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常岡一郎(つねおか いちろう)師の略歴
○ 明治32年福岡県生まれ、慶応大学理材科在学中、卒業前に結核にたおれ、学を捨て、闘病と求道に入る。 ○ 昭和10年修養団体『中心社』を創設。月刊誌『中心』を逝去直前まで出し続ける。養護施設中心学園、養護老人ホーム中心荘を経営して社会福祉に貢献。京都に「中心山荘」をつくり、更に健康学園を創建。かねての持論である5健運動を推進。 ○ 昭和25年、参議院議員に当選。12年間国政に参画する。 ○ 昭和44年、勲二等瑞宝章を賜る。 ○東奔西走、講演と執筆にあけくれ、平成元年九十歳で逝去。 自然食指導者の東城百合子先生の師匠としても有名。 結核、貧乏、不運などからたちあがったその生涯は、 まさに見事な運命転換の実証であり、 説かれた教えは多くの人々に影響をあたえました。 中心誌は師の没後、廃刊になりましたが、師の薫陶をうけた有志により その教えは脈々と受け継がれています。 現在はNPO法人 中心大学 として、さまざまな活動をしています。 http://homepage2.nifty.com/chushin/ 現在、再刊して入手できる著作(上記HPから購入できます) 「闘病の五千日」 「生き方考え方」 「運命をひらく心」 「たましいと心」 「心のせいじん(成人)」 「流転」 「反省」 「中心百巻」 「常岡一郎選集(1)~(10)」 中心の聖願(常岡先生が提唱した中心思想のエッセンス) 中心のある処に平均が保たれる。 平均がとれてこそ一切の平和と安定が与えられる。 人類の病み煩い、なやみ、くるしみは中心を遠ざかっていることを 天が教えられているのである。 人は誰でも平和を求め、安定を願ってやまない。 しからば、中心を求め、中心を守ることを忘れてはならない。 大宇宙の中心、世界の中心、国家の中心、社会、団体、 一家一身の中心は何であるか。どこにあるか。 これをはっきり掴むことが、人類生存の尊い唯一の道である。 天体無数の星が、各自の中心をめぐって、一糸乱れぬ 統制と運行をつづけて行く。そこに大宇宙の平均と平和と安定とがある。 人類もまた、各自の立場に立って、その分を知り、一つ一つの中心を通して、より大きい中心へ統制さるべきである。 人は天命の組み合わせを通して、絶対の力に統制されていることを知らねばならぬ。 この力に守られて、人類の一人一人が、団体の一つ一つが、 一日も早く均整のとれた幸福な歩み方をする日を念願して止まぬ。 ご縁尊し 常岡一郎 師に習う [全134件]
春夏秋冬、四季は移る。変化する。流転する。これは世の姿である。人の世は無常。 はかないといわれる。浮世と言う言葉もある。たしかにそうも言える。 船が沈む。電車が焼ける。汽車が転覆する。自動車が衝突する。新聞記事の種は尽きない。 まったく危ない前途である。 浮世を渡る人の一生は、サーカスの綱渡りにも似ている。一調子、狂えば落ちる。 ちょうどよかった。うまくいった。まったく幸運だ。こおどりして喜ぶ。 この喜びが度重ねれば、富もできる。よき地位にものぼる。世にも出ることにもなる。 あっ危ない!しまった!残念だ!まったく運が悪い。こんなことがたび重なったらもうだめだ。失敗する。亡びる。 すべて調子よく運ぶ人がある。それと反対に何でもチグハグになる人がある。 それはどこからわかれるのであろうか。中心を誤るか、否かできまる。 Last updated 2012.03.03 09:52:58
舟に乗る。舟より大きい人は無い。海に浮かぶ。海より大きい舟はない。 空より大きい海もない。 空が荒れる。嵐が起こる。その時、海はいやでも荒れる他は無い。 海が荒れる。航海の舟は揺れる。舟がゆれれば、旅人は苦しむ。 人間は包まれた環境によって支配される。われわれは、この天地の間に生まれた。 だから天地の大道に支配されて、生きるほかはない。 天地の大道は中心を守ることを教えている。地球も人間も天体運行の秩序に抱かれている。 太陽系の運動は、太陽を中心として秩序を守ってきた。レールもないのに同じ所を走っている。永遠に休むことなき流転の道をつづけている。 (中略) 中心が守られるところに、平和が与えられる。これが天地の大道である。 Last updated 2012.03.02 15:04:05
どんなに美しい目でも、鼻でも、人のものならあきらめる。奪い合いはおこらない。 他人に譲られないもの。盗られないもの。その人だけにしか役立たないもの、それを大切に。 立派なものにする。人格を磨く。徳分を育てる。心を美しくする。 それは持ち主の責任である。その為には、与え主の心にそって毎日努力する。 修行するほかはない。 徳を積む。心を磨く。心身を鍛える。これはどんなに勤めても善い。 すべては自分のものになる。それは他人に盗られず、また迷惑をかけないで増やせる。 豊かに出来る事である。自分が立派になれば、他人の尊敬と信頼と親しみが集まってくる。 よく人から損をさせられて、怒っている人がある。それは身につかぬもの、 特につりあわぬものをを持っていたのだと考える。取られたり、損をしたりする。 それでこそ、いままでもっていた不徳が1つ1つ削られていくのではあるまいか。 不徳が削られたら、次のよき運命が輝き出る。 Last updated 2012.02.27 09:51:24
常岡先生の 鏡ー生きるための反省ー が再刊されました。 購入希望の方は下記, 中心大学のホームページを参照ください。 http://homepage2.nifty.com/chushin/Library.htm 一部抜粋 目を開ければすぐ見える。それは人の顔である。自分の顔は自分の目で直接みることはできない。だから鏡に映す。そうして間接に見るほかは無い。映ったものを間接に知る。これが自分である。 自分の心、自分の魂、自分の不徳、心のゆがみ、未熟、こり、頑固さ、これは自分ではなかなかわからない。だからそれを映す鏡がいる。 (中略) また、運命や環境となって映される。見るもの聞くものすべての中に自分自身が映し出されている。そこで一切の出来事を見つめて自分を見つけ出す。色々なことを聞いてその中に自分の本体を知る。そこに人間として育つ道が生まれる。 Last updated 2012.02.25 20:56:38
形見分けできるものと、出来ないものとがる。 時計や、着物や、指輪は、形見分けができる。 もらっても役にたつからである。 ずいぶん立派な鼻の人がある。その人が死ぬ。その鼻を「形見に」と願う人はない。 すぐれた頭脳でも形見にならぬ。それはもらっても役にたたぬからである。 よく洋服や靴をぬすまれる人がある。ものが少ない時は何でも役に立つ。 すこしくらい身体にあわなくても、辛抱する人がある。だから盗んで売る人も出てくる。 もしも人の生命やからだが盗んだ人の役にたつものなら、大変であろう。 汽車に乗って、安心して眠ることもできないことになる。 われわれは安心して汽車で眠る。それはからだも、生命も、運命も、 盗む人がないからである。それはその人だけに特別に与えられたものだからである。 他人には間に合わないからである。 Last updated 2012.02.23 08:02:12
馬は世界中に子孫がひろがっている。鹿は奈良の宮古の春の日を悠々と歩いている。 広いくらし。安らかな日々。これは自らの力ではない。他の力に守られた安らかさである。 親しまれる鹿。感謝される馬。馬は自分で馬小屋は建てない。 嵐の吹く日、家を守る。その場合、家の外からささえる棒もある。 内からつっぱる棒もある。内からささえる棒は雨戸やガラス戸を守ることは出来る。 しかし、家そのものを守る力はない。外からささえる力こそ家を本当に安らかに守る。 自分を自分で守ることは、本当の守りにならぬ。他人から尊敬される。感謝される。 親しまれる。他人にささえられる。これが本当の安らかな守りと成る。 (以下略) Last updated 2012.02.22 08:44:56
何も食べない前から、人間は生きている。まず生まれる。生きている。だからお乳を 呑みだした。ものも食べはじめた。これが順序だ。人間は「生かされて活きてきた」ものと 思う。生きることを許す力がこの世にみちあふれている。 生活。こういえばすぐ「食べること」を連想する。食べることが生活だと思いやすい。 しかし「生活」ということは、生かされて活きている、だからお互いに活かしあって生きよう。生かすものが活かされるのだ。こうかんがえるべきではあるまいか。 生かしあいが、生活の本当の意味ではあるまいか。 (以下略) Last updated 2012.02.21 22:28:25 |一覧| |
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