猫の鳴き声
大学時代、とんでもない女性がいました。どこがとんでもないかというと、「飲み物嫌い」あるとき、私が教室で、その女性と別の男子学生三人で話し合っていました。話題はとりとめのないものでしたが、どういう展開だったのか(恐らく、当時缶ジュースの値段が110円から120円に値上がりしたことからこの話題になったのでしょうが)忘れましたが、私がいつもジュースを買って飲んでいると言ったところで、彼女が少し怒った口調でこう言ったのです。「あんな飲み物なんか、ぼったくりよ」私は一瞬怖気づいて答えました。「どうして?」「水筒を持ってくれば済むのに!」事実、この女性、休み時間になると堂々と真空式の水筒を机の上に出していたのです。当時、私は高校時代からの習慣で、水筒を持ってくるのは貧乏人のようで、恥ずかしい事だと認識していましたから、偏差値が高く富裕層の子弟も多いと言われているその大学で、そんな「貧乏人の習慣」を実践していることに、強烈な違和感を覚えたのです。そして、その疑問を直接にぶつけてみました。「水筒を持ってくるなんて貧乏人みたいでいやでしょう?」彼女は首をかしげて答えました。「貧乏人みたいって、どういう意味?」私は高校時代の経験を説明する事から始めねばなりませんでした。高校では、水筒を持ってきていると「貧乏人」と見なされて相手にされなかったのです。中学でも若干似た傾向がありました。これを説明すると彼女は笑って、「そんな飲み物に金を浪費して、どうするのよ.ジュースが110円から120円に値上がりしたら、わたし絶対に買わない!」確かに浪費です。でも、馬鹿にされないための必要経費なのだと私は言いました。彼女は目を閉じ、「ふうん」と言いました。私は、「貧乏人の真似をする、とんでもなく変わった人だ」と思いましたし、彼女も私のことを、「評判にこだわる変わり者の男」だと思ったのでしょう。今でも、私は飲み物を買いまくっていますが、水筒を持っていても、飲み物を買っていても、周囲の人の評価は変わりません。まあ、あえていえば、水筒を持つのが格好悪いと思うのは止めたという事実が残っているだけでしょうか? さて、世間は盆休みです。この期間には地獄の釜の蓋があいて、亡者が仮釈放になって飛び出してきます。さらに監視係の鬼たちも地上に現れますよ。ご用心!ご用心!ちなみに、地獄も過剰収容なので、どんどん人をアフリカやインド方面へ転生させていると聞いています。おまけに、犯罪に巻き込まれて、寿命半ばで死ぬ人間を増やさないために、殺人を企んでいる者を暗殺して地獄に連行するノックアウト特殊班の存在も明らかになっています。装備はスティレット一本だけですが、検死にひっかからぬよう、蓖麻子油から抽出したリシン毒やフグの毒も使うとのことです。特に美食家にはフグ毒を多用するとか。私がしょっちゅう人を殺したいだの、懲役に行った方がいいだのと書いているので、殺人だけは企むなと、地獄の広報係が教えてくれるのです―なに、ぜんぶ嘘ですよ、冗談です。それでも私は極楽より地獄の方が魅力的だと感じます。私は罪を一身に負った挫折者なので、毎日静かで楽しい生活を送れる天国よりは、苦しみと業火に満ちた地獄の方がいいのです。