ずっと呼んでいたのか
秋山悟(仮名)は、今年で、49歳。某食品メーカーに勤めるサラリーマン。この秋の人事異動で、青森県の某市に赴任することになりました。単身赴任することも考えましたが、結局は、妻、中2の娘、小6の息子も一緒に、家族4人全員で引っ越すことにしました。移り住むことになった某市は、秋山が小学校から高校を卒業するまでの12年間を過ごした、思い出深い土地でもあったのです。自然が豊かで、土地の人にも人情があって、どこか昭和チックな雰囲気を残すこの町での生活を、自分の子供たちにも体験させたい★そんな考えもありました。転勤に先だって、家探しをするため、ほぼ30年ぶりで、ひとり、某市の駅に降り立ちました。改札口を出ると、懐かしい顔が、彼を出迎えました。高校で同級だった、三浦(仮名)です。今は、地元で父親の跡を継いで、不動産屋を営んでおり、家の斡旋をお願いすることにしていたのでした。日帰りの計画でしたので、時間に余裕がなく、あいさつもそこそこに、三浦の車に乗り込むと、早速、家を見て回ることになりました。「同窓のよしみで、お得な物件、頼むよぉ」と、言いますと、三浦は含み笑いで応じました。「相場の半値の物件があるんだけど、見る?」いや、安いに越したことはないけれども、その半値の理由が気になります。三浦は、今度は大笑いの顔になって、「いやぁ~、これは、マジで勧めているわけじゃなくて、 ワケあり…まぁ、ある種の事故物件と言ってもいいのかな…」三浦の話を総合しますと、こうなります。築3年ほどの物件なのに、居住者がすでに5組も入れ替わっている、家があるというのです。新興住宅街の一角にあって、スーパーなどにも近く、小学校、中学校も、歩いて通える距離。築3年ですから、まだ新しく、設備なども充分。間取りは、平均よりも少しゆったりとした作りの、4LDK。で、今は、家賃が付近の相場の半値。何ら問題もなさそうな家なのに、短い間に、頻繁に住む人が入れ替わる。最初の頃は、その理由がなんなのか、わからなかったようなのですが、3組めの家族が、ある理由を教えてくれました。その家族には小学校4年生の男の子がいて、その子がお風呂でおぼれる…おぼれて、危うく死にそうになった。それも、1度や2度じゃない★…というんです。深刻な事故には至らなかったものの、気になって、三浦が調べてみますと、どうやら、この家に住んだ家族の子供たち…男の子供たちすべてに、同じようなことが起こった★…と、そんなことが、わかってきました。「でね。子供たちが風呂でおぼれるのには、前兆があって、 決まって、ある夢を見るんだって…」小さな男の子が、「おにいちゃん、あそぼう」と誘って来て、沼地みたいな所に連れて行かれる。そこで、その小さな男の子が、沼に足をとられて、おぼれかける。「たすけてぇ~、おにいちゃん」あわてて、助け出そうと手を伸ばすと、その手を小さな男の子が握り返すのですが、その力は、とても、そんな小さな子の力ではないような…強い力で、自分も、その沼に引きずり込まれる…そんな夢。車は、その問題の家にさしかかりました。「どうする? 話の種に見るだけでも見てみるか?」車を降りて、改めてその家の場所を確認するように眺めまわすと、秋山は、静かに手を合わせました。「三浦よぉ、ここ、1回、お寺さんにでも、拝んでもらったほうがいいよぉ」この家が建つ場所は、秋山が小学生だった昭和40年代、50年代の始めごろまで、農業用水用の沼でした。小学生の途中まで、秋山の秘密の遊び場所の1つで、よくタニシ採りなどをしていた場所でした。ただ、時々、犬の死骸などが浮かんでいて、付近の子供たちの間では、「底なし沼」とか「人食い沼」などとも呼ばれ、「これまでに子供が5人、飲み込まれた」などと、真顔でうわさされるような…不思議沼だったのです。秋山が小5の夏、あの事故が起こりました。近所に住む、「ケンちゃん」という、その年、小学校に上がったばかりの男の子が、1人で、その人食い沼に行き、落ちて、亡くなったのです。ケンちゃんは、秋山と同じ子供会の新入生でしたので、入学した当初は、秋山が付き添って、登校しました。ケンちゃんにとって、秋山は、学校で一番頼りになる「おにいちゃん」なのでした。ケンちゃんが亡くなって、秋山は、ある夢を見たのです。ケンちゃんが、ジャイアンツマークの黄色の野球帽をかぶって、「おにいちゃん、あそびましょ」と、誘いにくるのでした。でも、その時、秋山は不在で、また、秋山の家族もいなかったようで、ケンちゃんは、肩を落として、帰っていくのでした。その夢が、秋山は、あの事故の日のできごとのような気がして、夢を見た日、人食い沼に、1人で向かったのです。ケンちゃんのお弔いをするつもりでした。沼の周りは、バラ線で囲われていましたが、何カ所か切れていて、子供ならば、潜り込めそうな場所があるのです。ケンちゃんが落ちたと思われる場所に行きましたが、すでにそこは補修されていて入れませんでしたので、別の場所から潜り込み、ケンちゃんが亡くなった場所に向かいました。沼の岸は、草に覆われた斜面になっており、コンクリートの護岸工事などもされておりませんで、粘土質のため、気をつけていかないと、簡単に足を滑らせてしまいます。秋山は、安全なコースを熟知している自負があって、斜面に生える草をつかみながら、半ば得意な気持ちでヒョイヒョイと、ケンちゃんが落ちた場所に向かったのでした。あっ!…と思った時には、遅かった。草の下にあるはずの斜面はなくて、左足が、いきなり股下ぐらいまで、泥地の中に飲まれました。あわてて、周りの草をかきむしりして、はまりこんだ左足を抜きだそうとするのですが、今度は、頼りの右足が泥に飲まれました。絶望的な気持ちになりました。「たすけてぇ~!!」「たすけてぇ~!!」…………………その家の前に立っていると、次々と、その時の記憶がよみがえってくるのでした。「三浦よぉ。オレ、ここのお弔いするわ」「おとむらい?」「いや…そういえば、あれから、ちゃんと、おとむらいしていなかったからな」ケンちゃん、ごめんな。ずっと、オレを呼んでいたんだな。↓人気ブログランキング「青森県」…1位めざして!!現在第2位★ ありがとうございます。感謝感謝。