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通訳・翻訳業がメインの、かけ出し鍼灸師・・・ [全272件]

May 06, 2012楽天プロフィール Add to Google XML

反原発と、原発ゼロの日。
[ 日々思うこと・・・ ]  

 

日本に戻ってくるといつも物が溢れていて豊かに見える。
特にあまり物資の豊富ではない、選択肢のない国から戻ると余計そう思える。
最初は感動する。だけど暫くすると、実際いくら選択肢があったって、
自分が選ぶものは大抵一つだけなんだよなあということにも気づく。

例えばカフェにドリンクメニューが100種類あったって、
飲むものはきまってブレンドコーヒー。

もちろん100種類の味を全部試したい人には日本って国は良い国なんだろうけど、
私なんかにとっては、必要のない無駄なものが大量に溢れているような感じもしないでもない。
物や情報がオーバーフローしている気もして、時々疲れる。


なるほど、こういった社会では恐ろしいほどの無駄なエネルギーが必要なんだな、
ということがあからさまに見て取れる。
これじゃ、原発が必要だというのももっともな話だ。

エネルギーを最大限に利用し大量生産された商品は、
売れ残れば、またエネルギーを最大限に利用し大量廃棄されてゆく。

街はコンクリートで埋め尽くされ、エアコンなしでは過ごせなくなり、
そのエアコンの排熱が更に都市部を熱帯化させ、ますます電力に依存せざるをえなくなる。

政府は雇用を促進し経済活動を活発にするために、
無駄な事業を増やしてゆき、それが無駄である事実を隠すために、
更に無駄な仕事を増やしてゆく。
無駄な物品を購入し、無駄なサービスに紙幣をばらまき、
そこに組み込まれた人々を手慣らしすっかり依存させてゆく。
彼らは与えられた無駄な仕事にあくせくと時間と労力を費やしながら、
その忙しさの意味に疑問を持つことすら諦めている。
すべては一部の利権者達のために都合の良いようにお膳立てされた経済を回すためだ。
こんな経済社会を維持するには、原発くらいのエネルギー源がなくてはならない。
そもそも原発自体が一つの産業クラスターでもある。
これがなければ多くの関連産業が停滞し沢山の人の職が失われ、
死活問題にも関わってくる。

こういう社会では無駄が淘汰されてしまうと経済活動が営めなくなってしまう・・・。
どうすればこんな悪循環を考え付けるのだろうか。
まるで麻薬の売人のような日本の官僚達にはある意味畏敬の念を抱かざるを得ない。

なんでこんなことになっているんだろうとぼんやりと考えてみる時、
結局、すべては生存本能に回帰する。
いきつくところは現在社会に生きる人間の生存欲に基づくのだと分かってくる。
誰もが日本社会で生き延び、子孫繁栄するための傾向と対策に従っているのだ。
良い学歴を持ち、安定した職場に勤め、決して上司や組織に歯向かわず、
長いものには巻かれ、品行方正であり、社会に荒波をたてず、
老後の安定までしっかり計算しながら、堅実に生きてゆく。これが賢いとされる。
ある意味簡単だ。敷かれたレールに無言で従っていけばいいだけだ。
誰がどのように敷いたレールなのかと言うことには目をつぶり。
空気を読みながら・・そう、空気。
日本社会は空気によって支配されている。
民主主義というよりも空気主義の社会。
個人の思考なんてそれこそ無駄なだけだ。読空術が何よりもの武器。
「仕方がない」それが合言葉だ。「仕方がないじゃないか」がスローガンだ。
そしていかに「仕方がないよ」とさらっと言ってのけ、
周囲を説得させてしまうか否かに、
できる社会人としての美徳が祭られている気がしないでもない。
こうしておかしな価値観に捻じ曲げられた生存本能は人々の視野を狭くさせ、
自分の地位、一組織、一企業の利益だけを優先するあまり、
社会や地球環境というもっと大きな枠組みをすっかり忘れさせてしまう。

大切なのは自分の安定と家族の安泰。
いつ起こるか分からない事故が、土地を殺し、病気や遺伝子異常を引き起こし、
子孫衰退の道をたどりかねない危険にさらされていることには気がつかない。
嫌、見て見ぬふりをする。大丈夫だと人任せにする。考えるのが面倒だからだ。
何かおかしいとは思っていても、「仕方ない」と甘んじてしまう怠慢。
これが日本社会がうまく回っていたように見えた原因だろう。

しかし、3.11後、福島の事故を一つの教訓にしようとする動きが、
珍しく日本の民間から沸き起こったことに正直驚いた。
ここまで普通の日本国民が目覚めるとは期待していなかったから。
反原発といえども様々な人がいて、
中には政治家や一般の東電職員を中傷して喜ぶだけで、
自分では何もしないような、それこそ卑屈極まりない馬鹿もいる。
というか、そういう人達が多いイメージだ。
だけど、今回は普通のまともな、今まで社会に組み込まれていたような人達も、
ある程度覚悟を決めて反原発の声を上げていた。
まあ私なんかは失うものがない分、好きな意見を好きな時に言えるんだけど、
そうじゃなくって、自分の意見を主張することで地位を脅かされる種の人達からも、

これで会社を首になっても、社会的に排除されてもいいんだという潔さが窺えた。
なんとなく、日本社会が変わってゆく空気を今リアルタイムで体感している気分。

とはいえ、もちろん、これからが大変だ。
化石燃料は世界で減ってゆく一方で、資源のない日本はどうするのか。
原発推進派はそんなこと無理だと言う。
皮肉な話、福島原発の稼動を被災者が一番望んでいたって話もある。
職がなくなる、収入源がなくなるのは困ると。
欧米だったら、あっさり「他に職を探してね」というスタンスをとれるだろう。
だけど、日本はある意味、まだ優しい。それゆえに人をダメにしてきたように、ウエットだ。
なかなか人を切ることが出来ない。可哀想だと思い人に無駄な仕事を与えてしまう。
ま、個人的にはそういう日本っぽいウエットさは好きだし、
それをなくして欧米的合理主義に進んでしまえば日本も終わりだと思うけど、
悪循環を断ち切るには無駄をなくさなければならない。
なにも、末端や現場で働く人々を切ればいいというのではない。
むしろその優しさ、精神論、ウエットさを利用して、
持てる者が持てないものにシェアしてゆくという美徳を作り上げればいいのに。
もう十分持ったものは、静かに身を引き、全部社会に還元すればいいのだ。
そもそも問題はこの社会の上層部の執念に似た強欲さにあるのだから。

まあ、それを変えるのは難しいだろう。
じゃあ、それを変えるまでもなく、自分達が変わればいい。
エネルギーを消費しなければいい。
無駄なものを購買しなければいい。
利便性を追求しなければいい。
そんなことしたら、文明が退化するといわれるかもしれない。
だけど、エネルギー消費の効率性を追求するのも文明だし、
生き方の代替案を考えるのも立派な文明じゃないか。
かつては
原発がなくてもやっていけた時代はあった。
クーラーなしでも生きていけたし、人は梅干しと御飯だけでも元気に働いていた

皆、独自の気候風土から生まれた様々な知恵や工夫を駆使して、生活していた。

科学は進化しても、人間は本質的に古代からほとんど変わらない。
一人の人間として見た時、昔の人間と今の人間は同等か、
もしくは今はちょっと退化しているんじゃないだろうか。
昔の人々の文学・芸術作品や偉業の中に、
到底今の人にはまねできない精神世界や哲学があるのを確認すると、そう思う。
環境は便利で合理的になったけど、
まわりは選択肢でいっぱいになったけど、
人間性は退化の道をたどっている気がする。
国際的競争力が弱るとかいうけれど、
一体どんな土俵で誰と競争して、どんな評価を得たいと思っているのだろう。
いいじゃないか。先進国じゃなくても。経済的に弱化しても。
どのみち国際的発言力なんてないんだから。
それに本当の日本の競争力は別に経済力なんかじゃない。
いにしえからの職人の魂を受け継いだものづくりの正確さや精密さ、
決して妥協しない完璧への追求が他の国にはなかなか真似のできない日本の競争力だ。
それを違う土俵で競争しようとするから、馬鹿にされる。

エネルギーが足りないという条件で、いかに豊かに生きるか。
これが今後の日本が世界に誇れる競争力となるんじゃないだろうか。
そんなことを、今の危機迫った日本の状況は改めて教えてくれる。
分からない人にはわからないだろう。
だけど、特徴的なのは、分かってしまった人がかなりいるってことだ。
そして、もはや空気や外圧に屈するほどのヤワでもないってことだ。
いつしか、そういう人がメインの空気になっていけば、そうじゃない人も黙るだろう。
そういう面で、空気主義の日本は実はとっても合理的な国なのかもしれない。


国内の原発が全其停止し、そして再稼働も難しい空気の中、
なぜか胸が高まり、こんな日本をそれほど悲観していない自分に気がついた。
むしろ、日本はこれからだという気がしてきた。





最終更新日時 May 07, 2012 0:47:10 PM
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Feb 16, 2012

さようならアゼルバイジャン!
[ アゼルバイジャン生活 ]  


ということで、脱アゼルバイジャンです!
先日2年間の任期が終わり、無事帰国して参りました ~ Ե 

歳月人を待たず・・・。常套表現でお粗末ですが、2年間はまさに『あっという間』でした。
人間、年をとると月日の流れが速く感じられるのは、
生活に新しい刺激が少ないせいで、脳が老化していることが原因だといいますが・・・
おかしいですねぇ・・?アゼル生活においては刺激は不可避であり、
それに伴う喜怒哀楽の幅も日本との比じゃないはずなんですが・・・。
今となっては、なぜか全ての記憶がカスピ海の淀んだブルーグレーの色のごとく曖昧で、
バクーの街を吹き下ろす風に吹かれて飛散していったかのよう・・・。
・・ってことは、ただ単に私自身の脳の老化が甚だしいってことですね、ハイ(-_-)

最後の日々はお世話になった人と会ったり、荷物まとめたり、仕事引き継いだりとバタバタで、
名残惜しむとか、別れを哀しむとか情緒に浸っている暇もありゃしませんでした。
最終日は前日の晩ほぼ徹夜で友達と遊び疲れていたので、ゆっくり休もうかと思っていた矢先、
イタリア人の友人がハイテンションでうちにやってきて、
お手製ラザニアとパスタを披露したいとキッチンを占領!!
こうなりゃ、もうやけっぱちです。
会いたいと電話をくれた他の友人達を皆うちに呼び、最後のホームパーティです磻󥰥饹
午前1時を過ぎ、皆酔っ払い家も大いにカオスになってきたところで、
そのまま皆で市街のバーに繰り出し、午前4時ごろまでビールを飲み、
結局出発時間の朝6時まで、徹夜で付き合ってくれた友人達にに見送られ、
家をちらかしたまま大急ぎで荷物をまとめ、
朝早くから空港に送りにきてくれた関係者の人達のサプライズに感謝感激しながらも、
あれよあれよと言う間に出国手続きをし、
二度と訪れないかもしれないアゼルを逃げるように後にしたのでありました・・・

ああ・・はっきり言って疲れた・・・('o ‘;))

乗り継ぎ先のイスタンブールはイスタンブールで、仮眠を取るため友人の家に行ったはいいものの
ユーロスポーツでジョコビッチとナダルのƥ˥テニスの接戦があったのでついつい観戦してしまい、
熱戦にだんだんこっちもテンションが上がって来て、アドレナリン炸裂・・
そのまま成田行きの機内でも寝るに寝られず、(この時点で徹夜3日目)
しぶしぶ荷物につっこんだ書籍を取り出し、読み始めました。
それはいつか読もうと思いながらも読まなかったアゼルバイジャン民族史関係の本でした・・。

その時です。私が重大な失錯に気づき"はっ"と我に返ったのは。
オーマイゴッド!なんてことでしょう!!
今更ながら私、まだあの国について知らないことが沢山あるではないですか!!
いつかやろうと思っていたこと、いつか調べようと思っていたこと、いつか読もうと思っていた本、
日常の仕事や雑務に追われ、いつの間にかほったらかしにされてきた数々のペンディング事項。
2年も現地にいたっていうのに、やり残したことだらけ・・
つくづくせっかく現地にいたのに『もったいないことをした』と思います。
これが帰国にあたり、まるで大きな忘れ物をしてきたかのように、後ろ髪を引かれた一瞬でした。

まあ、仕方ありません。これも自分自身のキャパの問題です。
結論から言って、現地ではとても良い勉強と経験を得られましたし、
なんのかんの言って私はアゼルバイジャンが好きだから、
今後もこの国につき深く知り続けるでしょう。
というとアンチ・アゼルバイジャン派のBakuvian達に軽蔑のまなざしを向けられることでしょうが・・

もちろん、まだまだ沢山の問題を抱えている国です。
共産主義に裏切られ、突然全てを失い人生のリスタートを切らされ、
20年間、血と混乱と貧困の苦しみを経験してきた人達です。
マフィアが台頭し混乱と治安を収めた典型とも言える国家モデルで、
同胞意識は敵国への憎しみというネガティブな感情を基盤に置くほど薄っぺらく、 
国民は権力を恐れ媚びへつらい、最低限の権利や主張すら諦めています。
嫌、ある程度の不条理や不平等を受け入れても、とにかくこれ以上の混乱は避けたいのです。
そして生きぬいてゆくためには、したたかに生存競争を勝ち抜かなければなりません。
国や社会をどうこうという長期的な展望を抱くには程遠く、
誰もがまずは自分の生活を安定させなければと必死なのです。
そんなメンタリティーを平和ボケした先進国の外国人が理解しようと思ってもまず無理でしょう。
そしてどこか優越感を持っていれば、それはすぐ見抜かれてしまいます。
相手もプライドのある大人なんだから、押しつけて上から教える方法では跳ね返されてしまうのです。

こんな国で仕事をするのだから何事も思うようにいかないのは当たり前です。
しかし、選ばれてここにきたということは、
それでも上手くやってゆくということが前提なのではないでしょうか。
それが嫌なら何事も思うように行く国で仕事をすればいいのです。 
そして、ほとんどの問題は実際は、自分自身の能力に起因しています。
思うような成果を期待するのは自己満足のためではないのか?
本当にこの国の人達のことを理解し、彼らのためを考えているのか?
自分の功を焦っていやしないか?工夫を怠っていやしないか?忍耐を忘れていやしないか?
ちょっと考えれば反省材料はすべて自分に返ってきます。
それを国のせい、環境のせい、人のせいにしてしまうのは自己弁護であって逃げです。
例えそうだとしても、口に出して言う必要があるでしょうか。
誰かに「あなたのせいではない。あなたは頑張っていますよ。」と頭を撫でてほしいのでしょうか。
「あなたはこの国にはもったいない。」とでも言われ、自分の能力を認めて欲しいのでしょうか。
オエッ・・!私はそんな安っぽい慰め合い、傷口のなめ合いが反吐が出そうに大嫌いです。
ですから、私はそんなシチュエーションに居合わせることを極力避けるようにしてきましたし、
やせ我慢ではあれ、この国についての愚痴はなるべく言わないようにしてきました。
というか、自分も昔、外人バーや日本語学校なんかで日本の悪口を言う欧米人と常に対立し、
「そんなら帰っちまえ毛唐め!」とか散々言ってきたわけで・・(^^;)
ただ単に自分がそんな外人になるのはプライドが許さなかったからかもしれませぬ・・・。

それに、アゼルバイジャンという響きが私に連想させるものは、
石油やガスにはびこる汚職、世襲制の独裁政権や腐敗、あらゆるネガティブな出来事ではなく、
ムガーム・ジャズの心地よい音色や心優しき現地の友人達の笑顔なのです。
そういう意味で、素晴らしい現地の芸術を知り得、
何の利害関係もないあらゆる社会層の現地の友人を得たことは、
自らの精神衛生を保つ上でも、ありがたかったなあ・・と思います。

最後にもうひとつ、ポジティブに生活する姿勢の多くはアメリカ人の若者から学びました。
彼はアメリカのピースコープ(平和部隊)のボランティアで(日本の海外青年協力隊みたいなもの)
ちょうど私と同じ時期にバクーに滞在していたのですが、
仕事をバリバリこなす一方、とにかくに積極的に現地にとことん同化し、
たった2年で通訳なしでテレビ・インタビューのやりとりができるほど現地語を習得し、
(わたしみたいにトルコ語からではなく全くのゼロから)
民族楽器を習っては現地人以上に上手に弾きならし、
最後には友人と「Caspian Dreamers」というグループをつくり、
予算5000円程度でバクーをプロモーションするために、
こんなミュージックPVを制作していました。↓

BAKU STATE OF MIND」
http://www.youtube.com/watch?v=f4-U6TGX1T4
 

safe_image.jpg

なんのためでもなく、ただ自分達が楽しむため。
もともとは個人ベースでFacebookなどでシェアしていたのですが、
いつの間にか空前の大ヒットとなり、老若男女から頭の固い政府関係者も大絶賛、
外国人のくせにユーロビジョン・ソングコンテストのアゼルバイジャン代表候補にも選ばれるほどになりました。(惜しくも決勝で落選しましたが・・)

生活というのは与えられるものではなく、自分で作るもの。
そんなことをまだ若い彼らから学び、私はいつも元気づけられていたのでした。
彼らのPV、この「BAKU STATE OF MIND」がいつまでネット上にあるのか分かりませんが、 
ちょうど私が過ごした2010-2012年のバクー、普段着のバクーの顔を垣間見ることができます。
私はこれを観ながら、いつかきっとアゼルバイジャンを、
そこで知り合った全ての友人を懐かしいと思うことでしょう。

ありがとうアゼルバイジャンϡ




最終更新日時 Feb 19, 2012 02:14:23 AM
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Nov 13, 2011

シーットな話はシーットなオチで・・・@チュニジア  (2)
[ アゼルバイジャン生活 ]  



犠牲祭の連休にチュニジアとイタリアへ行って参りました。
チュニジアは15年程前、数カ月滞在したことがある思い出の地でもあります。
今回は昨年あのアラブの春の火付け役となり、
最近初の民主選挙が実施された当思い出の地の様子を窺いに・・
そして最近チュニジアに赴任した友人に会いに足を伸ばしたわけです。
当地は一年前の革命が信じられないほど静かで落ち着いており、
また誰もが「これからこの国はどんどん良い方向に向かう」
という明るい希望に満ち溢れておりました。
昔は随所にあったベン・アリ大統領の銅像や看板が一掃されていた他は、
15年前から何も変わっていないようでした。

嗚呼!青い空、青い海、太陽・・バケ~ション

tunisia2.jpg

暫くバクーはどんよりした天気が続いていたので、
地中海の太陽の下で身体中の細胞が活性化されてゆくのが分かります。
血中セロトニン濃度が高まります。ラリホー♪

しかしそこで私を待ちうけていた曲者の友人は私を平穏に休ませてはくれませんでした(-_-;)
この人はアゼルバイジャンで知り合ったアメリカ人の英語教師なのですが、
親しくなってからは一緒に旅行に行ったりしたいわゆる気心知れた仲で、
私と同レベルにくだらない面も持ち合わせているので付き合うのが楽な人でした。

しかし、彼はチュニジアに赴任した頃から様子がおかしくなっていました。
1年前は国際政治の話をしてもほとんど何の意見を持っていなかったくせに、
最近はやたらと政治的な話題を好んでするようになり、
超ラディカルな社会批判を独断と偏見に満ちた視点からとくとくと語るようになっていました。
どうやら何か変なものに影響されていることは間違いありませんでした。
もともといい年して迷える羊のようなパーソナリティを持ち合わせていましたから、
良いものにも悪いものにも影響を受けやすいんです。
ま、ある意味おめでたい、ある意味可哀想な人だとも言えます。
なので、あまり気にせずチュニジア行きの予定を立てていたのですが
そんなある日。突然彼から質問が。
「日本にもフリーメーソンの会員はいますか?彼らは何者ですか?」
へえ?今時フリーメーソン??
不思議に思いながらも自分の知っている範囲内で返答してあげました。
それからというもの彼からメーソン関係の変なメッセージが届くようになったのです。
「世界はメーソンに支配されている。福島の原発事故もメーソンの仕業だ。」
とかいうネットに溢れているような根拠のない妄想テオリーを、しきりに私に教えたがるのです。
ついにうざくなったので、
「馬鹿げている。こういうリンクをもう今後私に送らないように!」と警告したところ・・・
暫くしてから一通のメールが・・・
「くあどろさん。私は非常に残念です。あなたの経歴等を考慮したところ、
あなたがメーソンの一員である可能性が高いと判断されました。」
だって・・!!

はあ・・?!

なんなんですか、このメールは?!
だいたいこの前まで自分でも何も知らなかったくせに。
しかも女性や無宗教者はメーソンになれないことなんてガキでも知っているんだけど。
ムカつくよりも前に呆れ果て、返事を書く気にもなれず放っておきました。

するとスパムのようなメール攻撃が・・・
「答えないということはやはり"YES"ってことですね?」
「見損ないました。残念です」
「ただ一言私はメーソンではないと"State"してください。」

・・・なんなんだこいつは・・?!

この人、ここまで変な人だったでしょうか?
通常こんな失礼なメールをもらった段階で心のシャッターはガタピシャなのですが、
この時点で少し心配になってきました。
もしかすると本当に気がおかしくなってしまったのかもしれない・・・。
それか何か変なカルトに巻き込まれちゃったとか・・。
もしくはネタかもしれない。そうそう、きっとジョークにちがいない。
そんなふうにちょっとばかり楽観視しており、
で、着いた当日早速電話してきた彼に「はい、メーソンのくあどろですが。」と冗談で返事したところ、
本気でパニクる彼に、やはり狂っちゃった説が有力になりました。

バカバカしい!ここで私の堪忍袋の緒が切れました。
「もういい!疑うなら勝手に疑え!だいたい何を根拠に疑われてるかも分からないし。
あなたのやっていること本当にすっごく失礼極まりないっ!
もう、いいよメーソンでも何でも!もう明日会わない!もう友達やめるっ!!」
頑固でありながらも超~気の弱い友人は、
私を怒らせたことに気づくと急に泣きながら平謝りをしはじめました。
(ここら辺も本当にどうしようもない!)
「すみませんでした。申し訳ございませんでした!
僕ね、最近とっても良い友達がメーソンの一員だと分かってトラウマになってるの。
詳しくは明日会って話すから・・・」

知ったことか・・!!

恐らくその気の毒な友達も勝手に疑われた結果決めつけられたに決まっています。
だいたい友人を値踏みするなんて、自分を何様だと思っているのでしょうか?
しかし反省したかと思い翌日再会したところ、
彼は性懲りもなく、私のためにCDを用意しており
(なんでもメーソンの秘密を録画したインターネットでかき集めた動画の結集だそう。いらねぇ!)
誰かに聞かれては困るからといって誰もいない海岸まで私を連れて行き、
現代社会がいかに破滅にむかっているか、
その陰にはロスチャイルドを起源とするシオニストとメーソンがいること、
彼らは実は悪魔崇拝者で生贄をささげるために戦争を起こす等、
大真面目な面持ちで語り始めました。
どうやら分かったことは、この人デヴィッド・アイクの陰謀論に洗脳されてしまったようです。
しかもアイクのユダヤ人コーカサス起源説を
最初に彼に教えてあげたのは私なんですが・・なんて単純な!
だんだん腹が立ってきました。ああ、私はこんな話をするためにここに来たのではない!
私は太陽と海、何にも考えないプチ・バカンスを楽しみにはるばるここまで来たのである!

「SOO WHAT?!」
私はついに声を荒げました。
「現代社会を杞憂する気持ちは共感するけどね、
そういうどこにでも溢れているオカルトチックな妄想に憑りつかれて、一体どういうつもりなの?!
じゃ、仮にそうだとしても、あなたはその社会を変えるために何か働きかけているの?!
何もしていないんだとしたらね、
今あなたが話していることみんなシーット(クソ)なんだよ!シーット!!
あなたも世界もメーソンも、みんなシーットだシーット!!」

「・・・シーット?」

はっ・・!やばい・・私としたことが言いすぎた。
やはりネイティブに何度もシーットなどと暴言を吐くのはあまりにも失礼過ぎたか・・?
 恐る恐る彼の顔を見上げると、
顔は青ざめ強張っており、その瞳はらんらんと奇妙な光を発していました。
殺気すら感じます。

「今シーットと言いましたね・・?」
「は、はい・・言いましたが・・(汗)」
ああ・・!やばい!怒っている・・!殺されるかも・・!

すると彼は突然日本語になり一言一言ゆっくりと続けました。
「くあどろさん・・。僕、実はね・・。」

緊張感が高まります。

「僕はね・・今、そのシーット、う、うん○がしたいんです・・。」

ええっ!?

思わず耳を疑いました。彼は青ざめ少し震えています。
「あの・・さっきちょっとスパイシーなごはん食べたでしょ?
だから・・お腹が・・。ああ、ちょっと大変です。もう我慢できないかも・・!!出るかも・・!!」

なんてこった・・!!
もう、メーソンもへったくれもない最悪の事態です。
辺りを見回せど、一面海。
馬鹿な友人の長い激論のせいで、
あいにく住宅街からはからずいぶん離れたところまで来てしまっています。
今まで偉そうに世界事情を語っていた人のプライドを考慮した時、
ここで野○○をしろとも言えません。とにかく民家を探さなければ・・!

それから私達は究極の早歩きをし、今来た道を黙々と引き返しました。
やっとのことで最初に目についた建物に転がり込み、
ドアをドンドンとノックして、家の人にトイレを貸してくれと懇願しました。(ありえない・・。)
通常、見知らぬ外国人2人が突然トイレを借りに来るなんて考えられませんが、
さすがチュニジア人は親切で、何の疑いもなく快諾し、
私達を家の中に招き入れ、彼にトイレを使用させてくれました。あああ、救われた・・!
チュニジアの人は本当に親切です。
友人のトイレを待っている間私にお茶を入れてくれ、また食事を温めてくれました。
さすがに私は遠慮しましたが、トイレから出てきた友人は調子に乗って
差し出されるままに食事をいただいていた!!ありえない・・!

その後地元住民に丁寧に御礼を言って、帰路についた私達ですが、
また道の途中で彼が..「あの・・くあどろさん。実は僕、またお腹の調子が・・・」

もう!いいかげんにしてくれ・・!!

本当に馬鹿につける薬はないというのはこのことです・・・・。
しかし一連のシーット騒動の後は、彼はおかしな政治的論議をすっかりやめて、
昔の友達の姿に戻っていたのでした。ホッ・・・。

最後にチュニジアを去る時に彼は私に言いました。
「ねえ、くあどろさん。来てくれて本当にありがとう!僕達本当に良い友達だねぇ。
ええと、英語ではね、僕達みたいなのはKindred Spiritsって言うんだよ。」

え?Kindred Spirits?

調べて見たら 「似たもの同志」・・

や・め・て・く・れ!!


バカンスに来たはずが、この友人のおかげでなんだかどっと疲れてしまいました・・
長く汚いお話の後に、お口直しに美しいチュニジアの写真をいくつか・・。

tunisia1.jpg
うーむ 地中海アラブ♪♪

tunisia3.jpg
美しいカルタゴの遺跡・・・♪

tunisia6.jpg
バルドー博物館のモザイク画は圧巻!


tunisia5.jpg
チュニジアと言えば・・やっぱり白い壁と青いドアですよね~

tunisia4.jpg
チュニスのメディナ内




最終更新日時 Nov 13, 2011 11:45:01 PM
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Nov 03, 2011

スカンジナビア人とアゼルバイジャン
[ アゼルバイジャン生活 ]  



時々、知り合いの弁護士&歴史小説家(!)が企画する
「歴史倶楽部」に参加します。

毎回ゲストを招待し、アゼルバイジャンにまつわる歴史上の一幕を取り上げるコミュニティで、
結構面白くてためになるので、大抵招かれれば他の用事を差し置いて出席します。
参加者は歴史オタクや一癖も二癖もある外国人が多いのですが・・・(私を含め・・・(-_-;))
それぞれ熱心でユニークです。
この前は、ノルウェーの有名な人類学者で探検家のトール・ヘイエルダールの息子さんが
ゲストプレゼンテーターとして「わが父トール・ヘイエルダール」について語りました。

0002.jpg
(↑テーブルの奥で小さく見える白髪頭のおじいさんがヘイエルダールJr.さんです)

コンチキ号の探検記でも有名なヘイエルダールは
現在世界遺産に登録されているバクー近郊のゴブスタンの壁画を調査し、
その線刻画がバイキングが描いたものと酷似していたことから、
スカンジナビア人の祖先はカスピ海沿岸に由来するのではないかという仮説を提唱しました。
よっぽどその考えに取りつかれたのか、
その後2002年に逝去されるまで何度もアゼルバイジャンに来ては研究調査を繰り広げています。

アゼルバイジャンにはかつて古代アルバニア王国が存在し、
(今のアルバニアとは無関係・・どうもアルバンというのは(白い)を意味するラテン語らしい)

コーカサス山脈麓にはその史跡がいたるところに散在します。
その中の一つ、シェキの「古代アルバニア教会」の修復工事も
ノルウェー政府によって実施されました。

0003.jpg
(ノルウェー人の手がかかっているだけに、他の国内史跡と比較すると良い出来です。
遺跡っぽい古さと趣を感じさせながら再現されています。)

また、今回のセミナーでヘイエルダールのご子息さんがご主張なさってた事には、
DNA鑑定でバイキング族と古代コーカサス人とが一致した・・!
(どういう並列でどう一致したかは不明なんですが・・)
とのことでした。

そういわれてみれば、
ガバラというところにも、古代アルバニア帝国の町跡があるのですが、
そこで発見したのが、古代の人骨。
大きいです!身長が2m以上あります!!

0001.jpg

これを見たとき、
やっぱり民族的に現在のアゼルバイジャン人とは違うなあ・・と納得しました。

そのほかにも
北欧民謡の一説がアゼルバイジャン民謡の一説に似ているとか
スカンジナビアの人々にとっては

色々ロマンチックな妄想を掻き立てるのに相応しい材料が沢山あるようです。

そういや昔、友人達と一緒にナショナル・ジオグラフィックの人類の足跡を探るという研究に
頬っぺたの粘膜のDNAサンプルを送って鑑定をしてもらったところ、
私の母方の祖先はハプログループBということが判明しました。
たしか、それはカスピ海のこの辺を通ってさらに西側に進んだグループであったはずです。
そんなことを思い出して、
自分のルーツの根底部分には、この地で生きた人々もいたはずだと考えると、
ちょっと感慨深いものがあり、
なんとなく、北欧の人々が心を揺さぶられる気も分からないでもないと共感できました。

謎の多いコーカサスの歴史ですが、
一つ一つ考えて見ると本当に面白い地に自分はいるんだなぁと、少し光栄に思います。
もらった本を読んでみなきゃ!





最終更新日時 Nov 04, 2011 07:05:56 AM
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Sep 17, 2011

北欧への旅 
[ 日々思うこと・・・ ]  



ちょっと遡りますが、夏の終わりにバルト諸国と北欧に遊びに行きました~♪
駆け足ながらも、友人と再会したり、展示会やコンサートを楽しんだり、
充実した旅行となりました!大満足(○^-^○)

今回の収穫は
★ ストックホルムでロバート・メープルソープの展示会に行けた♪
★ ヘルシンキのデザイン博物館でカイ・フランク展が見れた♪
★ ヘルシンキ・ミュージック・ホールのOpeningコンサートでシベリウスを聴けた♪
ということでルンルンです。

しかし日程をほんの一日ずらせば
・パティ・スミスのコンサート
・ヘルシンキ・フェスティバルにてヴィム・ヴェンダーズ監督の「PINA」先行上映
に行くことも可能だったのです。これは大ショック。
大きな魚を逃してしまったことが今でも悔やまれます・・・


<ストックホルム>
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スウェーデン、フィンランドはこじんまりとした福祉国家らしく、落ち着いていて機能的。
環境意識が強くて、特にフィンランドはどこもかしこも非常にクリーン。
ヨーロッパ諸国も南・中・東・西と色々行きましたが、北欧は今回が初めてで、
なんとなーく、一番日本に近いという感じがしました。
というか、北海道にかな?ノルディックな近代建築とか家の作りとか北方圏の自然との調和とか。
もしかしたら、日本が真似したのかもしれませんね。
真似っこして、本物より本物らしいものを作ってしまう・・これがザ・日本の得意技です。
北欧デザインとか雑貨や家具などがもてはやされているけど、
今は日本の青山や代官山のデザイナーショップのほうがずっとお洒落で独創的だったりする。
まあ、確かにそうはいっても、やっぱり現地で本場北欧ゴシックやアールヌーボ的な建築物と
シャープでいながら温かいデザインが溢れる街を歩くのはそれなりの面白みがありました。

<ストックホルム 駅前広場 街に溢れるデザインが格好良い>
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 <ストックホルムのダウンタウン 東京でいえば渋谷・原宿っぽい雰囲気> 
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<ストックホルム 国立図書館 グンナー・アスプルンド設計>
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<ストックホルム 国立図書館 約80年前に建設されたとは思えないほど斬新でお洒落!>
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<ストックホルムからヘルシンキまではフェリーで移動。
バルト海の半島や島々を眺めながらの航海は圧巻でした・・・!!>
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<バルト海の夕暮れ・・すっかり脳内BGMはシベリウスのフィンランディア一色(????)??>
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<翌朝ヘルシンキに入港・・!古いヨットにドキドキ♪>
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<フィンランド ヘルシンキ・スメオリンナ島 北欧っぽい風景>
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<フィンランド 現代美術館”Kiasma” この計算し尽くされた設計も中の展示もサイコー!>
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<そのお向かいには生まれたてのMusic Hall。音響デザインは日本人の豊田泰久氏とのこと。>
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<ラッキーなことに翌日Openingコンサートに行くことができました♪♪♪
フィンランドでシベリウスを聴くことができ感無量!>
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<ヘルシンキ
大聖堂 フィンランドのイメージカラーは清潔な白ですな>
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<岩の教会。光と影、音と静けさ、自然の石と金属が絶妙なコントラスト
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<日曜はマーケット周辺の屋台が大賑わい。温かくて懐かしい雰囲気・・>
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スウェーデンには親友がいます。
彼とは8年ほど前、出張で数日滞在したハンガリーで偶然出会った不思議な縁ですが、
驚くほどの感性の一致から以来長年のソウルメイトとなり、
スカイプで話し込んだり、トルコや日本に遊びに来た時に会ったりする仲になりました。
出会った頃はまだ学生で、精神科医の卵だった彼ですが、
今はすっかり一人前に自立して立派なオフィスを構えており、
しかしその間に結婚・離婚を経験し、
ちょっとした自律神経障害を患い、寛解・再発のサイクルの中で
自らも軽い鬱になりつつ、他人の病気を診ているというパラドックスの中にいました。
でも超本人はあまり思い悩んでいるふうでもありません。
「ここでは結婚したカップルの50%は離婚するんだ。人生こういうことだってあるさ。」
「僕の鬱は気候条件に起因しているだけ。なにしろ冬季は太陽が足りないから。」
「病気が酷くなったら無理をせず仕事を中断する。
仕事をしなくても補助金があるから、生活には困らないし、
健康を害してまで頑張る必要なんてないからね。
その時は1カ月ほどタイや地中海などの温かいところに行って休むんだ。」

いいですねえ・・社会制度がしっかりしているって。
社会が自分の身を守ってくれるという安心感が、生きる上での自信を生むのだと思います。
人間が人間として尊厳を与えられている。これが北欧社会。
これは一見理想的に映りますが、それが良いのか悪いのかと判断するのは、
それぞれの価値観に委ねられると思います。

この国では富裕税というものがあり、資産があるとその分税金を納めなければいけません。
だから、金持ちになるよりも、むしろあまり働かず、稼がない方がが得なのです。
斬新なイノベーションや大企業もほとんどなく(あっても税の安い国へ出てゆく)
これは競争性の低い共産主義国に極めて近い社会になってゆくことを意味します。
案の定、その社会システムを上手く利用して、何もせず生活保護を受ける低所得者も大勢いて、
中産階級が彼らのために働き税金を納めてゆかなければならない現状です。
このため、移民や出稼ぎ外国人への憎悪感情や差別意識も生まれています。
先進国の例にもれず人々の間の関係が希薄なので、
物質的には恵まれていても精神的に病んでいる人が多い・・
と、精神科医の友人は言います。

<スウェーデンでは大学まで学費無料、医療費もほとんど無料です>
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「不幸でもないし、満足していないわけでもない。社会制度にも環境にも感謝している
でも、時々どうしようもない閉塞感を感じる。これは絶望に近い。
突然パッションが欲しくなる。何もかも捨ててドラマチックな人生を歩んでみたくなる。
贅沢な悩み?まあね。でも、ここにいると精神的におじいさんになってゆくんだ。
我々もともとは自由で勇敢、アグレッシブなヴァイキングを祖先に持つから、
多分その血が騒いでいるのかな?」

確かに、彼の言うことは120%よく分かります。
同様に、私も人生に浪漫を求めてしまうタイプですから。

「結局、今現在、目に見えていることというのは、結論づけられないよね。
どんなにユートピアに見えても、必ず問題があって、それがどう展開してゆくか分からない。」
「それを日本では塞翁が馬っていうんだよ。」
「そうだね。だから結局自分の心に正直にならないとね。どこで生きるかじゃなくて、
どういう生き方がしたいのか・・ってことを考えるべきだよね。」
「大賛成!」
夜更けまで話した結果、そんな結論に達しました。

ま、それでも基本的な人権が守られているということは
やはりエッセンシャルですよね・・・
それだけでも北欧は先進国として優れていると思ったのでした・・・。





最終更新日時 Sep 18, 2011 3:55:34 PM
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Sep 11, 2011

10年前の9月11日
[ 日々思うこと・・・ ]  


BBCでは一日中9.11追悼式のことばかり流れている。
頭痛と微熱の中でぼんやりと画面を眺めながら、
取り返しのつかない速度で10年が過ぎてしまったと思う。
私は今でも鮮明にあの日のことを覚えている。まるで昨日のことのように。
多分この2011年9月11日は誰にとっても記憶に残る日であることに違いない。

あの日、16時過ぎだった。イスタンブルのオフィスにて早めの帰り支度をしていた。
親しくしていただいた新聞社の在住特派員の方が近く帰国するため、
好きな家具をお譲り下さるということで、
その方のオフィス件自宅を訪問することになっていたのだ。
ふとTurk.netのインターネット・ニュースの横の動画に目を止めた。
飛行機がビルに衝突し炎を上げている画面。
映画の宣伝だと思って気にせず仕事の片付けに入った。
しかしなぜか胸騒ぎがした。事故か、テロか?テロップが目に入り
間もなくそれがツインタワーであることが分かった。
そのうち2機目がタワーに突っ込んだ様子が画面に映し出された。
何が何だか分からなくなった。

考える暇もなく特派員の方から電話があった。
「NYのツインタワーの件聞きましたか?!
あいにく、うちのスタッフ今日出てしまってて・・
とりあえず情報を分析したいのでできれば早く来てくれないかな?」
それから早めにオフィスを出てタクシーを捕まえその人のところに飛んで行った。

そこは色々な通信社からの情報が色々なツールで入ってくるようなシステムがあり、
私はトルコ語のものを見ていたけれど、テロである確立が高いということだけであった。
とにかく前代未聞の大惨事であり、どのニュースも同時進行形でヒステリックに興奮していた。
分析しようにも、どの報道も状況を把握するのに精一杯で何一つクリアじゃなかった。
中には日本の赤軍が企画したテロだという報道局もあった。
私達は二人とも暫くニュースにくぎ付けになっていた。
それから、自体が明白になるまで余計な想像や推測はやめようと決めた。
どちらが言ったわけでもないけど、そう決断した瞬間は同じだった。
私達は顔を見合わせて笑い、少し落ち着いて、思い出したように他愛のない世間話をした。
私はいただく予定の家具を選びだしたけれど、
その方は「この件が落ち着くまでちょっと駐在が長引くかも」と言った。
「トルコも一応イスラム国だからさ、関係ないとは言えないし。」
ということは、その時点で私達はもうイスラム系テロという結論を出していたのかもしれない。
予想通り、その方の任期はその後数カ月長引いた。
それから、ちょっとお腹が空いたのでその人のお勧めのケバブ屋から
アダナ・ケバブのドゥルムを注文し食べた。
何もかもが不自然なほど平和だった。
私達はニュースのことを忘れたように、下らない世間話をしていたと思う。
しかし何を話してもどこか上の空だった。
友人数人から電話があり「早く家に帰って来て!」と言われた。
「今度はペンタゴンが・・・!」誰もがパニックになっていた。
私はケバブを食べ終わると、御礼を言って特派員の家を去り、タクシーで家に向かった。
タクシーの運転手が狂ったような笑みを浮かべて叫んでいた。
「ブラボー!日本の赤軍!!これはあれだろ?ヒロシマの報酬だろ?
俺はアメリカが大嫌いだ。日本人はいつも正しい!!」

その頃私の家にはいつも誰かしら友人がいた。
何か料理を作ったり、ビールを飲んだり、
ドキュメンタリーフィルムや音楽を聴くための溜まり場になtっていた。
案の定家では友人達がCNNに釘付けになって、大騒ぎしていた。
こんなこと、誰にとっても初めてだった。
皆恐怖心を感じていた。これからの世界に対して。
常識を覆す出来事に、誰の目にも何か基本的なものが変わったことは明らかだった。
私達は子供のように身を寄せて震えながらニュースを見ていた。
友人達はああでもない、こうでもないと無駄な推測や議論を交わしていた。
いつもは多少うっとうしいと思える環境も、
この日ばかりは恐怖心を分かち合える温もりに感謝した。
ソファの横では猫が寝息を立てていた。
私は猫を抱きしめた。
ただただ繰り広げられてゆく尋常ではない事態が
心の奥に一つの傷としてじわじわと浸潤していった。
本当に、理解を超える出来事だった。

あれから10年。
世界の中で、憎しみと差別が拡大した10年。
報復というありえない暴力が正当化されて誰も止めることができなかった。
誰がいったい何のために?
国連の力のなさが浮き彫りにされ、肝心のアメリカは落ちぶれる一方だ。
世界に対する失望感が増大してゆく中で、私達はそれぞれの道を選び
それぞれの生活へと拡散していった。
2001年。私は時々あの時代が懐かしくなる。
私を取り巻く環境は変わってしまったけど、私は成長せずあの時のままだ。
いまでもあの映像を見るたびに、恐怖心を覚える。
多分この先ずっと忘れることはないだろう。2001年9月11日。






最終更新日時 Sep 12, 2011 06:17:43 AM
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Aug 29, 2011

変貌を遂げる街 バクー  (4)
[ アゼルバイジャン生活 ]  



バクーの夕暮れ

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左手海岸沿いに遠く見えるポールは世界一大きな国旗が立つ場所です。
そして左側の国旗の3色にライトアップされた建物は今年できるヒルトンホテル。
右側遠くに見えるガラス張りのビルはフレーム・タワーと言って
できればアゼルバイジャンの発展を象徴する建物となるそうです。
そのちょっと左側の塔はテレビ塔。眺めの良い展望レストランは法外に高いと噂です。

こちらに来て1年半くらいが経ちますが、
バクーの景色は日々一刻と変貌を遂げています。
街の再開発が急速に進められ、新しいホテルやショッピングセンター
モニュメントやビルが続々と生まれました。
なんでも「ビューティフィケーション」政策なのだそうです。
バクーをコーカサスのドバイに・・!世界一に・・!!キンキラキンに・・!!!
突然お金を手にした田舎の成金の考えることは国家・宗教・民族問わず世界中同じです・・

しかし、新開発で美しく生まれ変わった中心部から一歩裏の路地に入ると・・・

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大地震の後のような無残な光景・・・
古いソビエト時代の3.4階建てのアパート、
狭い路地に密集する2階のバルコニーが突出したオスマン風建築物。
政府はこれらの古い、汚い、醜い建物を
「新しいアゼルバイジャンには相応しくない恥ずかしいもの」と判断したようです。
「ビューティフィケーション」の一環としてこれらを全部取り壊し、
街の中心地にセントラル・パークを作ることに決めました。
住民はほんのわずかな補助金を手に、全員強制移住させられました。
そこにはついこの間までは、
猫がうろつき、人々が路上で立ち話をし、どこかでピラフを焚く匂いがする・・・
そんな古くからの住民が寄り添って下町の生活を営んでいた、温かくて哀愁ある一角だったのです。
自分の家に、長年の思い出に執着し、どうしても撤去しない住民がいるため、
政府は住むことができないようにと、ドーザーで建物のほとんどを半壊しました。
いずれこの瓦礫は撤去され、「美しい」公園に生まれ変わることとなりそうです。

映画「太陽に灼かれて」の脚本を書いた
アゼルバイジャン人映画監督のルスタム・イブラギムベコフ氏が
先日野党系新聞のインタビューに答えていました。
「政府が民の土地や資産を搾取することはレーニンの時代に始まった。
しかしあの時代は皆レーニンのイデオロギーに基づいていることを知っていた。
今は実態がなんだかわからないものに突然すべてを奪われる。
それに警察も役人も皆加担する。
誰が何のために・・・誰も何も分からないままだ。」
友人によればこの国の文化人が政府を批判することは稀で、
(飼いならされているのか、恐れているのか)
このイブラギムベコフ氏も長年静かに過ごしていましたが、
何でも自分の土地も正当な理由なく奪われてしまったようで、
それからは彼は辛辣な政府批判をはじめたようです。

たまには批判をする人もいる・・
しかしそんな声もかき消されるくらいの音量で
バクーでは超富裕層が夜な夜なパーティを繰り広げています。
平均給与が400-500ドルという世界で、
一日に惜しげもなくそのお金を消費する人達がいるのも現実です。

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もうお気づきでしょうか?
ボディコンにワンレン、マイクロミニにピンヒール、ケバケバメーク・・・
日本のバブル時代のお立ち台・・!!!
服装から嗜好から、すべてが日本のバブル時代にソックリなのですよ!!
この中の何パーセントが本当のセレブでしょうか?
格好だけで似非セレブな輩も沢山います。もしかするとそっちのほうがほとんどかもしれません。
とにかく金持ち大好き。金持ちになることが一番の夢。
贅沢に憧れ、セレブを目指し、頑張っているのが伝わってきます。
本当は美味しくないくせに、好きな料理は寿司と言い頑張って食べ、
ニセモノかもしれないブランドものでがっしり身を固め、
ローンで買った最新の携帯電話をさりげなくテーブルの上に置き見せびらかし、
あの有名人と友達だとか今度の休暇はバリだカリブだとか
そんなことばかり話している連中です。
お金がないと、有名人に知り合いがいないと尊敬されない社会だというのは分かりますが・・。
突然お金を手にした田舎の成金の考えることは・・・(以下省略)。

彼らは恐らくバクーの外に出たことがないでしょう。
幹線道路以外の道路を通ったことがないでしょう。
そんな街外れには沢山の村落があります。

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そこでの生活はバクーの生活と何の関係もありません。
毎日生活用水の確保に必死になっている人達。
飲み水すら濁った川の水、汚水の混じった浅井戸からの水。
誰もが腎臓に、皮膚に、消化器に病気を持っていても
不衛生な水を起因とすることにすら気が付いていない。
村のほとんどの人達はこんな生活を送っている。
これも現状です・・・。

地方自治体は大統領が訪問した時に、自分の功績を披露するために、
博物館やカルチャーセンターの建設に惜しみない費用を費やし、
もしくは街路樹の街灯のデザインをどうしようかということに必死で、
住民の生活がいかに悲惨であろうとも、目を向けない。実情すら知らない。
もしかすると、そんな村があることすら知らない。
同じ国家で、同時進行形で、このギャップが、この格差がどんどん大きくなってゆく。

こういう実情を見ると
「はらわたが煮えくりかえる思い」というのを感じずにはいられません。
子供を放置してパチンコに没頭している馬鹿な親に感じる怒りのようなものです。
子供が泣いている、飢えている、苦しんでいる・・
着飾るお金があったら、パチンコにお金と時間を費やすくらいだったら、
なぜ子供の栄養状態を考えない?寂しい子供の気持ちを分かってあげない?
なんてひどい親だ!!
そんな非難の気持ちでいっぱいになります。
だけど冷静に考えて見ると、その子供にとってはどんな親でも親は親なのです。

川の水を飲み、羊の番をし、夏は暑く、冬は寒く、お金も職もない。
そんな生活に苦しんでいる人達が、ふと私を見て言います。
「どうですか?アゼルバイジャンは?いい国でしょう?」
「来年はユーロビジョンのホストになるんですよ!」
こんな純粋な言葉に一瞬戸惑わずにはいられません。
いくら苦しくてもいくら不公平でも、彼らにとっては愛すべき自分の母国なのです。
どんなに酷い実情に苦しんでいても、
外国人である私に自分の国のいいところを見せなくちゃと思っているのです。
そういう時、初めてこの国への愛情が生まれます。
「はい、アゼルバイジャンはいい国ですね。大好きですよ!」

いい国、悪い国というのは相対的な解釈です。
いい人、悪い人という評価が絶対的ではないのと同じように。
私達外国人はこの不条理な社会にショックを受け、
ついつい悪態をついてしまいます。
時には優越感に浸ってしまいがちになります。
でもだからといって先進国が完璧なのか?
私達だって開発にはどれだけの時間をかけてきたのか。
どれだけの支援を得てきたのか。
コネや天下り、談合や賄賂だって昔はあったし、今だってあります。
それ以上に多くの社会問題を抱えています。
自殺、いじめ、幼児虐待・・そして原発処理の問題。
そう考えると、見下すことなんてできません。
彼らの自助努力を促すサポートはしても、
無責任な提案や、批判、干渉をする立場にもないと思います。
その土地にはそれぞれの特異性とそれぞれの問題があり、
それは自分達の手で自分達に一番良いように変えてゆかなければならないのです。


沢山の不条理を抱える国。
問題だらけの国だけど私はここが好きです。
それはここで、この国を愛し、
この国を変えるために頑張っている人達に出会ったからかもしれません。
すべては人間にはじまり、人間に終わる・・・。

バクーの景色が着々と変化してゆくように、
少しづつ社会の不公平さがなくなってゆくことを祈ります。




最終更新日時 Aug 29, 2011 08:39:15 AM
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Aug 07, 2011

夏の休日@バクー
[ アゼルバイジャン生活 ]  


夏ですね~

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普段ビールを呑まない私でも、ビールが美味しく感じられる季節ですӡ
つまり・・か・な・り暑いってことですܤäƤ さすが火の国アゼルバイジャン
そして、ここでも真夏のラマザン月まっただ中でありまして・・
敬虔なイスラム教の方々は水一滴も飲むことができない御苦労様な月なのです。


こういう夏の休日は何をして過ごすかっていうと・・
とりあえず午後5時までは自宅待機です。
外に出るものなら太陽に焼かれ焦がされますから・・。
やり残した仕事やら、読書やら、ピアノやら、ネットやら、スカイプをやらしてだらだら過ごします。
さあ、ようやく陽が西日にかげってきたぞ・・という頃に、やっと休日らしい1日が始まります。

ビーチに行くのも夕方5時からと決まっています。
カスピ海沿いのビーチではこんな光景も見られますよ。
重装備して海を楽しむ
イスラム教徒の女性達・・・↓

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まあ、私もこの海ではちっとも泳ぐ気がしないので、彼女達と同じ重装備でただずんでますが・・

そして、たまに参加するウォーキングも大抵午後5時か6時がスタートです。

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このウォーキングハッシュは全世界的なスポーツ系サークルですが、
ここバクーでもハッシュ好きの在住外国人が集まって、
事前に道路につけられたチョークの→に沿ってただただ街をウォーキングします。
毎回3,4kmほど歩いて最後に皆でビールを飲むというだけの話なのですが、
ここではお互いが誰で何をしているかということを全く気にせずに
色々な国から来た人達と色々なことを話しながら、
今まで歩いたこともないような道をねり歩いてゆくので、良い運動と気晴らしになります。

また夏の日没後は、カフェのテラスやビルの屋上で風を感じながら夜中まで談話したり、
たまには、若い友人がつるんでいるB級バーをハシゴして、
いつも同じバンドがいつも同じ曲を演奏するのを耳にしながら、
移り変わりが激しく目まぐるしい若者達のライフ・スタイルと、
しかし根本的な倦怠からは決して脱却できないネルギーの所在のなさを
苦笑いしながら傍観してたり、
または、時々ふらりと家にやって来る友達と、
音楽を聴いたり、絵を描いたり、料理を作ったりして過ごしたり、
特になんてことはないけど、平和な日々です。

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多分この先一生過ごすことのないであろうバクーでの夏@2011
・・・・そんな風に夏の週末はあっという間にすぎてゆきます。





最終更新日時 Aug 10, 2011 0:56:06 PM
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May 08, 2011

村上春樹のアゼリ語翻訳版
[ アゼルバイジャン生活 ]  


新緑が美しい季節ですͤ
陽も長くなり、日射しは既に夏を感じさせます。

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さて、今日はアゼルバイジャンの本について・・・

ここアゼルバイジャンは製造・生産業がまだ発達しておらず、
(というか打破できないモノポリーが市場競争の発達を妨げているからだと思いますが)
食料品や衣料品など多くの物を輸入品に依存しています。

書籍についても・・
素晴らしい文芸者達を輩出している国ですが、
外国文学や専門書についてはロシア語の本がほとんどです。
アゼルバイジャン語で書かれた本は本当に僅か。
まあ、公用語となってから、たった20年でアゼルバイジャン語を発展させるのも
非常に至難の業なのでしょうが・・・。
この各言語のインフラ整備の差で大きなインフォメーション・ギャップが生じているのも現状です。

そんな中、最近書店で見つけたのが、村上春樹のアゼリ語翻訳版。


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タイトルは 「地震の5日後」

皮肉にもあの東北地震の5日くらい前に見つけて、購入。
1年前くらいにアゼリ語に翻訳された初めてのMurakami作品だそうです。
現在高度成長にある国々、特にBRICKSでは村上春樹は人気作家だそうで、
多くの愛読者がいるようです。ここアゼルバイジャンにおいても例外ではありません。
しかしアゼルバイジャンで村上春樹を知っている人はほとんどロシア語版を読んだ人です。
アゼリ語しか知らない人は、村上春樹の作品には触れる機会がありませんでした。

アゼリ語に翻訳された日本文学を見て、素直に嬉しく思う反面
なんでMurakami作品なんだよっ(怒)といった心境になったのも事実です。
実は私、世界に名高い村上春樹先生の作品が、
まったく受け付けられないほど苦手という特殊なマイノリティーなのですよ・・:((

ま、何が嫌なのか知るためにそれなりに出回っている本は読んではいるのですが。
ど~も、鼻持ちならねえ(怒)。
まあ、この本は読んだことがなかったのですが、
日本語ではなくアゼリ語から導入してみようか・・・と読んでみました。
(アゼリ語の文語はトルコ語に非常に良く似ているので単語だけ調べればほぼ読解可能)

感想は・・・
村上春樹様風に表現させていただくところ

"やれやれ・・・。"

でしたわ(-_-;)

アゼルバイジャン語で読めば、少しはあの鼻もちならない文体がモデラートされ
内容の是非に焦点が向けられるかと思いきゃ・・
ハルキ様は、アゼリ語でもハルキ様でしたわ(-_-;)


というか、分かりました。
ハルキ様の日本語は、翻訳された外国文学のような日本語なので、
外国文学に翻訳されても、オリジナルに限りなく近く各言語で再現できるのでしょう。
内容もニュートラルで優等生っぽく、国籍関係なく好かれるようなものですしね。
美しき俳句や和歌を多言語に訳する時のような苦労と難解さはここに存在しません。

っていうか、それじゃ、これって日本文学って言えるのだろうか?
友人にはハルキ様が好きな人が多く、
「あなたは日本人なのに、なんで好きじゃないのか?」と言われます。
そう言われると逆に「じゃ、あなたは、なんで好きなのか?」と問いたくなります。
なぜ、どうして好きじゃないのか?
ええ、私がアンチ・ハルキ様である言い分は明確にありますよ。

1) まずは登場人物に魅力がない。どれもこれもメンヘルでアダルトチルドレンじゃん。
たいてい主人公は優しくて紳士的な「聖人君子」みたいな顔しているので、
誰にも憎まれはしないけど、これといった魅力も特徴もなく、5分で忘れ去られる。
当然のことながら、周りにはナルシストなメンヘラー達が寄ってくるけど拒まず、
で、中には頭が良く美しい女の子もいて、関係を持ち文学的な言葉を交わすけど
結局けむを巻くような言葉だけが行き交い、皆死んだり、どこかに消えたり。
ええ、で読み終わって、何が残った?って自問してみれば、空虚さが残る。
出てくるのは、暗い過去を持ち、傷つき、社会的に不適合で切り離された人々だけど、
実は、考えて見ると、自分も含めこういう人達こそが
いつの間にかこの社会のマジョリティーになってしまっているという怖さもある。
まあ、あまりにもリアルな世界を投影してるけど、それを打破しようとする努力もなければ、
危機感もなくて完全にコクーンのような閉ざされた世界にてストーリーが展開する。
嫌ですねえ。私がゲシュタポだったら、取り押さえ焼き打ちするかもしれなかったです。
というのは冗談ですが、私は文学的にももっと硬派なものが好みです。

2)変なメタファーが多すぎる。
そして、変な比喩も多すぎる。例えば・・
 「完璧な文章といったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」とか。

・・・・はぁ?(°_°)

こんな比喩が認められるなら、何だって比喩になるじゃないか?馬鹿か?
もし、実際にこんなことを私の目の前で言いはなち、ささっと通り過ぎようとするものなら、

ちょっと待てや・・!

って、絶対引きとめるだろう。納得ゆくまで説明していただけませんか。
こういう、文章の中で姿を現さず、おかしなことを言って逃げる卑怯な一面が嫌いです。
そういうのがあまりにも沢山出てくると・・・こっちこそ「やれやれ」なんだよ!って思います。


3) なんでみそ汁や鍋が出てこないんだ、日本人か?
いつもサンドイッチとかパスタとかばっかり食べているんじゃないですか。
まあ、これが世界で共通の普通の生活になってしまったんで無理もないけど、
特に私達のような海外生活者は選択肢がないがゆえにそういう食生活になってしまうけど、
彼の作品からは「こういうライフスタイルがお洒落なんだ」みたいな田舎者根性が丸見えです。
つまり、敢えてみそ汁と梅干じゃなく、パスタなんだぜ!!みたいな。
まあ、日本人であることを卑屈に思わざるを得なかった団塊の世代だから仕方ないけど。
わざとらしい「ザ・都会」や「ザ・欧米チックなライフスタイル」ばかりが強調され、イタイ。
まあ、だからこそ、普通に外国の読者で受けるんでしょうけど。
みそ汁とは・・?鍋とは・・?とかいちいち疑問持たずに読んでいけますからね。
うーん、でも私にとってはこれって、ちっともチャーミングじゃない。
一方、こういうグローバリゼーション化への見直しから、
最近はやたらわざとらしい「日本文化回帰」の主張も目に付くから、
どっちもどっちなんですが・・・。

まあ、面白くないってわけじゃないんですけど、私向きではないってだけ。
新興国でハルキ様が人気なのは、なぜでしょうか。
丁度高度経済成長期の日本と同じ状況にあり、
人々の感性がこういうところに近づいてきているということでしょうか。
伝統と古い風習に縛られた社会を西洋的でモダンなものにさせる過程にあるということでしょうか。
私に言わせればそれこそ
「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」なんですが・・・。

それともただ単に、アニメ、J-pop、マンガみたいなクールJapan的な感覚で、
とりあえず、クールJapanの作家を読むのがクールだってことなんでしょうか。

またはもしくは、前述したように、作品が翻訳しやすいってことかもしれません。
まずは英語版で出版されそれがベストセラーになれば、
商業的に各言語に訳される日は遠くはありません。
内容の如何ではなく、売れそうなものは何でも活字になるんです。

で、アゼルバイジャンではどうなんでしょうね。
アゼルバイジャン語セクターで育った人々が、
どういう風にこの作品に共感し、どういうポイントを面白く思うのか・・ということを
今度是非読んだ人達に聞いてみたいと思います♪

という不謹慎なアンチ・ハルキ論を熱弁しスミマセン:))

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最終更新日時 May 09, 2011 00:33:12 AM
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Apr 10, 2011

GERMANY&TURKEY
[ アゼルバイジャン生活 ]  



日本の惨事にはまだ信じられない思いです・・・
そんな時友人を訪ねてドイツに行ったら・・・

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音楽家の彼女は睡眠時間も削り、毎日地方をどさ周りして
チャリティー・コンサートを開催しながら義援金を集めていました。

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敬服いたします・・・m(_ _)m

コンサートにやってきた多くの人々は惜しみなく募金に協力し、
そして日本の災害について深い同情と杞憂の念を伝えてくださいました。
ドイツは環境・代替エネルギー分野においては最も進んでいる国の一つ。
人々の意識も知識も非常に啓発されています。
で、もちろん感心事項は原発事故。
日本での事故後、ドイツでは原発反対の数十万人単位でのデモが起こり、
政府も原発のリスク分析の見直しに入ると宣言しました。
そしてこれを契機に環境政党「緑の党」の支持率が急上昇・・・
こういう、クイックアクションはさすがドイツっぽいなぁ・・。
この姿勢には見習うべきことが多々あります。

しかし、対照的に国家エネルギー計画の中で大々的に原発建設が計画されているトルコでは、
日本の事故後に首相が堂々原発推進を宣言。
「我々の原発は福島よりモダンなのであーる!原発見直しなんて言語道断なのであーる!」
トルコでは地中海のメルシンにおいてロシア企業による原発建設が決定されており、
また、黒海地域においても計画されています(これは日本企業が優位との話)。

ただし、多くの国民は大大大反対。しかもそんな時に今回の事故。
丁度私が行った時にもイスタンブール中心地でデモがありました。
友人達が参加するっていうのでそこで待ち合わせ再会。
こういうのは、一度に多くの友人に会えるのでなんとも合理的なイベントです。
(一応民主主義なのでトルコでのデモは大抵平和的ですよ)

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エネルギー開発には色々な利権がからんでいるのでしょうが、
こんな地震大国で・・しかも建設も運営も普通のトルコ人労働者よって実施されるのです。
専門家でもない一般人が考えても末オソロシイということは分かります。

そして、この日はそのまま一緒にデモに参加したアーチストの友人のイベントに・・
彼は日本の災害から「この世の末」というインスピレーションを受け、
犠牲者への追悼イベントと称して新しい音楽を作っていた・・。

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まぁ・・よくわかんないけど、日本の今回の惨事が世界に与えた影響は多大です。
どこへいってもそれを感じました。

あ、メディアの誤報が多い(それも根拠のない)アゼルバイジャンでは、
なぜか「海外からの福島での事故処理スタッフ募集中 日当5000米ドル保障」という
根も葉もない報道がされたようで、命の危険より金だ、金!という
多くの人々が日本へ出稼ぎを希望したとかしないとか・・(-_-;)
また、日本食レストランの食材が放射能に汚染されているかどうかが話題にされてたり・・
(コッチノドジョウオセンノホーガヤバインジャナイデスカネ・・)

こういった時だからこそ、報道の信憑性についての判断力を養う力が問われます。
また、義援金についても。
自分のお金がどの団体に行ってどういう形で使われるのか・・
それをしっかり確認することが大切です。
99年のマルマラ大地震の際にその手の現場裏を見てきた私は、
今回も自分の知っている、信頼のおける、納得できる団体に送らせていただきました。

なにはともあれ、
日本人である私にしても、皮肉にもこういった災害により
改めて自分がいかに日本を愛しているかに気づかされます。
多分今、ほとんどの人が同じ心境でしょう。
なにかやらなくっちゃあ・・という焦燥感と当事者意識からは逃れられません。
こういう災害は人々の間の絆をより強靭にし、人間愛を深めるといっても過言ではありません。

多分私達は被災者であってもなくても皆ひどく動揺し傷ついています。
身近にも、津波により家族を失った友人、
多くの親戚を失った知り合いもいらっしゃいます。
その方は車で被災地へ乗り込み1週間も車で寝泊まりし
親戚の遺体を探していたそうです。
なのに出張に来る時、私に日本からの手土産を忘れない。
日本の皆も頑張っているから、心配せずに、あなたもこちらで頑張ってね。
そういう温かい言葉が身に染みます。

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私は私の原点でもあるボスポラスに戻り、ボスポラスに包まれて
色々なことを思考していました・・。

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そして、随分とパワーを享受しました。
海から、そして辛い思いをされている被災者の皆様の生きる姿勢から。

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私達の生活は想像以上に多くの人や物が複雑に関わって構成されています。
半分は能動的に生きており、半分は生かされている。
もし誰かのためになるのだったら、エゴイスティックなライフスタイルはいつだって変えられるし、
命ある限り、崩壊したものを再生させることは可能です。

あらためて、今生きているということはすごく意味のあることですね。
生きているのは、たまたま運が良かったのかもしれないし、
でもそこに何か意味があるかもしれない。
そう思うたび、ちょっとした責任感が生まれます。
自分自身に対して。社会に対して。





最終更新日時 Apr 10, 2011 8:37:54 PM
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