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JR福知山線事故の本質 宮崎千通子… (そのほか)楽天ブログ 【ケータイで見る】 【ログイン】
JR福知山線事故の本質 宮崎千通子の電子手記
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JR福知山線事故の本質-企業の社会的責任を科学から捉える-
編著者:山口栄一 出版社:NTT出版-
■本の収益は全て福知山線事故被害者の為に使われます■

[全291件]

April 25, 2012楽天プロフィール Add to Google XML

7年目の日

今日は事故から7年目の日。
遺族の方々の心が少しでも穏やかでいられますように。これ以上の苦しみに襲われませんように。

なんだか上手く文章がまとめられないので、今日はここまで。




Last updated April 25, 2012 11:53:27 AM
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February 20, 2012

お宝メール。  (6)
[ ひと ]  

私は、AUを使っているのですが約1年ほど前に無意識のままに携帯メールを保存するAUのサービスを利用していたようです。

私はセブに行く前に今のスマフォではなく、普通の携帯を使っていてそれは海外対応していないものだったので、日本を離れた瞬間から携帯に送られたメールは見れなくなっていたんです。

そして私がセブに行っている間に私のメールアドレスには一日100通を超える程の迷惑メールが送られて来ていたようで、日本に帰ってメールを確認しようとしたらとんでもないことになっていたんです。削除しても削除してもどんどんセブに滞在している頃の迷惑メールが受信されてくるので、下手に友人にもメールを送れなくて(返信をくれてもそれを受け取れない)相当時間をかけて中には迷惑メールじゃないのも見つけながらようやくクリーンになったのです。

そしてつい最近、何気なくスマフォを触っていたらその保存された受信ボックスにたどり着いたんです。もちろん大半は迷惑メールでなんと1万件を超えていたのですが、セブに行く前は迷惑メールなど来ていなかったのでなんとなく懐かしいなぁと思って開いてみたら、セブに出発する飛行機が出る少し前くらいに、私が尊敬する人からメールが入っていたようです。

私は多分そろそろ出発するしと思って、もう電源をオフにしちゃっていたみたいです。
ここを開いていなかったら一生読む事のなかったメールに出会えてなんだかとっても嬉しかったんです。

そこには、「人生生きてるといろんなきっかけでアクシデントやトラブルが起こるけど、そんなことも笑いを取るためにはすべて「おいしい」と前向きになエネルギーに変えていこう!
日本を離れることで私から直接キレを学べない宮崎さんのレベルダウンは避けれませんけどね・・・」と言った内容でした。

正直、想像以上のアクシデント&トラブルだったので、笑いに変える力なんてどこにも残っていなかったこの数カ月でしたが、ここしばらく自分の状態を観察していて明らかになだらかに上向き傾向なのは実感してます。

私がベタな笑いをとっても家族も嬉しそうに笑ってますしね。まあ、確かに前ほどのキレはないんですけど。

ジョブスの言葉じゃないけど、何のつながりもなさそうなドットがいつか線につながる事を信じて、今このようにじっと耐え忍んでいる時期も何か意味があると信じようかなと最近は思えるようになりました。

そして、そろそろ「おいしい」とも思える余裕も出てきました。ただ、セブでも最後の方と東京での数週間、そして入院中の私の狂いようと言ったら、今でも思い出すたびに火が噴きでる程恥ずかしくて、皆に再会してもらえるかどうかもわかりませんが、本当に会うのは恥ずかしいです。
なんせ、ほんまにテンションあがりまくりで、超楽しかったのは私だけで、周りはドンビキだったでしょうからね・・・

でも、そこから目をそむけたらきっといつまでたっても、私の中でモヤモヤが残り続けるし、笑いになんてとてもじゃないけど持っていけないし、少しずつあのとんでもない日々を綴ってみようかなと最近思っております。

それにしても、あの時私を支えてくれた山口先生、佳織さん、トラビスさん、浅見さん、浩美、ちあき、あおちゅう、ともちゃん、おたけ、みかりん、れなちゃん、トニー、ニナ、キャサリン、B兄、B姉、k太郎さん、Tかゆき、はっしー、むかちん、アペポ星人、みっち、おーちゃん、大岩さん、じんちゃん、ボブ、ハーン、ちえこ、ときちゃん、テジョン、、、、そしてその辺で出会った見知らぬ人々。。。

医者は、大げさと思っていると思うけど私はあの時本当に世界規模でド迷惑をかけていましたからね。。。そして本当に助けられました。

改めて、少し正常に戻ってきて嬉しい&恥ずかしいの一言に尽きますね。

でも、このお宝メールを心に留めておこう。やっぱり「おいしい」と思える人生。
ええと思います。


Last updated February 21, 2012 7:29:43 PM
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February 15, 2012

上がったって落ちたって。
[ ひと ]  

寒い毎日、特別寒い極寒の地、西宮の北の果ての我が家で鬱鬱するのにも飽きてしまい、しばらく常夏の国で一人自分と向き合う旅に出かけたのが数週間前。

医者には絶対止められると思っていたので、行く前日に報告したら案の定「はぁ?」と言われた。今はお薬で落ち着いているけど、人によっては一日でいきなり上がりきっちゃう人もいるんだからね、と。
私は、自分はお薬はちゃんと呑んでいるし、土地が変わるだけでいきなり上がっちゃうというのはどうも変というか、ストレスがそもそも直接の原因にならない病気なのに、なぜ土地が変わるだけで一日でいきなりあがりきっちゃうのかも意味不明なので、どうしても行きたいですという事で行ってきた。

結局、上がりきることもなく、だからと言っていい感じであがるわけでもなく、土地が変われど鬱鬱した感じが変わることもなく。

とにかく時間だけはあったので、とことん自分と向かいあおうと思い、この7年弱の自分の身に起こったことを表にしたり、上がり下がりをグラフにしてみたりして、今の自分がどの状態にいて今後どう推移するか予想してみたり・・・。

結果、私はどすんと下がったりちょい上がったり、下がったりがんと上がったり・・・といろいろ繰り返し、今はがんと上がったのをどんと薬で落とされて、でも落ち切ってなくて、ほどほどに落ちているところからゆっくり上がっているところなんだと結論づけた。

というわけで、焦る必要もないかなと。また、時がくれば前のように勝手にむくむくと動きだし、当たり前のように普通の生活に馴染んでいくさ。気をつけなければいけないのは、またその時に前のように上がりきらないようにコントロールすることで、今はじっとしていればいいのだ。

本当に落ちていた時などは、当然の事ながら全く何にも興味が持てなくてじっとしていたけど、今回なんかは手作りチョコ作りに失敗して、もう一度作り直しなんかをする気力も残っていたのだから凄いじゃないか。
そして、これが「まじでか!」と自分の舌を疑う程に美味しくできたんだから、素敵な事じゃないか。
はたまたある時は殻付の牡蠣を見つけて、そのまんま酒蒸ししてバターとレモンをかけて食べる気力まで残っているなんてなんて素敵な事だろう。

そしてもう一つ思いついたのは、書くこと。書くこと程、誰にも迷惑をかけずに気負いすることのない行為ってない。あ、この場合の書くって誰にも見せずに書くことだけど。
だから、自分のペースで自分の書きたい事を書きつづって、自分の心の整理もしつつ、書くことの楽しさにわくわくするなんて、今の私にぴったりの行為。
自分の事を書くのが嫌なら、小説風にしたってありじゃない?という友人のアドバイスもなかなかグッドアイデアかも。

ところで、もう日本に帰ってきている。やっぱり極寒だろうがなんだろうが日本はいい国だ。いつも話を聞いてくれたりアドバイスをくれる家族や友達、大切な人がいる。

もういきなり一人で決めてどっかに行くのはやめようかな。



Last updated February 16, 2012 5:47:08 PM
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January 17, 2012

ありがたや。  (2)

ありがたいことに、どーんと落ちた日はたったの3日で過ぎ去った。
完全に落ち切ってはいなかったから、3日で身体が満足したのだろうか。

きっと健康な人は、思いすごしなんじゃないか?とか、そんなの誰だってアップダウンはあると思うのが普通なのだと思う。

私もこういう病気になるまで、そう思っていたから(そんなに考えたこともなかったけど)そう思う気持ちもよくわかる。

でも、病気が病気と言われるのは、それなりの理由があるのだと思う。症候群とはわけが違う気がする。

私自身、自分が落ち切った時の事を思い出すと、躁であれ鬱であれ、脳がかなりの欠陥脳に入れ替わったように思う。

躁状態の私と鬱状態の私を比べたら、もう別人どころのさわぎではないくらい別人度は高い。宇宙人とミノムシくらいの差はあるか。

とにかく、私は幸いなことに3日を乗り越えて、普通人脳に戻ったようなので、この貴重な普通期間を上手く使って、今日明日を上手く生きる作戦を立てようと思う。

心配させてごめんなさい。私、今とっても普通です。もう少しこの普通が安定するまで見守っていてください。


Last updated January 18, 2012 00:03:28 AM
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January 13, 2012

最近の私。  (2)

12月中旬に神大病院を退院し、そこから多少のアップダウンはあるものの、主治医が心配しているような、躁状態から鬱状態になるなんていう事はなかった。
私にしてみれば、もし私が鬱状態になるとしたら、それは病院の治療の仕方がそうさせるんだと思っていたから、(入院中の環境は鬱病になる条件がばっちり整えてあったので)そこは意地でも自分の力で踏ん張りたかった。
これまでの経験上、“鬱になるような要素”は片っ端から消し去るように努めた。二度とあの辛い鬱状態は経験したくなかったから。
そして、最近の私はまだまだ先々への不安はぬぐえないながらも、かなり普通の状態で生活することができていた。
3日前に、主治医に私のセブでの暮らしを“躁”という一言で片づけられたと感じてしまったこと、自分の診断書の内容を目の当たりにして少しショックだったのと、山崎前社長のニュースでしきりに事故当時の映像を目にしたり、いろいろな事を考えてしまったことが災いしてか、昨日から一気に全てのことへのやる気が一気に失せてしまった。
まさか鬱状態の自分が戻ってきてしまった。
ただ、まだ2日しか経っていないし、夜はこうして日記も書けるから、深刻に考えすぎるのはやめよう。
でも、夕方くらいまではもう何もする気がわかない。友達に会うなどたやすいことさえ、全くもって身体が動くのを嫌がっている。トイレにさえ行きたくない。眠くもないのに眠ることに逃げている。一生懸命眼を瞑っている。

私は、ただ普通の暮らしがしたいだけ。普通の意味が主治医と異なることは知っている。勉強もしたい、仕事もしたい。でも何もできない。何も湧いてこない。

あ、また暗くなってしまった。でも私はこうして生きている。これは本当にありがたい。今何もできなくても、こうして文章を書いている。これは本当にありがたい。



Last updated January 13, 2012 7:27:14 PM
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December 25, 2011

わたしの病気のこと。  (8)
[ からだとこころの治療 ]  

今年の5月15日にセブ島に行ってから今日までいろいろなことがありすぎて、何から書こうと思っていたんだけど、セブでの楽しい日々の出来事はまたゆっくり書くとして、どうしても避けては通れない、自分の病気のことを書いてみようと思う。

今年の4月に私は“うつ病”として症状固定したのだが、これが実はうつ病ではなく双極性障害(多分2型)だった。

私が尊敬する人、谷佳織さんは今年の9月22日から一緒にサンフランシスコにあるジーンサリヴァンさんのスタジオに行こうと誘ってくださった。
私はそれまでに少し時間があったので、英語を学びにセブ島へ行った。不思議に思う人もいるかもしれないが、フィリピンは英語も公用語の一つなのだ。そして、車いすの時からの夢だったスキューバーダイビングに挑戦することも大きな目的の一つだった。

ところがアンラッキーな事に自分で選んだ語学学校(韓国系企業)も、現地にオフィスがあるエージェント(日本人)も悪徳だった。
その為に、私のリハビリのための外出許可が下りなかった上に、学校のマネージャーの韓国人男性とエージェントの日本人男性に、失礼極まりない対応を取られ続けた。

韓国人学生が200人以上いる中でたった一人の日本人、そして女、英語はへたくそ、痛みの治まらない骨盤・・・私のストレスは極限にまで達していた。

でも当の本人は幸せに満たされていた。異国の地での新しい生活、週末のダイビングや旅行、新しい出会いの数々、セブの暖かい気候、フィリピン人の陽気な性格。

悪徳学校のせいで辛い思いをしていたのは私だけではなかった。学生ももちろん不満だらけだったのだが、一番酷いのは現地の先生だった。

そして、そんな私の心からふつふつと湧いてきた気持ち。それは、とてつもなく大きな“正義感”だった。

私が彼らを救ってみせる!私は心底そう思っていた。

6年前に事故に遭ってからいつも考えてきた事。私は多くの人たちに救われた。一人ぼっちだったら絶対に今日という日を私は生きてはいなかった。でも私はこのご恩をどうやって返せばいい?
答えの出ないままセブに来たけれど、今ようやく答えが出た。

今、目の前で困っている彼らを助けたい。いや助けなければ。いや、これは彼らの為に闘うのではなく私自身の為に闘っている!とにかく闘おう!自らの権利を勝ち取る為にも!

この猛烈なメラメラとした正義感が、双極性障害の症状の一つらしい。

私は8月頃から徐々に躁状態が酷くなっていった。睡眠時間は2~3時間、起きている間はひたすら喋っていたり、あの手この手の救出大作戦を練っていた。あれだけ嫌いだった英語も聞き取れなかった中国語も嘘のように、マシンガンのように喋る喋る喋る。

私は、とにかく周りの仲間、特に先生達と自分の思いをシェアしたかった。そして日本に帰ってからも彼らと心を一つにして、いろいろとやり遂げたいことがあった。

完全に躁状態だったが、本人は全く気付いていなかった。

家族に伝えても全然理解してもらえないことが苛立ちに変わった。この時家族はまさか躁転しているとは気づいていなくて、ただ何か千通子が変だ。でも変だと言ったら怒るだろう・・どうすればいいんだ・・・という感じで迷っていたらしい。

ある時電話で母に「あんたがまた病気になったんやと思ったんやないの!」と言われた時、私は激しくキレた。

「何年も辛い時期を乗り越えて、ようやく薬も全部なくなって完治させてん!なんでそんな風に言われないとあかんの!?」
部屋で一人になると、子供の頃に戻ったように大泣きし続けた。いつも味方の家族に見方してもらえない事が、悔しくて仕方がなかった。

9月6日、フィリピンに遊びに来た母と妹と共に日本に帰るはずだったが、20日に延ばさざるを得なくなった。

20日関空にたどり着いた。

35キロのスーツケース+キャリーバック+躁状態の私=絶対に実家に戻るべき。

こんな簡単な事もわからず友人に当日に無理を言って2日間泊めてもらった。

そして22日、いくつかのアンラッキーと航空会社のミスにより、サンフランシスコ行きの飛行機に乗り遅れた。その時私は熱があり朦朧としていたので、一気に力が抜けてヘナヘナと崩れ落ちた。

でも羽田に行けば東京組と同じフライトに乗れることがわかり、その日の最終の便で羽田に向かった。そしてこれまたアンラッキーが重なり、羽田でも乗り遅れた。時間はちょうど夜中の12時を過ぎていた。

羽田空港のベンチで私は本当に力尽き果てた。まず佳織さんに連絡をして乗り遅れたことをつたえよう。後は母に電話をして・・・私はそのまま気を失うように眠ってしまった。

眼が覚めてなんとかホテルへと向かい、お風呂に入った。すると身体全身が痺れてきた。

翌朝、私は39度を超える熱を出していた。

この日つまり9月23日から、神大病院の精神科に強制入院させられる10月12日までの20日間弱、私は東京のホテルを転々としたり友人の家でお世話になったりしていた。

これが、東京に到着するまでの話をざっとまとめたものです。


Last updated December 26, 2011 00:06:25 AM
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December 05, 2011

お京阪で出町柳まで
[ ひと ]  

先日、思いきって山口先生に電話をしてランチのお誘いをしてみた。
しかも二人だけで会いたいと。
初めてお会いしたのは本を出版する前だから2007年の年始頃で、それからずっと二人っきりで会うことはなぜかなかったのだ。

私はお京阪に乗って、天満橋から出町柳まで特急に乗っていくことにした。
この経路は、2007年の年末頃に乗って大失敗して、帰り道に電車に乗る前に過呼吸になって病院に運ばれたという経緯があったのだが、今回は"さあ、私はどれだけ成長してるかな?"と楽観視しながら、一人乗り込んでみた。
なんと私は感動さえしていた。くるくると変わる景色が「ちょい待ち、そこのおケイはん、わたしをどこまで連れていかはるつもりどすか?」と、なんだか京都人風にワクワクしている自分がいた。

スピードが上がってくると、昔は"目の前の景色が流れていき、その流れがまるで滝壺に落ちていくように何かにつっこんでいく”・・・というようにネガティブな思考回路を持っていたのが嘘のようだ。
そういえば、つい3ヶ月前ですら自分の調子が悪ければ、電車を見送ったりもしていたのに。

だから、その後の先生とのランチなど、もう楽しくて仕方がなかった。私は、先生と話をしているうちに、目の前にいる先生を占い師のおじさんと勘違いしてしまっていたのかもしれない。それほどに、先生はどんなちっぽけな悩みにも、もちろん大きな悩みや質問にも、いつも何か道筋を与えてくれる。本当に偉大であり、近所のおじちゃんのようでもあり、そして一流占い師のようでもあり、同年代のお友達でもあるような・・・そんな先生、世界中探してもそういないはずで、間違いなく先生だけだ。

あれ、私は一体全体何が書きたかったのだろうか。山口先生自慢を書きたかったのか、電車なんてへのかっぱであることを書きたかったのか。

大阪人として失格だけど、なんのオチもなくこの日記はこの辺で...



Last updated December 08, 2011 11:13:59 AM
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