|
全て
| カテゴリ未分類
| 浜んまち映画祭
| 「甘い人生」
| 作品レビュー(日本映画)
| 読書レビュー
| 時事
| 作品レビュー(外国映画)
| 映画の話題全般
| 映画スタッフ
| 映画俳優
| 長崎の話題
| 映画監督
| 作品レビュー(中国、香港、韓国、台湾)
| 硫黄島2部作
| 実録・連合赤軍
| 映画「靖国」
| 演劇
| アクセス数
| 哲学カフェ
| ソーシャルネットワーク
テーマ:映画から何かがはじまる(569)
カテゴリ:作品レビュー(外国映画)
みなさん、W杯北朝鮮戦に夢中なようですね。
まったく関心のない私は「ミリオンダラー・ベイビー」へ。 日本は勝ったそうですが、この映画をどう解釈するかという 問題に比べると、どうでもいいことです。 ---------------------------------------------------- 昨日になってこの映画の原作は70歳の作家の最初の作品で あることを知ったが、そのことがこの映画への視点を与えて くれた。 これはイーストウッド版「突然炎のごとく」なのだ。 「突然炎のごとく」の原作もまた74歳の老作家の最初の 作品である。 「突然炎のごとく」と「ミリオンダラー・ベイビー」とには いくつかの共通点がある。 ある種の絆に結ばれた二人の男の前に現れる一人の女 どちらの男も、どこか女にひきつけられ、 それぞれの方法で愛する。 そして、女と二人の男のうちの一人は死んでいき、 一人の男が残される。 そして女のガウンに書かれた「モ・クシュラ」は 「突然炎のごとく」でのカトリーヌの言葉 「血はインク、肌は紙」に通じる。 やはり、これはイーストウッド流のラブ・ストーリーである。 この映画を論じるには尊厳死についての論をさけては通れない かも知れないが、こういう見方をしてもいいと思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005年06月09日 23時26分03秒
コメント(0) | コメントを書く
[作品レビュー(外国映画)] カテゴリの最新記事
|
|