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カテゴリ:読書案内
【柳美里/水辺のゆりかご】
◆包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・? 現代の作家で、しかも女性のそれでは、どれだけ我が身について赤裸々に語れるだろうか? 激動の昭和を生きた宮尾登美子や、萩原朔太郎の娘・葉子などの著した自叙伝は、言うまでもなく過酷で壮絶な自分史を披露した作品である。 だが最近の作家は、おそらくそうした激しい生き様を披露するのは難しいのではなかろうか? 食べる物にも困って我が身を売り、わずかな賃金を得るとか、暴力亭主に全身を殴られ蹴られても、我慢して我が子を育て抜くとか、ばく大な借金を残して亡くなった親族の連帯保証人になっていたとか。なかなかそういう経験をする機会にも恵まれず、また、恵まれて(?)も当事者は文才がなかったりする。だからちまたで流行るのは、趣向を凝らした恋愛小説だったり、手の込んだトリックを披露する推理サスペンス小説だったりする。 さて、『水辺のゆりかご』だが、これは著者の環境からして日本人にガツンと一撃を食らわすほどのインパクトがある。まず、柳美里は言わずと知れた在日韓国人であるということ。複雑な家庭環境にあり、学校でもいじめにあう。身の置き所のない、折れそうな心を引き摺りながら、四六時中、苦悩と葛藤に苛まれているのだ。自暴自棄になった女子高生の柳美里は、見ず知らずの男と車に乗り、事に及び、男から二千円をもらう。わずか二千円を、だ。 柳美里の芥川賞受賞作でもある『家族シネマ』を読んでも分かることだが、物書きとして凄いと思うのは、何と言っても事実に基づいたリアリティを追求しているところだろう。これが単なる作り話だったら、読者には人生の絶望を訴えているとしか思えない狂信的な暗さだ。 ところがそんな過酷で壮絶な幼年期~青年期を送っていた韓国人女性も、今や現代日本を代表する作家の一人として挙げられるのだから、才能というものはどこでどう開花するものなのか、全くの未知だ。 ただ、これは私個人としての考えだが、やはり柳美里は容姿に恵まれたのが幸いしたと思う。どことなく影のある美しさ、目元の涼しさ、細身で頼りなげな肩は、男性の視線を釘付けにしないわけがない。無論、彼女の豊富な経験知と、刃物のような鋭さを持った媚びない思考は、女性にも支持される所以だ。 結果、『水辺のゆりかご』は、自身の暴露本でありながら自伝小説として大変完成度の高い作品に仕上げられている。現代の女性作家に求められるのは、柳美里のような大胆かつ不敵な潔さを持った作風かもしれない。 『水辺のゆりかご』柳美里・著 ☆次回(読書案内No.27)は宮尾登美子の『櫂』を予定しています。 ~読書案内~ その他 ■No. 1取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ ■No. 2複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説! ■No. 3雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?! ■No. 4完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する ■No. 5青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ ■No. 6しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる ■No. 7白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す ■No. 8ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている ■No. 9女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説 ■No.10或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル ■No.11東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず ■No.12お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人 ■No.13レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか? ■No.14山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く ■No.15佐藤春夫/この三つのもの細君譲渡事件の真相が語られる ■No.16角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く ■No.17室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛 ■No.18織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話 ■No.19谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。 ■No.20車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか ■No.21松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場 ■No.22川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?! ■No.23丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの ■No.24宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ! ■No.25岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話 ◆番外篇.1新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る! ◆番外篇.2菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2012.12.19 06:28:57
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