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カテゴリ:歌舞伎・古典、観劇
靖国神社の境内にある能楽堂は、東京で戦後に残った能楽堂としては一番古いものだそうです。
屋外に客席を作った場内は、千駄ケ谷にある国立能楽堂の3倍の客席を設け、一部自由席になっています。 舞台を正面にして座ると、ちょうど能楽堂の屋根を縁取るように桜が覆いかぶさり、気温とは裏腹にそこだけ春を感じさせてくれました。 場内の照明が消され、厳かに火入れ式が行われ、いよいよ開演です。 最終日第三夜の演目は、舞囃子『忠度(ただのり)』、狂言『二人大名』、そして最後は能の『船弁慶』。 能は狂言よりも抽象的で、やや敬遠していたのですが、会場でイヤホンガイドの解説を聞いていると、目からウロコが落ちました。 能の知識を知ってて観ると、パズルを解くように面白い。形式の芝居なので、ポイントを押さえるとよく理解できます。 この日の解説は、三浦裕子さん(武蔵野大講師)。「能はミュージカルです」と言っていました。そして謡いは、声楽だと。昔はマイクがなかったので、大きくはっきりと言葉(歌詞)を伝えなければならなかったのだと。 能は面をつけるものと思っていたのですが、つけない人がいるのは何故だかわかりませんでした。すると解説によると、「生身の人間を演じる時は素顔、だから亡霊の役は面をつける。女性を演じる場合は必ず面をつける」のだそうです。 歌舞伎でも観た『船弁慶』では、歌舞伎同様、静と平知盛の亡霊を同じ人物が演じます。静は女性だから面を、そして知盛の亡霊も面をつけ、義経、弁慶は素顔で登場します。 ここでもう一つ、能では美男や高貴な役柄は、子方(こかた)という声変わり前の(解説ではさらにボーイソプラノと言っていました)子役が演じるのだそうです。だから義経も子役が演じるのですが、この静と義経の関係を生々しく見せない効果もあるそうです。 そして間狂言という、能を狂言師が手伝う役があり、船頭の役を狂言師の野村萬斎がコミカルに演じていました。 こうやって知って観ると、能や狂言の作品はシンプルなだけに、想像力を働かせて観る楽しみが伴ってきます。 イヤホンガイドの解説でもう一つ。最初の作品『忠度』の時に、「昔はキセル(電車の運賃をごまかして乗ること)のことを、薩摩守(さつまのかみ)と言っていたそうです。薩摩守とは忠度のことです。つまり、ただのり(タダ乗り)」すごい雑学! 屋外での上演は、自然の美しさを堪能している実感がありました。この日見た美しい光景は、忘れられないでしょう。 帰り道、靖国神社周辺は、桜の名残を惜しむように集った人々でいっぱいでした。 (靖国神社 能楽堂にて) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006.04.09 18:55:19
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