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茶水の「第3開業」コンサルの日記 [全1642件]
なんだか、月1回の書き込みになってきた。 月1回の間に、12月になっている。 年賀状の準備と来年のスケジュール確認が始まる。 来年は、明るい光が差し込めることを願って、 というデザインにしました。 辰年なので「昇り龍」と行きたいものです。 さて、来年のカレンダー、やけに平日が多い。 聞くところによると「30年に一度」の悪い暦らしい。 可哀そうなので、救済策を考えてるところです。 ========================== 「今年が終わる、来年が始まる」 今年は、3月11日を境に、すべてが変わる。 被災地には、3度ほど視察に訪れたが、 どんな冬を過ごしているのだろうか、と気にかかる。 特に宮城県は、寒さ対策が遅れている、という。 雪国で育ったものとして、氷点下の冬の寒さ怖さを知っている。 なんで、想定した仮設住宅を作れなかったのか、と。 岩手県・福島県との差は、なんだったんだろうか、と。 さて、被災地以外も、3月11日から変わっている。 景気回復の気配があった矢先に、景気は失速し始めた。 さらに政治は空転している。 増税する前に、なぜ公務員ボーナスが増えるのか。 議員歳費も減らず、定数も減らず、 公務員改革は口だけで、なぜ増税が先か。 これからの経営は、今まで以上に経営センスが問われるのだろう。 他社より抜きんでる何かを持たなければならない。 税理士業界も、同様に変わっている。 競争は止まらず、下剋上といえる。 私のオフィスは、奇跡的に開業以来9年連続増収で終わる。 目標の5%増に、あとわずかである。 来年は、増員効果で、多少でも私が身軽になる。 今まで、できなかったことにチャレンジしたい。 ここまで誰も体験できないような激動経営だったわけだし、 誰も真似できないような経営を目指す。 だから他社との競争ではなく、自己との競争となる。 いかにマーケット開拓に、時間とエネルギーを割けるか。 区切りの10年目ではなく、始まりの10年目である。
なんやかんやで、久々です。 この2ヶ月は、増員後で、 本来は、落ち着くのかと思いきや、バタバタでした。 その間には、有志数名で、 南三陸町の福興市に、行ったりしました。 これから東北は、冬に向かいます。 仮設住宅の寒さ対策は、大丈夫なのだろうか。 内陸部に仮設を設置しているから、 雪が降った場合の除雪の心配もある。 冬が厳しくなったら、国費で温泉地などへ、 再度、集団避難も有りでは、と思います。 ========================== 「今年も、あと2ヶ月」ですね。 職業柄、年末調整の準備をすると感じてしまいます。 つい、この間、確定申告していた気がします。 今年は、忘れてはいけない年であり、 風化してはいけない年と言える。 被災地は、復興に向けて困難に挑み続け、 被災地以外は、不況の長期化に戦い続ける。 我慢と辛抱が、まだまだ続くと思っている。 来年になれば、明るい未来が待ってるわけでもない。 が、悲観していても未来が開けるわけでもない。 被災地の方々が、一歩ずつでも未来に向かっている姿を 何度となく目にして、戻ってきた。 この御時勢ながら、9月に増員したのも、 現状で立ち止まってはいけない、と思ったこともある。 増員=負担がのしかかるが、 新しいことをするには、必要な先行投資である。 おかげさまで、今年も開業以来増収で、 9年目を終えられそうである。 目標の5%増まで、あと少しである。 来年は、開業10年目で10%増が目標だが、 現実には、5%増でもOKと思っている。 私も、一歩づつでも前に進み続けたいので、 売上を増やし、そして増員を続けたい。 今のオフィスは、あと数人は勤務可能である。 楽をするのは、体がしんどくなってからで良い。 なので、まだまだ負荷をかけ続けたいものです。
もろもろと慌ただしく、久々でした。 その間に、約2年ぶりに人員増員となりまして、 営業せねば、と気合いが入ったところです。 正確には増員というよりも、 2年前の人数に戻った、というところです。 来年で開業10周年を迎えます。 目標は「開業以来、10年連続増収」なのですが、 増員したので、増収ノルマは、10%増に設定しました。 この御時勢、普通では厳しい数字なので、 あの手この手、企んでいます。 おかげさまで、9年連続が達成できそうな気配なので、 1年でも長く続くように、頑張りたいです。 ============================= 南三陸町に「カレー1020個」送りました。 今日で、東日本大震災から、ちょうど半年。 これまで、5月と8月に、宮城県の被災地を訪れました。 今月の3連休も、行ければと思っています。 本来は、すべての被災地に支援せねばと思いつつも、 私の故郷と環境が類似する、南三陸町を支援しています。 山と海の違いぐらいで、距離的にも人数的にも。 多くの方々の御協力で、 6月の「Tシャツとうちわ」に続き、 「カレー1020個」を届けることができました。 イベントの来場者などに、配っていただけるようです。 スーパーまで車で40分の町で、 町にあるローソンも、仮設住宅から遠い方も多いので、 少しでも買い物回数が減れば幸いです。 TVで報道されるように、復興計画が定まらないので、 被災した沿岸部は、何も建築できない現状です。 地盤沈下していて、満潮時に浸水する場所もあります。 失業保険が切れる方も増え始まる、とのことです。 救援物資を送り続けるだけでなく、 「今、何ができるんだろうか」と考えたいものです。 ひとつには「在宅勤務支援」を考えています。 子育てしている方や、外に働きに行けない方で、 PCで仕事できる環境・スキルがある方を、在宅支援できないものか、と。 9月の連休で、訪問した際に、ニーズを聞いてみたいものです。
今年の高校野球、初めて甲子園に行こうかと、 思ったのですが、幻に終わりました。 私の母校のライバル校(宮城県古川工業)が、 そのエリアから、史上初の甲子園出場を決めた。 結果は、すでに初戦で敗退。 外出先での打合せ中で、試合も見れずでした。 1回戦突破すれば、土曜の試合だったので、応援に行こうかと。 初戦敗退とはいえ、東北高校を破って、 公立校かつ県内出身者のみでの出場は、立派です。 被災地にとって、多くの方に「頑張ろう」と思わせる甲子園出場でした。 ============================= 「被災地に食品を送る準備」中です。 6月に「Tシャツとうちわ」を送った縁で、 南三陸の方と、継続してコンタクトをとってました。 夏休みに、実家に帰る際、現地に立寄って、 ヒアリングしつつ、自分の感覚で、何が必要か考えました。 町全体を歩きまわりましたが、 飲み物の「自動販売機」すら、見あたりません。 店舗も新設のローソン以外、見あたりませんでした。 距離感もさることながら、 町のアップダウンは、想像以上にありました。 徒歩や自転車では移動はきつく、 車がバイクがなければ、買い物も役場にも行きにくいです。 循環バスを利用するか、誰かの車に乗せてもらうか、でしょうか。 前回は、水が復旧していないと聞いたので、 洗濯の回数が減れば、と思って「Tシャツ」を送った。 今回は、買い物の回数が減れば、と思い「食品」を送る。 おかげさまで、今回も多くの方々の支援により、 「約1000セット」の購入資金が集まりました。 そして、食品販売している御客様の協力を得て、 メーカーから直で、安価でレトルト食品などを、購入できそうです。 今日で、震災から5ヶ月です。 でも、仮設住宅に入居する方は、これからがスタートです。 職を探すことや、事業の再開は、これからの方も多いです。 支援の輪は、時間の経過とともに細りますが、 支援の必要性は減りません。 今度は、冬物の支援が必要となるはずなので、 「第3弾」は、冬物支援にしたいと思います。
もろもろで1ヶ月ぶりでした。 特に何があったわけでもなく、バタついてました。 いつもより気持ち長め(といっても3.5日ほど)の夏休みをとって、 宮城県の沿岸部を見てきました。 夏休みをはさんで、ちょっとバタついて、8月の繁忙月入りです。 その間、松田直樹選手の訃報が、何よりショックで、 哀しかったです。 好きなサッカー選手で、ドイツW杯に出てれば、 あの時の結果も変わったかな~と、勝手に思ってました。 ご冥福をお祈りいたします。そして活躍ぶりを忘れません。 =========================== 「被災地の今」をヒアリングしてきました。 長めの夏休みは、GWに行けなかった 南三陸町と気仙沼の現状を見たかったからです。 本来、南三陸町は、気仙沼線が最寄駅です。 しかし、線路も鉄橋も破壊されて、 数駅手前から、その先の気仙沼まで、復旧のメドが立っていません。 車以外に行く他の手段としては、 仙台から直通バスに乗る(約1時間40分)か、 JRと代行バス(約30分)を乗り継いで行くしかない。 私は、仙台から代行バスに乗り、 その後、気仙沼まで代行バス(2時間)で移動しました。 あまり報道されていない気がしますが、 これが宮城県の三陸の今現在の距離感です。 つけ加えると、それぞれ1日1~4本程度の運行です。 現地は、予算も復興方針も固まらないので、 手をつけられないという状況のようです。 南三陸町は、町の中心部全体が壊滅的で、 役場を中心とした町の機能が、山間部へ仮設でした。 その場所に、新設のローソンがありましたが、 ここまで買い物に来るのも、車がないと大変そうです。 そして、スーパーまでは、隣町まで車で40分かかるそうです。 現地の方に、ヒアリングして、 何より買い物が大変だな~と感じました。 とにかく、車がなければ、買い物は困難です。 なので、前回は「Tシャツとうちわ」を送りましたが、 今回は「食品(日持ちするもの)」を送ることにしました。 前回同様、多くの方々に支援いただいて、 まもなく1000セットぐらいは、送れそうです。 東北も先週後半から、暑さが戻ってきました。 炎天下の中で、1回でも買い物の回数が減るように、 より多くの食品を届けたいと思っています。
菅直人の「私も諦めない」にはビックリ。 正確には、 「(何があっても、どんな強敵であっても、 総理の座を)私は諦めない」と言いたかったのかな。 なでしこジャパンの優勝を見て、 そう思ってしまったのなら、国民は不幸になる。 見て欲しかったのは、 「(澤選手の)リーダーシップの重要さ」 「(佐々木監督の)組織の統率力」だったのだが…。 選手の粘りを退陣表明した総理が見習って、どうするのか。 =========================== 「なでしこの凄さ」を改めて思う。 ひたすらスポーツ新聞などで、情報を得た。 改めて「なでしこ」は凄かったんだな、と。 順不同ながら、凄いと思ったこと (1)男女のW杯決勝で、2度も追いついたのは史上初 →ゲルマン魂のドイツも、やっていなかったのですね (2)ボランチの澤選手が、得点王になったこと →長谷部が得点王になったと同じである (3)FIFAランク2位・5位・1位を撃破したこと →4位にランクされていたことも凄い (4)2019年の女子W杯の開催国候補になったこと →これは大いにありえそうである (5)澤選手でも年俸400~500万円とのこと →多くの選手が、アマチュア選手で、待遇に恵まれていない (6)佐々木監督に就任して、澤選手をトップ下からボランチへ →カズに「ボランチやれ」というようなものか さて、今回の優勝は、東日本大震災の被災地を 大いに勇気づけてくれた。 もともと東北は、結構、サッカー人気がある。 被災したサッカー少年・少女に、新たな目標を与えてくれた。 佐々木監督が山形出身。 DFの岩清水選手が岩手県出身。 DFの熊谷選手が宮城県の高校出身。 鮫島・丸山選手は東京電力に所属していた。 宮間選手の千葉の実家は、津波が来たようだ。 被災地への思いが、人一倍強かったのだろう。 「あきらめない心」と「復興への希望」を国民に与えた快挙。 史上初の「国民栄誉賞」の団体受賞も良いのでは。 ただし、新総理のもとで。
なでしこジャパンが、W杯優勝してしまった。 半信半疑で、決勝を後半から観戦。 前半は、つい起きれず…。 アメリカに、2度もリードされながら、しぶとく追いつく。 PKに突入した瞬間に、 「アメリカ可哀そう」と思ってしまった。 典型的な王者が負けるパターンで、 伏兵が金星を上げるパターン。 疫病神の菅直人が現地入りしなかったのが、 なでしこに、幸運をもたらした気もする。 被災地の方々に、最高のメッセージを有難う。 ============================ 「なでしこ凄い」 今回の優勝は、サッカー界に、とどまらない。 極論だが、「日本」の存在理由を 世界に証明したと思っている。 「日本人」が忘れかけたのは、 「勤勉さ」や「ひたむきさ」である。 そして「あきらめない心」である。 それが戦後の復興と高度成長をもたらしたと言えよう。 いつしか先進国となり、豊かな国になり、 「真面目さ」とか「愚直さ」が、嘲笑されはじめ、 「効率よく」「スマートに」生きようと。 大げさだが、今回の「なでしこ」は、 昭和の日本人を見せてくれた、気がする。 世界が恐れた、日本人の勤勉さ。 震災後、日本経済は不安材料が多い。 悲観論が支配する。 もう一度「ひたむきに働く」という原点に戻っては、どうだろうか。 「なでしこジャパン」や「ソフトボール」が、 世界一になったのは、偶然でもない。 日本の女子が強く、世界で戦えるからであろう。 「ひたむきに働く」という原点は、 日本の男子は、忘れかけてないだろうか。 やらないうちに、言い訳ばかりしていないか。 アメリカにリードされたら、あきらめていないか。 ひたむきに泥臭く、ボールを追いかけているか。 政治がどうの、景気がどうの、と言う前に、 自分はベストを尽くしているのか。 私も、原点に戻って「ひたむきに働く」ことにしたい。 |一覧| |