北朝鮮戦を妹と見ていた。試合終了、ドイツ行き決定! の大騒ぎを見ながら妹が言ったのは
「……ここじゃ、無駄だね。」
え、何のこと? と思ってたら
「こんな暑いとこじゃ、あせワキパッドは無駄だね。」
確かに湿度70%の中の90分を走り抜いた選手だけでなく、実況の角ちゃんまでシャツもしとどに汗をかいているあの状況下、
あせわきパッドは大して役に立たないだろう。けどなんで今あせわきパッド?
「もしつけてたとして、脇の下だけ丸く汗がしみないのも変だし。」
それは確かに変だ、変だけど。
わたしの妹は、バンコクの歓喜の中に何を見ていたのだろうか。
ボーダーのシャツにコンビの靴を履いて出かけてしまった、
こんな時に私たちは「う、うっかり猪瀬コーデで外出……」と心につぶやきがちだが、
いうまでもなくこれは誤りである。
猪瀬コーディネートに必須なのは、コンビの靴ではなくチェック柄を身につけることだからだ。
彼は本当にチェック好き、チェックのジャケットにチェックのタイくらいお手のものだ。
1アイテムじゃ我慢できん、というチェックに対する偏愛がうかがわれる。
そんな猪瀬が、TVでカウンターに組み合わせた両手を載せたまましゃべっている。
手の上にのぞくネクタイはレジメンタルストライプ、なのに、猪瀬なのに、
ジャケットがグレー1色?! そんなはずはない。どこにもチェックがないなんて。
そんな妙にまとまった服装の猪瀬、らしくないわ!
と動揺してたら、猪瀬がカウンターから両手を下ろした。
すると、ジャケットの胸にのぞいたのはジャケットのポケット、そこだけが燦然と輝かんばかりのチェックのポケット……!
期待を裏切らない男だ。安心しました。
ときどき見てるブログで、妻夫木くん似の医学生をオトそうとする話
(をしてる女子ふたりを作者が見たっての)が出て来て、
「私も混ぜて!」と思ったのだが、冷静になると妻夫木似ってのはちょっと危険かも。
モノホンの妻夫木ならともかく、似てる人は失敗すると単なるトッチャン坊や風に陥りそうだ。
まあ、彼に限らず「●●に似てる」というのは非常に微妙~であって、
現にあんなに素敵な福山雅治に似てるのに、かなり似てるのに、
猪瀬直樹はあのザマではないか。
この福山≒猪瀬説、ほとんど賛同者もないのにシツコく唱えているのは、
猪瀬の知り合いがこれらを見て
「猪瀬さんこんな事書いてありました是」みたいなチクリが本人に入る日を待ってるからに他ならない。
本人が見るんじゃなくて、人を介して伝わってほしいのである。その方がなんか面白い、ような気がするから。
その際伝言ゲームみたいな感じでちょっとねじ曲がってたりするんじゃないか…と思うとじわーっと嬉しくなってくる。ああ。
この他にも猪瀬について書きたい2、3のことがらがあるのだが、
それはまた次回に。
ケンカしていた友だちと久ーしぶりに仲直りした。
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仲直りといえば思い出されるのは、学生時代の友人SとTである。
彼らは3年近くケンカしていたのだが、卒業を目前に仲直りした。
その際、こいつらは腕を互いにXに絡めてビールを飲み、それを和解の印としたのだった。
(画像が欲しいところであるが…)
この話が印象に残って、仲直りと腕Xビール飲みは私の中でかなりセット状態だったんだけど、
残念ながら今回は実現しなかった。これだけは大変心残りである。
半ばを過ぎて…ではなくて、一月も20日を過ぎましたが、
明けましておめでとうございます。みなさマ今年もよろしく。
噛まれりゃ痛いだろうが、噛んだこっちも結構痛えのよとか、
あーなんかまた大阪行きたくなっちゃったんですけどとか、
素朴でありながら泥くさくない生きかたするにはどうしたらいいのか、とか、新年早々思いめぐらす日々ですが、
そんな中でも一番気になるのは、竹内力は解禁されるのか、? ってことである。
Vシネがらみで言えば、哀川翔は既に解禁されている。ド解禁。
24時間テレビにノシ付きの金一封を持ってきて募金する哀川翔を見ても、
「うわ、場違いな、組じゃないって」とはきっともう誰も思わない。
愛される身近なキャラであることを解禁した哀川に比べて、
リキはまだまだ秘境である。
ずーっと未開の地であって欲しいのだが…と、これが私の年頭の願い。
久しぶりにばったり会った人から「変わってないな」と言われた。
そう? アナタはおっさん臭くなったよねえと答えたら、
「お前はお世辞の言い甲斐がない」と怒られた。
お世辞、ということは、彼は“変わってない”というのが良いことだと思っているのだろう。
しかし、本当にそうなのか? 熟していこうが腐っていこうが、
変化すること、それが人間としてのおもしろさなのじゃないのか?
5年も6年も経って“変わってない”なんてのは、もはや怠惰と言えるんじゃないのか?
ってなこと思いつつ、一方では「なーんだ、お世辞か…」とちょっとガックリしたりもするわけで。
あんま偉そうなこと書くもんじゃないってことかも。
ちなみにタイトルは今度の月9織田ちゃん参照。しわしわ。
どこの家にも“○○家用語”、すなわちその家庭内でのみ使われる言い回しがあるに違いない。
うちは結構多いほうかもしれないが、例を挙げると
・母親に対する呼称(下心がある時)→おかーたま
・お手洗い→ベンジャミン
・物事に関して我関せずの態度を取る人→しらけ鳥
どうも我が家用語は未だに伊東四朗&小松政男@見ごろ食べごろ笑いごろ!の強い影響下にあるようである。
そして、私の涙は私がぬぐうのだ。
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歯医者に通っている。実に5年ぶりだ。
奥の銀歯が取れたのを半年ばっかりほっといたのだが、
同じ場所の上の歯まで詰め物が取れてしまい、
さしもの(実は)歯医者嫌いもしぶしぶ通院開始。
今回行きはじめた病院は、顔をタオルで覆って治療してくれる。
それはいいのだが、このタオルから落ちたこまかーいホコリが目の中に侵入してくるのがちょっと困る。
私はハードコンタクト使用者なので、ほんとに小さいごみでも
「いててー」ってなってしまうからだ。
その結果、いったんガリガリやられて、助手の人がタオルをどけると、
その下には目に涙を浮かべた私の顔が出現なわけで、
これは大変バツが悪い。
「や、っや、コンタクトが…目にごみが~」とか言い訳する自分も腹立たしいし。
念のために書いておくが、治療が怖くて泣いているわけでは断じてない。
ないったらないのだ、ったら。
愛も平和も大事だ。
環境を保護すべきなのも分かっている。
んが、ラヴ&ピースだったりエコロジーだったりな人たちのグッドなバイブレーションは苦手です。
貧乏旅をしてると最近はなんかこの手の人が多くてヒーとかなっちゃうんだが、
モノがモノだけに「やめろやー」とかは言えず、一人もやもや。
他の人に言うのもなんとなくはばかられ、これまであんま口にしたことがなかった。
友人と話してて、上のような人たちの話題になったので、勇気をふりしぼって
「だめなんだよねー私、あの感じ」と言ってみたところ、
さすが古い友よ、「うわ! 俺もや!」と即反応。
そんな彼はなぜか不本意ながらラヴ&ピースなあるイベントに参加することになってしまい、
そこで会った人たちに「こんなんじゃいかん! ヌルイ!」とか持論をかましてきた話もしてくれた。
ひどい、そこまではしないわとひるみながら、賛同者を得てちょっとウキウキな私だ。
しかし彼も言ってたのだが、この手の人は個々人だと穏やかーで良い性格の方が多いので、
「悪口(じゃねーけど)言ってる俺らの方が悪者っぽい?」
みたいな自己嫌悪めいたものを感じることもたびたび。
…と、なんか板ばさみー、みたいなことを思いつつも、
「あの絞り染め感覚にはついていけん!」とかもー無茶苦茶言い合って、
これはこれで楽しかったりもする。やっぱり私らが悪者寄り、なんですかねえ。
Kさん(50代女性)のところに、Aさん(30代男性)から電話があったそうだ。
「久しぶりねー」
「ホントご無沙汰っす。ところで、ボリショイサーカス行きませんか?」
…ボリショイ? と疑問に思ったKさんだが、よくよく思い返してみると、
ずーっと昔にAさんと自分の娘さんの3人でボリショイサーカスを見に行ったことがあるのを思い出した。
あーだからねと納得した(ってのもすごいが)Kさんは、娘さんに
「行く? ボリショイ」と尋ねたものの、
「行かないわよ」「あらそう」、
で、Aさんと2人で行くことにしたらしい。
この話を聞いて「久しぶりの電話でボリショイ! やっぱAさん変わってるわ!」と盛り上がった私たちだが、
よくよく聞いてみると、私以外のその場にいた人は全員
「いきなり誘われてボリショイを見たことがある」らしい。
“いきなりボリショイサーカスに誘う人”はちょっと変わってるが、
“いきなりボリショイサーカスに誘われること”は世間一般によくありがちなことなのであろうか。
私の中の一般常識が揺らいだ午後だった。
もしかして、今、あなたの隣に、私の後ろに、
ボリショイは迫ってきているのかもしれない……