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![]() 前に載せた「右と左」も面白かったけど、これも可愛いな~~。 それで思い出した。 風邪をひいて会社でランチタイムに薬を飲んだことがある。 あまり薬慣れしていない私は、 「食間」というのを、ずっと「食べている間」だと思っていたものだから、 一生懸命ご飯の中盤に差し掛かるころを見計らって飲んでいた。 その事がスタッフにばれて、爆笑された。 もんのすご~~いバカだと思われたようだ。 子供が同じことしたら「可愛い」って言ってもらえるのにヒドイな。 けれど、最近読んだ誰かのエッセイでも同じことが書いてあった。 なんだよ、私だけじゃないじゃん。 「あたちはバカなんじゃなくて無邪気なんだもん」と、 だ~れもいないところで可愛いこぶってみた。 ちぇっ。 だめだ。ちっとも可愛くねえや。
家族で屋上にピクニックシート敷いて、専用メガネ用意してわくわくわくわく。 曇っていたけど見えた見えた。 携帯写真も捨てたもんじゃないっす! こちらが、専用メガネを通して撮った写真。完全に金環になる直前だったかな。 ![]() こちらが、直視できない太陽をあてずっぽうに撮ってみた写真。 ![]() 朝日なのに、まわりが夕方のような雰囲気がなんとも面白かった。 満足満足。
先週、「インストラクター ブラッシュアップ講座」なるものを行った。 まだまだ発展途上の我がインテリア茶箱クラブちゃんなので、 1年も経つと何かと変化があったりする。 そこで年に一度はアップデートでもしようじゃないか、という趣旨だ。 さて、昨今、皆さんブログやホームページを作っていたりしてカメラを手にすることが多い。 ならば、ということで、今年は2日目を「フォト講座」とした。 講師には「インテリア茶箱」の本の写真を撮ってくださったサトウヒトミさんをお呼びした。 彼女は何しろセンスが素晴らしいし、とってもカジュアルなお人柄。 ド素人の割に要求の多い15人もの我らを相手に、 顔色一つ変えることなく軽やかに手ほどきをしてくださった。 一日を終えてよおく解った事。 それは「賢いカメラとおバカな私」というとっても悲しい構図だった。 そんなもんだ文明の利器というものは、と自らを慰めつつ、 最後の質疑応答時、どうしても聞きたかったことを聞いた。 「我が家には世界一可愛いハムスターのチャビちゃんがいまして。 これが異常に動きが速いのです。 写真が全部ブレブレになってしまします。 一体どうしたらばちっとピントのあったチャビちゃんが取れるのでしょう・・・」 かくかくしかじかと色々なワザを伺って、それはそれは自信満々に帰宅した。 よっしゃあっ、と、カメラを構えてちゃびを床に放つ・・・・・・・。 ![]() なんじゃいっ、ブレブレやんけ~~~~~えっっ!!!・・・・ 賢いカメラに向かっておバカな私は今日も叫ぶことになったのでした。 先生、教えがいのない生徒で申し訳もござりませぬ。 でも、みーんな「ステップアップ講座」して欲しいって。 「ステップダウンの食い止め講座」って感じになりそうだけどね
書類の整理をしていたら、5か月前に他界した父の川柳を見つけた。 父から「これ、やるよ」と、半ば押し付けられたような同人句集に載っているものだ。 10句ほどある中、父らしい一句はこれか。 「いざ今宵 いや明日からの 禁酒なり」 句集の裏表紙には「謹呈 真澄殿」と大仰に記してある。 達筆だった父だが、病のため少し字が与太っている。 昭和ヒトケタ生まれで、世界をまたにかけてモーレツに働く昭和の企業戦士だった。 私が1970年代、まだ日本人学校すらなかったイギリスに住むことになったのは、 この父の仕事のおかげだ。 多くの問題を抱えた人間だったが、 父には戦後の日本を世界経済大国第二位に押し上げてきた人々の持つ 強烈なエネルギー、負けん気、そしてあくなき好奇心があった。 と、いうか、「ある」、というなら、しゃれっ気、茶目っ気。 イロケ以外の「ケ」ならなんでもありそうだった。 「無い」、というなら節操あたりか。 亡くなる何か月か前、すっかり弱っていた入院中の父を見舞った時のこと。 ちょうど食事時で看護婦さんがお盆を運んできてくれた。 そこには、重湯がほんの少々と離乳食のような小鉢。 毎晩のように酒を飲み、美味しい所があるときけばどこへでもさっさか足を運んだ、 飲食を心底愛していた父である。 それが、これか。 暗澹たる気持ちになったものだが、 当の本人はそんなメニューでもとても嬉しそうな様子だった。 鶏がらのような、ふるふると定まらない手にスプーンを握り、 満々その気を見せる。 そして、ここらからが父の本領。 看護婦さんを斜めに見上げてにやりと笑い、よぼよぼと人差し指を持ち上げる。 「ワイン頂戴。赤でお願い。」 こんな時でもこんな風だった父である。 そうこうするうち、とうとう禁酒すべき“明日”は来なくなってしまった。 なんだよ、結局禁酒、しなかったんじゃないか。 今頃「してやったり」とほくそ笑んでいるに違いない。 ![]() 句集を手に、父の面影を追いかけてみる。
母の日。 夫に言われて、だらだらうにゃうにゃと子供たちが寄ってくる。 毎年、手書きのメッセージと花をくれる。 が。 子供たちがチイコイ時分は、ずいぶんと張り切ってカード描いたり、花買ったりしてくれたようだが、最近は「メンドくせ~~~な~~~」といった空気がありあり。 まあ、ロクにエサも与えないし遊んでもやらない、夜も寝なけりゃ勉強もみない。 そんな具合だから、こんな時だけ母親面するのも確かにナンだ。 甘んじて受けましょう、その空気。 それにしてもお絵かきが上手になったものだ。 こんな母にちょっとでも時間を使って描いてくれたと思えば、やっぱり有難い。 我が子の成長にちょっと切ない気分の母の日を迎えた、そんなアナタに楽しい写真をお一つ。 ・・・私の事は気にしないで・・・・ ・・行って、ちょうだい・・・・ ![]() 動物ネタ、子離れバージョン
「アンタが貰いっ子だんて言うヤツア~このアタシがぶっ殺したるっ。」 ![]() 「お宅、ネコ、なくしてない?」 Did you lose a cat? ![]() キャプション、サイコ~。 Love those captions!
あらっ。 今日は連休最後の日ぢゃないか。 なんだろう、この机に積みあがったオシゴトの山は。 連休中はアレもやってコレも済ませて 今頃はきれいさっぱり溜まったお仕事がなくなっているはずなんじゃなかったか。 なのに。 この目を覆うばかりの惨状はなに? この数日、私はとても楽しかった。 子供たちはそれぞれの予定にとっととお出かけで手間もなく。 朝、寝間着のまんま買い込んできた本を手に、お気に入りのビーンバッグに突撃。 ワクワクワクワク。 読んではまどろみ、庭を眺めてはうっとり、そしてまた読んではまどろむ。 雨の日も、晴れの日も。 合間に夫と二人、近場のホテルでアフタヌ~ンティーとかしちゃってみたり、 映画を観ちゃってみたりして。うふうふうふ。 おっと、ついでに実家に帰ってみたりもしたぞ。 ビーンバッグからベッド、ベッドからビーンバッグ。 このゴールデン・ロードの道すがら、時折目の端をかすめる机の上の山・・・。 え~~い、見ない見ないっ。 見ないんだもお~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん。。。。。 。。。。と、そして迎えた今日なのだ。 顔面蒼白の私をみて、ふと笑う息子。 その通りだ。 確かに私は日ごろアンタに言っている。 「なんで鼻がつぶれるくらい間近に期限が迫ってこないと宿題やらないわけっ!?? アンタには段取りってもんがないのかいっ!???」 どなられ続けて幾星霜。 息子は今、至福なる ![]() 鶴岡八幡宮へ行った。 今年は初詣に行っていなかったから、遅まきながらお参りに。 ちょうど結婚式をしていて、雅楽「越天楽」の演奏などもあった。 僥倖なり僥倖なり。
連休に入ってまじまじと庭を見る余裕がでた。 昨日の雨で緑が綺麗だ。 コデマリも咲いて ![]() 花水木も咲いて ![]() そして庭には一昨年のお年賀にいただいた盆栽が。 頂いた時の美しい花を咲かせた盆栽。 ![]() 2年経った今年もそこそこ綺麗に咲いて、5月になった今の盆栽。 ![]() こんなに青々と茂っていていいのかなあ・・・。 盆栽のお手入れって、どうすればいいのかわかりませんのよ。
子供の頃は本を読むのがどうも面倒で嫌いだった。 それより野山を駆け巡るのが楽しくて。 中学生の頃は恰好つけちゃって、やたら難解な本ばかり手に取った。 結局身の丈に合わず、解らないやらつまらないやらで、勝手に「きら~い」。 社会人になってそこそこ力も抜けてきて、娯楽本をニカニカ読むようになってから やっと普通の「活字好き」に昇格。 本屋さんにひょこっと行って、「表紙買い」したり、 ネット書店でぶらぶらブラウズして買ってみたりする。 とってもバラバラな読み方だけれど、楽しい。 東野東吾さんが何かのエッセイだか対談だかで、 「作家が良い作品を書くためには生活ができなくてはならない。 生活の糧はほかならぬ印税なのだから、作家を育てるつもりで本を買ってください」 みたいな趣旨の事をおっしゃっていた。 その通りだと思って、買える時は買うようにしている。 特に若い売り出し中みたいな作家さんで気に入ったものは単行本を買う。 惜しむらくは私の場合、小容量の脳ミソしか持ち合わせていないので 折角読んでも右から左、どうも何にも身にならない。 映画「パイレーツ オブ ザ カリビアン」で、骸骨がワインを飲んでいる場面があるが、 ちょうどあんな感じだ。 ドンドコドンドコ読むけれど、肉も胃袋もなんにもないから、ひたすらザーザーとこぼれてしまう。 そんな風だから、大抵は漠然と「面白かったな」とか、「いまいちだったな」とか、 そういう印象が残るだけ。 しかしそれでも、ひたと心に残るものもある。 場面だったり、情景だったり、言葉だったり。 そういうものを求めて、またドンドコドンドコ。 ちなみにここ1週間では、 「死なない練習」長友啓典 「アイム・ファイン!」浅田次郎 「ソードアート オンライン」の9巻 川原礫(息子推奨) が中々面白かった。 ![]() そして人に音読してもらう楽しみというのもある。 これが絵本だったりすると、また格別に心地よい。 水曜日の日経新聞に、街頭で大人相手に絵本の読み聞かせをしている「聞かせ屋」さんの話しが出ていた。 坂口慶さんという方だ。 2006年に北千住の路上で夜9時から絵本を読み聞かせることから始めて、 今では全国で幅広く活動されているそうな。 「変な人」から「スゴイ人」へ脱皮していった様子が書かれていた。 実際、シンプルな絵本の読み聞かせに涙する大人は多いという。 その心情は動物に安らぎを覚えるのとどこか似ているような気がする。 私は友人の勧めで、2回ほど中井貴恵さんが主催する 「大人と子供のための読み聞かせの会」に行ったことがある。 こちらは、1998年から活動をしているそうだ。 ピアノの伴奏があったり、等身大の絵を使って臨場感を出したり、手間暇惜しまぬ工夫が凝らされている。 そして中井貴恵さんのやわらかくて、心地よい声。 とても楽しかった。 今度は7月、「おじいちゃんがおばけになったわけ」という作品の読み聞かせがあるそうだ。 この何とも言えない安らぎ感はたまりませんぜ~、 と、思ったりするストレス社会の現代人なのだった。 ![]()
前、「星になった少年」という本当にあったお話しの映画と、 テレビ放映されたという、その後日談を聞いた。 「象の愛は深く、忘れない」という実に胸に迫るお話しだった。 今回はその話を彷彿とさせる、心温まるビデオを一つ。 (動画はどうやって入れるかわからないので、リンク先だけね) 「25年後の再会」 まずは簡単に内容のご説明など。 サーカスのようなところで20年もの間、他の象を目にすることなくチェーンにつながれていた「シャーリー」と名付けられた象。 この相当弱っていたシャーリーを救出して回復させ、 どこかのサンクチュアリに放す、というところを撮影した動画だ。 係り員のおじさんもいい。 恐らく結構長い期間にわたってシャーリーの世話をしていたと思われるそのおじさんがね。 優しい手つきで最後の世話をしながら涙流して言うの。 「誰が最初にシャーリーに鎖を付けたのか知らないけど、私が最後にその鎖を外す人間になれてよかったよ」なんてね。 そしてシャーリーはサンクチュアリに踏み出していく前、 入口付近で柵を隔ててそれぞれ2頭の象と顔合わせのような事をするわけ。 この2頭目の「ジェニー」という子との再会場面がイケマセン。 何故かお互い声を上げながら柵を乗り越えんばかりに寄り添いたがる。 一晩中鼻を絡めあったりして、しまいには柵が曲がってしまったそうな。 このジェニーちゃん、なんと25年前にシャーリーとほんのいっとき、同じサーカスで一緒に過ごしたことがあるそうな。 後からサーカスに連れてこられたジェニーちゃんは当時まだ産まれて間もない子供で、 たった一頭の仲間のシャーリーを母のように慕っていたのではないかと。 そんなナレーションきいて号泣 夜中にせんべい咥えたまんま、画面に張り付いてもう涙ボロボロ鼻ずるずる。 大変にヒドイ有様になってしまった。 心は暖かい愛に満ちて感動しているというのに、 息子には「ど、どうしたのっ。。。」と、ドン引きされちまった。 ちっ。 (どこまでいっても動物ネタに極端に弱いアタシです。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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