大林宣彦監督の旭日小綬章
中島みゆきと久石譲の紫綬褒章
叙勲・褒章には毎回、芸術分野の方々も選ばれているが、
それはひとつの評価としては、そのようなものもありかと
思うのだが、私は毎回、違和感を感じる。
歌にしても、映画にしても、演劇にしても、それらはアウ
トサイダーのものであり、時には体制そのものを撃つよう
なものである。
そのようなものの作り手に対して政府がこのような評価を
して表彰するということは、どうなのだろうか?
その時点で、それらの作品も作家もほとんどその魅力を失
ってしまうのではないか?
中島みゆきの世界と褒章がどのようにむすびつくのか?
ファンの方々、いや本人に聞いてみたいものだ。
これは中島みゆきだけではない。大林宣彦も、久石譲も、
そして何年か前に文化功労賞を受けた高倉健も同じこと
である。
「政府の勲章などいらない。俺の勲章は観客の拍手だ」と
言って褒賞・叙勲を拒否する芸人はいないのか?
杉村春子は文化勲章を拒否しましたが・・・。
三國連太郎が紫綬褒章か何かを貰った時は、朝日新聞のコラムで「がっかりした」と書いた人がいましたね。
「九条の会」に一応名を貸している桂米朝は「落語界初の文化勲章」で話題になっていますが。
我々が「アウトサイダー」と思いたい芸術分野でも、第一人者となれば(「反体制」らしき思想を持っているように見えても)、
その業界では紛れもない「権威」「権力」になってしまう。
勿論芸術は「体制そのものを撃つ」ように見えても、例えば国家が戦争を始めれば、
むしろその大半はそれを推し進めるような姿勢を取る。
過大な幻想を抱くと失望も大きいかもしれません・・・。(2009年11月04日 23時01分05秒)