(だが……)
トゥパク・アマルは、再び目を上げた。
(あのように英国艦の中に均等にスペイン艦を混ぜ込んでしまえば、スペイン砦から英国艦を狙って撃ち込まれた砲弾が誤ってスペイン艦に当たる危険性も高く、それ故に、砦からの砲撃を鈍らせられるとジョンストン提督は考えたのかもしれぬ。
しかし、少なくとも、提督は、捕えたスペイン艦のみを英国艦の前に押し出して、スペイン砦からの攻撃から自軍を護るための生ける盾とするようなことはしていない)
捕虜や民衆を平然と人柱に立て、あるいは人を人とも思わぬような酷いやり方で戦さの道具としてきたアレッチェの所業を見せつけられてきたトゥパク・アマルたちにとって、このジョンストンのやり方は、単に拿捕艦に対する痛ましさだけではない何かを感じさせるものでもあった。
様々に思い巡らせながら、砦の高みで翻る赤と金のスペイン国旗と、そして、洋上のスペイン艦群とを交互に見交わすトゥパク・アマルの足は、無意識のうちに断崖の突端まで進み来ていた。
(アレッチェ殿、どうするおつもりか?
あれらのスペイン艦たちの中には、砲撃要員はもとより、操船させられている末端の水兵たちから技師、そして、士官まで、何千人もの捕虜となったスペイン兵たちが乗せられたままなのだ…!)
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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。
≪ジョンストン提督≫(英国軍)
此度のペルー戦への進軍を行う英国艦隊の総指揮官。
英国王室の命により、トゥパク・アマルの反乱に乗じて、敵対するスペインを撃退し、当地を英国の植民地にしようと狙い定めている。
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(随時) 
「トゥパク・アマル様、白帆の英国艦隊の動きはなかなかのものですが、とはいえ、褐色帆の軍勢は艦砲の動きが鈍いですな。
あれらのスペイン艦にしてみれば、自分たちの砦を攻撃させられるのは、さすがに抵抗が大きいのでございましょうな」
ビルカパサの言葉に、トゥパク・アマルは僅かに瞼を伏せた。
「ああ。
そなたの申す通り、囚われたスペイン艦の兵たちも、砦のスペイン兵たちも、味方撃ちをさせられるなぞ、さぞ、やり切れぬ思いであろう」
洋上では、戦闘隊形を成す白帆の英国艦の間に交互に挟み込まれるようにして、拿捕された褐色帆のスペイン艦が組み入れられている。
陣頭に立つ副指揮官パリアの英国艦の後方には、褐色帆のスペイン艦が続き、そのスペイン艦の後ろには英国艦が続き、さらに、その後ろにはスペイン艦が続く。
遠目から見ると、白帆の艦と褐色帆の艦とが交互に綺麗な一列縦隊を組みながら、華々しく海上パレードでも行っているかのような錯覚さえ覚える。
しかし、それらの艦の横腹から突き出された無数の大砲が、即座に意識を現実に引き戻す。
しかも、当然のように、組み込まれたスペイン艦たちの舷側からも、スペイン砦に向けて艦砲が押し出されている。
ビルカパサが指摘したように、それらの砲身の動きは、英国艦たちのように毅然たる規律あるものではなかったが…。
恐らく、あれらの拿捕艦上では、銃や鞭を手にした英国士官たちによって、捕虜とされたスペイン兵たちが、同胞の砦に向けて大砲の狙いを定めるよう強要、否、脅迫されていることであろう。
敵軍のこととはいえ、その光景を思うと、トゥパク・アマルの胸にも痛ましさがよぎらずにはいられなかった。
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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪ビルカパサ≫(インカ軍)
インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。
≪ジョンストン提督≫(英国軍)
此度のペルー戦への進軍を行う英国艦隊の総指揮官。
英国王室の命により、トゥパク・アマルの反乱に乗じて、敵対するスペインを撃退し、当地を英国の植民地にしようと狙い定めている。
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いずれの英国艦も、ジョンストンの指揮の元、十全な訓練と実戦経験を積んできたのであろう。
新たなジョンストン艦は、既に旗艦としての機能を十分に果たしているように見える。
その旗艦艦尾甲板で、厳然と号令を放つジョンストンの姿さえ、ありありと見えるような思いであった。
かくして、先刻のスペイン砦と英国艦隊の初弾の応酬で、さらなる緊迫感を増した戦場の空気の中、自分らも決して第三者ではいられなくなる運命を背負ったインカ軍。
その誰もが、いっそう険しさを増した面持ちで、固唾を呑んでいる。
その張り詰めた大気の中、洋上では、舷側に据えられた二層の砲列から押し出された無数の艦砲が、上空から射し込む日光を反射して、ギラギラと滑るように黒光りしている。
英国艦隊の全艦砲を数え合わせれば、砦側に面した左舷側のみとはいえ、700門以上にも及ぶ。
その途方もない数の砲頭が、スペイン砦に照準を合わせながら、一斉に上向き最大限の俯角をつくっていく。
まるで殺意を漲らせた黒い生き物の軍団のような砲身の動きに、トゥパク・アマルをはじめインカ軍の誰もが、背筋に寒気を覚えずにはいられなかった。
しかし、そうでありながらも、その見事なまでに統制の取れた一挙一動に、感嘆に似た思いをが湧き上がることもまた禁じ得なかった。
が、それらの艦砲の動きを凝視していたビルカパサが、不意に、厳つい指先で洋上を指し示した。
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あのようにして、海からの追い風の中、投錨せずに走行しながら攻撃を続けるとなると、風や潮に押し流されて浅瀬に座礁するリスクも高い。
その上、砦の方向に艦首ではなく艦の側面を向けているために――それ故に、舷側にズラリと並んだ砲列をフル稼働させることが可能なのだが――、その分、敵に身を晒す面積も大きく、それだけ砦からの攻撃をまともに受ける危険性も高い隊形であった。
(それでも、ジョンストン提督は、彼の艦隊が持てる艦砲の威力を余すところなく生かしきろうとしているのだ。
それに、投錨せねば座礁する危険があるとはいえ、止まってしまえば、敵の攻撃をさらに容易にしてしまう。
あの高所の砦から、静止した標的を撃つのは、いとも容易かろう。
だから、提督は、敢えて艦隊を投錨させずに、帆走を続けたまま戦うつもりなのだ)
トゥパク・アマルは、英国艦隊旗艦を見据えたまま、研ぎ澄まされた目元を聳やかせた。
縦隊の先頭を率いる副指揮官パリアの艦から少し後方を帆走する英国艦隊旗艦。
昨日の英国艦隊とスペイン艦隊の戦闘経過について詳細に報告を受けていたトゥパク・アマルは、あの眼前の英国艦隊旗艦が、実は本来のジョンストン艦ではないことを知っていた。
本来のジョンストンの艦は、昨日の海戦で、フロレスたちに近接距離からの反撃を受け、大破させられたはずである。
恐らく、提督は、別の英国艦へと、旗艦の機能ごと自らも移乗したに相違ない。
従って、今、提督旗を掲げているあの艦は、急場ごしらえの旗艦にすぎないはずである。
だというのに、さすがに全く隙が無い。
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≪ジョンストン提督≫(英国軍)
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(ジョンストンの砲弾が命中したのは砦の基底部とはいえ、あのような高所にまで洋上から砲弾を届かせるとは。
陸岸に吹き付けるこの風を利用したとしても、これほどに飛距離を伸ばし、しかも、狙いも正確だ。
今放たれたのは、たった一弾のみゆえ、砦自体はまだビクともしてはいないが、あのような砲撃力を備えた艦砲が一斉に火を噴けば、あの砦もただでは済まないのではあるまいか)
ジョンストン麾下の兵たちが、どれほど訓練され、熟練しているのかを見せつけられる思いでもあった。
思い耽った瞳を英国艦隊旗艦に据えているトゥパク・アマルの脇で、恐らく同じような思考を巡らせていたであろうビルカパサが、低く呻いた。
「トゥパク・アマル様、あのような英国艦隊の砲撃力をまともに相手にするのは、我が軍としては、やはり避けたいところですな」
ビルカパサの言葉に、周囲のインカ兵たちも、「尤もだ」と唸りながら、厳つい顔を突き合わせる。
トゥパク・アマルもまた、厳然とした横顔で、黙って頷いた。
その英国艦隊は、水平線の彼方から陸岸に向かって直進してきた進路を、砦の射程圏内に入る前に既に大きく転じていた。
砦に艦の頭部を向けて前進してきた進路を一斉に回れ右して方向転換し、今では全艦共に、砦に艦の側面を振り向けていたのだった。
彼らは統制のとれた戦闘隊形を整え、拿捕艦群も含めた30艦に及ぶ艦船が一列縦隊を成しながら、スペイン砦のほぼ正面を横切るようにして突き進んでいる。
インカ兵たちが固唾を呑んで凝視する中、トゥパク・アマルの低音が彼らの耳元に響き来る。
「戦列艦の艦砲は、主に艦側面に集中している。
ジョンストン提督は、それらの砲を最大限に生かそうとしているのだ」
スペイン砦の前面を切り裂くように、トゥパク・アマルの鋭利な指先が宙を払った。
「あの巨大な長方形を成す砦の正面部に平行するようにして艦を帆走させながら、艦隊最大限の火砲をもって、砦前面に集中砲火を浴びせるつもりなのだ」
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一瞬の空白の時間の後、ズゴッ!!と、スペイン砦の方から苛烈な破砕音が上がった。
すかさず砦の方角を振り仰ぐトゥパク・アマルたちの視線の先で、頑強な砦の壁面下部に英国艦隊の放った鉄弾が命中し、その周辺の石壁を削り取りながら石材を弾き飛ばしていく。
と見る間に、モウモウと舞い上がった砂塵で辺り一帯が埋め尽くされ、間もなく弾の行方は掴めなくなった。
弾は砦の石壁深くまで侵入していったのか、あるいは、壁から跳ね返ってどこかに転げ落ちたのか。
いずれにしても、その砲弾の動きと威力は、大いに目を引くものであった。
すかさず洋上に視線を戻せば、英国艦隊の中でも一際目を引く大型戦列艦の一つから、濃厚な硝煙の残滓が漂っている。
そして、その艦の高みでは、蒼天を背景にして堂々たる提督旗が翻り、天も海も我がものだと言わぬばかりの力強い存在感を放っていた。
なるほど――と、トゥパク・アマルは胸の内で独りごちた。
(あれが、ジョンストン提督の英国艦隊旗艦か。
そして、今のは、あの艦の放った英国艦隊の初弾。
このような見るからに威圧的な要塞を前にしても臆するどころか、逆に自身の力を誇示するかのようでさえある)
己の背後でバサバサと翻るマントの重量感を感じ取りながら、トゥパク・アマルは目を細めた。
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「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪ジョンストン提督≫(英国軍)
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はっと目を見張ったトゥパク・アマルたちの視線の先で、スペイン砦から放たれた砲弾が数発、洋上の英国艦隊めがけて飛び去っていった。
重い沈黙を破り、ついにスペイン軍が初弾を撃ち放ったのだった。
その弾道にインカ兵たちの誰もが食い入るように見入る中、砲弾は英国艦隊の艦船に届く前に落下し、艦隊の手前の海中へと没していった。
落下地点の海面に、濃密な白い水柱が幾つも空へ向かって噴き上がる。
(スペイン軍の砲弾が、はずれた…!
それとも、今の初弾は、単に射程を測るために、試みに撃ち込んだものか?)
トゥパク・アマルは、吹き付ける海風に煽られて顔にかかった前髪を、鋭い手つきで振り払った。
(だが、この風――!
先ほどから、洋上から陸岸に吹き込みはじめたこの風は、風上にいる英国艦隊の方に有利なはずだ。
この風の力を上手く使えば、英国艦隊の射程は伸び、威力も高まる。
それに対して、スペイン砦からの砲撃は、あれほどの地の利にもかかわらず、飛距離が伸びていない)
海風を受けて、己の胸板を叩きつけるようにして翻っているペンダント――黄金の太陽像を、トゥパク・アマルの手がグッと押さえ込んだ。
(まさか、ジョンストンは、この風向きまで予測して、今のタイミングで進軍してきたのだろうか?
あるいは、天運が、英国艦隊に味方しているということか)
彼の思考がせわしなく動き回っているうちにも、今度は、洋上から鋭い砲撃音が弾けた。
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トゥパク・アマルは僅かに首を振って、「いや」と答える。
「恐らく、英国艦隊は、全軍を上げて、まず砦に総攻撃をかける心積もりであろう。
あの程度の艦隊規模であれば、英国艦隊にとって、兵力を分散さるのは非効率で、危険でさえある。
我が軍の火砲の威力はともかく、スペイン砦の火砲の力は並々ならぬものだ。
艦隊を二分すれば各隊の武力はそれだけ弱まり、二分された艦隊ごとに各個撃破されてしまうことにもなりかねん。
それこそ、アレッチェ殿の思う壺であろう」
そう言って、周囲の側近たちを僅かに振り向いたトゥパク・アマルの目の端が、鋭利な光を放った。
「それに、スペイン砦を落としてしまえば、火器の装備に劣る我が軍を陥落させることなど、そう難儀ではないと、ジョンストン提督は思っているかもしれぬ。
我らとしては、そのような思惑通りにはいかぬところを、あの者たちに見せつけてやらねばならぬがな」
「はっ!!」
再び前方へ向き直ったトゥパク・アマルに、熱を帯びた陽光が眩く照りつける。
「いずれにせよ、我が軍も、不用意な動きは禁物。
各隊、臨戦態勢のまま、次なるわたしの指示を待つように。
特に、アンドレスやロレンソたち砦攻略部隊の援護に向かう大隊は、すぐにも出撃できるよう、しかと備えよ」
そうトゥパク・アマルが言い終わるか否かの瞬間であった。
不意に、スペイン砦の方角から、雷鳴のような砲声が轟き渡った。
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≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。
≪ジョンストン提督≫(英国軍)
此度のペルー戦への進軍を行う英国艦隊の総指揮官。
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「く…っ」
鮮血が滴るほどに噛み締めた唇をドアに押しつけたまま、ズルリと床まで項垂れた。
焼かれたように熱くなった頭の中で、いつしかフロレスの心は、必死にアレッチェに叫び、訴えていた。
(囚われた多数のスペイン艦上には、何千というスペイン兵が乗せられているのだ。
アレッチェ殿…!
そのことを心に留めてくれ……!!)
インカ軍、スペイン軍、そして、英国艦隊――睨み合う三つの軍勢を押し包む蒼穹にも、茫漠たる滄海(そうかい)にも、ビリビリと張り詰めた緊迫感と殺気が漲っている。
その張り裂けそうな大気の中で、今しも広大な戦場と化さんとしている洋上を見据えるトゥパク・アマルの峻厳な横顔にも、険しさが増していく。
彼の脇に控えた側近の一人が、緊迫した顔つきながらも、力強い動作で礼を払った。
「陛下!!
全軍、いつでも出撃できる準備は整っております。
砲撃部隊も、万全の臨戦態勢で持ち場についております」
砦と英国艦隊へ視線を向けたまま、トゥパク・アマルが頷く。
「うむ、ご苦労であった」
冷静さを保とうとしながらも強い緊張と興奮を押し隠せぬまま、別の側近が、長身のトゥパク・アマルを見上げた。
「トゥパク・アマル様、あの進路ですと、英国艦隊はスペイン砦に向かっているものと思われますが、ジョンストン提督は、艦隊の一部を当陣営の攻撃にも回してくるつもりでしょうか?」
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≪イグナシオ・フロレス≫(スペイン軍)
ベルナルド旗艦艦長に次ぐスペイン艦隊の副指揮官。
本来は陸軍に所属し、ペルー副王領スペイン軍総指揮官アレッチェと並ぶ、ラ・プラタ副王領(現ボリビア周辺)スペイン軍総指揮官(実質的には、アレッチェの部下の身分)。
かつては最高司法院の議長まで務めた文武両道の麗人。
植民地生まれであるためか、他のスペイン人高官とは異なり、偏見を持たぬ公明正大な側面を持つ。
≪ジョンストン提督≫(英国軍)
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砦の屋上部には多数の砲台が据えられており、さらには弾丸を焼くための巨大な炉まで設置されているのだ。
戦列艦が如何に頑強に建造されているとはいえ、木造艦にとって、殊に白日の陽光下で船材全体が乾燥している時、火災を誘発する「火」ほど危険で恐ろしいものはない。
それ故、赤熱した砲弾を敵艦に撃ち込み、甚大な火災に陥れ、艦もろとも敵兵全てを焼き払ってしまおうという計略のために、砦建設の当初から準備されていた設備。
その灼弾が飛来する先に、まさか己自身がいることになろうとは。
いや、己だけならまだしも、無数の味方の兵たちまでもが、それらの熱弾の射程圏内に間もなく入ろうとしているのだ。
「くそぉ…!」
フロレスは、やり場の無い思いを叩きつけるかのように、全身ごと壁に身を打ちつけた。
その反動で、きつく縛りつけられた太縄が、ギリギリといっそう手足に食い込んでくる。
そのまま暫し身を屈めていたが、やがて我に返ったように身を跳ね起こすと、今度は猛烈な勢いでドアの方へ這いずっていった。
「提督と話させてくれ!!」
渾身の思いで、フロレスが声を張る。
「あの砦の指揮官は、味方のスペイン艦隊が捕虜になっていようとも、攻撃に手心を加えるような男ではない!
おい!!
このまま突き進むのは無謀だ!!
聞いているのか!!」
しかし、ドア向こうで見張りに立っているはずの歩哨からは、完全に無視しているのか、もしや戦闘に備えて出払ってしまっているのか、何の反応も得られない。
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インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。
≪イグナシオ・フロレス≫(スペイン軍)
ベルナルド旗艦艦長に次ぐスペイン艦隊の副指揮官。
本来は陸軍に所属し、ペルー副王領スペイン軍総指揮官アレッチェと並ぶ、ラ・プラタ副王領(現ボリビア周辺)スペイン軍総指揮官(実質的には、アレッチェの部下の身分)。
かつては最高司法院の議長まで務めた文武両道の麗人。
植民地生まれであるためか、他のスペイン人高官とは異なり、偏見を持たぬ公明正大な側面を持つ。
≪ジョンストン提督≫(英国軍)
此度のペルー戦への進軍を行う英国艦隊の総指揮官。
英国王室の命により、トゥパク・アマルの反乱に乗じて、敵対するスペインを撃退し、当地を英国の植民地にしようと狙い定めている。
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