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通訳・翻訳業がメインの、かけ出し鍼灸師・・・ [全272件]
日本に戻ってくるといつも物が溢れていて豊かに見える。 特にあまり物資の豊富ではない、選択肢のない国から戻ると余計そう思える。 最初は感動する。だけど暫くすると、実際いくら選択肢があったって、 自分が選ぶものは大抵一つだけなんだよなあということにも気づく。 例えばカフェにドリンクメニューが100種類あったって、 飲むものはきまってブレンドコーヒー。 もちろん100種類の味を全部試したい人には日本って国は良い国なんだろうけど、 私なんかにとっては、必要のない無駄なものが大量に溢れているような感じもしないでもない。 物や情報がオーバーフローしている気もして、時々疲れる。 なるほど、こういった社会では恐ろしいほどの無駄なエネルギーが必要なんだな、 ということがあからさまに見て取れる。 これじゃ、原発が必要だというのももっともな話だ。 エネルギーを最大限に利用し大量生産された商品は、 売れ残れば、またエネルギーを最大限に利用し大量廃棄されてゆく。 街はコンクリートで埋め尽くされ、エアコンなしでは過ごせなくなり、 そのエアコンの排熱が更に都市部を熱帯化させ、ますます電力に依存せざるをえなくなる。 政府は雇用を促進し経済活動を活発にするために、 無駄な事業を増やしてゆき、それが無駄である事実を隠すために、 更に無駄な仕事を増やしてゆく。 無駄な物品を購入し、無駄なサービスに紙幣をばらまき、 そこに組み込まれた人々を手慣らしすっかり依存させてゆく。 彼らは与えられた無駄な仕事にあくせくと時間と労力を費やしながら、 その忙しさの意味に疑問を持つことすら諦めている。 すべては一部の利権者達のために都合の良いようにお膳立てされた経済を回すためだ。 こんな経済社会を維持するには、原発くらいのエネルギー源がなくてはならない。 そもそも原発自体が一つの産業クラスターでもある。 これがなければ多くの関連産業が停滞し沢山の人の職が失われ、 死活問題にも関わってくる。 こういう社会では無駄が淘汰されてしまうと経済活動が営めなくなってしまう・・・。 どうすればこんな悪循環を考え付けるのだろうか。 まるで麻薬の売人のような日本の官僚達にはある意味畏敬の念を抱かざるを得ない。 なんでこんなことになっているんだろうとぼんやりと考えてみる時、
ということで、脱アゼルバイジャンです! 先日2年間の任期が終わり、無事帰国して参りました ~ 歳月人を待たず・・・。常套表現でお粗末ですが、2年間はまさに『あっという間』でした。 乗り継ぎ先のイスタンブールはイスタンブールで、仮眠を取るため友人の家に行ったはいいものの こんな国で仕事をするのだから何事も思うようにいかないのは当たり前です。 それに、アゼルバイジャンという響きが私に連想させるものは、 ありがとうアゼルバイジャン
するとスパムのようなメール攻撃が・・・ 「今シーットと言いましたね・・?」 緊張感が高まります。 「僕はね・・今、そのシーット、う、うん○がしたいんです・・。」 それから私達は究極の早歩きをし、今来た道を黙々と引き返しました。
時々、知り合いの弁護士&歴史小説家(!)が企画する 「歴史倶楽部」に参加します。 毎回ゲストを招待し、アゼルバイジャンにまつわる歴史上の一幕を取り上げるコミュニティで、 結構面白くてためになるので、大抵招かれれば他の用事を差し置いて出席します。 参加者は歴史オタクや一癖も二癖もある外国人が多いのですが・・・(私を含め・・・(-_-;)) それぞれ熱心でユニークです。 この前は、ノルウェーの有名な人類学者で探検家のトール・ヘイエルダールの息子さんが ゲストプレゼンテーターとして「わが父トール・ヘイエルダール」について語りました。 ![]() (↑テーブルの奥で小さく見える白髪頭のおじいさんがヘイエルダールJr.さんです) コンチキ号の探検記でも有名なヘイエルダールは 現在世界遺産に登録されているバクー近郊のゴブスタンの壁画を調査し、 その線刻画がバイキングが描いたものと酷似していたことから、 スカンジナビア人の祖先はカスピ海沿岸に由来するのではないかという仮説を提唱しました。 よっぽどその考えに取りつかれたのか、 その後2002年に逝去されるまで何度もアゼルバイジャンに来ては研究調査を繰り広げています。 アゼルバイジャンにはかつて古代アルバニア王国が存在し、 (今のアルバニアとは無関係・・どうもアルバンというのは(白い)を意味するラテン語らしい) コーカサス山脈麓にはその史跡がいたるところに散在します。 その中の一つ、シェキの「古代アルバニア教会」の修復工事も ノルウェー政府によって実施されました。 ![]() (ノルウェー人の手がかかっているだけに、他の国内史跡と比較すると良い出来です。 遺跡っぽい古さと趣を感じさせながら再現されています。) また、今回のセミナーでヘイエルダールのご子息さんがご主張なさってた事には、 DNA鑑定でバイキング族と古代コーカサス人とが一致した・・! (どういう並列でどう一致したかは不明なんですが・・) とのことでした。 そういわれてみれば、 ガバラというところにも、古代アルバニア帝国の町跡があるのですが、 そこで発見したのが、古代の人骨。 大きいです!身長が2m以上あります!! ![]() これを見たとき、 やっぱり民族的に現在のアゼルバイジャン人とは違うなあ・・と納得しました。 そのほかにも 北欧民謡の一説がアゼルバイジャン民謡の一説に似ているとか スカンジナビアの人々にとっては 色々ロマンチックな妄想を掻き立てるのに相応しい材料が沢山あるようです。 そういや昔、友人達と一緒にナショナル・ジオグラフィックの人類の足跡を探るという研究に 頬っぺたの粘膜のDNAサンプルを送って鑑定をしてもらったところ、 私の母方の祖先はハプログループBということが判明しました。 たしか、それはカスピ海のこの辺を通ってさらに西側に進んだグループであったはずです。 そんなことを思い出して、 自分のルーツの根底部分には、この地で生きた人々もいたはずだと考えると、 ちょっと感慨深いものがあり、 なんとなく、北欧の人々が心を揺さぶられる気も分からないでもないと共感できました。 謎の多いコーカサスの歴史ですが、 一つ一つ考えて見ると本当に面白い地に自分はいるんだなぁと、少し光栄に思います。 もらった本を読んでみなきゃ!
ちょっと遡りますが、夏の終わりにバルト諸国と北欧に遊びに行きました~♪ 駆け足ながらも、友人と再会したり、展示会やコンサートを楽しんだり、 充実した旅行となりました!大満足(○^-^○) 今回の収穫は ★ ストックホルムでロバート・メープルソープの展示会に行けた♪ ★ ヘルシンキのデザイン博物館でカイ・フランク展が見れた♪ ★ ヘルシンキ・ミュージック・ホールのOpeningコンサートでシベリウスを聴けた♪ ということでルンルンです。 しかし日程をほんの一日ずらせば ・パティ・スミスのコンサート ・ヘルシンキ・フェスティバルにてヴィム・ヴェンダーズ監督の「PINA」先行上映 に行くことも可能だったのです。これは大ショック。 大きな魚を逃してしまったことが今でも悔やまれます・・・ <ストックホルム> ![]() スウェーデン、フィンランドはこじんまりとした福祉国家らしく、落ち着いていて機能的。 環境意識が強くて、特にフィンランドはどこもかしこも非常にクリーン。 ヨーロッパ諸国も南・中・東・西と色々行きましたが、北欧は今回が初めてで、 なんとなーく、一番日本に近いという感じがしました。 というか、北海道にかな?ノルディックな近代建築とか家の作りとか北方圏の自然との調和とか。 もしかしたら、日本が真似したのかもしれませんね。 真似っこして、本物より本物らしいものを作ってしまう・・これがザ・日本の得意技です。 北欧デザインとか雑貨や家具などがもてはやされているけど、 今は日本の青山や代官山のデザイナーショップのほうがずっとお洒落で独創的だったりする。 まあ、確かにそうはいっても、やっぱり現地で本場北欧ゴシックやアールヌーボ的な建築物と シャープでいながら温かいデザインが溢れる街を歩くのはそれなりの面白みがありました。 <ストックホルム 駅前広場 街に溢れるデザインが格好良い> ![]() <ストックホルムのダウンタウン 東京でいえば渋谷・原宿っぽい雰囲気> ![]() <ストックホルム 国立図書館 グンナー・アスプルンド設計> ![]() <ストックホルム 国立図書館 約80年前に建設されたとは思えないほど斬新でお洒落!> ![]() <ストックホルムからヘルシンキまではフェリーで移動。 バルト海の半島や島々を眺めながらの航海は圧巻でした・・・!!> ![]() <バルト海の夕暮れ・・すっかり脳内BGMはシベリウスのフィンランディア一色(????)??> ![]() <翌朝ヘルシンキに入港・・!古いヨットにドキドキ♪> ![]() <フィンランド ヘルシンキ・スメオリンナ島 北欧っぽい風景> ![]() <フィンランド 現代美術館”Kiasma” この計算し尽くされた設計も中の展示もサイコー!> ![]() <そのお向かいには生まれたてのMusic Hall。音響デザインは日本人の豊田泰久氏とのこと。> ![]() <ラッキーなことに翌日Openingコンサートに行くことができました♪♪♪ フィンランドでシベリウスを聴くことができ感無量!> ![]() <ヘルシンキ大聖堂 フィンランドのイメージカラーは清潔な白ですな> ![]() <岩の教会。光と影、音と静けさ、自然の石と金属が絶妙なコントラスト> < ![]() <日曜はマーケット周辺の屋台が大賑わい。温かくて懐かしい雰囲気・・> ![]() スウェーデンには親友がいます。 彼とは8年ほど前、出張で数日滞在したハンガリーで偶然出会った不思議な縁ですが、 驚くほどの感性の一致から以来長年のソウルメイトとなり、 スカイプで話し込んだり、トルコや日本に遊びに来た時に会ったりする仲になりました。 出会った頃はまだ学生で、精神科医の卵だった彼ですが、 今はすっかり一人前に自立して立派なオフィスを構えており、 しかしその間に結婚・離婚を経験し、 ちょっとした自律神経障害を患い、寛解・再発のサイクルの中で 自らも軽い鬱になりつつ、他人の病気を診ているというパラドックスの中にいました。 でも超本人はあまり思い悩んでいるふうでもありません。 「ここでは結婚したカップルの50%は離婚するんだ。人生こういうことだってあるさ。」 「僕の鬱は気候条件に起因しているだけ。なにしろ冬季は太陽が足りないから。」 「病気が酷くなったら無理をせず仕事を中断する。 仕事をしなくても補助金があるから、生活には困らないし、 健康を害してまで頑張る必要なんてないからね。 その時は1カ月ほどタイや地中海などの温かいところに行って休むんだ。」 いいですねえ・・社会制度がしっかりしているって。 社会が自分の身を守ってくれるという安心感が、生きる上での自信を生むのだと思います。 人間が人間として尊厳を与えられている。これが北欧社会。 これは一見理想的に映りますが、それが良いのか悪いのかと判断するのは、 それぞれの価値観に委ねられると思います。 この国では富裕税というものがあり、資産があるとその分税金を納めなければいけません。 だから、金持ちになるよりも、むしろあまり働かず、稼がない方がが得なのです。 斬新なイノベーションや大企業もほとんどなく(あっても税の安い国へ出てゆく) これは競争性の低い共産主義国に極めて近い社会になってゆくことを意味します。 案の定、その社会システムを上手く利用して、何もせず生活保護を受ける低所得者も大勢いて、 中産階級が彼らのために働き税金を納めてゆかなければならない現状です。 このため、移民や出稼ぎ外国人への憎悪感情や差別意識も生まれています。 先進国の例にもれず人々の間の関係が希薄なので、 物質的には恵まれていても精神的に病んでいる人が多い・・ と、精神科医の友人は言います。 <スウェーデンでは大学まで学費無料、医療費もほとんど無料です> ![]() 「不幸でもないし、満足していないわけでもない。社会制度にも環境にも感謝している。 でも、時々どうしようもない閉塞感を感じる。これは絶望に近い。 突然パッションが欲しくなる。何もかも捨ててドラマチックな人生を歩んでみたくなる。 贅沢な悩み?まあね。でも、ここにいると精神的におじいさんになってゆくんだ。 我々もともとは自由で勇敢、アグレッシブなヴァイキングを祖先に持つから、 多分その血が騒いでいるのかな?」 確かに、彼の言うことは120%よく分かります。 同様に、私も人生に浪漫を求めてしまうタイプですから。 「結局、今現在、目に見えていることというのは、結論づけられないよね。 どんなにユートピアに見えても、必ず問題があって、それがどう展開してゆくか分からない。」 「それを日本では塞翁が馬っていうんだよ。」 「そうだね。だから結局自分の心に正直にならないとね。どこで生きるかじゃなくて、 どういう生き方がしたいのか・・ってことを考えるべきだよね。」 「大賛成!」 夜更けまで話した結果、そんな結論に達しました。 ま、それでも基本的な人権が守られているということは やはりエッセンシャルですよね・・・ それだけでも北欧は先進国として優れていると思ったのでした・・・。
BBCでは一日中9.11追悼式のことばかり流れている。 頭痛と微熱の中でぼんやりと画面を眺めながら、 取り返しのつかない速度で10年が過ぎてしまったと思う。 私は今でも鮮明にあの日のことを覚えている。まるで昨日のことのように。 多分この2011年9月11日は誰にとっても記憶に残る日であることに違いない。 あの日、16時過ぎだった。イスタンブルのオフィスにて早めの帰り支度をしていた。 親しくしていただいた新聞社の在住特派員の方が近く帰国するため、 好きな家具をお譲り下さるということで、 その方のオフィス件自宅を訪問することになっていたのだ。 ふとTurk.netのインターネット・ニュースの横の動画に目を止めた。 飛行機がビルに衝突し炎を上げている画面。 映画の宣伝だと思って気にせず仕事の片付けに入った。 しかしなぜか胸騒ぎがした。事故か、テロか?テロップが目に入り 間もなくそれがツインタワーであることが分かった。 そのうち2機目がタワーに突っ込んだ様子が画面に映し出された。 何が何だか分からなくなった。 考える暇もなく特派員の方から電話があった。 「NYのツインタワーの件聞きましたか?! あいにく、うちのスタッフ今日出てしまってて・・ とりあえず情報を分析したいのでできれば早く来てくれないかな?」 それから早めにオフィスを出てタクシーを捕まえその人のところに飛んで行った。 そこは色々な通信社からの情報が色々なツールで入ってくるようなシステムがあり、 私はトルコ語のものを見ていたけれど、テロである確立が高いということだけであった。 とにかく前代未聞の大惨事であり、どのニュースも同時進行形でヒステリックに興奮していた。 分析しようにも、どの報道も状況を把握するのに精一杯で何一つクリアじゃなかった。 中には日本の赤軍が企画したテロだという報道局もあった。 私達は二人とも暫くニュースにくぎ付けになっていた。 それから、自体が明白になるまで余計な想像や推測はやめようと決めた。 どちらが言ったわけでもないけど、そう決断した瞬間は同じだった。 私達は顔を見合わせて笑い、少し落ち着いて、思い出したように他愛のない世間話をした。 私はいただく予定の家具を選びだしたけれど、 その方は「この件が落ち着くまでちょっと駐在が長引くかも」と言った。 「トルコも一応イスラム国だからさ、関係ないとは言えないし。」 ということは、その時点で私達はもうイスラム系テロという結論を出していたのかもしれない。 予想通り、その方の任期はその後数カ月長引いた。 それから、ちょっとお腹が空いたのでその人のお勧めのケバブ屋から アダナ・ケバブのドゥルムを注文し食べた。 何もかもが不自然なほど平和だった。 私達はニュースのことを忘れたように、下らない世間話をしていたと思う。 しかし何を話してもどこか上の空だった。 友人数人から電話があり「早く家に帰って来て!」と言われた。 「今度はペンタゴンが・・・!」誰もがパニックになっていた。 私はケバブを食べ終わると、御礼を言って特派員の家を去り、タクシーで家に向かった。 タクシーの運転手が狂ったような笑みを浮かべて叫んでいた。 「ブラボー!日本の赤軍!!これはあれだろ?ヒロシマの報酬だろ? 俺はアメリカが大嫌いだ。日本人はいつも正しい!!」 その頃私の家にはいつも誰かしら友人がいた。 何か料理を作ったり、ビールを飲んだり、 ドキュメンタリーフィルムや音楽を聴くための溜まり場になtっていた。 案の定家では友人達がCNNに釘付けになって、大騒ぎしていた。 こんなこと、誰にとっても初めてだった。 皆恐怖心を感じていた。これからの世界に対して。 常識を覆す出来事に、誰の目にも何か基本的なものが変わったことは明らかだった。 私達は子供のように身を寄せて震えながらニュースを見ていた。 友人達はああでもない、こうでもないと無駄な推測や議論を交わしていた。 いつもは多少うっとうしいと思える環境も、 この日ばかりは恐怖心を分かち合える温もりに感謝した。 ソファの横では猫が寝息を立てていた。 私は猫を抱きしめた。 ただただ繰り広げられてゆく尋常ではない事態が 心の奥に一つの傷としてじわじわと浸潤していった。 本当に、理解を超える出来事だった。 あれから10年。 世界の中で、憎しみと差別が拡大した10年。 報復というありえない暴力が正当化されて誰も止めることができなかった。 誰がいったい何のために? 国連の力のなさが浮き彫りにされ、肝心のアメリカは落ちぶれる一方だ。 世界に対する失望感が増大してゆく中で、私達はそれぞれの道を選び それぞれの生活へと拡散していった。 2001年。私は時々あの時代が懐かしくなる。 私を取り巻く環境は変わってしまったけど、私は成長せずあの時のままだ。 いまでもあの映像を見るたびに、恐怖心を覚える。 多分この先ずっと忘れることはないだろう。2001年9月11日。
って、絶対引きとめるだろう。納得ゆくまで説明していただけませんか。
まぁ・・よくわかんないけど、日本の今回の惨事が世界に与えた影響は多大です。 |一覧| |