テーマ:シェフのスペシャリテ(240)
カテゴリ:シェフの雑記帳
オーストラリア、穀物肥育の牛ホホ肉です。少し霜降りです。このくらい脂があれば煮込んでもパサパサにはなりません。凸レンズを崩したような恰好の肉なので、タコ糸をかけてある程度円筒形に形を整えます。 牛は反芻動物ですから、一日中モグモグやってますよね。だからホホ肉は使いこんでいる筋肉なので、コラーゲンが多く焼いても硬くて食えませんが、煮込みには適した部位です。 昔は、これを野菜と赤ワインでマリネ(漬け込む)したもんですが、今は肉の鮮度が良いし、食肉として出荷されているのは若い牛ばかりですから、マリネまでする必要はないと思います。硬いオス牛の成牛の肉とかだったら、ワインヴィネガーも使ったクラシックなマリネ液で漬けこまないと柔らかくならないかもしれませんが、必要でない手間はかけないほうが良いでしょう。料理は、手間をかけるところはかけ、要らないことはやらないことも肝心です。迷信みたいな、おまじないみたいなわけのわからん仕事をしていることって結構あります。要らぬ手間をかけることで、かえって味が悪くなることもあります。科学的にクールに行きたいですね。 強火で肉の表面を焼きつけます。これはフランス語ではリソレと言って、意味は壁を作るということなんですが、、、煮崩れないようにしっかり焼きつけるというのですが、実際にはこれは焦げ目で煮込み料理に香ばしさを追加したいからです。よく肉を焼く話で私が書いていますが、「肉を焼いて壁を作るといいますが、実際には壁などできません。」焼いた肉の香ばしさが煮汁に溶け込むことにこそ意味があるんですね。ですから、表面だけしっかり焼き色さえつけばいいんです。中にまで火は通す必要はありません。ですから、この作業はルヴニール(強火で焼く)という言葉を採用します。 軽く焼き色をつけた、ミルポワ(香味野菜、玉ねぎニンジンセロリニンニクなど)を入れた鍋に肉を並べ、赤ワインをひたひたに入れます。今回はホホ肉5キロに対して、赤ワインを8本使いました。この量が肝心です。ここで赤ワインの量が少なかったり、あまりに安物を使うとこの料理は美味しくできません。今回は、ニュージーランドの上質なピノノワールを味わうワイン会用の料理だったので、ピノノワールに近い品種の南アのピノタージュを2本、イタリアのサンジョベーゼを4本、チリのピノノワールを2本使いました。 一般的に言えば、、、ボルドーのワインで煮込んでボルドーのワインを飲みながら食べる(ボルドー風煮込み)とか、ブルゴーニュのワインで煮込んで、ブルゴーニュのワインを飲みながら食べる(ブルゴーニュ風煮込み)のようにすれば、それは最高の贅沢ですが、なかなか商売上のコストを考えると、そこまで良いワインばかりは使えません。 ですからある程度コクがあって色も濃いめの若い赤ワインで、極端なクセなど無いものであればワインの産地にはそうこだわらなくても大丈夫です。複数の産地のワインを混ぜたりしても特に問題はないと思います。それから、ポルト酒やマデラ酒または白ワインなどを5~10%くらい入れると味わいがマイルドになります。今回もマデラ酒を少し使っています。 煮込む時にフォン・ド・ヴォーなど出し汁を加える人もいますが、私は入れません。ホホ肉とワインだけの味で仕上げたいので、余計な旨味は足したくないんです。特に缶詰のフォン・ド・ヴォーやデミグラスなんか使うんだったら、こんなに赤ワイン使った意味が無いですからね!缶詰は絶対にやめましょう。市販のレトルトパックみたいになってしまいますよね。 強火で沸かし、火をつけてアルコール分を飛ばします。ここでしっかりアルコール分を飛ばさないと、あとでとがったきつい味が残ってしまいますから、しっかり飛ばします。同時にこれで肉の内部までほぼ火が通ります。アクや脂は特に取る必要はないです。ソースを仕上げるときに徹底的にアク取りしますので、、、。 この後は弱火。蓋をして140~150℃くらいの低めのオーブンでゆっくり煮込みます。ワインの酸味があるので、肉は意外に早く柔らかくなります。2時間半から3時間というところでしょうか、、、。太い竹の菜箸がスーッと通るくらいに煮えたら、火からおろしてそのまま一晩置きます。 この肉の煮込み加減を見極めるのが結構難しいんですね。あまり煮すぎても肉の味が完全に抜けて出しガラみたいになってしまうし、煮込み足りなくてちょっとでも硬さが残ると、煮込み料理の意味が無いわけです。火からおろしての余熱も考えて、火を止めます。 翌日、肉だけを取り出してバットなどに入れて冷蔵庫にしまいます。取りだす時は。ギュッと握れば潰れてしまうくらいに柔らかいので、崩さないように注意です。冷蔵庫に一日入れておくと、肉は冷えてコラーゲン(ゼラチン質)が固まって引き締まります。これを一人前のサイズに切って使います。ある程度保存したい時は、この肉は冷凍します。 煮汁は一度沸かして、シノワで漉します。そのあと、しばらくつきっきりでアクと脂を取りながらゆっくり煮詰めてゆきます。7割がた煮詰まったら、もう一段細かいシノワで漉します。さらにじっくりアクと脂を取りながらゆっくり煮詰めます。 別の鍋にピノノアールを1本入れて強火で半分くらいに煮詰めます。これを煮汁に加えてさらに煮詰めます。ここで赤ワインをもう1本加えるのは、ワインの色素をだいぶ肉が吸い取ってしまうので、ソースに色付けをしたいのと、新たに新鮮なワインの風味を追加したいからです。全体が最初の1/3くらいにまで煮詰まったら水溶きコーンスターチで少しだけとろみをつけます。これでソースのベースの出来上がり。とにかく、ここで丁寧にアク取りすることが、つやのある綺麗な味わいのソースにするコツです。 仕上がりの写真は、坂本さんのツイッターから拝借しました。ワイン会に特化した料理なので、ピノノワールのリゾットとフォアグラのソテーを添えたゴージャス版です。 ソースを鍋に取り、少し水でのばして肉を入れて蓋をして弱火で温めます。肉が芯まで温まったら、一度取り出しソースの濃度を調節してから、塩で味を整えバター少しでモンテします。肉を鍋に戻してソースをからめてから盛り付けます。軽く胡椒を挽いて出来上がり。 赤ワインをこれだけたっぷり使いながら、くどくなくスーッと溶けるような味わいに仕上がりました。こういう料理はよく、「ワインを飲まないときつくて食べずらい」なんて言う人がいますが、この料理はワインなしでも普通に美味しく召し上がれますよ。ワイン会のみなさんも「何の引っ掛かりもなく、スーと来てとろける。綺麗な味わいだね。」と好評でした。 雑味の無さ、肉の旨味とワインの味のバランスなど、こういう煮込み料理の味わいを考えるときに最近のさかもとこーひーの味わいとダブりますね。苦くて濃くて引っ掛かるような昔のこーひー、濃くて重たい古いスタイルの煮込み料理に対して、ワイン会でいただいたコスタリカ・シンリミテスの思わず「やばい」としか言いようがないほどの綺麗な味わいのさかもとこーひーとこういうピュアなスタイルの煮込み料理ということで、イメージが重なるわけです。 20人前くらいあるので、しばらくメニューにのせておきます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Sep 20, 2012 10:01:18 AM
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