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原題: THE PRIVATE LIVES OF PIPPA LEE 監督・原作・脚本 : レベッカ・ミラー 出演 : ロビン・ライト・ペン 、 キアヌ・リーヴス 、 ウィノナ・ライダー 、 ブレイク・ライヴリー 、 モニカ・ベルッチ 、アラン・アーキン 観賞劇場 : TOHOシネマズみゆき座 公式サイトはこちら。 <Story> 誰から見ても理想的な女性、ピッパ・リー(ロビン・ライト・ペン)。 年上のベストセラー作家・ハーブ(アラン・アーキン)と結婚し、完璧な妻を演じながら50歳まで美しく年を重ねてきた。 しかし、若いころのピッパ・リー(ブレイク・ライヴリー)の人生は波瀾万丈だった。 そして現在。 浮気性の夫、反抗的な娘―幸せながらも物足りなさを感じていたピッパ・リーが、15歳年下のクリス(キアヌ・リーヴス)と出会ったことから変化が訪れるのだった…。 ![]() 50歳の恋愛白書 - goo 映画 <感想> 本当は『新しい人生のはじめかた』を観ようと思ったんですが、何故か上映時間間違えてしまい(笑)、仕方がないので近くで上映のこちらに急きょ変更。 どっかで観ようとは思っていたんで、ここでも別にいいかな。 この日は公開2日目(初日は前日の5日)なんだけど来場者プレゼントがあった。 基礎化粧品のサンプル。 土曜日なんでくれたみたい。 ただし4種類くらいあり、明らかにこれは50歳以降の女性を意識して配られてるんだなあと思う。 だってそんなに自分、化粧下地何種類もつけないし。 終わって出たところにはぴあの初日アンケートのバイトくんたちがいた。 感想訊かれたのですがこのあとソッコーで移動でしたので、ご協力できなくてごめんなさいです。 これ、タイトルから連想されるシチュエーションと、ストーリーがあんまりリンクしてなかったように思う。 「白書」なんて書いちゃうと、いかにもピッパが男性遍歴がありすぎるような感じに聞こえてしまうんですが、そうじゃなくて彼女の人生そのものに対しての白書なんだから、恋愛とか紛らわしい邦題はつけないでいいんだけど。 原題の、"THE PRIVATE LIVES OF PIPPA LEE" がまさにこの映画そのもの。 母と娘。 私には娘はいないんでそのあたりはよくわからないんですが、同性同士で複雑な想いもするんだよと娘を持つ友人からは常々聞かされている。 自分が母親に対してした指摘を、そのまま娘から返されてしまったり。 それもある意味遺伝子を受け継いだから、指摘するポイントも似てくるのは仕方のないところだろうか。 でもやっぱり親には愛されたいのですよね。 子どもが考えることなんて、それに尽きるようにも感じます。 幼少期から親に愛されている実感がない子どもは、心の支柱となるものがしっかりしていない分、人生に振れ幅が出るのかもしれない。 まして母親自体が不安定なら尚更。 いい加減な母なんて嫌い。 だけど心の奥底では、心底親といろんな感情を分かち合いたい、理解し合いたいと思っているのが子どもというものだろう。 心の拠り所のないまま結婚したピッパ。 なので、自分では心を寄せているつもりでも寄せ方がわからない。 寄せたつもりが、単に合わせているだけだったり。 そこには自己の確立がない。 まるで借り物のような人生を生きていることに気がつくのは、その静寂で淡々とした習慣を動かすものが現れるから。 それが15歳年下のクリスだった。 今までの自分の生き方を振り返り、自分が本当にしたいことは何なのか、今どうするべきなのか。 改めて思いなおしてみるピッパ。 そしてそれまでの、人に合わせるという形を破って、自分で歩き始めていく。 母親から愛されなかった代わりに、愛してあげなかった娘との葛藤も乗り越えて。 そして、何かの代わりに愛しているつもりだった生活にも潔く別れを告げて。 ほぼピッパの半生を描いているので、ロビン・ライト・ペンが中心。 キアヌはどちらかというとサイドの位置ですね。 しかしながら、最後なんかは、ファンにとってはちょっとドキドキするんじゃない・・・? 下手に隠したラブシーンよりも、ある意味よっぽどリアルかも。笑 それにしてもロビンとキアヌが、それぞれ50歳と35歳っていう年齢を演じているのは、(確かにそう見えなくもないのですが)実年齢ロビン43歳、キアヌ45歳なのによく受けたなと思うけど。。。 女の人生は伴侶に左右されやすく、それを振り返るといろんな想いが出てきて、しかも家庭内のあれこれも煩わせて・・・ というのも結構普通の話ではあるんですが、それを普通にさせてないのはハーブの経済力とピッパの美貌!? お金があれば人生やり直せますが、そうじゃない普通の人にはこの話、難しいかなあ(苦笑 ピッパの人生も普通じゃなかったけど、ハーブと結婚してなかったら(たぶん)そのまま打ち捨てられてただけに、女の人生が経済力で決まってしまうというのも仕方ないんだけど、それを映画にしてしまっても果たしてどれだけ一般的に共感得られるかなーと思ってしまいました。 あと、今一つわからなかったのはモニカ・ベルッチの役。 たったそれだけで? とも思ってしまうんですが、見方を変えれば男性陣や、自分の存在を脅かしたピッパへの皮肉なのかなと思えなくもないですが。 何もかも知っててしぶとく存在してもよかったけど、それは彼女の美学が許さなかったのでしょうね。
今日の評価 : ★★☆ 2.5/5点
原題: IT'S COMPLICATED 監督 : ナンシー・マイヤーズ 出演 : メリル・ストリープ 、 アレック・ボールドウィン 、 スティーヴ・マーティン 公式サイトはこちら。 <Story> ジェーン(メリル・ストリープ)は、立派に3人の子供を育て上げた母親で、N.Y.タイムズ紙で全米NO.1の評価を獲得したパン・オ・ショコラが大人気のベーカリーを経営する実業家。 10年前に子供たちの父親でもある敏腕弁護士のジェイク(アレック・ボールドウィン)と別れ、シングルライフを子供たちや友人たちと謳歌していた。 でも、彼女は何か心満たされない日々を送っている。 春さしかかるある日、NYの息子の大学卒業式に出席するためホテルに滞在することに。 その晩、ホテルのバー・カウンターで運命のいたずらが…。カウンターの先にはなんとジェイクの姿があったのだ。 ふたりは、久々の純真なディナーを楽しんでいるつもりだったが、思わぬ出来事に発展してしまう…。 [ 2010年2月19日公開 ] ![]() 恋するベーカリー - goo 映画 <感想> TOHOシネマズ全国一斉試写会に行ってきました。 メリルということで、場内は女性率90%。 ところどころに男性がいるという感じです。 離婚して10年、子どもたちも立派に巣立って、元夫妻もそれぞれの道をキャリアアップしている。 こういう設定はやっぱりアメリカなんですね。 どっちもちゃんとやっていける経済力があるから。 そしてそういう境遇にある熟年男女はこれからも増えそう。 ジェーンも、生き生きしてるんですよね。 仕事が順調で自由で・・・ っていうひと時。 何となくキラキラしてて、同じような立場の独身熟年男性が親しくなりたいっていうのもわかるような。 親しくなってもいいけど再婚とかは二の足踏むのも、いろんなことをしてきてたくさんのものを背負っているから。 最初の結婚でした過ちはもう二度としたくはないわけですし。 なのに、心のどこかにある隙間から入ってくる思いがけない出来事、それがまさか前夫とヨリが戻ることだなんて。 そんなのってあり!? とも思わなくもないんですが(笑)、まあこういう話もあるんでしょうかね。 元は好き合って結婚して、そしてもう一緒にいられなくなったからということで別れて、また再会して復縁? じゃあそれでいいじゃないか・・・とはすんなり行かない。 とにかくいろんなこととか事情がくっついて来すぎてるんでしょうね。 ここまで年を重ねてしまうと。 "It's so much complicated." というセリフが重たい。 ジェイクだって、若奥とペドロ様がいるわけですし・・・。 あまり書くとネタばれになるんでこのくらいにしておきますが、当たり前のことですけど当人たちの問題だけではないってこと。 それがクローズアップされてきて、改めて自分の気持ちを考えてみると、 揺るぎないものなのか、それとも熱に浮かされそうになったものなのかがはっきり見えてくる。 見えてこないと人生の選択はできません。 どちらか1つしか選べないのなら、よくよく見据えないと、という教訓のようでした。 彼らが自分に正直に生きていく様は、熟年ですが内面は少年少女に還ってしまった人たち、という雰囲気でした。 メリルは時代ものや、自分からかけ離れた役よりも、こういった素に近い役の方がよく似合っているような気がする。 あくまで自然体に過ごす彼女の役作りは好感が持てる。 アレック・ボールドウィンがとてもお腹がメタボっぽくて、時々裸になるシーンだとちょっと引くけど。。。 でも、熟年カップルの営みってこんな感じなんでしょうね。 失ってみて、失くしたもののよさに気が付いてしまったり。。 そういう意味では妙にリアリティありました。 (でも、この映画がR-15である理由はもっと別のところにあるんですけどね) ラブコメによくある妙な終わり方ではなく、本音とか現実とかに目を向けてシビアに対応した所は、まとまり方としては妥当なように思いました。 他にもメリルの3人の子供たち(といっても全員成人している)の表情が生き生きとしてるし、子どもならではの意見もうなずけました。 そして長女のフィアンセ役の、『ライセンス・トゥ・ウェディング』に出てたジョン・クラシンスキー。 彼がいい合いの手をいれる役割をしている。 コメディアン的な役で、これも面白かった。 欲を言えば、ジェイクと若奥との間の問題を丁寧に描いてもよかったのと、せっかくのベーカリーなのに、商品の説明があまりなかったこと。 パン・オ・ショコラの場面は素敵だっただけに、普段売っている商品も取り上げると更に楽しくなるようにも思うけど。
今日の評価 : ★★★☆ 3.5/5点
監督・脚本 : 三浦大輔 原作 : 花沢健吾 出演 : 峯田和伸 、 黒川芽以 、 松田龍平 、 YOU 、 小林薫 、リリー・フランキー 公式サイトはこちら。 <Story> 弱小玩具メーカーに勤める29歳の田西(峯田和伸)は、サエない日々を送っている。 商品企画部の同僚・ちはる(黒川芽以)に恋をしているが、どうアプローチしていいかわからない。 そこで彼は営業先で知り合った大手ライバルメーカーのやり手営業マン・青山(松田龍平)に相談を持ちかける。 青山の手助けで少しずつ距離を縮めていく田西とちはる。 しかし風邪で寝込んでいるちはるを見舞いに行った田西はそこで大失敗をやらかしてしまい……。 ![]() ボーイズ・オン・ザ・ラン - goo 映画 <感想> 予告で面白そうと思ったんですが、上映館が少ないんでどうしよう・・・? と考えてたところ、近くでかかっていたので早めに行ってみました。 原作は漫画ですね。 「ボーイズ」の定義って一体何歳まで? って、こういう映画を見ると単純に考えてしまう私。 田西は29歳なんだけどねえ。 でも、女の子へのアピり方知らなかったり、何となく不器用に営業してる感じが、ボーイなのかなあとも思ったり。 彼の、ちはるへの接し方とか見てると、すごく女の子に気を遣っているのもわかる。 好きだからこそ、ああしたらどうだとかこうなったらどうしようだとか。 そういうけなげさは、女の子にしてみたら時々すごく焦れったく感じるのかもしれない。 だけどそれをあからさまに出すのはカッコ悪いとか、「それは男子の役目!」とか言いだしそうなのがちはる(笑 このちはる。 これは超、超曲者でした(笑) サマーも結構なもんだと思ったんですが(笑)、完全にその上を行ってます。 これを観たら、サマーがすごく可愛く見えてしまいました(爆 怖いとかなんだとかもあるんだろうけど、結局全部田西に頼ってて自分からは言わないし。 田西の気持ちって、結局このコは最初から最後まで全然気にしてないんですよね。 好きなら少しは話くらい聞けよ!とか思うけど〜 そして挙句の果てに青山とかその腰ぎんちゃくに遊ばれてーみたいな。 もう痛すぎます(笑 で、最後に田西にケツ持ってきたりとかさあ。 これダメでしょ。 まあこんな感じのが「フツーの清純派っぽい」を気取ってるんだから、女っていうのはホントタチが悪い生き物(笑 そして、青山の松田くんもどうしようもなくハマってた(笑) いますよねえ・・・ ああいう若い営業マン。 したり顔で仕事とか女のこととかうんちく垂れる奴(爆 ああいう、世渡りうまくやってけよ系のオトコは個人的に大っ嫌いなだけに(笑)、憎たらしさ100%で観賞しました^^ あのマンモスっていう会社自体が、どうしようもなく腹黒さいっぱい。 それは会社の建物だけじゃなくて、上層部から派遣社員まで(!)、要領悪い奴をせせら笑ってる感じがもうたまんなくブラックでキライ(爆 青山が連れてきた女なんか、最高にbitchだったしなー。 何か会社自体の手口も汚かった(→ それがうまいところでもあるんだけど) 「人の食っているもんが、たまんなく旨そうに見えることってあるじゃないですか?」 っていうセリフ自体が、彼らのワールドの象徴みたいな気がする。 それってどんなの? って、それを手に入れる努力をした人のことは全く気にせずに、堂々とつまみ食いして飽きたらポイ捨て。 それが見てくれ的にはスマートだと思われるから、それがいいと思われがちなんだけど、田西の生き方ってそれとは真逆。 マンモスがそうなだけに、対する斎田産業はやっぱり田西的な生き方というか、世渡りもそうなんでしょうね。 人に美味しいところまた持ってかれちゃったよ・・・って言っても、まあそれでもいいやって思えちゃう。 社長のリリーさん最高だなあ。 あと上司の小林薫さんも。 全然ダメでもいいじゃん、何か1つだけでもいいところがあれば。 そういう風に、なかなか言ってあげられない世の中だからこそ、こういう人を見るとホッとする。 個人的には田西の鼻ちょうちんが気になったけど、それを除けば、峯田和伸さんの体当たり演技は不器用だけど好き。 みんながみんな、世渡りできるわけじゃないんだから。 そういう凸凹さを気にしている人にはこの映画は響くと思う(→ しかし痛いけど) 最後なんか、もっとやれーって感じだったけど、田西のキャラとか優しさならあれが限界だったんだろうなあ。 そのあたりのさじ加減も絶妙でした。
今日の評価 : ★★★★ 4/5点
原題: FLAMMEN & CITRONEN/FLAME & CITRON 監督 : オーレ・クリスチャン・マセン 出演 : トゥーレ・リントハート 、 マッツ・ミケルセン 、 スティーネ・スティーンゲーゼ 、 ピーター・ミュウギン 、 クリスチャン・ベルケル 、 ハンス・ツィッシュラー 観賞劇場 : シネマライズ 公式サイトはこちら。 <Story> 1944年のデンマーク。 ナチス・ドイツの占領下で、地下抵抗組織に所属する通称フラメン(トゥーレ・リントハート)と相棒のシトロン(マッツ・ミケルセン)は、ゲシュタポとナチスに協力する売国奴の暗殺を任されていた。 自由を取り戻すため次々にターゲットを射止めてゆく大胆不敵なフラメンにはゲシュタポから莫大な懸賞金がかけられ、一方、温厚な家庭人のシトロンは人を殺すことに苦悩していた。 やがて、ある暗殺指令によって2人は組織への疑念を抱き始める。 ![]() 誰がため - goo 映画 <感想> 重たそうですが、こういう戦時中の不条理を扱った作品はやはり見過ごせなくて、 公開終了日の前日にようやく行くことができました。 マッツ・ミケルセンは、先日観賞した『シャネル&ストラヴィンスキー』でもおなじみだったので、本作とどんな違いがあるのかも観賞のポイントでした。 大戦中のナチスへのレジスタンス活動は枚挙に暇がなかったようにも思える。 陸続きのヨーロッパでは、戦線拡大に伴って占領地域が増えていったので、ナチスに加担した者、反抗した者、接点を持たないように過ごした者、様々なケースがあったと予想される。 本作のフラメンとシトロンはレジスタンス側。 そしてナチスに与する者たちを次々と殺していくのだけど、 この時代、メディアも発達していなくて、その上情報が錯綜する中、目指す相手を仕留めるのはかなり難しいと思われる。 それを上層部からの命令でしないといけない、というか本人たちもそれが使命と感じているからできること。 だがそれが正義ではなくて、私見で発令されているとしたら。 そんなケースも恐らくではあるが、たくさん存在したようにも思う。 見ていて思ったのは、 フラメンとシトロンの一途さ、そして未熟さでした。 若さゆえのこと、そして経験が足りなかったこと、それが彼らにとってはまさに致命傷となりました。 若気の至り・・・ 実際にこんな形で見せられると実に痛いものがある。 もしも彼らのうち、どちらか1人でも熟練者であったなら、 情報を確認すればすぐに分かったことなのに・・・とも思います。 ですが、それを承知で敢えて上層部は彼らを指名したということも考えられる。 特にシトロンの家族想いなところなど、利用されやすそう。 戦時中は、化かし合いなんだから、正義を装って利用するなんてことは当たり前だと思わないといけないけど、 それを見抜く経験が彼らには不足していた。 それは純粋の裏返しでもあるのだけど。 化かすと言えば、ケティがまさにそうでした。 ああでもしないと戦時中は生き残れなかったかもしれないし、彼女自身も脅されていたかもしれない。 そしてボーディルも。 彼女もまた、変わってしまった女でした。 この2人の女性たちの変化も、フラメンとシトロンに大きな影響をもたらしている。 直接か心理的かという違いですが。 いずれにせよ、戦時中ならではの切なさ、酷さがたくさんあり、観ている方がちょっと辛いかも。 マッツ・ミケルセンは、もともと純粋な役者さんかなと思っていたのですが、 これはさらに『シャネル・・』よりも純粋。 彼の野暮ったさが、いい意味で生きていました。 トゥーレ・リントハートは『青い棘』は未見ですが、これからも出てきそう。 2人ともデンマーク出身なんですね。 クリスチャン・ベルケルは、ナチス映画には出てくる確率高しと見ました。 映像はノアール風で、これも戦時中によく合っていました。
今日の評価 : ★★★☆ 3.5/5点
原題: INVICTUS 監督・製作 : クリント・イーストウッド 原作 : ジョン・カーリン 出演 : モーガン・フリーマン 、 マット・デイモン 、 トニー・キゴロギ 、 パトリック・モフォケン 、 マット・スターン 試写会場 : 科学技術館サイエンスホール 公式サイトはこちら。 <Story> 1994年、南アフリカ共和国初の黒人大統領に就任したネルソン・マンデラ(モーガン・フリーマン)だが、新生国家の船出には多くの問題があった。 ある日、ラグビー南ア代表の試合を観戦したマンデラの頭の中で何かが閃いた。 南アではラグビーは白人が愛好するスポーツで、黒人にとってはアパルトヘイトの象徴。 しかし、1年後に南アで開催されるラグビーのワールドカップで南アのチームが勝てば、それが人種間の和解につながるかもしれない…と。 [ 2010年2月5日公開 ] ![]() インビクタス/負けざる者たち - goo 映画 <感想> 昨年は『チェンジリング』、『グラン・トリノ』の2作品を公開して話題をさらったクリント・イーストウッド監督作品30作目とくれば、これはいやが上でも期待値高まります。 しかも前評判もよさそうですし、ヒューマン系らしいし。 アパルトヘイトを取り扱った映画で最近観たものは、『マンデラの名もなき看守』 。 マンデラがロベン島で過ごした日々や苦悩、当時の社会情勢が織り込まれています。 そして本作は、『マンデラの名もなき看守』 の少し後を描いていて、マンデラが大統領になった後の南アが舞台です。 ようやく黒人大統領が誕生したと言えども、白人と黒人の間の、根深い日常的な対立や偏見がすぐになくなる訳はなく。 当時の人たちの意識レベルでの差別というものが、随所に表れています。 約50年間にわたったアパルトヘイトの爪跡はそうそう簡単になくなるものではなく、マンデラが大統領になった直後も様々な混乱が見られた。 今まで虐げられていた黒人たちが、白人やアフリカーナーに対して、反撃したいと思うのは致し方のないところだろう。 政治のような表だけではなくて、日常生活の裏側や細部に至るまでそれは存在した。 白人が好むものの正反対を黒人は応援する。 その1つが南ア代表ラグビーチーム。 自国代表なのに選手は白人が大多数、それは最早代表ではないと、黒人たちは自分たちの国の代表を応援せず、敵国を応援する習慣すらついていた。 「国の恥」と言われたチームを、新政府の委員会ではすっかり別の組織に変えてしまおうとした時、マンデラがそれに敢然と反対した。 憎しみのシンボルであるはずのチームなど、この世から抹殺したいくらい憎いはずなのに。 だがマンデラは違った。 彼の心にあったのは「赦し」。 立場が逆転したからといって、それまでの支配者と同じことをしていては、 それまでと何も変わらない。 先にこちらから赦すのだ、と。 赦すことができれば悩まないに決まっている。 それをしなさいとマンデラは説く。 「我々から変わろう」と。 彼の側近たちにも、肌の色で躊躇することなく力を貸してほしいと懇願し、まずは自分の身近から「赦し」を実践させる姿勢。 人々はそんなマンデラの姿勢に心打たれるのだろう。 ロベン島の過酷な日々の中で、彼が支えにした言葉が「インビクタス」。 「私が我が魂の指揮官」・・・ 自分の自由な心を支配できるのは、自分だけという発想は、『潜水服は蝶の夢を見る』を思い出させる。 どうしようもない状態、希望も見出せない現実であったとしても、心だけは唯一想いのままになるものだから。 その信念で投獄時代を生き抜いたマンデラにとっては、自分たちがされてきた時代を立場を変えて再現することは絶対にしたくなかったのだろう。 そんなことができる彼だからこそ人が集まるような気がしてならない。 対するラグビーチームの選手たち。 彼らの対応に、当時の白人たちの観念も表れている。 黒人との垣根を取り払おうなどとは考えたこともなく、またそれは不可能だと頭から決めていた。 だがしかしマンデラの考えに触れているうちに、彼らの中にも変革への自覚が生まれてくる。 ほんの些細なこと。 そこを一歩進んでいくきっかけや勇気があるならば、困難に思われていても、小さなことから変革は可能なのである。 1995年のラグビーW杯については検索すれば結果が出てきてしまうが、本作を観る前にはこれはしないほうが楽しめる。 史実である以上そこはフィクションは挟みにくいし、筋書きが決まっているのでどうしてもそこから逸脱はしにくい部分がある。 テーマがオリジナルなのか実話ベースなのか、昨年の2作品と違うのはそこ。 どうしても事実なので、昨年2作品と比べると、小さめにまとまってしまった印象が残る。 それを差し引いてもテーマとしては素晴らしいし、余分な説明や場面もあまりない。 シンプルにまとめているけど、2作品を超える印象がないのはそのせいだろうか。 映画としてのレベルも高く、感動を観客に与える役割は十分しているものの、イーストウッド監督が自分で設定したハードルがあまりにも高過ぎるが故の現象だろう。 随所にイーストウッド監督らしく、温かみのあるエピソードがある。 SPたちの変化、ピナール家族とお手伝いさんの交流、ラグビーを教わる子どもたちの反応など、微笑ましくなる要素は多い。
今日の評価 : ★★★★
原題: YUKI & NINA 監督・脚本 : 諏訪敦彦 監督・脚本・出演 : イポリット・ジラルド 出演 : ノエ・サンピ 、 アリエル・ムーテル 、 マリリン・カント 、 ツユ 観賞劇場 : 恵比寿ガーデンシネマ 公式サイトはこちら。 <Story> ユキ(ノエ・サンピ)とニナ(アリエル・ムーテル)はパリに住む9歳の女の子。 ユキはフランス人のパパ(イポリット・ジラルド)と日本人のママ(ツユ)と暮らしている。 夏休み初日、ユキはママから「パパと別れて日本に帰ろう」と告げられる。 ショックを受けたユキは、親友のニナとそのママ(マリリン・カント)に相談。 ニナの両親も離婚していたからだ。 仲直りしてもらいたいユキは「愛の妖精からの手紙」を書くが、ママはそれを見て悲しむだけ。 やがてユキとニナは、両親を仲直りさせる作戦の一つとして家出を提案するが…。 ![]() ユキとニナ - goo 映画 <感想> 諏訪監督作品は2本観ています。 『PARIS, JE T'AIME』と、『不完全なふたり』。 前者はオムニバス(5分くらい)で、後者はフランスのカップルの日常を描いたものです。 今回の『ユキとニナ』は、どちらかというと作風的にはファンタジーですので、前者に近い。 実際、予告とかスチール写真が可愛らしいんですよね。 2人の美少女が遊んでいるなんて、絶対に絵になりますもん。 その可愛らしさに惹かれて観に行くと、 あれ? ちょっと違うぞ・・・ な展開です。 ママはもう、パパとはやっていけないから・・・。 冒頭からシュールな場面の連続。 9歳の子でも、きちんと大人の理由を説明して、納得してもらいたいという、フランス的な大人な目線の接し方です。 そしてその大人の問いかけに対して、はっきりとユキが拒絶しているところもまた、子どもが自立している文化なんだなと思う。 「日本には、行きたくない」 そう答えるものの、ユキの心は揺れている。 単にそれは子どもだからということも大いにある。 深刻な話をした後で、ケロっとして遊ぶという事は、子どもには日常。 しかし、心配事はちゃんと心にこびりついたままなのだけど。 現実を現実として対処できる力がないのが子どもである以上、浮世離れした考えが出てきてしまうのは当然のこと。 しかしながら、根底にはちゃんと意志を持っていることが伝わってくる。 それにしても・・・ そうなんだ! そういう展開なの!? と、 大いに驚いてしまう。 ここはネタばれになるので劇場で観ていただきたいのだけど、フランスと日本の2つの文化に対峙している、諏訪監督自身のアイデンティティも大いに関係しているのだろう。 少し意外に思ったのは、ここからちょっとずつ着地点がずれてきてしまっているように思えたこと。 「ユキとニナ」なんだけど、後半はニナがほぼ登場しなくなってしまう。 ニナとの関係が中心? と思いきや、そうではなくなっていってしまう。 結局は、子どもは状況には抗えないということなのかもしれないし、それが逆に自分の原点を追いかけていく旅になったとも言えよう。 後半の登場人物に若干ぎこちなさとか、浮世離れした部分があったり、エンドロールの曲が状況とはまるで違う場所に関するものであったり、ユキがドライになってしまっている部分があったり(まだ子どもだから、すぐに忘れるのかな?)、諸々の条件が、この映画の軸をぶれさせてしまっているのは非常に残念でした。 自分としてはこういうテーマって好きなんですけどね。。。
今日の評価 : ★★★
監督 : 富永まい 原作 : 小川糸 脚本 : 高井浩子 出演 : 柴咲コウ 、 余貴美子 、 ブラザートム 、 田中哲司 、 志田未来 、 満島ひかり 、 江波杏子 、 三浦友和 試写会場 : 東宝試写室 公式サイトはこちら。 本「食堂かたつむり」の読後感想はこちら。 <Story> 失恋のショックで声を失った倫子(柴咲コウ)は、子供の頃から馴染めなかった自由奔放な母・ルリコ(余貴美子)が暮らす田舎へ戻り、小さな食堂を始めることにする。 お客様は一日一組だけ。 決まったメニューはなく、お客様との事前のやりとりからイメージを膨らませて料理を作るのだった。 訪れるお客様の想いを大切にして作る倫子の料理は、食べた人の人生に小さな奇跡を起こしていく。 そして、いつしか“食堂かたつむり”で食事をすると願いが叶うという噂が広まっていった。 そんなある日、倫子はルリコからあること告白される。 倫子は衝撃を受けながらも、母のための料理を作ろうと決意する。 料理を通して倫子とルリコの距離が縮まろうとしていた……。 [ 2010年2月6日公開 ] <感想> Yahoo!ユーザーレビュアー試写会に行ってきました。 実はこのメール当選に気がついたのは前夜。 久しぶりにメール開けたら何と当選してる! あれま。。。 このアドレスは滅多に開けないのでそういう事が起こる。 富永まい監督のティーチ・インもあるので、これは行かないともったいない。 実は偶然だけどこの原作を先週購入して、読んでいる途中だった。 この原作は読みやすく、また作者の小川糸さんの見解も細かく描かれているのでわかりやすい。 予告でもお料理がおいしそうですし、女性監督なので、どんな描写か期待度めちゃ高いまま試写に参加。 冒頭、倫子の生い立ちのダイジェストがざっと説明される。 ここ、実は小説の肝となる部分なのだけど、紙芝居調というか、ファンタジックなイラストと監督作詞の曲に乗せて、ささーっと流れるように終わってしまった。 倫子が祖母から、どのようなことを伝えられたのか。 それを彼女はどのように感じたのかが後の展開に大きく関わってくるだけに、この短時間の描写で、果たして原作未読の観客にこの原作者の想いが伝わるのかどうか。 少々ここは疑問が残る。 原作ではかなり料理の内容が詳しく書かれているのだけど、その説明はほとんどない。 何の料理をだれに出すのかはもちろん分かるが、どのような想いを込めて作るのかという事はあまり触れられない。 正直、この描写がかなり原作を理解する上では重要な部分を占めていただけに、これを音声無しで映像だけで表現しているのは非常にもったいないと感じる。 これは倫子が「声を失った」設定であることと大いに関係があるからであり、このために柴咲コウさんはほとんどセリフはなくなっている。 ここでナレーションのように、彼女が感じていることを付け加えて説明してもいいのかもと思ったけど、それはほとんどない。 あるとしても、エルメスの本音が語られるくらい。 ティーチ・インの際に、富永監督は、 「ナレーションを入れるという設定は初め考えたけど、 倫子は声を失ったことに困っていないという設定なので、 ここで敢えて声を入れてしまうと、観客はこの人が話せないという風に思えなくなる ので、無言でのシーンにしている」 と語っていた。 ただ、これは無声映画ではないので、黙って食材を見つめて調理するだけでは、細かい心理は伝わりにくいように感じた。 例えば、亡くなった祖母を回想シーンでキャストとして入れて、その人の声を要所要所でくどくならない程度にナレーションとして入れてもよかったのではないかとも後で思った。 あの原作の深みを丸ごと取り去ってしまうのか、あるいは現実の倫子の人柄を重要視するのか、ここは難しい選択であったことは類推されるところである。 あと、この小説は食べ物の描写が非常に細かく書かれていたので楽しみにしていたのだけど、 これも映画では、一部のシーンを除いてはほとんど説明がなかった。 文庫本収録の短編「チョコムーン」には、食べ物は官能的であるという小川氏の見解がある。 「チョコムーン」自体が、「食堂かたつむり」の1組の客をモチーフにしているため、この見解があまり反映されていないのはとてももったいない気がする。 結婚式の料理や、エルメスに別れを告げる時なども、かなり細かく料理の説明があり、それに倫子のおかんへの渾身の想いが込められていただけに、ここは1つずつ説明を加えた方がよかったような気がした。 桃ちゃんがささっと紹介するだけでは何とももったいないくらい、このシーンの料理は見事なものであるはずだから。 そして何も伏線がないと、どうして倫子が生ハムを知己に配って歩くのかということの意味が全く伝わらない。 この意味は本作の根本的なものなので、そこがスルーされてしまっているのもどうなんだろう。。 どれもこれも、倫子が声が出ないということがネックになっているからであり、大変厳しい選択を強いられたことは想像がつく。 そこを補っているのが、登場人物のキャラクターである。 特によかったのはお妾さん(江波杏子)。 彼女が食べている過程でどんどん生気が蘇ってくるシーンは素晴らしかった。 「枯れた花を、シャキシャキさせるように」という監督の指示の細かさが生きている。 あとは熊さん(ブラザートム)。 ワイルドな風貌でザクロカレーを4〜5杯お代わりしていたそうです。 彼もピッタリの役でした。 1つ分からなかったのが満島ひかりの使い方。 今回彼女は、『プライド』のような役どころなんですが、最後はいつの間にかいい人になっちゃってる。 これはファンタジー要素があるから、とことんつきつめないということなのだろうか。 監督曰く、この映画に登場した人たちは、いろいろなシーンでどのように食を考えていくのかを熟考することが多かったということで、その結果1つ1つの場面において、じっくりと演じている様子がうかがえた。 俳優さんがそれぞれの役に真剣に取り組んでいた跡をきちんとスクリーンにとらえることができる。 監督自身が「現実とファンタジーの中間地点を取った」と仰せで、現実に傾くのか、ファンタジーに傾くのか、少しでもどちらかに傾いたらきっと全く違うテイストになっていたであろうことは想像できる。 ファンタジー色を出していたのが、ロケ地の形状で、これは私が原作を読んで思い描いていた通りの場所だった。 監督はこのロケ地について、 「周りが囲まれ、周囲から隔絶され、外が見えない空間。 土着のものを感じられ、精神的な面で俳優さんたちに影響を与えた場所」 と語っている。 アムールがあって、同じ敷地に食堂かたつむりがあるというのが条件だが、そこそこ広くてうってつけの場所がやはりあるのだなと感じる。 そして食堂かたつむりのセットも可愛らしい。 ここは、 「倫子のキャラクターが感じられる空間を意識して作った」 ということでした。 食堂でそれぞれの食事を摂るシーンなども、ある時は陽光が差し込み、またある時は夜の帳とともに・・・と、自然の持ち味を生かせる素材で作られた空間だった。 映画製作の題材としては難しい作品だったと思うが、まだ若く、気さくなCM畑出身の監督で、これからが楽しみな雰囲気の方でした。
今日の評価 : ★★★☆ 3.5/5点
たまたま、この本を購入して読み始めたところ、 試写会にも当選し、行ってきました。 まず、自分が外さない「食」の系統の映画ですので、 公開されたら絶対に観に行こうと思ってましたし、 うれしい^^ 後ほど書きますが・・・。 とても読みやすい本です。 倫子がどうして「食堂かたつむり」を開くことになったのか。 祖母の言い伝えごと、そこから派生する「食」への想い、 恋人とのこと、母との葛藤。 全部が全部、倫子のバックグラウンドとなって、彼女を後押ししている。 ここで、この土地で食堂を開くことは、 彼女にとっては天命のようなものだったに違いない。 声を失うことは、それ相応のショックが表れているから。 では、どうしたら声を取り戻せるのか? と、 普通の人なら右往左往していると思うのだけど、 倫子は、それをしていない。 つまり、 「声が出なくても、困らない」 という概念で、このお話は進んでいく。 声が出ないことを、どうにかして、躍起になって治したい。 通常ならその感覚だと思うが、 彼女はそのことを受け入れている。 受け入れたうえで、自分が生きていく場所を探していく。 祖母からの言い伝え、祖母と暮らした日々。 それが倫子に、自分の生きる道をもたらした。 料理、である。 祖母からのレシピは全て身体に染みついている。 受け継いだことの全てを生かして、 1日1組のお客様方の身体が、心が、欲している食事を、 最高の状態で提供するお仕事。 だから、食に関しての記述も、実に詳細に描かれています。 これを読んで、作ってみたいと思うお料理もいくつかありました。 そして何と、パンレシピも! 後日作りたいと思います。 これってすごいうれしいことで、 実際、食関係のことに少し携わらせていただいていた身としては、 こうして、何か作ろうというインスピレーションを掻き立ててくれる映画だとか芸術だとかに出会えるのは、貴重なことなんです。 この映画から、料理本も出ているそうですので、 今度本屋さんで見てみたいと思いますが。。。。 食事作り、おもてなし、お店の経営を通じて倫子が出会った人、物、そして心。 それらがみずみずしい感覚で描かれています。 祖母の言い伝えのいきさつ、そしておかんとのいきさつ、 エルメスとのこと、 そして、「食」に関すること。 どれもが生き生きと本音で書いてありました。 映画をご覧になる前にこちらをご一読いただくと、 より、映画の世界が深くわかると思います。 同時収録の短編「チョコムーン」。 実はこれは、「食堂かたつむり」に来た1組の客がモチーフとなった短編です。 こちらの方がより、小川さんの「食」への想いがあらわれているようにも思いました。 食とは、官能的なもの。 これは以前に『eatrip』や、『ジュリー&ジュリア』でも引用しましたが、 ここにもこの概念がありました。 美味しいものを好きな人と一緒に食べる。 ただ単に食べるだけではなくて、 味覚、嗅覚、視覚、 そして流れる時間の感覚を共有するという事が、 こんなにもいろいろなものをもたらしてくれる。 好きな人と一緒に、美味しいものが食べられる。 その時間が全ての人にあるならば、 この世のたいがいのことは解決できるのかもしれないという仮定は、 案外、正しいのかもしれません。 そのことが、あくまでもさらりと、流れるように表わされている本書、 読みやすいので、お気軽にご覧ください。 映画は2月6日(土)公開です。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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