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日々是徒然 [全2275件]
ああついにこの日が来てしまったんだなと、今朝ニュースをチェックしていて思った、 吉田秀和死去。 「巨星墜つ」とはまさにこのこと。 観たり聴いたりして心の中で感じる喜びを、言葉にする術を教えてくれた人だった。 10代で小林秀雄と吉田秀和に感動した自分が、今細々と(しかもジャンル違い)であっても、 言葉を使う仕事に就いていられることを感謝したい。 それにしても98歳とはあっぱれな長寿。私が熱心にコンサート通いをしていたころは、よくご夫婦でいらっしゃるのを見かけたけれど、あの知的で強そうなドイツ人(?)の奥様に先立たれてから久しいはずだ。 その後も、NHK-FMでは、しゃがれた声で番組を続けておられ、まさか黒田恭一さんが先に鬼籍に入られるとは思いもしなかったけれど、日曜の午前中は、吉田さんと黒田さんの番組を続けてベッドの中で聞くのを、至上の喜びとしていた時期があった。 クラシックを日本語で表現することのすべてを吉田さんから教わった。吉田さんの著作と出会った当時、この人が中原中也と親交があったことを知り、重症のリアル厨2病だった私を狂喜乱舞させた。思えば長い長い時間をかけて(戦前・戦後を通じて)日本の知の分野の屋台骨をつくった人のひとりだろう。そして私にとっても長い長いおつきあいとなった。最初に知った時、すでにおじいさん(の貫録)だったので、その後、レコード芸術や朝日新聞への寄稿、FM番組のレギュラー出演を知らなければ、とっくに過去の人と思っていたかもしれない。実家には当時朝日新聞に載っていた吉田さんの音楽展望のスクラップブックなどという恥ずかしいものもあるんだよ。 直接お話ししたことはなかったけれど、上記のごとくコンサートではよくお見かけしていたし、グールドが亡くなった直後に音友ホールでグールドについて語る会に行ったとき、私は一番前で聞いていたんだが、その時、それこそ「箸より重いものをもったことがない」美しい指に目が釘付けになった。なんつうか余技でピアノも弾く頭脳労働の人の手。 ああやっぱりそういう人なんだーと、やりたいことを極め、それが周囲からも評価され、影響を与えてきた人にのみ許される「きれいな手」にうっとりしたものだった。「自称」評論家や芸術家ではない、本物だからこそ許されるそれは、どんなにキャンセルされてもファンがついていくミケランジェリやクライバーに通じるものがあるような気がした(そして吉田さんはこお二人がご贔屓だった)。 私のパーツフェチはもしかしたらこのころ始まったのかもね。男選びにこの法則を使用すると間違いなく失敗するんだが。 先週は畑中良輔さんが亡くなられたばかりだし、なぜか今年は10数年ぶりにコンサートづいていて、こないだポゴレリッチを聴きに行ったし、来月はダン・タイソンのドビュッシーを、秋にもクレーメルを久々に聴きに行こうと思っていたところだった。なにか予感めいたものがあったのかもしれない。 もしかしたらその過程で、再び吉田さんの著作を手にとることもあったかもしれない。実家には全集があったかしら。一度戻って追悼・吉田秀和祭り(矛盾)をしなくちゃ。合掌。
ご無沙汰していた本家ブログ。 この2か月近く、なんでサボっていたかというと、別ブログで落語にはまってた。 気が済んだのでもどってきちゃった。 まあその間も、テキストベースでいろいろ書き散らかしてはいたけど、要するに更新作業が面倒だっただけなんだよねえ。もう年かしらん。いやとっくに人生下り坂だけどね。 本も読んではいるけど、そのうちまとめてあげることにして、とりあえずピアノ。 ラヴェルを何曲かやって、久々にツボにはまったソナチネ終楽章のトッカータにいたっては、自分が納得するまで見てもらった。う~ん満足。10代の頃に、先生に言われるままに弾いていたのとはわけが違うわ。で、ようやくソナチネが終わって、次なんにしましょうかと相談していたら、「ドビュッシーの前奏曲集やりましょうよ」と提案が。いきなり! 「え、え、あの。版画とかのほうがよくないですか?」 「版画より前奏曲集のほうがやさしいわよ」 「そ、そ、そうですかあ?」 だって。あの前奏曲集だよ? 子どもの頃ミケランジェリの演奏にノックアウトされ、しかしあまりに多彩な音色と奥行きに、「こういう曲は一生弾けない」とあっさり挑戦権を放棄し早やン十年。楽譜は安川加寿子版をずっと持っている。久々に取り出してみたら小口が色あせていたけど、レコード(というものがかつてあったのだよ)を聴きながら書きこみをしていた跡がいたるところに・・・赤面ものの中2病だったな。 ショパンはさ、なんとなく全曲いけそうな気がするのよ。今となっては。でもドビュッシーは無理だろうと思っていた。だってやっぱりリストの先にある作曲家だと思っていたし、リストを通過できない限り無理だろうとおもっていた。そして私にはリストは簡単な曲しか弾けないのだった。なのに、大人になって再開し、今の先生に出会って苦節7年? ついにドビュッシーのあこがれの曲を自分で弾くときがこようとは。 自分で遊び弾きはしていたんだよね。好きな曲、弾けそうな曲だけ。「亜麻色の髪の乙女」は学生時代の発表会ピースだったし、「沈める寺」の五音音階とか好きだし。「デルフィの舞姫たち」もなんか以前よりは楽に和音がつかめる気がする。よもやいまさら手が大きくなったわけではないけれど、正しい弛緩が身につくと、片手で6音鳴らす和音(親指で2音弾く)なんかも弾けるようになっている。うう~ん素人なりに成長したなあ。 これまでは、自分はラヴェルが好きだし、ラヴェルなら弾けそうな曲がまだあるけど、なぜかドビュッシーは無理だと最初から思い込んでいたんだよね。もちろん「子供の領分」は文字通り子供の頃に数曲やったけど、好きな「版画」や「映像」「ピアノのために」そして「プレリュード全曲」は手が届くものではなかった。 でも実際に弾いてみたら、ラヴェルは優しく聴こえるけど弾くのが大変で、ドビュッシーは難しく聴こえるけど、弾いてみると(構造が分かると)なんかあっさり弾けたりすることがわかった。なるほど。早いパッセージはまだ無理だけど、3Dな演奏もペダルの踏み分けと鍵盤を沈めるスピードでコントロールできることがわかってきた。 デルフィの舞姫たちは、亜麻色と同時にマスターするくらい難易度の低い曲だと思うけど、それでもyoutubeで複数のアマチュアの演奏を聞いてみると、その表現は千差万別。リズムがあることを感じさせてはいけなさそうなのに、しっかりリズムを取らないと形にならない曲だわ。
あまりにヘタレな体力をなんとかせんと、またウオーキングを開始した。 以前もやっていたころは、10キロ歩いたこともあるのに、今や1キロ歩くと翌日は筋肉痛という哀れな体になってしまった。そしてここ数年は1年に数回くらいしか、ウオーキングらしいウオーキングはしていない。 というわけで、2月後半の土日から、まずはめざせ1万歩! なのだが、最初から頑張りすぎるのが悪い癖なので、疲れてきたらやめる(1時間目安)で開始。今のところ8000歩くらいが最高か。今どきの元気高齢者だってもっと歩くっつーの。 家の近所は視界さえ開ければ、ほとんどスカイツリーが見えるので、みえた個所で写メを撮るという目標を設定し、今日はいつもと違う方向へ出陣。いつもは深川方向だけど、今日は本所方向へ(我が家は本所と深川の間くらいにある)。 まず国技館前を通り過ぎ、安田庭園へ。 この日はいい天気だったので、駐車場でハトがぺったり地べたに座り込んで日光浴していた。 ![]() この辺りはもともと安田財閥の持ち物で、この庭園はじめ安田学園とか、なんかいちげんさんお断りな雰囲気がある。旧安田庭園は清澄庭園なんかと違ってほったらかしにされていて(一応、中之島の松には雪吊りがあったけど)、何の名物もなく、パッとしないところがいい。管理している墨田区が予算をつけないからにちがいない。大きな石灯籠が無造作に置かれていて、石に苔がびっしりついていて、ここは東京大空襲の難を逃れたところであることがわかる。周辺は火の海だったろうに。 で、まだなんの芽吹きもない立ち枯れた木々の間からみえるスカイツリー。 ![]() 清澄庭園と同じ回遊式の大名庭園だけど、手入れされてないのか水は濁っていて、水鳥も少ない。生物の気配がない公園はさびしい。 ![]() 両国公会堂。美しいフォルムの建物なんだけど、老朽化のため使われなくなって久しいらしい。ずっと立ち入り禁止だ。もったいないなあ。 ![]() 年に1回くらい散歩にくる都立横網町公園。ここは関東大震災と東京大空襲の慰霊堂や復興記念館があって、死者の霊でいっぱいなところ。子供がくるとなんか悪いものを引き寄せてしまいそう。ここの大きな石垣の上に建つ三重塔がいつ見ても不思議。なんでこんな造形なんだろう。そもそも三重塔なのに、ここは都立公園だし、宗教色がない。 ![]() 国家が主導した戦争で亡くなった軍人の慰霊は靖国神社という国家神道で祀るけど、自然災害および一般庶民の犠牲は宗教色を出してはいけないのか。 途中で春の山菜の天ぷらつきのせいろをランチに食べ(ふきのうとうの苦みがスペシャルにうまかった)、合計90分。足が痛くなる前に帰ってくるのが上策だと今頃気が付く。 すこし続けて体力つけて、次に古都に行くときはがんばって歩いて、行きたい寺へは全部行きたい。
この日はよい天気で、某省の会議が如水会館であったので、終わってダッシュで七條行って、数年ぶりのエビフライランチ。12時15分前だというのに、もうすでに行列だった。 普段は絶対並ばない人なのに、七條だけは辛抱強く待つ。10分少々で入店。 ここのエビフライは、日本橋界隈の老舗洋食店のエビフライに比べると、やや繊細さに欠けるけど、この豪快な大きさが好き。ライスはほとんど手をつけず、ひたすら3本の巨大エビフライと格闘する。 ![]() 冷凍エビの戻し方と、衣をつける前に入れる切れ目が絶妙で、本来のエビの30%長体がかかった大きさになるマジック。これは山本益博氏が書いておられた。 あ~いつものおじいちゃん、レジにいた~。元気だったのね~よかった! ![]() 朝日新聞東京本社社屋に付随した空中庭園。通勤途中で唯一四季を感じるところ。 沈丁花がやっとほころび始めていて、やはり例年よりは遅い。梅は古梅風の幹をもつ白梅が二分咲き、紅梅は五分咲き。不思議なピンクの梅もあって、馥郁たる香りをまき散らしていた。 ![]() これは木瓜の花。春のバラ科の花では桜より梅、梅より木瓜、木瓜より海棠が好きだ。
WOWOWでやっているトリュフォー特集、全然間違えて覚えていた。 恋のエチュードは放映したけど(例によって途中から見た。ディテールは覚えていたけどストーリーは忘れていた)、「アデル恋の物語」は放映しないし、「私のように美しい娘」は放映するけど、「恋愛日記」は今回は出番がなかった。なんで逆に覚えていたんだろ。 しかし、クラシカルな「恋のエチュード」はジャン=ピエール・レオが出てくる以外、ほとんど覚えていなかったけど、今回30年ぶり位に観たらなんかいろいろアンバランスな映画だった。風俗やファッションは前近代(一次大戦以前)なんだけど、自動車ってもう走ってたっけ?T型フォードより時代が下った形のが走っていた。あと、きっちり食事ごとに着替えるような階層の人たちの話なのに、恋の逃避行でなにやら島の小屋で過ごすシーンでは、そのクラシックな恰好のまま藁のベッドに寝たりしている。ふーん。当時の上流階級が自然を楽しむってこういうことかいなとか。 「私のように美しい娘」はストーリーが奇天烈だったので細部まで記憶にあって、ベルナデット・ラフォンの、よく言えば奔放な、一般にはアバズレな演技がすごいわ。「恋愛日記」の人が害虫駆除屋をやっているのは、なぜかトラックの柄まで覚えていたし。この映画は単にコミカルなサスペンスというだけでなく、人のものの考え方のズレを楽しむ作品だってことに気が付いた。 だって、自らの信念に従って正しく生きると、人を殺すこともだますことも平気という女と、そんな女の一言一句を宝石のように大切にして意味を見出そうとするおかしな社会学者という組み合わせではねえ。二人とも大きくズレてる。そして、この二人は恋仲になると思いきや、一方的に学者先生がのぼせて、彼女はまんまと彼をだまして夫を殺させるという、どこまで行っても自分を見失わないあっぱれな女なのだった。この作品はトリュフォーの系譜からいうと、かなりはみ出しているよね。 あー、こないだ後半だけ観た「柔らかい肌」(これは名作だと思う)もそうだけど、こういうつくりは、きっとヒッチコックへのオマージュなんだろうな。 映画ではほかに、もう5回以上見ている「いつか晴れた日に」を観た。後ろ盾をなくし、経済的に困窮している寡婦の一家(娘が3人も!)が、住むところにも困っているのに、このクラスの人たちは生活スタイルを変えないところがすごい。まあ、女性が働くということがほとんど認められなかった時代だから仕方がないのか。でも昼と夜とで着替えるような暮らしなのに、衣類の質は古臭かったり簡便だったりして、裕福な階層との違いを表現していた。エマ・トンプソンが日中散歩するシーンで着ていたギンガムチェックっぽい木綿のドレスがかわいい。が、エマは老け顔なので似合っていない(笑)。 あともう一本。去年鳴り物入りで公開された「ノルウェーの森」を録っておいたのを忘れてい。やっと見たけど、思った通り恥ずかしすぎる。あの文中のセリフを生身の人間が口にするのはやっぱりありえないわ。そしてみんな演技が棒読みなのはなぜ?見ていられない。30代以降が観るともれなく駄作という、視聴年齢限定映画かも。
こちらは、月1回の平日のひそかなお楽しみにしている、おひとり様三越ランチ。 今日は棟方志功の肉筆画と個人の邸宅中に板絵を描いた作品(これすごかった。トイレの板戸にまで爆発している絵を描いていた)を見た後、新館5階の、いわゆるなんでもありのデパートレストランに行こうと思っていたのに、人待ちがすごかったので(しかもことごとく中高年。新規収入はもうないかもしれないけど、たんまり貯蓄持っている層がうじゃうじゃ。あ、収入も配当とか家賃収入とかはありそう)、結局いつもの満天星へ行く。 そういえば、先月はカレーを食べるつもりが、結局エビフライになったので、今日こそカレー。お誂え向きに、本日のランチメニューがビーフカレーだった。これだとスープ、サラダにコーヒー、デザートまでつくから、その辺の町のランチカレーよりずっとお得だ。 で、どうせ本読みながら長居するつもりだったので、グラスワインとおつまみカキフライ(2個)もオーダー。こういうところのフライものはうまい。 ![]() カレーはホテルのカレーの味だな。材料がすべてルーに溶け込んだヨーロッパ風の重い味。甘みも深みもあって、そんなに辛くない。うまいなあ。しかも薄切り牛肉を炭火であぶってからどっさり入れているので、香ばしさもある。肉は特A級とかではないので、ちょっと硬いのが残念。こういう器で出てくるカレーは久しぶり。そういや中村屋もしばらく行ってない。 普通なら単品で2500円するビーフカレーがこの肉だったら、私なら怒るから、これはランチビーフカレー用でランクを落としているんだろうなあ。どうせならよいお肉のカレーが食べたかった。 ![]() カキフライは、おつまみ用とみえて小ぶりなのが2個ついてきた。卵のほうが多いだろ、っていう手作りタルタルソースとキャベツの千切りもたっぷり。 デザートは抹茶のプチフール。添えた生クリームにカットフルーツをポンポンと乗せたというより押し込んだ風なのがイケてるわ(笑)。ちゃんとフルーツはサーブする直前に乗せるとか、ルールを守って作っているので見苦しさもない。これで全部で2700円とかって安いよな。 高めの食堂って感じの洋食屋だから、グラスワインも銘柄豊富というわけにはいかず、ボルドーとカリフォルニアの2種。グラスも安物。でもお値段もそれなりに安いし、料理に合っているからいいわ。ここ、やっぱり来やすいわ。おひとり様のミドル~シニア女性がいっぱいいるし。 棟方志巧は、子供のころはどこがいいのか全然わかんなかった(実家に一枚版画が飾ってあった)けど、今見ると面白い。勢いだけで描いて偶然できたみたいな線が、実は計算されていたりするのは、長じてからじゃないとわかんないよな。
うーん…すっかりサボリ癖がついたブログ、せめて週に2回くらいは更新しようと思っていたのに、それもかなわないとは。写真も本も貯まっていくばかりなりよ。 で、とりあえず食べ物ネタを投下。 2週間くらい前、Sちゃんとコレド室町の石川亭へ。これで神田2件、日本橋1件の石川艇を制覇したことになるな。どんだけ安い飯好きなんだよ。この日は二人して三井美術館行って、その後、どこも予約してないけどいいよね、とコレド室町行って、ロシア料理と石川亭とどっちがいいかねえと物色していて、Sちゃんがロシア料理はよく行くというので、じゃあビストロへということになった。 三越前の石川亭だからして、神田店より高いかと思いきや、値段は変わらない。メニューはちょっとちがった。 ![]() これでオードヴルですよ? すごくない? で、こんな分厚いスモークサーモンも初めて。 カジュアルなビストロの割には、盛り付けが凝っていて、アラベスク模様を描いているのは揚げた蕎麦らしい。もちろん食べられるけど、ナイフとフォークでこんな面倒なものはよう食べんわ。量が多すぎて飽きる。Sちゃんのオードヴルは葉っぱばっかりのサラダ。 ![]() メインはSちゃんがマトウダイのポワレに、なんだこれ、アメリケーヌソースかな? 見た目はよろしい。私は仔牛の赤ワイン煮。これまた量が多くてさ、しかも国産霜降りとかじゃないから、私には硬すぎて2切れ食べてギブアップ。もう肉はホント食べられなくなったなあ。 ![]() デザートはいちじくのシフォンにバニラアイス添え。平凡。量多し。 この量でこの値段は、日本橋じゃないほうがいいような気がする。月曜だったせいか 空席も多かったし、なんか日本橋界隈で洋食を食べる層と石川亭はミスマッチなんだなあと。 で、私はこのくらいカジュアルなほうが気軽に行けていいんだけど、Sちゃんとはミシュランに載っているような店ばっかり行っているので、二人ともなんか消化不良だった。器やサービス、内装はもとより言及すべき何物もないけど、料理についても語ることが少なかったなあ。 やっぱり若い友達にごちそうするとき用の店だわ。
朝、職場のPCを立ち上げると、最初にグーグルの画面が出るんだが、メモリアルデーのグーグルのタイトルは、いつもアーティスティックなイラストで飾られている。 それを、クリックせずに見ただけで一瞬で当てるのがシュミなんだが(笑)、昨日はトリュフォー、今日はディケンズだった。ディケンズは、彼の作品の登場人物が複数描かれていたからすぐにわかったけど、6日のはトリュフォーの「大人は判ってくれない」のラストシーンだよね?。海辺を走っていて、一瞬振り向くアントワーヌ・ドワネルなんて凝った仕掛けをする、グーグルの中の人が好きだ(笑)。いったいどれだけの人が一発で当てたよ!(自慢) で、グーグルのおかげで6日がトリュフォーの誕生日だったことを知った。 まだ若くて、少女マンガにまみれて育って、頭でっかちで勉強はできたけど恋に疎かった自分が、最初に嵌ってコンプリートした監督が、トリュフォーだった。 彼が亡くなる前年だったか、ぴあフィルムフェスティバルで全作品上映と、ファンの前で質問に答えるシリーズがあって、私はそれに参加して、彼の作品中にたびたび登場するバルザックについてたずねた。 もちろん著書にサインももらった。ああなつかしい。今はちょっとはずかしい。トリュフォーとは縁の深い(ていうか、彼がいなかったら私はトリュフォーの著作を読むことはできなかっただろう)山田宏一さんがまだご存命であることも知った。体弱そうだったのに、ちょっと驚き。 WOWOWシネマで、トリュフォーの特集をしていて、4日はアントワーヌ・ドワネルシリーズをずっとやっていた。前半、寝坊して取り損ねたけど、一番好きな「逃げ去る恋」と「家庭」はしっかりブルーレイに収めた。 ジャン=ピエール・レオは、近影をぐぐると、いかつい顔のがんこジジイになっているのだったが、若いころの彼の顔は好きだった。少女マンガに出てくるガイジンのハンサムが生身の男になったのがあのテの顔、と私の中では思っていて、イリヤ・クリヤリン(デヴィッド・マッカラム)にはじまって、ドワネル(レオ)、そしてヘルムート・バーガーに至る、顎が張っていて、ちょっとサディスティック風味の典型的なガイジン顔が理想だった。ああ、ポルナレフも同じ系統だな。ああはずかしい中二病。マルク・ポレルとかも同じ系統だ(今や知る人もいるまい)。なんつうか顎が張っているだけじゃなくて、人類学的に鼻上隆起の骨格で、目元に大きく影ができて唇は薄い顔。そうそう、ツェッペリンのジョン=ポール・ジョーンズも同じ系統の顔だったな。今や全員がジジイだ。 で、マッカラムは知らないけど、レオもバーガーも一人の監督に溺愛され、その監督が亡くなると役者人生もほぼ終結しちゃうみたいな共依存で、そうした偏向した生き方も好きだった。あ、レオは実際にはゴダールにも愛されたけど、ゴダール映画は私の趣味とはちょっと違っていて、私の中ではやっぱりレオ=アントワーヌ・ドワネル=トリュフォーなんだよね。スクリーンではアキ・カウリスマキ(合ってる?)のコントラクト・キラーで挙動不審男を演じていたのをシャンテシネあたりで観たのが最後だな。 普段の日常ではトリュフォーなんて名前すら思い出さないし、実際、今観てもおもしろいと感じるのか自信はないけど、なんかいろいろ懐かしかった。 WOWOWのラインナップには、「突然炎のごとく」も「私のように美しい娘」も「緑色の部屋」も「恋のエチュード」も入っていなくて残念。でも、足フェチのおじさんが出てくる「恋愛日記」とイザベル・アジャーニのストーカーぶりがすごかった「アデル恋の物語」をまた観られるのはうれしい。ありがとうWOWOW!
さてと。今日は漫画について。楽しみにしていたシリーズものが次々終わってしまい、悲しい気分を書き残しておこう。 なにが悲しいって、今日、手元に届いた『誰も寝てはならぬ』が最終巻だった。いったい、どれだけ読者がいるのか不明な、このゆる~いお気楽漫画を、永久に存在させておく懐の深さが「モーニング」にはないのか! とか編集部に文句を言ってもはじまらないんだけど、「大阪豆ごはん」が10巻で終わったので、最初はこれも10巻は続いてほしいと思っていたら、あれよという間に12巻、15巻と巻を重ね、ついに17巻で最終となった。でも、全員の恋の行方をなんとなく示唆して終わったのでよしとするか。あ~残念だなあ。サラ・イネスさんの描く、ゆるく生きてる中年たちのやさしげな大阪弁がもう見られないのか。 そして、心のオアシスだったこの漫画の最終話、オカちゃんが会社を辞めるとオカちゃんに言われたハルキちゃんが、勇気を振り絞って次に会う約束をするところで、図らずも落涙してしまった。こんな軽いコメディの1エピソードで涙するぐらい、キャラクターたちが血肉の一部になっていたみたい。 あとはヤーマダくんと亜美さんとか、暗~いマキオちゃんと巴ちゃんとか、カワイイ魚屋さんとネネちゃんとか(笑)。ゴロちゃんだけが永遠のハンターとしてステディはつくらないポリシーを貫いて終わるのね。 でもさ、ゴロちゃんって何度相手を変えてもいつも同じようなシュミの子になるというのは、すでに様式美の域だよね。きっと誰でもいいのかもしれない。 意外だったのは、ヤーマダくんで、高嶺の花だったはずの亜美さんが石拾いに出かけることを聞いて、自分も同じ楽しみを共有しようと(一人で)行ってみたところ。もしかして亜美さんはずっと待っていたのかもしれないし、ヤーマダくんも同じ銀座生まれ・銀座育ちのよしみで俺も圏内かもと思い始めたところがよかったわ。恋にうとい大人の行動は計り知れない(笑)。 それにしても。あ~もう。「プライド」が終わって「MOON」が終わって、「Real Clothes」も終わって、「誰寝」も終わってしまった。楽しみがないよう。一応「とりぱん」と「死が二人を分かつまで」は続いているけど、全社はわくわくしながら発行を待つ種類の内容じゃないし、後者はとっくにサイバーアクションものになって当初のトキメキは失われてしまった。 あとなんだろ。続きが出たら絶対買うのは。あ、伸さん(今は違うペンネームだが)の「PALM」シリーズがあるな。こないだやっと「蜘蛛の文様」が終わって、残すところあと1シリーズ。どうやら寿命が尽きる前に最後まで読めそうな気配。「やじきた」もあるけど、続きって感じじゃないし、何年も間が空いたりするからなあ。 漫画といえば、雲田はるこさんの「昭和元禄落語心中」の2がおもしろい。1巻から読み返して2巻を読んだら、いっそうおもしろい。そして現在進行形がどうにも昭和っぽいと思ったら、やっぱりそうで、2巻の途中から始まった師匠の青春編を読んだら(この構造も剛さんの「座布団」「花扇」に似てるけど)、戦中が青春時代で、談志世代よりさらに上という設定だったよ。なるほど。雲田さん、ますますいくつなのか気になる。書き文字にしても絵のタッチや書き方にしても、古いセンスだとずっと思っていて、それがこの作品にはピタッと嵌っているけど、それが「過去を学んで手に入れた」ものだったら、ちょっとすごいかなと。 あーっと、あとは西原理恵子さんの「人生画力対決」が秋から冬にかけて立て続けに2冊でて、相変わらず大笑いしながら読ませてもらった。東村アキ子さんの美人っぷりがすごい。そして手が早いことも。東村さんも、絵の描き方は古いと思っていたら、尊敬するのは美内すずえだったりするわけね。なるほど。 あと三田紀房氏がうまかったのにもびっくり。作品でのあのへたっぷりはブラフですか?ヤマザキマリ氏(初の海外編)は、10代からイタリアに絵を学びに行ってたにしては、実はあんまりうまくなかったり(日本のはやり漫画を知らないのを差し引いても、芸術性もないし、どうよというレベルだわ)、いろいろおもしろいよ相変わらず。 ヤマザキマリで思い出したけど、アニメ版「テルマエロマエ」のあの稚拙っぷりは意図的なのかな。絵も動かないし、学生がつくった作品みたいだった。なのに割とおもしろかったりして。このおもしろさは、タモリ倶楽部をおもしろいと思う中年の感性だろうなあと自分でつっこんでみたり。
2年近く月1で通っていた九段会館が、震災の影響で廃業しちゃったので、そこでやっていた某財団法人のセミナーも別の場所での開催となった。この団体はとっくに内閣府の仕分け対象になっていて、ものすごく経費が削られたらしく、無駄に金のかかる九段会館から、自分たちの入っている古いビル内の暗いホールでのセミナーとなった。クラシックな装いが好きだった九段会館が今はなにもかも懐かしい。 で、今回の場所に行く途中には虎の門砂場があるのよね。おやじのオアシス。蕎麦好きにとっては外せない場所。蕎麦の名店は結構行っているはずだが、実は虎の門砂場は初めて。 砂場は、赤坂砂場には何度も行ったことがある。大昔だが。20代のころ、赤坂にある某商社のハウスエージェンシーで仕事していたんだが、そこのボスが蕎麦好きで、週に3回はランチが赤坂砂場だった。当時だって3分で食べ終わる品の良すぎるもりそば(要するに量が少ない)が1000円くらいしていたが、そこで私は生まれて初めて「あられそば」を食べたのだった。もしかしたら鴨南蛮もこの店で食べたのが最初だったかも。 で、当時もあられそばは1600円したのよね。小娘にとっては高いそばに感じたが、いつもボスのおごりだったわ。そういう時代。ついでにバブルっぽい懐かしい話をすると、学生時代、読売新聞でバイトしていたんだが、総務の部長にやけに気に入られてよくランチに連れて行ってもらった(イロコイに非ず。シュミ話が共通していた)。その店が、昼から琴の生演奏をしている割烹料理屋とか、4000円のうな重とか、ホテルのレストランとかそんなんばっかだった。思えば私の口がおごっているのは、実家が料理屋だったばかりでなく、当時の分不相応なランチのせいでもある。しかも部長席には、読響とジャイアンツの結構いい席が毎回配られていて、私は読響はいつもタダで聴きに行っていた。ありがたかったが、どう考えてもおかしな時代だった。 ![]() 話をもとに戻す。 で、赤坂砂場がいまもあるかは知らないけど、虎の門砂場は、ビジネス街の中でそこだけ取り残されたような古い建造物のまま今も建っている。もしかして重要文化財指定とかなのか? 砂場じゃないけど神保町にもほぼ同じような古い木造家屋二階建ての角地に建つ蕎麦屋があるな。古いほうが価値があるのか。 で、中も古いまんまで椅子なんてキィキィいうし、もう40年くらい時間が止まっているかんじだが、中はやはりシニア層を中心としたビジネスマンと、老夫婦でいっぱいだった。 あられそばは1700円。四半世紀だって100円しか上がっていないということは、当時がいかに高かったかということだよね。これは天あられ。なんてことはない、あられに見立てた小柱を揚げてある。こっちのほうが腹持ちしそうだったからね。 汁そばではなく、つゆをかけまわしていただくそばだった。細くて上品なそばは更科系だが、なんの感慨もないな。そばを味わうには細すぎるし、汁に負けているわ。 |一覧| |
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