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さらしな日記in張家港 [全269件]
東京は、朝から雪。 雪は全てを美しく見せてくれる。 心を浄化してくれる・・・・・ しかし・・・・ 食欲は、浄化してくれないようだ。 ああ、中国江蘇省張家港市、双山島埠頭の通りの、あの火鍋が食べたい。 あの火鍋とは、白と赤の2色鍋で、(ここまでは、東京でもある) 具が、豚の腿の骨つき肉なのであるが、 肉に用は無く、骨髄液をストローでジュジュツと吸う、あれが恋しい。 どなたか、東京近辺で、あの鍋を食べさせてくれる、 おいしいお店をご紹介くださいな。 Last updated January 23, 2008 2:01:51 PM
3年生になると、 日本語検定試験も視野に入り、就職もしなければ、、、、 と学ぶ姿勢が変わってくる。 2年生は一クラスであったが、3年生は二クラスなので、 これはクラス対抗という手法を用いよう! 文学観賞のクラス まず、各クラス6人で6班に分かれるよう、生徒に指示。 生徒は自主的に、番号順で区切って分かれた。 さらに、班長を決めてもらい、班長は後に審査委員になった。 授業内容である文学観賞自体が難しい。 問いかけしたところ、ほとんどの生徒が、中国文学すら観賞しないことが判明。 テキストの内容も、日本文学の古典・近現代から20選してあるが、 日本人の大卒でも、これらを読んだことがあるか、眉唾物である。 私は、読書も趣味の一つで、大抵のは読破してあったとはいえ、 その中で、言葉が平易で、かつ想像して分かりやすいものとして 「太郎」「鼓くらべ」「走れメロス」「沈黙」「黒い雨」(全て一部抜粋) を選んだ。 各小説を3時限かける4週あて、 最初の3週で解読、観賞をして、4週目で朗読テストとした。 辞書引きは宿題とし、私は授業では、言葉の単純な意味解説はしない、と予めいっておいた。 授業では、文章から読み取れる光景、風景を、黒板に絵を描いてみせた。 観賞とは、イメージを頭に描くことでもある。 会話のやりとりの場面では、役者になって演じた。 「抜き足、差し足」は実際、やってみせて、 「見る」「見渡す」「みやる」なども演じ分けてみせた。 授業に、目を輝かせて聞いてくれた生徒は4分の1、 4分の2は、ぼーっと、 残り4分の1は、寝ていた。 私は仕方ない、と思っていた。 3年間学習して、ある一定のレベルに達した者だけが、内容を理解できて、 さらに観賞できるか否かは、個人差がある。 最低限、言語のシャワーをあびる意味で、 朗読を4週目にテストした。 班の6人が教壇に立ち朗読をして、12人の班長が審査員となって、各班の点数をつける。 あるときは、役者をきめて演じてもらったこともある。 発表完了後、黒板に点数一覧表を記載して、点を公開する。 最後、私の点を記入して、講評する。 生徒の評価と私の評価は、大抵一致していた。 上手に朗読した生徒には、「すばらしい!」「前回より上手になった」と賛辞を与え、 手を抜いた生徒には「今回はよくないねえ」と、 私は一人一人見ているのだ、と伝えるようにした。 期末試験は、筆記と朗読。 筆記は、解釈にかかわる問題と、好きな一文を選んで、感想を書く。 朗読は、各自一番好きな部分を、感情こめて読んでもらう。 実に楽しく採点できた。 文章精読のクラスは、次回に譲ろう。 Last updated January 17, 2008 10:36:47 AM
一晩眠ると、そうそうあんなこともあった、というわけで補足しよう。 会話クラスにて ある2年生が日本料理店でアルバイトをしていて、 「そこで交わされる日本語の会話は、テキストに書いてあるのと全く異なり、テキスト(授業)は役に立たない、」 と言ったそうだ。 そこで私は、会話のテキストを元に、 この標準会話が、場面場面で、どのように変わっていくか、応用編を演じて見せた。 会社の上司と部下、場所は職場で、飲み屋で、 同僚、同期、友達同士、親子 もちろん一人二役、声音を代えて演じる。 アルバイトした女学生も、これで納得してくれた。 「相手に不快感を与えたり、失礼の無い会話が、テキストであり、 くだけた会話は、おいおい自然と学べるものである。 だから、安心してテキストを覚えなさい。」 皆、頷いてくれた。 ある生徒がおずおずと、 「先生の日本語は、標準語だと思いますが、この街で聞く日本語と少し違うような」 この街では、関東以西の方言を話す会社員が多い。特に岡山方面。 「私は、標準語でも東京のイントネーションだから、皆さん安心してください」 さらに「あかとんぼ」の歌を例にあげて、 関東では「か」が強調され、関西では「あ」にアクセントがつくことを、歌って教えた。 生徒も、5回も練習すると、きれいに歌えるようになった。 ついでに、中国語と日本語の比較をして、 日本語は言葉の量が多いので、多少発音がずれても、理解できること教える。 中国語は、言葉の量が少ない代わりに、一語一語の発音が重要である。 生徒たちは、どの地方の方言を話す職場に配置されるか、分からない。 「分からないときは、辞書をひいたり、周囲の人に教われば大丈夫。」 皆、これも頷いてくれた。 生徒のほとんどは、地元周辺の日系企業の工場で働く。 日本語教師になるわけではないので、 言語学的なしくみよりも、実践の「こう使う」を重視した。 生徒の水準や進路を見据えて、教える内容は変えるべきだと考えた。 Last updated January 17, 2008 09:35:41 AM
最近、教師関係の知人と話すことが多く、 ふと、中国での私の教え方を思い出した。 自分の過去と照らし合わせても、 このような方法を用いた先生はいなかったなあ、と思い至り、書き留めておくことにした。 私は、生徒たちに授業時間での集中と、 予習で10回読み書きしてくるように要求したが、 予習してくる生徒はほとんどいなかった。 小テストして採点しても、そのレベルの低さに採点しているこちらが、正直うんざりした。 あと、本音をいうと、授業時間の他に、時間を拘束されるのが我慢ならなかった。 しかし、カンフル剤として授業ごとの小テストは有効であり、 このジレンマの解消方法として次の方法を実践した。 2年生のクラス 聞き取り書き出しテスト(毎度の小テスト) まずヒヤリングのテキストに書いてある質疑応答は、無視。(答えは、あんちょこで皆知っていたので、やっても意味なし) 生徒全員に椅子を持ってこさせ、教壇の周りに、半円形に座らせた。 生徒が手に持ってよいものは、白紙と黒ペン、 赤ペンとテキストは椅子の下。 私は、教壇の椅子に、おもむろに立ち上がり、(座らないで、立つ) テキストを読む。 読みながら、皆の手元を見てスピードを調整したり、 不正の気配を察するや、カツを入れる。 読み終わり次第、皆はペンを黒から赤に変える。 皆はテキストを開いて採点をするが、 採点は自己採点にして、回収。 授業を休んだものは、理由の如何を問わず、書き出し3回。 回収したテストのチェックは簡単、休憩時間で済む。 ねらいは、毎週これを繰り返すことで、 自分のレベルがアップしていることを自己認識させ、 やるきの向上である。 私は、点数のチェックもしたが、 それよりも重視したのは、全体のレベルが上向きかどうか、である。 期末試験は、テキストの部分抜粋による、聞き取り書き取りにした。 もちろん、これは私が採点する。 要は、復習テストである。 語学は、五感をフルに活用して、繰り返した者が上達する。 会話のテスト テキストの会話は簡単であるが、 とっさに言えるようになるか否かは、言った回数に比例する。 そこで二人一組になって、暗唱で、教壇に立って会話の発表。 生徒の衆目を集め、発表者は緊張し、頭は真っ白になる。 プレッシャーも大切な要素。 若者は、同世代の中で恥を掻きたくないのは、いずこも同じ。 教師の前だけでは、恥は掻いても、捨てられる。 上手にできると、私は思いっきり拍手喝采をおくる。 不合格の組は、授業の最後に再テスト。 彼らは休み時間も、必死に練習していた。 最初は、私からランダムに指名して、発表してもらったが、 そのうち、皆のほうから、手を上げて、先に発表したい、と言い出した。 しめたものである。 なぜなら、先に発表を済ませ、無事合格できたら、 聞き取り書き出しテストの準備ができるからである。 こうして、生徒たちは、5時限の長丁場を、集中をとぎらすことなく、 終わったら、へとへとになる、と言っていた。 私も、5時間の真剣勝負で、終わったら頭が真っ白で、ぼーっとなる。 期末テストは、全範囲から、復習テストで、どこが出るか分からないから、 生徒は、もう一度、おさらいする。 ここまで、繰り返せば、いつかどこかで、はっつと思い出して使えるだろう。 3年生は、次回に記載。 Last updated January 16, 2008 5:21:31 PM
2007年1月7日 日曜日に 日本へ戻ります。 ブログの更新は、あまりしないと思われます。 実家には、インターネット回線が引かれておりませんので・・・・ 私の実家は、東京の下町にあり、 私は深川小学校に通い、森下公園で遊んで、 伊勢屋の団子を買って、清澄庭園を散歩し、そこでおやつをいただき、 深川図書館で本の世界に浸っていた。 マンションの窓からは、 小名木川と高橋、その向こうに水門、 東京タワーに映える夕焼けが美しかった。 姉は柴又に住んで、いわゆる高齢出産で、無事男の子を出産した。 が、広告代理店の仕事と子育てと家事で、へとへとになっている 母は姉の手伝いを、孫かわいさで喜んでしているが、 母自身も、当時としては遅く私たちを産んでいて、 輪をかけて高齢であるため、最近は疲れが溜まってしまっている。 そこへ、幸運にも?浮遊物体のような私が帰国するものだから、 なんだか、大歓迎のような雰囲気を感じる・・・・ 私も、おいっこヒロくんの世話をしながら、 自らの用を済ませれば、気がまぎれて調度いい。 ヒロくんは、客観的に見てもかわいく、幼い時からもてるのである。 やだ、このままでいくと、おいっこヒロくん子育てブログに変わりそう・・・ まあその合間に、用を済ませましょう。 いや違った、用を済ませる合間に、いろんなことをするのであった。 そのようなわけで、 しばらくブログはお休みです。 また再開するときまで、 みなさま、 ごきげんよう! Last updated January 05, 2007 0:04:38 PM
最近、ゴルフデビューを飾ったばかりの方とのゴルフが続いている。 今日は、韓国人の奥さん二人と。 一人は、全くコースは初めて。 もう一人は、中国では初めて。 元旦は、わが夫、コースは2回目。 年末も、コースは2回目という男性。 当たり前であるが、皆自分のことで精一杯。 大変であると同時に、楽しそうである。 練習場で練習しているばかりでは、意欲が続かない。 だから下手でも、たまにはコースに出て発奮するのがいい。 自分も9ヶ月前は、そうだった。 コースで打てるだけで、嬉しかった。 当時、私を教えて下さった方は、 気長に、私の未熟さを受容してくださったのだなあ。 最近の私は、 毎回、自らの弱点、課題点にぶつかっては破れ、次こそは、と挑戦しているためか、 沢山打ってしまったスコアのときは、喜べなくなっている。 以前は、下手なときも楽しい、上手なときはもっと嬉しい、という具合だった。 今は、下手な結果のときは苦い。 上手になるための、乗り越えるべき山なのかなあ。 Last updated January 04, 2007 11:50:15 PM
去年12月の双山島の試合で優勝した方と、 練習場で挨拶するようになった。 私が、一人でいつものように黙々と、 ああでもないこうでもない、と飛距離を伸ばす打ち方を研究していたところ、 それはだね、中国語と英語のちゃんぽんで、助言してくださった。 バックスイングからフォロースイングが滑らかに繋がるようになった。 飛距離を出そうとする場合は、面はオープン気味の方が、 ボールの回転の具合がよい、というようなことを教わった。 始めた当初から、今まで、いろんな方に教わった。 一人の人に一貫して教わった方がいい、というのも分かるが、 この地では無理であったため、 親切な助言は、実践して、自分に合うのか否か、自分で判断してきた。 日本では、先生に伺って、これまでのことを検証してみたい。 さて、話は戻り、 日本から戻ったら、電話ください、 張家港の台湾人ゴルフ会を紹介します、そこには女性が3人いますよ、 毎月一回、皆でゴルフをして、その後皆で食事をするのです。 と誘ってくださった。 嬉しい!嬉しい!とっても嬉しい! とうとう、台湾人の友人ができる! 私は以前、台湾を旅行したことがある。 私は台湾が好きである。 ますます、中国語に磨きをかけよう、 と誓った次第。 Last updated January 03, 2007 6:57:38 PM
今朝は、あいにくの雨で、ゴルフが流れてしまった。 このぽっかりと空いた時間を使って、新年の抱負を記事にしよう。 どうしても、実現したいこと・・・・ 1.ゴルフを100アンダー平均にする。 今は、良いとき100台、まあまあ110台、ああ打ったなあ120台。 これを、良いとき90台、平均100前後、ああで110としたい。 そのためには 日本帰国時に、ワンポイントレッスンを受けて、各素振りの確認。 中国に戻ったら、火曜・水曜・木曜は、朝から夕まで ゴルフ場にバスで通い、一人でも、寂しくても、練習。 毎日のエクササイズとストレッチを欠かさず、体の整備を怠らない。 日曜の仲間とできるゴルフは、晴れ舞台と心得、思いっきり楽しむ。 2.中国語のレベルアップ。 今の、局所限定的な範囲から、一般的な会話は全て聞き取れる水準まで上げる。 このためには、 日本でも、日中学院のテキスト・CDを繰り返し、夜は勉強時間と決める。 中国では、早朝と夜、および土曜日は、勉強時間と決めて実践する。 日本から持参した教材の内容は、全て頭に叩き込む。 ここからは、 できれば・・・・・やっておきたいこと・・・ ・沙洲工学院の後期に間に合えば、 前期で気がついた教示方法を実践して、生徒の伸びを確認したい。 ・韓国語の学習:今の中国語のレベルぐらいの韓国語を話せるようになって、 日本語を話してくれた韓国人の友人を、驚かせたい。 ・日本で、バレエ教室に復帰して、体をもう一度整備すること。 やっておくべきこと・・・・ 日本で、着物の着付けを中途半端に終わらせてしまったが、 きちんと完了すること。 もちろん、 健康回復が第一で、その上での話です。 どこまで、できるかわからないけれど、 意思を持ち続けることが大切ですものね。 Last updated January 02, 2007 1:46:29 PM
中国では旧正月(春節)に新年を迎えるが、 やはり私は日本人、1月1日から新年を始めたい。 そして2007年を、双山島ゴルフ倶楽部のホテルで迎えた。 ホテルのスタンダードルームは、シティ・ホテルのツインルームに似た感じ。 朝食は、地元手作りの「フンタン」をいただく。おいしい。 ワンタンと似ているがちょっと違う。 昨夜、料理長のLEEさんを呼んで、メニューを決めた。 彼と私は、ひょっとした縁あって「朋友」である。 小雨降る中、朝一番のスタート。 夫と初めて、二人でゴルフ。 夫は、コースデビュー2回目、頑張って善戦していた。 雨も気にならず、楽しく終えることができた。 明日は、張家港地元の方々と12人でコンペ。 そう、中国人11人+私。 どうなることか、わくわく、楽しみ。 この張家港市、在住の中国人のオール・メンバーと思われる。 ゴルフを始めた先駆けの人たち。 どんな出会いが待っているのかなあ。 Last updated January 01, 2007 11:40:58 PM
年の瀬、明日の大晦日は、 夫と双山島に宿泊して、一泊二日でゴルフをする。 新年をゴルフ場で迎えるのも、またよきことかな、と 前回、試合の景品でもらった宿泊券を使ってみることにした。 とはいえ、夫はまだ初心者。 31日練習して、1日にコースにでる予定。 (出られたらいいなあ、夫が出たくない!とへそを曲げないかと心配) 2006年1月7日に、上海の浦東空港に降り立って一年になる。 日本でのことを捨てて、新しいものを何かつかもうという決意だった。 振り返ってみるに、 1月 なじめない生活に、夜中眠りながら部屋を歩いたことも(夢遊病?) 2月 春節で、どん底から吹っ切れて、英語で友人を作り始め、過去の英語が突然よみがえる 3月 ゴルフを韓国人の友人の教示で始め、韓国社会への興味が生まれる 4月 花の季節で、心身ともに健康を回復した 5月 韓国のソウルを旅行した 6月 韓国人の友人との問題で、外国人と分かり合うことの難しさを学んだ 7月 別の韓国人の友人が手を差し伸べてくれたことで、また韓国社会への扉が開かれた 8月 ひさしぶりの充実した自由を満喫。ゴルフ練習三昧。 9月 沙洲工学院の日本語教師の職が始まる。 10月 中国のローカルの仕事することで、さらなる中国社会を垣間見ることに。 11月 ゴルフの試合に出る。見知らぬ人々(外国人)の中で、プレーする根性を作る。 12月 学院やゴルフ場でのトラブルを解決していくなかで、中国を体験。 今、日常生活の部分的ではあるが、自分が必要とする分野の中国語は聞き取れるようになった。 人々とかかわり、異なる文化を見つめ、なぜそうなのか?いつも考える。 そうして自分を知る。 まだまだ、この中国で私はもっと掴めるものがある、 そんな予感を胸に、2007年1月7日一時帰国する。 あの、桃の木の花が咲く頃に、戻ってきていたい。 そうして、また挑戦しよう。 自分が、この地で何ができるのか? Last updated December 30, 2006 11:51:31 PM |一覧| |
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