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テーマ:試写会で観た映画の感想(677)
カテゴリ:邦画(か行・さ行)
監督 : 高橋伴明 原作 : 大谷哲夫 出演 : 中村勘太郎 、 内田有紀 、 藤原竜也 、 村上淳 、 哀川翔 、 勝村政信 、 笹野高史 、 西村雅彦 、 高橋惠子 試写会場 : フジテレビ マルチメディアシアター [ 2009年1月10日公開 ] 公式サイトはこちら。 <Story> 混迷を極める現在、禅ZENが世界に与える希望ははかりしれない。 750年前の乱世の鎌倉時代、困窮する人々や戦で滅ぼされた怨霊におびえる時の権力者の苦悩を、自らもひとつになって受けとめていった孤高の人、道元禅師(中村勘太郎)。 彼によって導かれた“禅ZEN”の教えは、今なお人々の心に輝き、その光を失わない。 禅 ZEN - goo 映画 <感想> 他の試写会の予告にこれがあり、その時の印象がよさそうでしたので、 興味があった1本です。 原作は、駒沢大学副学長で道元研究の第一人者・大谷哲夫氏によるもの。 道元の生涯を描いた『永平の風-道元の生涯-』です。 この中で氏は、道元を1人の思想家として捉え、その人生を彩るかのような文章を生み出しています。 彼の思想は、端的に言うと、 成仏とは一定のレベルに達することで完成するものではなく、たとえ成仏したとしても、さらなる成仏を求めて無限の修行を続けることこそが成仏の本質であり(修証一如)、釈迦に倣い、ただ坐禅にうちこむことが最高の修行である(只管打坐) ということです(wikiより)。 ただひたすら座りなさい・・・。 劇中でよく道元が言っています。 例え時代が、社会が荒れていて希望を見出せなくても、精神を平かにすることで、見えてくるものがある。何だか今の時代にも通じそうな感じです。 全編にわたって、道元の、どこまで行っても清らかで一途な禅への想いが溢れています。 「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり」 あるがままに、なすがままに。 人心や世相が乱れ切った鎌倉時代。絶望の中でも、現実を受け入れて生きないといけない。けれどその現実は辛すぎる。
この映画の核となる道元役。 中村勘太郎以外にいないのではないかというくらい、ピタリとはまっていました。 彼の持つ、どこか浮世離れした凛とした雰囲気は、歌舞伎界の秩序で培われたものでしょう。それが禅に帰依していく精神と、不思議と相通じるものがあったような気がしました。 己が道を行く信念を道元は表さないといけなくて、 その、一本芯が通ったところなどは、歌舞伎という独特の世界で芸を磨いてきた彼には体現しやすかったのではないでしょうか。
源公暁・寂円の二役の、テイ龍進(上の写真の左より3人目)さんは、日中英のトライリンガルだそうで、こういう役者さんを持ってくるところは、なかなか考えていると思います。 中国から単身、道元を頼って来日する不安と、禅を極めて道元を支える自信とが同居していて、禅のルーツを道元とシェアする重要なポジション。 そして道元の禅の道に入っていく達磨宗の懐奨は、『七夜待』でも僧侶役だった村上淳さん。彼はちょっとワイルドな感じがしてますし、ルーツが異なる雰囲気の役者さんを僧侶に集めたように思えました。 中国と言えば、冒頭に出てくる中国での修行時代の場面で、 日本の俳優陣がそれぞれ流暢に中国語を話しているのが印象的でした。笹野さんまでw おそらく相当特訓したと思われます。
内田有紀演じる「おりん」。彼女を見ていて、女性が出家するときは世の中に絶望した時が多いような気がしました。 愛する者との別れと貧しさと。 そんなことが続いたら、この世にはもう何の未練もない。そんな時に女は出家するのかと。 しかし出家した先でも、付きまとって来るのは、人間の煩悩を試されるような出来事ばかり。 生きている限り、どんなに精神を穏やかにしたところで、身に降りかかる「因縁事」からは逃れられないのだろうか。 そんな虚しさを感じました。 そこから逃れようと必死になっているおりんもいじらしかったです。 哀川翔さんはよく高橋監督の作品に出演してますし、そして奥様までもが冒頭にご出演というのはさすがに・・・ でしたけど(笑)、 全体的には、道元の目指した「禅の道」というものがよくわかりましたし、 道元の人柄も、勘太郎さんを通じたことによって、イメージ的にはまずまずいいものだったと感じました。
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