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天気がイマイチだったので美術館巡り。
まずは足立美術館の横山大観展。 横山大観は大画面の構図は素晴らしいんだけど,どうも小さい画面の絵はよくわからない。技術的にひどく見劣りがするから。大観は近代日本画の創始者という意味で以後の画家の精神的な支柱にはなっても,画家としての技量にはいささか疑問が残るというと言い過ぎか。 大観自身は技術でなく精神性の重要性を説いているけど,絵に精神性を見出すかどうかなんて鑑賞者の受け止め方の問題であって(そもそも精神性という言葉自体曖昧で胡散臭い),画家に求められるのはやっぱり技術なんじゃないかな?それに,仮にその精神性を感じ取ったとして,それが神国日本の愛国心に直結してしまうと,ちょっと共感しにくいものがあるし,もしそこに共感できなけれは大観はわからないということになってしまう。 とはいえ,やっぱり「神国日本」や「山海二十題」などは気合いが入っていて見応えがある。初めは間近に見ていて何じゃこりゃ?だったけど,ふと遠くから見たら細かいところは目に入らなくなって,だぶん崇高な日本の精神を表そうとしているんだろうなあ,という気概が見えてくる気がした。 それはそうと,足立美術館の庭園ってあの芝と砂の感じがゴルフ場みたいでどうも好きになれない。 次,島根県立美術館のミュシャ展。 ミュシャ=アール・ヌーボーの旗手。おしまい。という理解だったんだけど,いざその絵をまともに見たら,その驚異的なデッサン力にぶったまげた。あのポスターにこんなとんでもないデッサン力の裏付けがあったとは・・・。こういう見ているだけで吸い込まれそうになるというか,息をのむようなデッサンって,かつてのクリムト展以来ひさしぶり。そういえばあの装飾的な画面のなかで,女の人の顔がきちんと描き分けられているし(例えばルノワールなんてどの女の人も同じ顔だ),身体の線が衣服を通してはっきり見てとれるというのも驚きだ。 そういえばミュシャとクリムトっていろいろと似ている気がする。まず生年が近いし,同じハプスブルク帝国文化圏の出身,驚異的なデッサン力と卓越した装飾性,画面構成。ついでに両方とも女の人が大好きらしい。 何にせよただのポスター画家じゃなかったんですね。まったく驚きました。 最後,昨日玉造温泉の骨董屋で買ってきた林基春の浮世絵について。 林基春は明治期の浮世絵師で,今回買ってきたのは明治28年出版の「大阪名所」のうち4点。 「櫻の宮より造幣局を望む」では,対岸で煙突から煙をたなびかせる造幣局を背景に,満開の桜の下で追いかけっこをして遊ぶ和服姿の夫人やそれを見る洋服の紳士が描かれている。この頃すでに造幣局の桜って有名だったんですね。 「天神橋より天満橋を望む」では,広重風の驟雨の降る中,天神橋の鉄橋を渡る通行人が傘の華を咲かせている。遠くには天満橋越しに大阪城が見えるんだけど,面白いのは当時は大阪城の天守閣がないこと。城壁の奥に石垣だけがそそり立っている。 「住吉乃月景」では大きな満月の下,住吉大社を背景に夜汽車が松林の中を走り抜け,それを黒い制服で連れ立つ車夫が眺めている。車窓から漏れ出る黄色い光が印象的だ。 「四天王寺西門の景」では,四天王寺をバックに洋装のヒゲの紳士がなにやらポーズをとっている。 全般に,明治期の建物や蒸気機関車,風俗が広重風の柔らかい筆致で描かれていて,そのギャップが実に面白い。維新後28年も経って,いまだにこんな伝統的な浮世絵が描かれていたとは驚きだ。もうちょっと明治期の浮世絵について知る必要がありそうだ。 [美術]カテゴリの最新記事
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