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ことこと:気の向くまま、いつもゴキゲン [全135件]
さっき、具合の悪そうなひとから電話があった。 2日ぶりかな。 とにかく、ほっとした。 お互いの関係について真剣な話をした後、 スケジュールがつまっていてロクに話せなかったから、 とにかくとにかく、ほっとした。 連絡するツールが発達しちゃっただけに、 1日連絡が取れないだけでも不安になりかける。 もちろん、そのぐらいの時間、忙しければあっという間に過ぎる。 だから、相手を信じる力が試されるのかもしれない。 最終更新日時 2006.08.29 14:25:17
この間、債券担当のファンドマネージャーを取材した。 面白いなあと思ったのは、債券を見ている人は悲観論者だということ。 株式市場は景気と連動している。 「設備投資が拡大した!」とか、「物価が上がった!」とかいうと、株価も上がる。 イコール利益が上げられる。 だから株式のファンドマネージャーはポジティブ。 チームの雰囲気も「いけいけ~」って感じ。 一方、債券と言うものは、金利が下がると上がるのだ。 金利が下がるというのは、景気が後退している局面なワケで、 「失業率アップ」「物価指数が下落」なんていうマイナスのニュースを探してしまう。 だから悲観論者になっちゃうんだって。 人間的にも、細かい人でなければ勤まらない。銭どころか、毛っていう単位を使うぐらい細かいから。 そして日本はゼロ金利だから、これ以上金利が下がらない。 つまり債券も上がりようがないという。 「株価には未来があるんですよ、いくらでも上昇する余地があるんだから」と言っていた。 しかし先週、私が確定申告で四苦八苦している時に、 すごいニュースがあったことよ。 量的緩和解除ですよ。 うおー。 最終更新日時 2007.09.06 00:26:12
30歳になったので、写真を撮りに行った。 編集者に連れていかれた新宿ゴールデン街のママさんに「30歳になったら写真撮りなさい。後から見て、一番自分がキレイな時期だったことが分かるから」と言われたのだ。 渋谷のスペイン坂にあるスタジオで、カメラマンは小さな可愛らしい女性だった。 私が書いた申込用紙を見て、彼女は「誕生日なんですね。私も大台超えの時は開き直って、友だちとパーティーしちゃいましたよ」と言った。 その可愛らしい人が30代であることに驚いたけれど、開き直って、という言葉の響きにも驚いた。 家に帰ってから、若さとともに失ったものがあるかどうかを、よく考えてみた。 特に無い、というのが結論だった。 むしろ今は、色んなものが手に入ってきている。 自分がやりたい仕事、住みたい場所、自由に踊れるところ、刺激的な仲間、楽しむのに必要なお金。 20歳はさんで10年ぐらいの私は太っていてぶさいくだったし、にきびに悩まされたりもしてた。人とのコミュニケーションが下手で、失敗ばっかりしていた。どんな仕事が自分にできるかもわからなかった。 今でも鮮明に覚えている。 上司に「7年経って、自分があなたのようになれているとは、どうしても思えない。何をすればそうなれるのか」と切実な気持ちで聞いた。 その上司はコンサルティングファーム出身で、30代前半だというのにすばらしく有能だった。私より入社年次が後だったので友だちのように話していたが、とても尊敬していた。何のとりえもない自分とは格段の差があると感じていた。 「そんなことないよ」というのが上司の答えだった。 それから5年が経ち、「そんなことない」と答えた気持ちが分かる。 上司は確かに有能だけれど、そこはきちんと努力していれば到達できる場所だった。 飛びぬけた天才だったのでもないし、魔法を使ったのでもない。 そこに行きたい、行けると思うことの方が、ずっと大事だった。 25歳の私には分からなかったこと。持てなかった自信。 ここまで考えてきて、はたと気がついた。 皆が若さを求めるのはつまり、若い時に良い思いをたくさんしてたからじゃないか? 私がそういう良い思いをしてないだけかも。 まあ、いいや。それでも。 記憶力のない私は何だって忘れちゃうだろうし、 今が素晴らしいと思えることは幸せに違いない。 最終更新日時 2006.02.12 22:41:57
昨晩は、パラサイヨのミーティングに参加させてもらいました。 パラサイヨは会員制にもなってなくて、専従スタッフももちろんいなくて、でもフィリピンの孤児院まで行って寄付をするという活動を5年も続けている。 そこまで団体の形がなくても5年続け経っていうのがすごい! この日は理念を決める話し合いをしていた。 飯田橋の公民館に30人ぐらいが集まってくる。 4つのグループが理念やメンバーの条件などを話し合っていたらしく、それぞれが発表をしていた。 理念やメンバーについての定義づけって、すっごく難しい。でも何か軸を持たないと、外部に向けて「うちはこういう団体なんです」と言えない。 議論は案の定紛糾したのですが、それがとても参考になった。 フィリピンの孤児を救うというのは1つある。でももう1つは、普通の社会人がボランティアにさりげなく参加するというライフスタイルを提案するという意識がとても強い。 コモビもある意味、ライフスタイルの提案だよなあと思ってみたり。 ここの「楽しみながら貢献しよう」というマインドは、コモビととても近い。 ひとまず、パラサイヨのイベントでコモビが踊るというのをやってみたいのだ。 最終更新日時 2006.02.12 13:42:48
今日の5時ぐらいにカゼをひいた。 でも友だちに誘われていたので、新宿の協会にゴスペルを歌いにいく。 吉野家とかがあるようなところの地下に、唐突にある。びびる。 それがもー、すっごい楽しかった。 去年の6月に行ったゴスペルイベントをリードした人に再会した。 ありえないぐらい音域が広くって、パワフルで、皆をどんどん乗せてしまう。 今日きていたのは30人ぐらいだろうか。 お祈りをしながらガンガンに踊りながら歌う。 ゴスペルは同じメッセージ、メロディーを何度も歌うから、 初めてでもどんどん歌えるし。 しかもフルバンドでノリノリ。 そしてメッセージが入ってくる。 とても暖かい気持ちになった。 終わったとたん、実はすっごい疲れていたことに気づく。 大声出して踊り狂ってるんだけど、歌っている間は分からないのね。 歌うっていいね。 しかも皆で歌うっていいね。 25日のイベントに私がいけないのがくやしすぎる。 むむ。 でも教会には、また行こうっと。 最終更新日時 2006.02.09 00:31:19
2003年からコツコツと書き溜めてきたコーチングの連載を、本にすることが決まった。 前からそういう話はあったのだけれど、 今日、打ち合わせをしていたら、担当デスクが「やるっ。絶対4月に出す。決めた!」と叫んでいた。 だから今日が本決まりだったようだ。 私の名前はたぶん出さないけれど、自分が書いたものが形になるのは嬉しい。 嬉しいんだけれど、自分のものではない気がするのは、それがパソコンで書いたものだからだろう。 パソコンで書いた文章は、スキルを提供するためのものだ。 だから「名前を出す?」と聞かれたときも、反射的に「いいです」と断ってしまった。 手書きの文章が、本来の「書く」行為だとどこかで思っている。 だからインタビューの時は、絶対に手書きのメモを取る。 たま~にパソコンでメモったり、ボイスレコーダーを使う人がいるけれど、 そこにナマのコミュニケーションがある限り、私はノートとペンを使う。 その後で原稿に加工するのは、お仕事。パソコンを使う。 私にとって書くことは非常に大事なので、身の回りに必ずノートとペンを常備している。 ノートにも色々な種類があるのだけれど、先週の神戸練習には一番正直に書いているノートを連れて行った。飛行機の中でパラパラと見返していたら、その時々の自分の状態がとても率直に書かれていて、かなり面白かった。 まるでヒトゴトのように読む。なかなかパワーがある。 手書きだから乗っかるパワー。 いつか手書きで書いたものが世に出たら、それは本当に嬉しいことだと思う。 それはそうと、4月に発行するとは! 追加取材するから、3月半ばまではどっぷりになりそうだ。 「その間の精神的スケジュールとかは平気?」と聞かれた。 このデスクには何でも話しているので、定期的にダウンする私を見抜かれているのだった。 今回は大丈夫。 何と言っても、ミュージカルがあるから! 最終更新日時 2006.01.31 01:50:39
羽田にいます。 これから神戸に飛び立つのだ~。 最近、ブログにはまりぎみの私。 コーチングのインタビューで面白かったこと。 その時は「Iメッセージ」と「YOUメッセージ」について話していた。 私は「Iメッセージという概念を知ってから、相手を承認するのがとてもやりやすくなった」と言ったら、元上司は「それは女性だからかもよ」と言っていた。 ちょっと、びっくりした。 「Iメッセージ」は自分の感じたことを伝えるという表現の仕方。 つまり気持ちを話すことになる。 それは(ある程度の年齢の、かな)男にとっては結構ハードルが高いのだという。 なるほど~、それが男女の違いなのね、 と思ったのでした。 最終更新日時 2006.01.27 13:00:21 |一覧| |
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