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《櫻井ジャーナル》

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2014.02.23
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 2007年12月から2010年3月までウクライナの首相を務め、2011年10月に懲役7年を言い渡され、収監されていたユリア・ティモシェンコが釈放されたという。2008年、経済的な苦境から脱するために投機家のジョージ・ソロスから受けたアドバイスに基づく政策を実行すると発言していたのがこのティモシェンコだ。

 ティモシェンコが首相だったときの大統領、ビクトル・ユシチェンコは2004年から05年にかけて実行された「オレンジ革命」で実権を握った人物で、そのパトロンはロシアからイギリスへ亡命していたボリス・ベレゾフスキーだった。ボリス・エリツィン時代のロシアで不公正な手段を使って巨万の富を得たひとりだ。途中までソロスはベレゾフスキーと手を組んでいたようだが、途中で仲違い、ユシチェンコにも批判的な姿勢を示すことになる。

 2010年に行われた大統領選挙の投票結果は第1位がヤヌコビッチで得票率は35.32%、第2位がティモシェンコで25.05%、ユシチェンコは第5位で、5.45%にすぎなかった。上位ふたりで行われた決選投票でヤヌコビッチが48.95%、ティモシェンコは45.47%でヤヌコビッチが勝利している。

 そして現在、ティモシェンコの影響力は小さく、主導権を握っているのはネオ・ナチの「スボボダ(全ウクライナ連合『自由』)」ように見える。昨年12月、そのネオ・ナチのリーダーとジョン・マケイン上院議員は会っている。言うまでもなく、マケイン議員はベレゾフスキーと人脈が重なるネオコン(親イスラエル派)だ。

 ヤヌコビッチ後の閣僚人事をジェオフリー・パイアット駐ウクライナ米国大使と話し合っていたビクトリア・ヌランド国務次官補。彼女は昨年12月13日、工作資金として50億ドルをウクライナに投入していることを明らかにしている。他国の体制を転覆させるために50億ドル、ざっと5000億円を使っていると公言しているのだ。政権転覆の企てはソロスも続けているようで、2011年の段階でリビア方式を彼は考えていると言われていた。

 リビアでは、反政府活動から内戦へ発展、最終的にはNATO軍が登場している。その際、地上軍の主力として動いていたのがアル・カイダだった。ウクライナにもイスラム教スンニ派の武装勢力は入っているようだが、主力はネオ・ナチで、失業者が日銭稼ぎで参加している。多くのウクライナ人に支持されているのかどうかは不明だ。

 ウクライナの西部は反ロシア感情が強く、主権をなくそうと、欧米の巨大資本の食い物にされようと構わないという人もいるようだが、東部や南部では違い、反米感情が高まっている。少なからぬ人がウクライナの分裂を予想、グルジアにおける南オセチアのような状況もありえる。そうなるとロシア軍とNATO軍が衝突する可能性も否定はできない。





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最終更新日  2014.02.23 23:28:28



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