながら 広げ、腕を後ろで組み、姿勢を正しました。 それから一分も経たず、ドアが開き、二人の調停員が入ってきました。
階段を上りきり、廊下を左の方向へ歩き、一度左へ曲がり、廊下のつきあたり の右側、そこに受付らしき扉がありました。一階に比べると多少明るいのですが、 外の光の入る窓が少なく、建物の古さと相まって、薄暗い雰囲気でした。 受付の扉の横には細長い事務用の机があり、A4サイズの茶封筒が十枚ほど 無造作に並べられていました。封筒には黒いマジックで、簡単に今日の日付と、 何やら会社名らしき文字が書かれていました。 よく見ると、消費者金融の社名と、その横に“調停”の二文字があります。 中には、「アイフル」「T社」と書かれているものもありました。この封筒は恐らく、 私が起こした調停に関わる書類なのでしょう、私のような特定調停ばかりとは 限りませんが、いずれにしろ、なんかしらの調停にかかわる資料が 並べられているようでした。指定された時間までは、まだ間がありました。 建物の中は空調が効いておらず、汗がにじんできました。しかし、ネクタイを 緩めるのはもちろん、上着を脱ぐ気にもなれず、 封筒のある机の対面にある長椅子に腰を下ろし、じっと待ちました。 裁判所からの呼び出しの通知には、 「特定調停の申し立てを起こすまでの、経緯・事情を伺いたい。」 とありました。 特定調停の内容や結果は、私が裁判所に話す内容で大きく左右されるようにも、 受け取れます。どんな内容でも、正直に話すつもりではありますが、妻が 借入を行った会社は、10社以上ありますし、借入の内容を、きちんと 矛盾なしに伝えられる自信はありませんでした。 前日の夜、私は事前に裁判所へ提出した書類の写しを何度も読み返し、 裁判所での事情聴取で、自分の話に矛盾が生じぬよう、頭に入れました。 そして、何かしらを訴えなければならない場面があった場合に、 借金を返す意思は大いにあること、しかし、最低限の生活を保ちつつ、 借金を返済するには、事前に提出した書面にある金額でないと難しいこと、 この二点をしっかり伝えられるように、イメージしておきました。
時間には余裕をもって来ました。 指定された時間まで、車にいようとも思いましたが、私はすぐ車から降りました。 建物の中から、スーツの男性がひとりこちらを見ていたのです。 8月が終わりに近づいた、残暑のきつい、日差しが強くなりかけた、午前中。 門に書かれた「裁判所」の文字を見なければ、とてもそうは思えない、 白く、古い、小さな建物のあるさほど広くもない敷地内で、 その男性の視線で、ここがどこで、自分が何をしにきたのか強く思い出しました。 私は、鞄の中の書類を、ゆっくりと確認して、携帯電話をマナーモードに設定し、 本当にゆっくりと、白い建物に近づきました。 敷地の周りは、金網で囲まれており、その外側は木々が雑然と茂っていました。 金網もところどころに穴があり、おせじにもきれいとはいえません。 金網の内側にある芝生は、多少の手入れはあるのか、かろうじて綺麗な印象がありました。 金網も全体的に歪曲していて、駐車場も所々、微妙な起伏もあって、 清潔感のある横浜地方裁判所とは本当に違います、 しかし、建物に近づくほどに、整然とした雰囲気になり、 人の手はよく入っているのかなと、思いました。 建物の周りにも芝生があり、小さな土手のように起伏しています。 雑然とした周囲の様子と、古くとも、手入れがよくされていると思われる建物が、 ちぐはぐな印象をかもしだしていました。 入口をくぐる前に、ほんの数歩だけ、回り道をするように歩き、 芝生や建物をしげしげと見つめました。 自分でもなぜそうするのか分りませんが、よく目に焼き付けておこうと思ったのです。 入口をくぐると、天井は低く、短い薄暗い廊下がありました。 場所が場所だけに、先ほどのように、うろうろする気にはなれず、 私は、足早に階段を上り、目的の場所へ向かいました。 職員か、私と同じ来訪者か分りませんが、30歳前後のスーツの男性と、 40歳代と思われる赤い服の女性とすれ違いました。 何故か、二人とも、私に会釈をしていました。
保土ヶ谷簡易裁判所は、横浜駅から車で10分程ある、 幹線道路から横道に入り、1キロほど曲がりくねった上り坂を、 上った先、住宅街の中にありました。 関内駅そばの、大きなオフィス街にある重厚な建造物の横浜地方裁判所とは、 非常に対照的でした。 緑の芝生に囲まれた中に、駐車場と建物があり、 建物はこじんまりした二階建ての古びた感じのもので、 外壁が白かったのを覚えています。 午前11時前、日差しは既に強く、蝉の鳴き声が響き渡っていました。 八月のお盆の商盛期の営業を、イレギュラーなく終えて、 私は予定通り公休を取得し、特定調停の事前事情聴取を受けるために、 簡易裁判所へやって来ました。 特定調停に対する不安は、多少和らいでいました。 まあ、忙しくて、そんなことを考えることがなかったというのが実情でしたが、 とにかく、ついに負債整理も佳境に入ってきたという感がありました。 家内の自己破産の申し立てを開始するために、初めて横浜地方裁判所を訪れた 頃とは心境は変わって来ていました。 あの頃のように、やるせなさに捕らわれるということは、もうありませんでした。 要するに、この状況に慣れてきたということなのですが。 そして、家内から借金のことについて、もう少し話しが聞けると思って いたのですが、発覚した頃、私がそれこそ強く問い質したときに一言二言聞いた だけで、結局何も聞けていませんでした。 そのため、私の中では、そのことに対する家内への不信が、あきらめのような カタチになってきていた頃でもありました。 この状況に慣れたとはいっても、初めて訪れる簡易裁判所なので、 とても緊張したのを覚えています。 |一覧|
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