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今、一時的にマニラに戻っているのですが、また明日は日本です。
忙しくてなかなか更新できてない…というより精神的に疲れて更新する気が起こらないというのが正解です。今の状況をここでは詳しく書けないのでなおさら当BLOGを放置状態にしてしまいました。 ですから今日は抽象的な内容になりそうですが、まあ自分に対する気休めのつもりなので、ここは皆様ご容赦ください。 極限状態で人間はどうなるか、というテーマはどこでもありがちですが、実際は人間というのはこの場合、意外と平静のままで崩壊していくのだと知りました。先に言ったように具体的にそれがなんについての話かは置いといてですね、人間の「潔い散り方」みたいなものを考えていたのです。「死」そのものでなくても人間が散る時というのは人生のさまざまな節目で経験します。受験の失敗から失恋、失職、友人の死、身内の死、などがそれです。それらの共通項は「それまでの良く知る世界の崩壊」です。ですからやはりそれらは「自分自身の死」の予行みたいなものですね。さらに気取って名づければまあ「喪失」、といったとこですか…。それは過ぎるまでは凄まじい苦痛を与えるのですが、過ぎたあとにどうなったか、という結果は、実はこの苦痛にたいしてなにも作用するものではないのです。つまりこの場合「結果」とは彼岸にあるもので、喪失とは彼岸=そのあとに来たる世界、をカッコに入れて除外しなければならないのです。何故か? それは喪失が模倣する「死」というのが本来そういうものだからです。 その喪失を前にして人間はいかにあるべきか…。その前にまず、喪失を事前に認識しているかどうかが問題です。何も知らず後ろからピストルで撃たれて死ぬ場合、これは本題と関係ありません。正面からピストルを向けられて死の覚悟を強いられる場合にどうあるべきか、が今の私が問題にするところなのです。もちろん実際の死ではなくて喪失全般の話なのですが「死」をそれの隠喩として考えると例が豊富で理解し易いようです。 まず第一に、その際「死」から逃れようと抵抗するか、それとも向かって行くか、どちらが潔い散り方か…。 「特攻隊」をこんな場所で持ち出すのはなんというか不謹慎な気がするのですが、彼らはどちらでしょうか? 「死」に向かって行ったのは明らかなのですが、何か宿命的なものに抵抗しているような気もします。敵に対して、ではなく「無意味な死」に対して抵抗しつつ「死」に向かって行ったという、ある種両義的な行為だったのではなかったか。すなわち死を甘受しつつ、なし崩し的ではない意識的な死をもって死そのものの価値を高める行為というのが特攻隊の精神ではなかったか、と私は思うのです。 しかしまたその特攻隊の精神は美化するのははばかられる気もします。彼らの意識のなかにはこのような行為は自分たちだけで終らすという決意もあったはずです。あとを追う行為を愚かなこととして拒絶するようなある種の崇高さがそこにあると私は思います。 そこに見られる要素は、「犠牲」、「自己決定」、「行為の否定」、としましょう。 「犠牲」: 何かの価値を守るため、あるいは破壊するために自分を賭ける行為、と言うのは、実在した例では、西郷隆盛から野村俊介にいたる右翼(?)の志士たち、あるいは天安門事件のとき戦車の前に立ちはだかったオッサン、チェルノブイリ原発事故のさい最初に駆けつけて第一処置を行ない被爆して死んだ技術者(良く知らないが浅羽通明がどこかに書いてた)。フィクションでは北斗の拳の雲のジュウザ(自分の命=ラオウの右腕)、ポセイドン・アドベンチャーで水道バルブにぶら下がりながら水を止めて炎に落ちて死んだ神父、アンパンマン(自分の顔を食べさすから)、などなど。 ……ん? なんか調子出てきたか? 「自己決定」: 他か強いられるのではなく自分一人の責任において決意し、行なう行為。特攻隊は強いられたものじゃないか、と言われそうだが、私はこのへん実はよく知りません。たしかに志願の形式をとりながら限りなく強制に近い雰囲気というのが有ったと察せられます。麻薬を使用していたという噂も聞きます。しかし少なくとも大部分が最終的に自分で納得して、あるいは無理やり納得して運命を受け入れ特攻しに行ったのだと思うのです。なお、完全な自由意志において決意するという状況はここでは考慮外です。というのも「喪失」がテーマであるからにはそれは「死」と同様、我々に否応無く襲いかかるものだからです。宿命として甘受する、じたばたせずにそれと向き合う決意をする。これがここでいう「自己決定」なのです。例は、癌で亡くなった逸見政孝などでしょうか…。 「行為の否定」: これがけっこう重要で、この要素があるかどうかが例えばカルトによる洗脳状態の行為と区別されるポイントです。自分の決死の行為を賛美しないという態度を取れるかどうか。9・11テロの実行犯は死んだらもちろんイスラム世界から彼の行為と彼の死を支持され、また神にも祝福されると信じていたはずです。あと、あの世では200人(?)の処女と交われると約束されていたらしいっスが、いや、もしそれを信じられたら、絶対そうだと思い込んだら私も突入していたかもしれません…が、しかし処女ばっかり200人ってちょっとキツくはないか? いろいろ混ぜといてもらいたいものですが、まあそれはさておいて、もちろん見返りもない、賞賛もされず人々の記憶にも残らない孤独の中の「死」は実際耐えられるでしょうか? 三島由紀夫はバルコニーに集まった市谷駐屯地の自衛隊員に罵声を浴びせられながら、それでも意思をかえず自害しました。三島ははたして自ら選んだ死をどのような価値を見込んでいたのでしょうか。多くの三島論が有りますが、三島の主義主張を支持する者もこの死だけは茶番と言わざるをえない、といった意見が多いようです。三島を巡る論評で有名なのは小林秀雄とその弟子の江藤淳の対談で、それまで師弟関係らしいピンポンのラリーのように軽快に進んでいた対談が三島の死の話題になったとき突然その時だけ決裂してしまったのです。三島の死を茶番とかなんとか言った江藤に対して小林が「君、あれを茶番だなんて…」と絶句したわけです。その後の論の展開は良く憶えてないのですが結局お互い突っ込んだ話を避ける様に終ってしまったのだと思います。私は小林の方がどうかしていると思うのですが、それは三島の思想を追求した上のことではもちろんなくて、ていうか三島の本なんか2~3冊くらいしか読んでないし…。で、単に時代のずれを考慮しても手塚アニメのような改造軍服でアジる三島は明らかに「絵」的にイケてないし、バルコニーの演説ではマイクロホンを用意していなかったのと自衛隊員の野次のためにほとんど聞き取れられず無意味だったこと(後半だれかから拡声器が届けられたらしいが)、また切腹した時、弟子(森田必勝?)が介錯をなんどもしくじって首が落ちず三島はあまりに痛くて舌を噛もうとしていたとか、こういうスマートに行かないマヌケさがこの三島事件を特徴付けている気がするのです。だいたい弟子も引き連れて乗り込むなんて絶対潔くない。しかし、彼の死のうちで先の「自己決定」と「行為の否定」、だけは有ったのではないかと考えるのです。三島の親友の評論家、奥野健男は三島がバルコニーの演説の直後、自死の情熱が失せていた可能性が高いことを論理的に示唆していますが、人間の一般的な心理としてそれはよく腑に落ちます。いろいろ情熱を込めて計画していたことがその実行する直前になんか醒めてしまったような経験、ありませんか? 例えばカメラが欲しくてバイトしてお金を貯めて、いざ買うときになって「あれ、ホントにこんなの欲しかったのかな」と醒めてしまいながら、まあ仕方ないからとそのまま買ってしまうといった経験です。同様に三島が切腹の直前にすでに醒めていたならば、では、その後やはり自死に至ったのはなぜでしょうか? カッコがつかないのはそうでしょうが、でも自衛隊がノってこなかったこともあるし予定変更して撤収、というのもアリだったのではないか。まあ、弟子に対する意地もあるので決意を変えるのは簡単ではないでしょうが、一旦醒めた気持ちで自殺を遂行するのは並大抵の行為ではないと思うのですよ。三島をそうさせたのは何か。実は先の小林と江藤の対談は孫引きで、私が読んだのは福田和也の文章の中です。福田はその対談の三島の部分を引いたあと、しかし自衛隊が三島の演説と切腹によって決起した可能性が0.0000000001%くらいは有ったとして、その可能性に賭ける行為を、行為することにおいて評価出来るか出来ないかの違いがこの対談の決裂であるということを言っています(…うろ覚えです。書いてたこと全然違うかもしれないですが私的にはそうです)。つまり自衛隊が決起する可能性なんか万が一にもないことは三島も承知の上で、さらに事後、自分の行為が日本で、というか世界中で笑いものになることも覚悟していた。キリストのように何年か後に評価されることを期待していたともちょっと考えられない。正統でないし正しくもない行為で自ら命を絶たざるを得なかった、この、自分以外(弟子はどうか知らんが弟子に認められたいと思う奴はいない)の価値を捨象してなお「死」の行為を選び取ったそのことだけが唯一の価値だとして諦念する精神、…自分で何を言っているかよく分からんが、とにかくこういうのは潔いことは潔いわけで、評価できるのですが、いや、向こうは評価なんか望んでないので大きなお世話でしょうが、…まあそういうわけです。 <続く>
いやあー避けてないっスよ。今回5日間だけの滞在なのでいろいろ忙しくて、、、。また日本に帰れば今度は3~4ヶ月は強制労働です。また帰比したらゆっくりとビール飲みましょう!
(2005.04.09 12:00:46) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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